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虹色のカケラ  作者: 桐谷瑞香
第一章 風の導き
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1‐8 日の出前の突入

 辺りは闇で包まれていた。前も横も一面、闇。

 だが、一点だけ小さく明るいものが動いていた。

 夜もだいぶ過ぎた時間。雨はようやく小雨になっている。シェーラとクロウスは、ランプの炎を頼りに黙々と歩いていた。目指すはイリスがいる、昔使われていた見張り塔。そこまではもう少し歩く。

 シェーラは先ほどと同じ恰好で寒さ対策用の濃い緑色のローブを着て、小さいリュックを背負っている。そして、腰には短剣が備えられていた。クロウスも血で汚れた服を替えた以外は特に変わりはなく、バックを左肩にかけている。腰にはあの使い込まれた剣と、予備用の短剣を備えていた。

 シェーラは腰から懐中時計を取り出すと、時間を確認する。もう少しで四時になりそうだ。前方を見ると、闇の中にひと際輝いている場所があった。

「あそこに見張り塔があるわ。三階に分かれていて一階に玄関が。窓はいくつかあるけど、そこまで多くはない。さて、どうしようか?」

 どこの店に行こうかという緊張感など感じさせない聞き方。クロウスはこれもそうだが、それよりも感心したことがあった。

「あの短い時間でよくそこまで調べたな」

 シェーラが診療所を出て戻って来るまでの時間と、今歩いてきた時間を比べると、若干今のほうが短いだけだった。

 たしかに、今は余計な体力を使わないように酷くぬかるんでいるところを避けたりして最短距離を歩ってはいない。しかし、最初から見張り塔にイリスがいるとわかっているわけでもないのに、ここまで早く往復するのは至難の技だ。

「まあ、情報部ですから」

「……いや答えになってないけど」

「ちょっと風を使って、歩測を速めればいいことよ。それに割と方向感覚はいいほうだし、そう簡単に迷わないわ」

 シェーラはそう言うと、クロウスの顔を覗いた。

「で、どうする? 窓はガラスがついているから、窓から侵入するのなら割らないと無理かもしれないけど」

「じゃあ、正統派に突入しようか」

 クロウスは多少考えたが、あまりいい考えも思い浮かばずそんなセリフを言った。その意図に気づいたシェーラも思わずはにかんでしまう。

「堂々と、ってことね。では、私が先に行くから、あとの援護はよろしく」

「ああ。一階くらいは二人で静かに片づけて、二階以降、シェーラはイリスさんの救出を第一に考えて、先に進んでくれ。ソレルと対峙した時は俺が引き受けるから」

「了解。では、よろしくね」

 シェーラはクロウスにそっと微笑みかける。クロウスも表情を緩ませて、顔をほころばせながら了解したという返事をした。

 ようやく雨が止みそうだ。だが依然として、辺りは暗いままだった。



 見張り塔の正面玄関には二人の兵士が眠そうにしながら座り込んでいた。あと少しで深い眠りにつきそうだったが、残り三十分ほどで交代の時間。ここで眠ってしまい、それが知られたらたまったものじゃないと、必死に眠気と格闘していた。

 夜の四時を過ぎたとき、森の中から人が一人、こちらに歩いてくるのが見える。フードを被っているため顔は見えないが、体格からして女だろう。その人は大股五歩くらいほど離れたところで立ち止まった。不思議に思った兵士は立ち上がり、一人が数歩歩いて距離を縮める。

「君、こんな時間にいったい何のようだい?」

 返ってきた言葉は少し高めの声であった。

「あなた達こそ、おやすみの時間でしょ?」

 後ろのほうで、何かが倒れる音がした。それに気づきすぐに振り返ろうとする。だが振り返りきる前に腹に衝撃が加われ、そのまま意識を失ってしまった。



 フードを脱ぐと、シェーラはリュックから縄を取り出し、適当な長さに切り、兵士の気を失わせたクロウスに渡した。手を後ろに、そして足を慣れた手つきで二人は兵士達を縛り上げる。

「注意力がないわね、最近の兵士は」

 さっきの高めの声とは一転して、少し低めに近い声で囁くように言った。

「この時間に人がいるなんて、普通変と思わないのかしら」

「まあ、いいじゃないか。さてと、こっちは縛り終わった」

「こっちも終わったわ。一応剣を抜いて、手の届かない所に置いてから中に突入しましょう」

 兵士達の腰にあった剣を抜きとると、少し遠目の木の根元に置いといた。ここまで行くには体を頑張って這いずらなければならないだろう。

 シェーラは玄関の扉を軽くノックした。扉のすぐ脇にクロウスが拳を固めながら待ち構えている。

 何回かノックすると、やっと中から声がした。

「おい、まだ交代の時間じゃないだろ? もう少し寝させろよ」

 だが、シェーラはまだノックをし続ける。そのうち扉に近づく足音がしてきた。もうすぐ扉に最も接近する瞬間だとシェーラは感じ取る。それを目で合図をし、クロウスは頷き返す。

 そして思いっきりドアを開けた。

 扉に触れようとしていたのか、外から思いっきり開けられたためその反動で面白いように兵士が一人、外に飛び出てきた。

 びっくりした兵士は足をもつれさせながら、扉に引っ張られる。

 だから、横で待機していたクロウスに気づくには数秒を要す。その間にみぞおちに拳を入れると、そのまま兵士は倒れこんでしまった。

 それを見た中にいた兵士達は眠気が一瞬にして飛び去る。だが、手元にある剣を握りきる間に、クロウスとシェーラは中に突入した。

 そして片っ端から中にいた兵士たちを体術だけで、戦闘不能にしていく。

 何人かは切りかかろうとしたが、握っているほうの腕に衝撃が加えられたため、剣を落としてしまう。その隙にいとも簡単にやられていく。

 一階にいたのは八人。やがて、数分で全ての人が立てなくなっていた。

 シェーラは額に少しだけ出た汗を拭き取る。クロウスにいたっては汗すら掻いていない。

「上の階に何人いるか聞き忘れちゃったわね」

「今、全部で十人倒した。あと一桁くらいだろ。心配する必要はない」

「あら、わかるの?」

「……俺らが崖から飛び降りる前の人数から引いただけだ」

 淡々と言うと、部屋の中に階段が備え付けられている二階へ続く階段を見た。

 クロウスが先頭になり、階段を上り始める。



 二階に着くと、さすがにそこまで愚かではなかった兵士達が剣を抜いて待ち構えていた。

 人数は九人。一階よりも時間がかかりそうだ。

「下の階で妙な音が聞こえたと思ったら、お前達だったのか」

 兵士の中で一番年長の人がしゃべった。昨日の昼の出来事から、この二人の実力は高く評価しているのか、迂闊に手は出してこない。

 クロウスは兵士達の奥にある階段を見据えた。

 そしてゆっくりと剣を抜きとり、構える。

「そこをどいてもらいたい。その上に連れてきた少女がいるんだろ?」

「それは出来ない相談だな。そんなに上に行きたいのなら、倒してから行きな!」

 ひとまず時間を稼げと命令をしたのか、自分たちから間合いを詰めようとはしなかった。

 クロウスはそんなのお構いなしに、一歩一歩詰めていく。緊張が走る。

 ある程度詰め寄ると、剣を握りなおし、一気に駈け出した。兵士達もそれに反応し、何人かが駈け出す。

 動かなかった兵士たちもクロウスとその他の対峙を見ていたとき、微かに風が吹いたような気がした。

 気がつくと、後ろにいたシェーラが軽々と兵士たちの頭を飛び越えているのだ。

 それに気づいた兵士は剣を上に向け、叩き落そうとする。だが、いとも簡単にあしらわれると、シェーラは階段の前に降り立った。



 シェーラはすぐに後ろを振り返り、手に持っていた目潰しの粉を振りまく。直撃した兵士は思わず目を閉じて、涙目になりながら粉を目から出そうとしていた。

 一時戦闘できなくなった兵士と奥で剣を振っているクロウスを横目で見つつも、一人三階へと上がる。

 三階に辿り着くと、そこにはあの口の達者な優男とイリスがいた。

 優男はイリスの脇に立っており、突然の来訪者に驚きを隠さず、慌てている。

 そしてよく見ると、優男の脇で横たわっているイリスの手にはきつく縄が縛り付けられ、猿轡をかませられていた。擦り切れ、痣ができた足が露わになってスカートからでている。目にはうっすら涙さえも浮かべているようだ。

 その姿を見て、一瞬にして怒りが頂点に達したシェーラは短剣を抜き、恐ろしい形相で優男に近づいて行く。

「お前……、一体何をやらかしたの!?」

 あまりの殺気に優男は足を半歩後ろに下がった。腰に剣が備え付けられているが、抜こうという気配はまったくない。

「さ、騒がしいから、少し大人しくしてもらっただけさ!」

「あら、そこまで縛り付けておけば、騒がしいなんてたかがしれているじゃない。もしかして、その子に厭らしいことなんてしてないわよね!?」

 さらに殺気を増していく。優男は声を上げながら、必死に返答した。

「するわけないだろ! 純血のお嬢さんにそんなことしたら、俺の命がやばい……。体なんてどうでもいいんだよ。上の連中はこいつの純粋な血が欲しいだけだろ!」

 理性を保っていた線が音をたてて、一瞬にして切れた。

 風を一瞬で出し、瞬間的に優男に近づいて短剣で切りかかる。

 だが、優男とシェーラの間に一人の体格のいい男が入り、長剣でシェーラを切ろうとした。

 その気配に気づくと、勢いを押しとどめて、二、三歩後ろに後退する。気づくのが多少遅かったのか、切られた頬には血が浮かんでいた。

 深く息をつくと、男を真正面から見据える。

「あなたのこと、すっかり忘れていたわ。イリスさんを連れ去った張本人であり、クロウス達と護衛につき、アストンさんを重傷に追いやった人物。でしょ? ソレルさん」

 無表情だったソレルの顔はわずかだが動いたようだ。重々しい低い声がシェーラの耳に届く。

「アストンはまだ生きているのか」

 ちょっと意外な返答にびっくりした。

「自分でやって、よくそんなことが言えるわね」

 ソレルを上から下まで見まわしたが、武器は手に持っている長剣くらい。ただ、少し生気のないような目をしているのが気になる。無口な人だとは聞いていたが、それとはまた少し違う。

 そんなことよりも、今はイリスのほうが先決だった。

「――そこをどいてくれないかしら?」

「……断ると言ったら?」

「無理にでも、どいてもらう」

 右手に短剣を左手に風を包み込ませながら、シェーラはソレルを睨みつける。

 そして、ソレルに向かって駆け出し始めた。





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