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虹色のカケラ  作者: 桐谷瑞香
第七章 進み始める時間
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7‐1 胸の内

 さて、ようやく第7章が始まります。

 ゆっくりと進めつつ、一気に動き出す予定です。

 果たして島会議はどのようになるのか――。

 引き続きお読み頂けると幸いです。

 その夜の夢はとても穏やかで心地よかった。

 ある家族が父親の帰りを楽しみに待っている、微笑ましい光景が続くものである。

 大人しい妹を引っ張る活発的な姉。それを微笑みながら見守る母親。そして父親の久々の帰宅に大喜びする姿がとても印象的だった――。

 夢から覚めると、小鳥のさえずりが聞こえてくる。シェーラはゆっくりと起き上がると、両腕に嵌められた腕輪と首から下がっているペンダントをそれぞれそっと触れた。石は仄かに熱を発しているように感じる。今までは石に触れると冷たく、それが時には心に重く圧し掛かってきた。過去の記憶と切っても切れない石。何度消し去りたいと思ったことがあっただろうか。

 だが今は触れるとむしろ落ちつくことができた。局長を始めとして、あのベーリン家の想いが伝わってくる。それが重みにならないと言えば嘘だが、それでも前とは違った感情があった。

 これからの日々を歩むために、少しずつ顔を上に向けることができる。その家族に恥じない行動をするためにも、この石のカケラを大切にしようと思いなおしていた。



 朝食後、情報部に向かおうとして渡り廊下を歩いていると、見慣れた髪の毛が視界の中に入ってきた。その人は庭の方に目を向けているため、シェーラには気づいていない。そっと近付いて、声をかける。

「おはよう、クロウス」

「あ、おはよう、シェーラ」

 クロウスは腕を組みながら立っていた。仄かに目元に赤みがかかっている。寝不足だろうか。もしかしたら過去のことを再び振り返っていたからかもしれない。

「それにしてもどうしたの? 事件部に行かなくていいの?」

「さっき行ってきたけど、怪我も治りきっていないし、これからは護衛に重点を置くように言われたから、特に仕事は渡されなかった。それよりあれどう思う?」

 不思議に思いながらクロウスが促した先を見て、シェーラは目を丸くした。一人の少年が汗を掻きながら必死に走っているのだ。

「あれって、アルセド? 一体どうして……」

「強くなりたいそうだ」

 後ろから話しかけられて、ぎょっとして二人は振り返った。スタッツが涼しい顔をしてアルセドを眺めている。

「夜遅くにアルセドがただ『強くなりたい』と言ってきた。それを聞いて、今日から俺直々に体術を中心として色々と教えることになった。まずは体力作りということで、とにかく走らせている」

「強くなりたい……また急な発言ね。あの子、そんなことを言う子だったかしら?」

 シェーラの頭の中ではアルセドは強さを求めて対峙するより、どうにかしてその場をやり過ごすという印象が強い。それなのに今の変わり様は驚くべきものがある。必死に汗を流しながら、ただひたすらに走っている姿。その表情はいつになく真剣だ。

「理由は――そんなに難しく考えなくても分かるんじゃないのか?」

 スタッツが諭すように言うと、すぐにその意味を察することができた。シェーラは思わず言葉を零す。

「……私達と同じ理由」

 イリスはアルセドの目の前で斬られ、意識不明の重体となっている。何もすることができずに、そういう状況になった。それはシェーラやクロウスと同様、アルセドの心にも深く響いたのだろう。いや二人以上だったのかもしれない。その響きが昨晩の深刻そうな顔となって出ていた。その後、様々な思考を巡らして、アルセドなりに一つの決断をしたのだろう。

 誰かを守るために強くなる――とういことが。

 言うのは簡単だが、実行するのはかなり大変だ。すぐに達成できることでないのはもちろんのこと、それをいつまでも続けなければならない。

 そう、守り続ける人がいる限り。

 だがその守る人が窮地に陥っている場合、何を求めて強くなろうとするのか。心が不安定なままで続けるのは非常に辛いところだ。

「アルセドは葛藤しながら、体だけでなく心も強くなろうとしているのかもしれない」

 クロウスはアルセドを見ているシェーラに視線を向けた。

「イリスの存在は本当に大きいからな……。心技体と言って、心の上に技があり、その上に体がある。そうどこかで聞いたことがある。確かに心がしっかりしていなきゃ、何事も成り立たない」

「そう……。私達もしっかりサポートしなきゃね。あの子、まだまだ未熟だから」

「同感だ。今のアルセドを見ていると、昔の俺を思い出してしょうがない」

「あら偶然、私もよ。がむしゃらに強くなろうとした、昔が懐かしいわね」

 ふふっと笑みを浮かべる。何だか弟を見守る気分だ。スタッツも二人の会話に頷いていた。

「何も知らない家出少年が一人の少女を想うが故にどこまで強くなれるか――ある意味見ものだな」

「その言い草はないんじゃいのか? スタッツの弟子になんだろう?」

「そうだ。だが悪いが俺の指導は相当厳しい。一ヶ月後までに根を上げないことを祈ろう」

 口元をにやりと吊り上げる。クロウスは乾いた笑いを浮かべながら、適当に流した。シェーラはその様子に悪寒が走る。それを振り切ろうと、話題を変えた。

「クロウスはこれからどうするの? しばらく大人しく療養よね」

「そうするべきかもしれないが、ちょっとやることがあって。それが終わったら少しだけ休むよ」

 クロウスは腰から下がっている使い古された剣を指した。その剣は事件部で一般用に支給されているものだ。

「ダニエル部長から頂いたものだが、どうもしっくりこなくて。いずれケルハイトと対峙した時を考えると心許無い。だから自分用にあった剣を探そうと思っているんだ」

「剣か……。そういえば私も細かなヒビが入ってきたな。そろそろ買い時かも。……そうだ、ミッタークの町に武器屋が結構あるんだ。あとで買いに行かない?」

「シェーラと?」

 即座に出た疑問形のクロウスの言葉にシェーラは思わず眉を顰める。

「……別に一人で行ってもいいけど、ちょっと店数が多いからそう言っただけよ。それじゃあ、情報部に行ってくるから。まあ、のんびり一人で町に行って物色していなさい」

 棘の入った言葉を吐きつつ、シェーラはクロウスに背中を向けて歩き始めた。クロウスはそれを見て、スタッツに困惑の表情を向ける。

 はあっと深い溜息を吐かれると、きっと鋭い視線でやり返し、シェーラとクロウスを交互に見合う。

 そして、その視線の理由に何となく気付き、クロウスは自然とシェーラを呼び止めていた。

「シェーラ!」

 少し不機嫌そうな顔を向ける。クロウスはその表情に対しておどおどしていた。

「あ、あとで一緒に行こう。お願いだ。シェーラが仕事を終えるまで適当に時間を潰しているから」

 それを聞いてシェーラの表情が一瞬で緩んだ。再び近づくと、クロウスの掌に鍵をのせた。

「これ、イリスの部屋。イリスの日記帳とか色々あるから、時間があるなら読んでいなよ。きっと――読んで損はしない」

「ありがとう。預からせてもらうよ」

 ぎゅっとクロウスは鍵を握りしめた。シェーラは静かに微笑んだ。

 その仲睦まじい様子を脇で見ていた青年は、一人で再び深く息を吐いていた。

「……世話の掛かるやつらだ……」



 シェーラが情報部のドアの取っ手に触れようとしたとき、ルクランシェが反対側からやってきていた。部長を見て笑顔で挨拶をする。

「おはようございます、ルクランシェ部長」

「おはよう。やけに元気だな」

 ルクランシェは目を瞬かせながら、昨日との変わりように驚いている。

「そうですか? いつも通りですよ。どうぞ遠慮なく仕事を申しつけて下さい。部長は島会議の方に出席なさるんでしょう? 雑用は私でもできますから」

「そうか。その変わり様は……レイラか」

「はい?」

 髪の毛をくしゃくしゃしながら、ふっと頬が緩んでいる。ルクランシェがその表情をするのは、何かに対して感心をしているときだった。

 釈然としない中、シェーラはルクランシェと共に情報部部内に入る。情報部の半数以上がノクターナル島の様子を監視したり、引き続き殺人事件の調査をしているため、部屋の中は普段以上に閑散としていた。僅かに残っている人達にいつも通りに軽く挨拶をしながら、ルクランシェは自分の机に向かう。その前に席に座ろうとしたシェーラにも付いてくるよう促される。さらに首を傾げつつも後を追う。 

 ルクランシェは朝の日差しが入る部長机に辿り着くと、椅子に腰を掛け、シェーラに微笑みを向けた。

「シェーラ、すまないな。ちょっといいか?」

 レイラと同じで何か訳がある時には必ず笑顔になって呼び止めるルクランシェに思わず身構えた。

「何でしょうか、部長」

「――しばらく情報部の仕事はやらなくていい」

「……はい!?」

 思わずすっとんきょんな声を上げる。驚愕の表情で返した。

 ルクランシェは椅子に座りなおすと、前に乗り出してシェーラの顔により近付く。そしていつもの事務的口調を出し始めた。



 朝からイリスの部屋でクロウスは日記を読み続けていた。魔法のことや、虹色の書のメモなど知らなかった知識が読むことによってたくさん入ってくる。時々出てくる昔の想い人の名前に胸が詰まりもした。だがそれ以上にイリスが今までやってきたことに対して、脱帽してしまう。

 シェーラやクロウスの後ろで見守り、静かに佇んでいるだけの少女だと思っていたが、実は見えない所で彼女しかできないことをしていたのだ。古代文字をすらすらと読むことを生かして、翻訳をしていたのはもちろんのこと、父親や母親の想いを受け継ぐと決めていたこと。血を流すことすら躊躇っていなかった少女の確固たる決意が垣間見えていた。

 だが、それが逆に辛い。

 エナタもそうだが、どうしてそこまでして自分の身を犠牲にしようとしたのか、納得ができない。

 止めようとした手は今回も届かず、イリスは未だに生死の淵を彷徨(さまよ)っている。

 ぎりっと奥歯を噛み締め、溢れ出る想いを抑えながらも、紙を捲る手は休めなかった。

 やがてお腹も空き始める時間となり、日記帳にしおりを挟んで立ち上がろうとする。その時、ドアが音を立てて開いた。ここに来る人はだいたい知っている人しかいないと思い、相手の顔を見ると、予想通りの人間が立っていた。

 だが何故か肩からショルダーバックを下げている。

「クロウス、今から町に行きましょう」

 爽やかに言葉を発するシェーラにクロウスは首を傾げる。

「昼休みにか? そんな無理しなくてもまた後でいいよ」

「昼休みじゃないわ。私もしばらく仕事しなくていいから、他のことに備えろってルクランシェ部長に言われたのよ。まったくこの忙しい時期に何を言っているのかしら。私は……昔よりは前向きなのに」

 それを聞いてクロウスも胸が疼くような思いがした。話を聞いた限りではおそらくクロウスよりも辛い年月を過ごしてきた娘。それを気にしない上司がいても不思議ではない。

 ようやく数週間前より自然な笑顔が見られるようになったが、やはり埋められない過去はある。

 クロウスはゆっくりとシェーラに近づいて、上から見下ろす形で小さく笑みを作った。

「それはきっと島会議を重視しているからだ。レイラさんの護衛を万全にして、望みたいんじゃないのか?」

「……そうかもしれない。島会議、あの内容は結構荒れそうだしね」

「ああ。きっとこれからのこの国の行く末を大きく左右する会議になるだろう。念には念を入れているに違いない」

 シェーラはその言葉を聞くと、納得したようで首をゆっくり縦に振る。そして上げた顔には微笑みが浮かんでいた。

 やがてクロウスはシェーラに導かれながら、喧騒で賑わうミッタークの町へと足を出向くことになる。

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