6‐18 魔法の真実
時計の針が沈黙の中で音を鳴らして動いている。
ここは魔法管理局副局長室。
現在、実質局のトップの部屋だ。
そのトップのレイラは話し終わると、大きく息を吐いている。時々喉が渇いたためか、飲み物を喉に通していた。だがそれでも、一気に話し続け終わるとどっと疲れるものだ。もう日付が変わっている時間帯。
シェーラやクロウスは口を紡ぎながら、今の話の内容と自分の記憶を照らし合わせていた。アルセドは目を丸くしながら、黄色い石を握りしめている。
その間、部屋は夜の静寂を運んでいた――。
誰が始めにこの静寂を破るのか。そう思った矢先、二人が合わせたかのように顔を上げた。何か言おうとしたが、お互いに譲り合う。だがすぐに風使いは剣士の遠慮さに折れて、疲れ切っている副局長に言葉を発する。
「レイラさん、私達はベーリン家から受け継がれた石で繋がっていた、ということですね?」
「今の状態を見れば、そういうことになるわ。偶然なのか、石が呼んだのかはさすがに定かじゃないけど。ねえ、シェーラはどうして先生を始めとしてベーリン家の人々は石に対してあんなに固執をしていたのかしら? 血を……出すまでに」
逆に問い返されて、シェーラはたじろぐ。
「そんなこと、突然言われても……。そう言えば、祈りの場所に置いてある石と私達が持っている小さな石はどこか関連性がありますよね。つまり……元は同じ石だったとか?」
「石といえば、それは魔力を増幅させるとも聞いたことがある。それも関係があるんじゃないのか?」
「イリスさんもあの石を大切にしていた。石が壊されることが国の崩壊になるみたいなことを言っていた」
クロウスやアルセドが横から付け足しをした。レイラは首を縦に振りながら、その意見を肯定する。
「そう、あれらの石はとても重要なものであり、これからを導くものと書かれていた。――それは魔法の三大原則にも通じるらしい」
それを聞いてクロウスとアルセドは首を傾げる。だがシェーラだけは目の色を変えた。
うやむやに浮かんでいた記憶が少しずつ繋がり始める。その記憶をゆっくりと声に出していく。
「もしかして、魔法は無限のものではない、有限のものである、ということと石が関係あるってことですか?」
クロウスはその内容に目を見張る。彼にとっては初めて聞く内容だからだ。
シェーラは無言のままのレイラを見て、それを意図していることであると判断する。
「イリスも実際に言っていたし、日記帳にもしきりに書いてあった。魔法は無限の産物じゃない、有限の産物であり、いつかは尽きる。つまり魔法が使えなくなってしまうということ……。そうよ、ずっとそれを危惧していたんだわ!」
熱を帯びたようにシェーラは言い切った。
アルセドはそれを聞いてもなお、信じられないという表情をしている。
「イリスさんが言っていたのを疑いたくないが、魔法が使えなくなるって、そんなことあるわけ――」
「あるわよ。時々、魔法によって回していた発電所が止まることがある。機械の故障と表向きではしているけど、大抵が原因不明よ。どうして水に勢いがなくなったり、火力が衰えたり、風車の周りを包んでいた風がなくなったりするの? その部分は実は魔法に頼りきっているから。そう、魔法が有限であると仮定すれば、威力が落ちることもそれで説明できる」
シェーラの猛攻により、アルセドは言い返せない。発電所の話は多かれ少なかれ、誰でも知っている事実であった。しかしクロウスにはどうも腑に落ちない点がある。
「魔法が有限かもしれないという話はひとまず置いとこう。それよりも石が破壊されることによって国の崩壊に導くという関連性が全然わからない。魔法が有限であり使い過ぎれば、確かに国の繁栄は損なわれるかもしれない。だが、崩壊まで行くものなのか?」
それに対してシェーラは言葉が詰まった。視線を宙に浮かせながら返答に迷う。急に勢いがなくなった。レイラはそれに対して助け船を出すようにそっと付け足す。
「魔法には限界がある。そしてもし祈りの場所にあるものより大きい石があったとしたら? そうあの石はあくまで付属品として考えるのよ」
「それは先生が言っていた魔法の限界……石……。って、まさか――!」
シェーラは目の前にあった机をばんっと叩きながら、立ち上がった。全身で驚きを表現する。
「シェーラ、一体何を思いついたんだ?」
クロウスの声にシェーラはゆっくりと首を向け、適切な言葉を噛み締めながらそれに答えた。
「魔法はある特別な石……そう、魔法の源と呼ばれるものを削ることによって発生するのよ! そしてこの石はその源のカケラ。そうすれば、このカケラによって魔力を増幅させたり、抑えたりすることができることも筋が通る。だってこれ自体が魔法だから。これが――魔法の真実。先生がずっと伝えたかったことなのよ!」
シェーラはゆっくりとソファの周りを歩き回りながら、考えをまとめる。
「そう判断すると、有限と言うことにも納得がいく。石という有限の物が削られれば、いずれなくなってしまう。そして激しい魔法を使うことによって、石に大きく圧力がかかればどうなるかしら? 一気に石は削られ……破片が飛び散るでしょう。その破片に魔力がこもっていたら、大変なことになるわ」
「そうかもしれないが、そんなに激しい破片なのか? あくまで推測じゃないか」
「もちろん推測よ。でも石のカケラがそう言っている気がしない? それにこのカケラだけでも充分凄いのよ?」
シェーラは胸元から取り出した薄い緑色のペンダントを見せる。きちんと丸みを帯びていない石はある大きな石から取れたカケラと言ってもおかしくはない。そのカケラは仄かに輝いていた。クロウスもすぐに橙色のカケラを取り出す。同様に輝いている。
「もしそのような事態になれば石の大きさにもよるけど……、三百年前の大地震と同様なことが起こるんじゃないかしら? 大地震とは限らないけど大きな災害が起こる。それはきっと国の崩壊に導く。今言ったのは私の推測だけど、きっと虹色の書を読めば載っていると思う。魔法には源があるって書いてあるくらいだから」
シェーラが言ったことは全て推測の域だった。クロウスやアルセドから何か言われれば反論するのは難しい。
だがカケラは共に言っていた。それが是であると――。
レイラの方に視線を向ける。そこにはにんまりと笑みを浮かべて腕を組んでいる女性がいた。
「さすがね、シェーラ。先生が見込んだだけのことはあるわ。あれしかない情報からそこまで持っていくなんて」
「それじゃあ、本当なんですか? 先生もそう言う風に推測したんですか?」
「推測を通り越して確信になっているわ」
レイラは局長の日記帳のあるページを開いた。そこには各島の祈りの場所と中央の孤島が赤印で丸が付けられている。三人は覗き込んで息を呑んだ。
「これは……」
「この国に散らばっている石達の在り処よ。そして孤島に源がある」
「孤島に源が? 一番可能性としては高そうですが……。ちょっと待って下さい、レイラさん。孤島には今まで行けた試しがないって言っていたじゃないですか!」
クロウスがレイラの言葉に敏感に察知して、声を上げた。だがレイラは深いため息で返す。
「行ったことがないはずだった。でも先生は行ったという事実だけを日記帳に書いてある。そこで七つのカケラを得たらしいけど……。どうやって行ったかはどこを探しても全く書いていない。たぶん島のどこかに抜け道とかあるのでしょう。先生は意図的に記録を残さなかった。まるで行かせたくない、そう、グレゴリオ辺りに絶対に行かせたくないように」
「そうか……。石は魔力を増幅させる働きがあるから、それを絶対にやりたくないわけか」
レイラの言葉に納得するクロウス。それでもまだ頭に引っ掛かっているものがあるが、依然考え込んでいる。そんなクロウスを脇に置いて、シェーラはレイラにぽんっと思った質問を言った。
「魔法は有限の源から発生していく……。いつ尽きるかはわからないんですか?」
「それこそ本当にわからない。実際に源を見て、どれくらいの魔法によってどれくらい削られるかを調査しなくてはいけないから。さすがに先生はそこまで手が回らなかったみたい」
「それじゃあ、私達が生きている間か、子供や孫の世代に尽きるかどうかはわからないわけか……」
口を尖らせながら、シェーラは想いを巡らす。話に追いついていないアルセドはレイラに対して確認のように尋ねる。
「つまり魔法を急激に使うとこの国が崩壊する恐れがあるけど、今まで通り普通に使っていれば、何も起こらずにいつか突然魔法が使えなくなると言うわけだよな?」
「簡単に言えばそうなるでしょう」
「そうか、なら少し安心した。そうすぐに魔法はなくなるわけないし、たぶん俺達が生きている間は大丈夫じゃないか? 今まで三百年も持ってきたし。ならそこまで急いで――」
「アルセド、その考えは間違っているんじゃないのか?」
クロウスはゆっくりとアルセドに視線を向ける。シェーラはあまり積極的に発言しない剣士の瞳に真っ直ぐな想いが映っているのに気づく。クロウスは口を一文字にして首を横に振った。
「今だけよければいい、そんな考えは間違っている。いつかは尽きるとわかっていて、それを後回しにするのは俺達の子供や孫の世代、そして未来の国の人々にただ押しつけているだけじゃないか! このまま何もなかったかのように使い続けていいのか? 俺達が先に生まれたから、好き放題使っていいのか?」
クロウスは胸に想っていたことを次々と言っているようだ。魔法は多かれ少なかれ誰もが利用している。その便利さがいつまでもあればいいと思っていたが……それは叶わない。未来を常に想っていた少女と共鳴したように、声を上げていた。
「俺達が使っているものは、今の時代のものだけではない。国、そしてこの大地が生き続けている限り、全ての時代に通じるものなんだ! それを好き放題使っていいわけがない!」
クロウスの声に一同は黙りきった。
アルセドに反論する余地はない。レイラは腕を組みながら、俯く。シェーラにもその言葉が 深く心に沁み渡った。今だけでなく、未来を見据えた声に胸がざわめく。
その通りだった。
無限でなければ、そのようなことになってくる。魔法を管理しているものにとって、その事実があるのならば――今まで通り動いてはいけないだろう。
「……クロウスの言うことはもっともだわ。今から有限でなく、無限のものを上手く利用をしなくてはいけないわね」
シェーラはちらっと見上げ、電気に指す。
「例えばこの電気を得るためのエネルギーは大半が魔法によるもの。でも魔法というのは自然の循環を使うこと。だから魔法を使わずに上手く自然と調和するように促せば――大丈夫なはずよ」
そう言いながらも、シェーラの額には若干汗が浮かんでいる。言いきれる保証はない。今まで当然とあったものが、いずれなくなるとは考えきれないからだ。
すると今まで黙っていたレイラは急に一冊の分厚いファイルを机から取り出し、三人の前にある机に置いた。そのファイルのタイトルを見て、シェーラは困惑に満ちた視線を送り返す。
「レイラさん……、これはなんですか。“島会議資料”って。しかも日付が迫っているじゃないですか!」
「部長階級や総合部には詳しいことはとっくに知らせているわよ。そして他の島のお偉いさん方にもね。他の部への詳細については明日知らせる。それにしてもそこまで驚くことでもないはずよ。いつもこの時期にデターナル島で会議を開いているでしょう?」
島同士の会議はノクターナル島が出席しなくなってからは、年に三回ほど行っている。そして次の会議はデターナル島で開かれるのだ。
それを思い出し、シェーラは縮こまりながら返答する。
「あ、そうでしたね……」
シェーラは一ページ目を恐る恐る開く。そして目に飛び込んできた文字に三人は驚愕した。
「――“無限ではない有限の魔法の今後の在り方について考え、魔法に変わるエネルギーを検討する”つまり、今の内容を会議に出す……ということですか? どうして急にこの内容を?」
「急じゃないわよ。先生との期間を入れたら約五年も煮詰めている内容。それがようやく会議として公に出してもいいと判断した。まあそれ以外にも時間が押し迫っているのもあるけど……」
シェーラは何故か気が抜けてしまった。あれだけ考えを巡らしたのに、レイラはすでに先を見越して進めていたことに素直に驚く。クロウスも同様の表情をしている。
「だけど魔法が有限なものって、みんなが納得したのか? 俺だって未だに信じられないぞ」
アルセドは思いついたように疑問を投げかけてくる。
「わからせるのには相当時間が掛かったから、五年も経ったのよ。未知なる魔法だからそういう可能性もあるだろうと、大多数はようやく首を縦に振った。あとは先生の人柄のおかげ。あの方が言うと信憑性が高いみたいでね。全く頭が上がらないわ」
レイラは溜息を吐きながらも、薄ら笑みを浮かべていた。どこか島会議を楽しんでいるようにも見える。
シェーラは自信を落ち着かせながら、話をまとめ上げた。
「つまりベーリン家は、魔法は有限であると言うことを伝えたかった。そして石を守ることで国を守ろうとした。石が破壊されたりするとあるバランスが崩れるから……と、イリスの日記に書いてあった。そしてそうさせないために血の結界を張るのが一番いい――特に魔法の血を濃く含んでいる、純血は効果が絶大だから……」
そう言いながら、シェーラは歯がゆい想いが浮かび上がってくる。結界の種類にはいくつもあるが、意思を持った血の結界ほど強力なものはない。だから、今後も相当な破壊魔法を使わない限り、あれらの石は壊されないだろう。命を全うしてまで石、国を守ろうとした人々がいるのに対して、自分達は何も知らずに生きてきたことを思うと、非常に複雑な気分だった。
レイラはそんなシェーラの頭を撫でながら、クロウス、アルセドに向かって言い渡す。
「島会議をあと三十日後に開催する。その時に三人にはその場にいて欲しい。無理は言わないけど、カケラの想いを繋がれたものとして……ね。でもそれには建前が必要だから、私の護衛として推薦したいと考えている。また後日詳しい事は言うわ。今日はひとまず寝ましょう。一度頭の中を整理する必要があると思うから」
レイラから言われて、シェーラは時計の針を見た。もう夜遅い時間となっている。いつのまにこんなに費やしたかと思うと、急に眠気が襲ってきた。
重い足を引きずりながら、レイラに挨拶をして三人は部屋から出る。
アルセドはレイラからの言葉により何かを考えているようで、怖いくらいに無口だった。しゃべる気力もないのでシェーラとクロウスも何も言葉を発さない。
だが妙に心が開けた気がした。
今まで雲で覆われていたが、徐々に雲はどこかに流れていくように。
ベーリン家の想いは確実にカケラとともに繋がれている――そう、実感できたのだった。
いつもお読み頂き、本当にありがとうございます!
追憶編も終わり、今話でようやく第6章は終わりとなります。
今章は今までの伏線回収やこれからに通じる大きな段階を踏みました。
そのため最も長くなり、執筆にもかなり時間を費やしました。
上手く伝えられているか少々不安ですが、今後も頑張って完結までもっていきますので、どうぞよろしくお願いします。
また第6章執筆期間に、頂いたイラストなどを堪能したいと思い付き、拙いですがHPの方を作成しました。
(http://mizukaluckyclover.web.fc2.com/top.html)
目次等からもリンクを張りましたので、よろしければご覧ください。
もう少しこの小説は続きます。ご感想やご意見などを頂けたら、非常に嬉しいです。
次章は追憶から明けた朝から始まります。
よろしければ、今後も引き続きお読み頂けると幸いです。