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虹色のカケラ  作者: 桐谷瑞香
第六章 追憶の先へ
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6‐14 家族

 その後、夜に差しかかった頃に、ダニエルが小さな隊を率いて小屋を訪れた。そこで目にしたのは、いつも的確に局長を補佐していた女性と怯むことなく常に向上心を求めていた少女が涙に枯れて途方に暮れている姿だ。

 金色の髪の女性はダニエルの姿を一瞥すると、プロメテの顔をじっくり見ながら自嘲気味に呟きながら立ち上がる。

「始めから分かっていたのね、こうなることが。ダニエル部長をここまで来させるなんて……」

 そしてもう一人の少女はただ呆然と虚ろな視線でプロメテを眺めていた。声をかけても反応しない。ようやくレイラが立たせようと腕を持つと、引き摺られるようにして立ち上がる。シェーラの背中には痛々しい傷跡が残っていた。

 ダニエルは何年も共に行動をした二度と動かない友の穏やかな顔を見ながら、自分の防寒用のローブを巻きつける。これは友としての最後の仕事であるかのように、ただ淡々と作業を進めていった。



 * * *



 クルールから馬車を一台借りて一同は魔法管理局へと戻る。簡易の棺には今は亡き局長がひっそりと眠っていた。

 シェーラはダニエルに支えられながら馬に乗っている。時折寝ているときに呟く内容がレイラに取っては痛々しい。

 町の片隅に馬車を停めて休憩を取り、ダニエルと二人きりになった時に、レイラは何気なく尋ねていた。

「ダニエル部長、先生のご家族の方は知っていますか?」

「……ああ、知っているよ。何度か会ったことがある」

「その方たちに先生のことは教えた方がいいのですか?」

 ダニエルはそれを聞くと(おもむろ)に腰に付けている小さな鞄から一通の分厚い手紙を取り出し、レイラに渡した。

「プロメテが渡して欲しいと言っていた。レイラが何だか忙しくて渡すのを躊躇っていたらしく、クルールの方に行く前に俺に渡していった。どうしてそのタイミングにしたのか、意図はわからないが……。今いる隊の中で、プロメテの家族の所在を知っているやつがいるから、一緒に行ってくるがいい」

「……わかりました。葬儀までには必ず戻ります。場所はどこですか?」

「ソルベー島のイリデンスという小さな村だ。そこにプロメテの妻と娘が一人いる。だが大丈夫か? レイラも疲れきっているだろう?」

 レイラは微かに笑みを浮かべる。

「これからが大変なのにそんなこと言っていられませんよ。ではありがたく行かせて頂きます。……シェーラのこと、よろしくお願いします」

 ダニエルに深々と一礼をすると、レイラは急いで別行動の準備をし始めに馬車の方に戻って行く。分厚い封筒にはプロメテの想いが一心に詰まっているように感じられた。



 レイラはダニエルの側近の一人と共にソルベー島へ向けて馬を走らせる。道中長くなるのは分かっていた。

 ずっと走り続けても、行くだけで一週間以上はかかるだろう。それでもただ進めるしかなかった。ひたすら無心に走り続ける。

 そして、一週間過ぎた頃にようやく目的の場所に辿り着いた。

 ソルベー島イリデンス。島の東の方に位置しており、シェーラの故郷ハイマートに近い村でもある。レイラはこの町に来るのは初めてだった。どこか懐かしい気分にさせてくれる村に好感が持てる。

 側近はレイラを連れて家の方へ案内した。村の奥にある小さな家。隣には畑があり、入口には美しい花が来る人を出迎えている。

 軽くドアをノックした。木でできたドアは心にも心地よく鳴り響く。

「どちら様ですか?」

 ドアの向こう側から柔らかな女性の声が聞こえる。プロメテの妻と即座に分かった。

「こんにちは。デターナル島魔法管理局の者です。プロメテ・ラベオツ――いえ、セクテウス・ベーリンからの手紙を渡しに参りました」

 言い終わると同時にドアが勢いよく開く。

 そこには長く滑らかな亜麻色の髪を首元で結っている女性が立っていた。少し頬がこけている。そして息が上がっていた。慌てて出てきたのだろう。

 レイラはきびきびと一礼すると、躊躇いながら口を開く。

「初めまして。ユノ・ベーリンさん。魔法管理局副局長のレイラ・クレメンです」

「こんにちは、クレメンさん。セクテウスから手紙……って言いましたよね?」

「はい。ただそれ以外にもお伝えしなければならないことがありまして。ここでは話しにくい内容なのですが……」

「わかりました。散らかっている家ですけど、どうぞお上がり下さい」

「ありがとうございます」

 ユノの背中を見ながら、家にあがった。少し話をした感じからもわかるように、とても人柄が良さそうな雰囲気。プロメテが惹かれた理由も身に沁みてくる。

 家の中はそれほど散らかってはいなく、レイラは椅子に座るように促された。側近の人は後ろで腕を組みながら立っている。ユノは簡単に紅茶を入れると、レイラに差し出した。

「すみません、何も御もてなしすることができなくて……」

「いえ、こちらこそ突然の訪問になってしまい、申し訳ありません」

「それで話というのは――」

 レイラはまず手紙をユノの前に差し出した。そして手を膝の上で握りしめながら、深呼吸してから話そうとする。

 だがその時、別の部屋のドアが開いた。ユノやプロメテと同じ亜麻色の髪を二つに結わえている少女がドアにもたれながら立っている。ユノは立ち上がり、その少女に慌てて近づいた。

「イリス、部屋に戻っていなさい。まだ体力も戻っていないのだから」

「……だってお父さんから手紙が来たんでしょ? 早く読みたい……」

「わかったわ。ただし無理しちゃだめよ」

 ユノはイリスを自分の隣の椅子に座らせた。イリスの目元は真っ赤でひどく憔悴している。

「あの、一体どうなされたのですか?」

 聞くべきではない問いだとわかりながらもレイラは聞いてしまっていた。プロメテが馬車の中で苦しんだ様子とどこか似ている気がしたからだ。ユノはそれに対して事務的口調で返す。

「この子の姉、つまり私の娘の一人が先日亡くなりました。事故だったらしいですが、本当のところはどうだかわかりません」

「それは……残念なことです。お悔やみ申し上げます」

 辛うじて出てきた言葉だった。これでよりレイラが口に出す内容がこの親子に大きな負担を掛けることになる。

「それでクレメンさん、この手紙よりあなたのお話の方がメインなのでしょう? セクテウス――夫に何かありましたか? あなたも怪我をしているようですし……」

 その言葉にイリスがびくっと反応した。そして縋るようにレイラを見つめてくる。純粋過ぎる目はレイラにとってはあまりに辛かった。鼓動を落ち着かせ、イリスの視線から逃げるように起こった事実を伝える。

「魔法管理局局長セクテウス・ベーリンが……仕事中に亡くなりました」

 時が止まったように一瞬誰も動かなかった――。

 だがすぐにイリスが呆然としながら呟く。

「それは、お父さんが死んだの?」

 レイラは悔しそうに噛み締めながらゆっくり首を縦に振った。

「そっか、お父さんも死んじゃったんだ……」

「私達を守るために深手を負ってしまい……。最期まで素晴らしい人でした」

 堪らずイリスは泣き始めた。ユノは淡々と手紙の封を切り、ざっと中身を見てから数枚をイリスに渡す。泣きじゃくる手で掴んだ手紙にはしわが寄る。

「イリス、これを部屋で読んできなさい」

 促されるがままにイリスは手紙と共に覚束ない足取りで部屋へと戻って行った。部屋の中からも嗚咽が聞こえる。少女の涙にレイラもあの時を思い出して泣いてしまいそうだった。

「クレメンさん、泣いてもよろしいですよ?」

「ユノさん……」

「あなたのことは夫からよく聞いています。とてもできのいい後継者がいると、いつも自慢していましたから。そんなあなただって、何年も接してきた人を失うのは悲しいもの。私の前でよければ遠慮なく泣いていいですよ」

 ユノから出てくる言葉は全てを優しく包み込むようだった。プロメテとまた違う種類の包容力のある話し方。プロメテとの日々を思い出すと、レイラは目頭をハンカチで押さえながら、すすり泣き始めた。

「セクテウスは最期まで自分に忠実に、みんなに優しく接していたのですね」

「はい……。私達のことを第一に考えて、そして国の行く末を案じながら、穏やかな表情で……」

「あの人らしい死に方ね。たぶん予感があったのよ、あの人は自分の死について。この手紙の内容、ちらっと目を通したけどまるで遺書みたい。本当、最期まで他人のことばかり気づかうのだから……」

 寂しそうにユノは言うと、ポケットから両手で包められそうな石を取り出し、机に置いた。石は仄かに紫色に色づいている。

「この石は一ヶ月くらい前にあの人がお忍びで私に、そして別の色の石をイリスに渡してくれたものなの。とても貴重な石できっと何かを導けるものだと思うから、是非持っていて欲しいって。何だか意味がわからないでしょう。昔からどこか(まと)を突かないことを言っていたから、今回もそうじゃないかと思っていた……。でもね、一週間くらい前に二回この石が激しく光ったのよ。その時、何故だが胸も急に苦しくなって……。本能的に悟ったわ。セクテウスかアテナが死に面しているって」

 石を転がしながら、ユノは胸にそっと手を当てた。

「三日前にアテナの死を伝えに人が来たわ。そして今日はあなたが……。この石を握りながらよく考えていたら、あの人がずっと探し求めていたものに似ているとわかった。そう……とても重要な石であり、これからを導くために必要なものだと常に言っていたものに」

 レイラは泣くのをやめ、いつしかユノの話に耳を傾けていた。ユノは石をレイラの方に置きなおす。

「クレメンさん、これをあなたに受け取ってほしい」

「何を言っているのですか、ユノさん!? これは遺品じゃないですか……」

 レイラは手を横に振りながら拒絶の意思を表す。だがユノは引かなかった。

「いえ、遺品ではないわ。これは未来へ繋ぐものよ」

「それでも……」

「私の寿命が残り少ないと言っても?」

 レイラの手が止まった。全てを悟った女性がそこで微笑んでいる。

「もともと体は強い方じゃなかった。それに純血であるが故に、色々と血の巡りに苦しんで……。一年、いえ半年はもたないでしょう。だから受け取ってほしい。私がセクテウスから託されたみたいに、私があなたへ託すの。これはただの石ではない。国の未来を導く石だから」

 ユノの手がレイラの手を握りしめ、その中に石を包ませた。有無を言わせない行動に驚く。痩せ細り、血がよく巡っていない腕は今にも折れそうだ。

 温もりを感じながら、レイラは握り返し、静かに首を縦に振る。それに呼応するように、紫色の石も仄かに光っていた。



 * * *



 シェーラ達がプロメテの遺体を連れて帰ってきてからは、嵐のように毎日が過ぎていく。局にはあらかじめ連絡が来ていたためか、皆が黒服を着て出迎えた。だがそれは強制されたことではなく、自主的に着たものだ。

 局は一時期凍結したようになったが、すぐに総合部の人達を中心に葬儀の準備が始められる。そしてレイラが局に戻ってからは、さらに急いで進められた。

 レイラは葬儀に参列したらどうかとユノへ言っていたが、体の調子が優れない、またプロメテ・ラベオツの葬式には行ってはいけないと言われ辞退される。イリスの感情も不安定であったので、無理に行く気にはなれなかったのだろう。



 そして早いもので葬儀の日となった。

 葬儀は魔法管理局で働いていた人はもちろんのこと、デターナル島の他局の多くの官僚達、そしてネオジム島やソルベー島の一部の偉い方が訪れている。局の隅で静かにやろうとしたが、大勢の人が集まったことにより、ミッタークの小高い丘の上に移動することになった。

 声を露わにして泣きじゃくる人、すすり泣く人、涙を必死に耐える人……様々な人が見守る中で元局長を入れた棺は土の中へ埋められ始める。

 シェーラは自分の母親ミマールの肩を借りながら、傷が残っている体で端の方からその様子を見ていた。

 棺の蓋が最後に閉められる前にプロメテの顔を見たが、とても幸せそうだったのが逆に心に深く圧し掛かっている。涙は枯れるほど流したはずだが、未だに潤んでしまう。だがしっかりとプロメテの最期を見届けようと目を腫らしながら耐え続ける。

 レイラは疲労を隠すのかのように、毅然とした顔で埋められる様を見ていた。

 副局長、つまり実質的にレイラは局でトップになる。だが初めてのトップとしての仕事が前任者の葬儀を見守ることになるとは、あまりに辛い仕事だった。



 視線を上げれば、どこまでも広がる青空。そこに雲がいくつか浮かんでいる。雲はやがてそこから動き、どこかへ行ってしまう。

 時に雨を降らし、そこにいるのを主張しながら進んでいく。

 雨は激しい豪雨となることもあり、人々の生活に対して決してプラスのことをもたらすとは限らない。

 だがそこで降らされた雨はやがて潤いをもたらすことになるかは、その後どう利用するかが重要であるのだ――。



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