表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虹色のカケラ  作者: 桐谷瑞香
第六章 追憶の先へ
88/140

6‐15 空虚

 葬儀の後、シェーラは医療部の病室で入院していた。傷が塞がって出血はなくなったが、しばらくは以前のように動くこともままならない。そして血も多く流したため、輸血をしながら入院している。もう少し流れていたら命にかかわっていたと言う。

「本当は命にかかわっていたのに……」

 プロメテがどういう仕組みで血をシェーラに送ったかわからないが、相当な量を送ったらしい。その血はシェーラの血液と一緒に流れ続けている。

 シェーラの掛かり付けの医者、ボルタが初めて彼女の傷を見た時はひどく驚いていた。普通ならば死に直結するはずの大怪我の傷が塞がっている。何があったかとシェーラに聞いたがよくわからず、レイラが隣から助け船を出す。それを聞いて、再び唖然としていた。

「そんな話、聞いたことがないぞ。魔法で人を治療するなんて」

「私も聞いたことがありません。先生は禁忌の呪文を言っていたようでした……」

「確かに局長の言い分もわかる。魔法はこの世にある“流れ”と呼ばれるものを使い、促すと言われている。無の所から有は生み出さない。局長はシェーラの細胞を自身の魔力で増殖させたと言うことか……。ただ調べてみないとわからないな。もしそんなことが可能だとしたら、これはすごい発見だ」

「……そうですね。ですが禁忌とされているもの。それは何らかの理由があって禁忌となっているのだと思います。おそらくその魔法を使えば術者の体力を酷く削る。そう……命を掛けるくらいに」

 レイラの沈黙にボルタも口を閉じる。シェーラはそれが自分のために使ったプロメテのことを指しているのだと気付く。だがなるべく平静を装うようにその場を誤魔化した。

 そしてしばらく続く入院の日々。

 情報部の面々も見舞いに来る。それを適当に愛想を出しながら相手をした。多少は気が紛れたかと思ったが、一人になれば物寂しさが増していく。

 両腕に嵌められた腕輪は外そうと思っても外れない。そして首から下がっている緑色の石のペンダントもそうだ。レイラから言われたが、どうやらプロメテから受け継いだ膨大な魔力を抑える働きをしているらしい。だから無理矢理外せば、自信に大きな影響を与えるそうだ。そんなことは今のシェーラにはどうでもいいことだった。ただこれらを見ることでより重みとなって圧し掛かってくる。

 シェーラにとって入院の日々で癒されたのは、背中以外の体の傷だけだった。

 背中の傷はある程度薄くなったものの、一生残る傷だと宣言される。そしてそれよりももっと深い傷が残っていた。

 決して消えることない、心の傷――。



 ようやく日常生活を他人の手を借りなくても動けるようになり、入院してから二週間後、ようやく退院しシェーラは情報部へと戻った。久々に慣れ親しんだ椅子に座ると何故かほっとする。

「シェーラ、もう大丈夫なのか?」

 眼鏡を掛けた優男――ルクランシェが近づいてきた。レイラと同じくらいの歳だが、次期情報部部長と言われているのが納得するほど、頭の回転が速い男性だ。

「はい、ご迷惑かけました。まだ外には出られませんが、中で書類や情報の方を整理しますので、遠慮なく言ってください」

「わかった。くれぐれも無理するな」

「ありがとうございます」

 軽く会釈をしてその場を流す。

 やがてルクランシェは惜しげもなく集められた情報の束をシェーラに渡した。それを読み漁り、重要な所を集中して書き出し、関連性を求め始める。ただそこにある内容を必死に考えを繋ぎとめればいい。余計なことを考えなく済むため、とても助かっていた。

 だがそんなルクランシェの好意はすぐに他のことによって消えてしまう。

 昼食をとるために廊下を歩いているときだった。一瞬、シェーラは違和感がしたのだ。何となく振り返ると、二人の女性が慌てた様子でシェーラから視線を逸らす。何か二人でこそこそ話していたようだ。

 再び前に目を向けると、そこには多くの視線がシェーラに集まっていた。ただ全員がそうではない。その人達に視線を合わそうとするが必ず避けられる。疑問に思いながら歩くと、様々なひそひそ声が聞こえてきた。

「局長と一緒に出かけて大怪我したって子よね……?」

「ええ、一体何があったのから」

「あの人、確か情報部の人。確か前も怪我したって聞いたぞ」

「まだそんなに年齢もいっていないのに、どうしてそんな所に行かせたのか……」

「局長はあの子を(かば)ったんじゃないのか。だってあの局長がそう簡単に――。力もまだそんなになさそうだし……」

 シェーラは話し声が自然と耳に入ってくるのを拒絶せず、そのまま歩き続ける。そして食堂ではなく外に出ていき、誰にも見つからないように木の元に小さく(うずくま)った。

 話の内容は大方がシェーラの身を案じるものだったが、一部ではそれ以外の内容もある。

 その一部の内容を突きつけられてまともに思考が反応しない。段々と実感してくる、視線の理由。

 気づいた時には、どうしようもない恐怖と苛立ちに襲われていた。

「私が弱かったせいで先生が――」

 呟くと全身が震えた。改めて見る事実が怖い。そしてシェーラは弱いことに対して酷く苛立ちを覚えた。

 きっとレイラ達に聞けばそんなことはないと言われるだろう。あれはグレゴリオのせいだ、不運な事件だったと言いながら。それでも事実だけを見ればシェーラが人質となって、プロメテは助けに来た所を襲われたと見られる。

 プロメテ・ラベオツは偉大な人だった。

 常に他人のことを気にかけて、まとめ上げる姿。誰もが憧れていた人は――もういない。

 シェーラの心の中はどうしようもない空虚感で漂っていた。



 レイラはようやく局長の葬儀後のやりとりが一通り終わり、一息付いていた。まだ慣れ親しんだ副局長室で仕事をやっている。部長達からは次の局長だから、局長室でやってもいいと言われたが、それはレイラ自身が許さず、局長室より狭い副局長室でやっていた。

 いつかは移らなければならないのかもしれない。だが、それはプロメテ局長がいなくなった事実を突きつけるようなものだった。

 何気なく鍵付きの一番上の引き出しを開ける。そこには超重要な書類やハンコ、ユノから受け取った石などが入っていた。そして――古びた細い針金で繋がれた三つの鍵。それを見ると、飛び上がるように椅子から立ち上がった。そして鍵を手にして急いで局長室へと向かう。

 副局長室から局長室へは総合部の中を通ってから行く。夜とあって、人は少ない。

 局長室は掃除をしたためかいつもより格段に綺麗だった。書類の山が床にまで積もられていたのも、もう過去のことである。

 レイラは一目散に局長の机に向かった。そして椅子を引きずり出し、机の下を覗く。思ったとおりに鍵穴が三つ付いている頑丈そうな片腕の長さほどの金庫がある。

 緊張な面持ちで鍵穴に鍵を差し込み始めた。小気味がいい音をしながら次々に開いていき、全てを開いた所で金庫の取っ手を引く。中にはぎっしりと紙やノートが詰まっていた。

 レイラは手始めに一番上にあったノートを手に取った。表紙には日記帳という題名と日付が書いてある。その場で読もうと思ったが、やはりじっくりと腰を据えて読もうと思い直す。金庫を再び閉じてその日記帳だけ持ち、総合部を通り抜けて副局長室に戻ろうとした。

「サブ、ちょっと待って下さい!」

 薄茶色の髪の小柄な女性がレイラを見るなり、呼び止める。

「何よ、メーレ」

 二、三歳下の部下を見ると、もう一人見知った青年が隣にいた。青年はレイラが何かを言う前に遠慮なく近づいてくる。目を丸くしながら、青年に話しかけた。

「ルクランシェ、一体どうしたの? あなたがここに来るなんて珍しいじゃない」

「シェーラのことで相談があって来た。ここでは話しにくいから……」

「いいわよ。今、ちょうど休憩している所だから。副局長室で話を聞くわ」

 そう言うと、レイラの後にルクランシェは大人しく付いていく。レイラとルクランシェは入局したときから何かと張り合っていた。歳を経るにつれてお互いに良い所を認めるようにはなったが、それでもこういう風に何かを相談をしたり、話すなどほとんどない。

 本当は適当にあしらってもよかったが、真剣な眼差しとシェーラという単語には反応してしまう。

 副局長室のドアを閉めると、ルクランシェは座りもせずに話し始めた。

「単刀直入に言おう。シェーラが情緒不安定だ。しばらく局から離れてもらおうと思うのだが、どうだ?」

 レイラは日記帳を机に置いて、振り返る。曇りのない視線と内容に首を傾げた。

「シェーラが……? 最近はちゃんと話していないけど、元気がないだけでいつも通りじゃない?」

「傍から見ればな。よく目を凝らして見れば、仕事もどこか上の空になっている。局長のことでかなりまいっているようだ。まあ局長の死自体じゃなくて、他の所に心が折れているみたいだが」

「何よ、他の所って」

「ああ、ずっと部屋に引きこもっていたレイラにはわからないか。噂だよ、良からぬ噂が流れているんだ。その噂を塗り替えようと俺が他の噂を流しているが、それでも追いつかない」

「もう、もったいぶってないで言いなさい。噂って何よ!」

「局長が死んだのはシェーラが弱く、そのためにかばったからだ、というものだ」

「……え?」

 レイラは唖然と口を開く。全く聞き覚えのないものだったのだ。すぐに反論する。

「そんなことあるわけないじゃない! 確かにシェーラは実戦での経験は浅い方だけど、弱くはないわ。今回は相手が強すぎただけ。だってノクターナル島の影のトップとその側近よ! 私だって正直戦闘不能にまで追い込めるとは思わなかった。運良く相手が油断していたおかげで……」

「事実と噂は違うものだ」

 ルクランシェは冷たく言い放った。レイラが口を紡ぎながら、見えない噂に苛立つ。そんな彼女に対して、そっとルクランシェはそっと右手を右肩に乗せた。レイラはちらっと見上げる。穏やかな視線が向けられていた。

「噂というのはしばらく時間が経てば薄らぐ。それにシェーラにも気分転換が必要だと思う。そう思わないか?」

「そうね……」

 レイラはルクランシェの温かみに感銘を受けた。そしていつもの突き放した口調ではなく、微笑を浮かべながら素直な気持ちを伝える。

「ありがとう、ルクランシェ。シェーラのことを気遣ってくれて」

「上に立つものくらい周りのことが見えなければいけないだろう」

「その通りだわ。さて、そうとなれば、休暇を出すように情報部部長に頼んできましょうか。シェーラの心の傷が治るかはあの子自身に掛かっているけど、そのきっかけぐらい作ってもいいわよね」

 苦笑いをしながら、レイラはルクランシェと共に部屋を出て、情報部に向かった。

 そして部長の口からシェーラに強制休暇が言い渡されるまで、時間は掛からない。シェーラはしぶしぶとその次第に従い、二週間ほどの休暇を取ることになる。



 ゆっくり家や近場の町で過ごすかと思われたが、シェーラは一頭の馬を借りて、局から出て行くことに決めた。しばらく一人になりたいのだと言う。休暇中なのだから、それを咎めることもできない。

 レイラに軽く挨拶しに来た時にはまだ浮かない顔をしていた。

「少し局を離れますね。忙しい時なのにすみません」

「今はそこまで忙しくはないわよ。ゆっくり休んでいらっしゃい」

「ありがとうございます」

 深々と一礼をすると、シェーラはレイラに背を向けて、歩き始める。

 長くも短い休暇だが、少しでも元気を出し、前向きになってほしいと思いながら、その背中の主を見送った。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ