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虹色のカケラ  作者: 桐谷瑞香
第七章 進み始める時間
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7‐2 木漏れ日の買い物

 シェーラとクロウスは人々で賑わうミッタークの町に訪れた。商業の島の中心都市ハオプトよりはさすがに人の量は少ないが、やはりデターナル島の中心都市、買い物客で道は溢れている。道に沿って構えている店を所々覗きつつ、昼食をとってから、何件かある武器屋へと向かった。

 シェーラは時折吹いてくる風を遊びつつも、以前よりクロウスと自然に話せている自分がいることに気づく。いつもはイリスと話をしていたため気にも留めなかったが、彼と一緒にいたり、話をしていると、どこか心が安心していた。また、出会った当初より、彼の表情の幅が広がってきたことも一つの原因なのだろう。

 ――きっとこの人は私と同じだったのかもしれない。

 レイラからクロウスとエナタの話を聞いた印象としては、今よりもよく笑ったりして感情がより豊かだったと思われる。だがシェーラが出会ったクロウスはほんの少し表情を変化させるだけで、あとは物事を傍観している無表情な様子が多かった。それでも出会った瞬間から、心の中はとても綺麗で素敵な人だとわかっている。

 その人とようやく心が打ち解け始めているのをシェーラは何となく気づき、嬉しかった。

「一件目はあそこよ。最近できたばかりで、品揃えも結構いい」

「そうなんだ。早速行ってみよう」

 まるで子供がおもちゃを見に行くのを喜ぶかのように目を輝かせていた。それに対して思わずくすっと笑ったが、クロウスは特に気づいていないようだ。

 看板が綺麗に塗られた店に入ってみると、種類ごとに綺麗に並べられた棚が目に入ってくる。まずは店の一角を占めている長剣売り場に向かう。そこには長剣が壁に飾られていたり、鞘に納まって立てかけられていた。それを一本一本じっくり吟味していく。

 長剣と言っても片手剣と両手剣の二種類に大きく分けられる。

 片手剣の長さはクロウスの背の半分より小さく、柄の部分も両手で握ると窮屈過ぎるものだ。逆に両手剣はそれよりもさらに長く、時にはシェーラの身長くらいのものもある。片手剣とは違う形を保っているのだ。

 今までの戦闘を見てみると、クロウスはやや両手剣よりだが、片手でも扱える剣がよく、斬るという行為を中心としながらも時折突きをする感じがいいだろうとシェーラは思った。そのような剣を見ながら、握り心地や振り具合を確かめている。

 店の奥にはカウンターがあり、そこにいる店員の男性がにこにこしながらその様子を見ていた。

「どう、いい感じ?」

 シェーラが何気なく聞いたことだったが、クロウスは肩を竦めながら答える。

「確かに使い心地はいいかもしれないが、これでケルハイトと対峙するのは、ちょっと不安だ」

「どうして? 立派な剣だと思うけど」

「……ケルハイトは剣を破壊する魔法を使うんだよ」

 それを聞いて、シェーラは眉を顰めた。初耳の事実である。

 クロウスは店員が首を傾げながら耳を澄ましている様子に気づき、シェーラを促して外に連れ出した。

 何かを言おうとしているシェーラの手をぎゅっと握りしめ、人ごみの中を掻い潜っていく。直接触れられる手から体温が直に伝わってくる。鼓動が速くなっているのを抑えながら、ただ黙って着いて行く。

 やがて人通りが少なくなった小さな公園に辿り着くと、クロウスは慌てて手を振りほどいた。そしてシェーラから視線を逸らしながら謝る。

「ごめん、つい昔の癖で……。ちょっとでも気になることがあると、安心できなくて場所を変えるんだ」

 シェーラは握られた手をほんのり触りながら、首を横に振った。

「わかっているよ。あの店員、普通じゃなさそうだったもの。そう、隙がない。情報屋の人なのかもしれないね。……それでさっきの続きなんだけど、説明してくれる?」

 クロウスはこくりと頷き、シェーラに近付いて小声で話し始めた。

「この前……イリスが斬られた時に剣を交り合わしたんだが、そこで俺の剣が壊されたんだ。指先を剣に触れて」

「……風の魔法かしら」

「そうだと思う。前にシェーラが言っただろう? 分子を振動させることで破壊ができるって」

「なるほど……。それであの人は細かくなった刃を作り出し、それをさらに風に乗せることで攻撃していたわけか。そういうわけでその魔法に壊されない剣じゃないと、話にならないのね」

「その通りだ。だがそんな剣なんてあるのか?」

 シェーラは口元を手で押さえながら、考え込む。そんな状況になったことがないので、これだという考えが浮かばない。

「……魔法が若干掛けられた剣を持てればいいけど……」

 ぼそっと呟くと、クロウスはさらに顔を近づけてきた。真っ直ぐな瞳が向けられる。

「それはどういうことだ?」

「魔法に対抗するには魔法で、ということよ。少しでも剣に魔力を持たせられれば、相手の魔法を寄せ付けることを防げるかもしれない。けど、それはクロウスにも負担を掛ける恐れがある……。魔力を持った剣を持つということは、持っている人に少なからずとも魔力が伝わってくる。そうなると、クロウスが持つのは難しいのよ。逆純血が無理に魔力に触れるのはリスクが付くからね」

 クロウスの視線から逃れるように背を向けて、肩越しから声を発する。

「だから私は勧めない。できる限り強靭に作られた剣を求めるのが一番いいと思う。それと予備に何本か用意して……。クロウスが嫌がるかもしれないけどまた対峙するのなら、その戦い――、私も介入するわ」

 クロウスが顔を険しくなったのがよくわかった。ある程度間をとって、体を再び向け、ただ淡々と呟く。

「――剣士が魔法を使える相手に対して、純粋に剣だけで勝負するのは危険なのよ」

 ぎりっと歯を食い縛っているようだった。もしかしたら以前にも同じようなことを言われたのかもしれない。シェーラにとって、逆純血がなす術もなく命の灯火が消えた事実を目の当たりにしている。だからそのようなことを繰り返したくないがために発した言葉だった。

「……クロウス、ひとまず他の所を当たってみよう。いい鉱物からできている剣なら、きっと魔法にも負けないはずよ」

 辛うじて頷くが、足を進めようとしない。その哀愁漂う姿がとても辛かった。だがシェーラまで暗くなってはいけないと思い、そっとクロウスの右手を左手で握る。温もりを感じたクロウスは目を丸くして、その人物を見返す。シェーラはそっと微笑を浮かべると、しっかり握りしめて、無理矢理歩かせ始めた。

 ほんのり赤く色づいている顔を隠すために、正面をじっと向いて歩いている。その行動にクロウスは思わず顔を緩ませた。些細な気遣いが手を通じて、伝わってくるようだ。

 穏やかな午後はまだ始まったばかりである。



 その後、ミッタークにある武器屋を一通り回ったが、クロウスが嬉しそうに首を縦に振ることはなかった。

 シェーラも自分の短剣を見ていたが、どれも良さそうなのはない。普通に攻撃するだけなら充分なものもある。だが時として、剣に風の魔法を纏わせるので、それ以上に安定感のあるしっかりしたものが欲しいのだ。

「しょうがないから、私の剣は修理でもしようかな……」

 ぼそっと出す言葉にクロウスは首を傾げる。

「買うって言っていなかったか?」

「そうは言ったけど、クロウスみたいに、こだわり続けたらいいのが見つからないのよ。この剣はダニエル部長から頂いたもので、国のどこかにいる優秀な鍛冶屋に作らせた剣。だから質はいいし、かなり馴染みがいいんだ」

「それなら始めから修理に出せばいいじゃないか」

「そうしたいけど、修理を頼むのって結構面倒なのよ。作った人が直してくれるのならいいんだけど、それ以外の人がやったら、その剣が持っている能力をもしかしたら大きく下げることになりかねない。それなら新しいのを買った方がいいと思ったわけ」

 はあっと大きく溜息を吐いた。シェーラも相当武器にはこだわりがあるようだ。

 辺りが夕日に包まれ始めた時、裏路地に入り、一軒の古びた小屋が見えてきた。

「あそこが最後の武器屋よ。まあ期待しない方がいいかも。もしいいのがなかったら、後でネオジム島にでも行ってみましょうね」

 武器屋の前に立つと、より一層古びた感じが目に見えてわかってくる。躊躇っているシェーラに対して申し訳ないと思いつつも、クロウスはドアを引いた。

 埃が新たにできた空気の流れによって、一気に出てくる。それをまともに吸ったシェーラはむせていた。中は暗く、ざっと見渡したが、人の気配は感じられない。

「ちょっと、ここ潰れたんじゃないの? 誰もいないじゃない。ダニエル部長ったら、いい加減なことを教えるんだから」

 シェーラがぶつぶつ言っていたが、気にも留めずにクロウスは店の中に足を踏み入れる。必然的に通りに一人残される羽目となったシェーラも悪態を吐きながら、慌てて中に入った。

 中には剣が十本程度壁に立てかけられているだけだ。他の武器屋と同じような部屋の構造だが、二つだけ違う所があった。

 それは埃がふんだんに積もっており、店員の姿が全く見かけられないということだ。シェーラが潰れたと言ってもおかしくはない。それにも関わらずクロウスは目を輝かせながら次々と物色していく。

「潰れたとは言っても物はいいわね。しかもハオプト辺りで売ったら、相当なお金になるかもしれない。どうして潰れたのかしら?」

「――誰が潰れたと言ったかの?」

「ひゃあ!」

 突然背後から声を出され、シェーラは飛び上りながら驚きを露わにする。そして急いでクロウスの背に隠れた。

「ほっほっほ、最近の女子(おなご)は面白い者が多いのう」

 逆光で顔がよく見えない人物からしわがれた声が出てくる。その人が一歩一歩中に踏み入れると、徐々にその顔がくっきりと分かるようになった。歳を経たためか髪に色素がなくなっている白髪のお爺さん。腰を曲げ、杖を突きながらクロウス達に近づいてくる。

「お嬢さん、潰れてなどおらんぞ。ちゃんとわしがいるわ」

「でもあまり人はいらっしゃらないのでしょう? それでよく生活が成り立っていらっしゃいますね」

「あくまでここはわしの趣味だ。求める者が来たら、売ってやるまでよ。さて、何が欲しくてわしの店まで来たのじゃ?」

 シェーラの微妙な視線を逸らしながら、お爺さんはクロウスに話しかけてくる。それに対して自然と言葉を漏らしていた。

「剣を一振り――、魔法使いにも負けない剣を」

 お爺さんの目つきが若干変わった。より鋭く、クロウスをじろじろと見まわしてくる。

「それはどういう理由じゃ? そしてここまで来る以外にも他の店に行ったのに、なぜここに来たのじゃ?」

「他の店の剣では納得ができなかったからです。言っていいものかわかりませんが、あれらの剣には――心が通じ合わせられない。それは剣に魂のようなものが宿っていないから」

 シェーラはゆっくりとクロウスを見上げる。そんなことを感じながら剣を吟味していたとは、剣士とはこういうものかと唖然としてしまう。

「そうか……。お主、いい目をしているな。確かにここにある剣は一本一本丹精込めて作られたものだ。最近の流通している剣は大量生産主義のために一本がおろそかに成りがちだからな」

 お爺さんは一番近くにあった剣を下ろし、クロウスに渡した。

「剣を抜いてみるのじゃ」

 言われたとおり柄と鞘を持って、ゆっくりと剣を抜く。そこには真っ暗の中に一際輝く刀身が露わになる。

「すごい……綺麗」

 警戒するのをやめたシェーラがその剣をじっくりと見つめていた。他の剣とは全く違うオーラを漂わせている。

「今までになくすごくいいです。ですが……」

「やはり合わないのじゃな」

 そのやり取りにシェーラは首を傾げる。

「本当に自分で合うものは、本人がいる前で剣を作ることがいいのじゃ。おそらくここにある剣を全て見比べても同じようなことが言えるじゃろう」

「では実際に鍛冶屋に行って頼むのが一番いいのでしょうか?」

「そうなるじゃろう。そうじゃ、いい職人を紹介してやろう。そこに行くがいい」

「紹介してくれるのですか? 会って間もないのに……」

 クロウスは目をぱちくりしている。お爺さんはその言葉に笑い始めた。

「ほっほっほっほ、最近の若者は面白くも礼儀正しいのう! いいのじゃ、一目見た時からわしはお主たちを気に入っていたから。それで充分じゃろう?」

 はあっと軽くお礼を言うと、お爺さんは紙に軽くメモしたものをクロウスに手渡した。二人は覗きこんで、その字を見る。

「正直、場所はよくわからない。だがそこらの情報屋にでも聞けばわかるだろう。ソルベー島に工房を構えているらしいからな、ビルラード・スローレンは」

 その言葉を聞いて、シェーラは首を傾げながらクロウスを見る。

「ねえ、スローレンって、誰かいたわよね?」

「ああ、いた気がする……。ひとまず局に戻ってスタッツに聞いてみるか」

 クロウスはお爺さんに向き直ると深々と首を下げた。

「ありがとうございます。明日にでもその場所に行ってみるようにします」

「おお、そうか。動くのが早いのう」

「時間がないもので」

「ほっほっほ、良い剣を作ってもらえるよう祈っておるよ」

 そうして二人は武器屋から出た。あっという間の出来事であったが、確実に新たな剣には近づいている。

 空は赤く色づいていた。もう少しすれば、空には一面の星が輝き始めるだろう。



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