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虹色のカケラ  作者: 桐谷瑞香
第六章 追憶の先へ
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6‐13 光彩

 プロメテは一瞬にして起こった一部始終をただ傍観するしかできなかった。レイラの頑張りと雨に感謝をしながら、重い体を持ち上げてシェーラの元に歩み寄る。

 グレゴリオは逃げられてしまった。だがあの怪我ではしばらくはまともに動けないだろう。そしてまだ若干ながら悪に染まりきっていないところがあったと思った。致命傷は与えられたが、即死の攻撃はしてこない。それがプロメテにとって唯一の救いだったかもしれない。

「先生、動いては駄目ですよ!」

 小さな傷が目に付く一番弟子を見ながら、プロメテはそっと微笑んだ。

「レイラの想いが水に伝わったようだ。ありがとう……」

「私の想いですか?」

 プロメテはシェーラを挟んでレイラと向かい合う形にしゃがみ込む。

 すぐ脇には石がある。微かに光を帯びていた。その石に真っ赤に染まった手で触る。石にべったりと血が付いた。

 視線をレイラに戻すが、プロメテの視点が徐々に合わなくなってきた。レイラの顔がぼやけ始める。

「魔法の源にレイラの想いが伝わったから、雨が降っているのかもしれない。それともただの偶然かもしれないが……」

「源って、先生が以前言っていた魔法の根幹ということですか?」

「そうだ……。この国のどこかにある。だがその源に出会う道はほとんどない。見つかれば悪用される可能性が高いからな。まあ悪用した所で導くのは国の破滅しかないだろうが」

 レイラの表情がより一層険しくなった。だがそれよりもプロメテはシェーラの様子を眺める。辛うじて呼吸はしているが、瀕死の状態には変わりない。

「シェーラは――」

「傷が広すぎ、その上出血し過ぎています。もう時間が……」

 レイラは顔を伏せながら事務的に答える。だがそれとは裏腹に感情を露わにした顔から涙が流れ始めていた。

 それとは別に、プロメテも危険な領域にまで踏み込んでいることまでは見抜けられていないようだ。

 クルールまでプロメテの体力が持つのはかなり厳しいところだった。途中で倒れるのは確実といってもいいかもしれない。

 プロメテはそっと喘いでいる少女の頬を触った。すでにこの世からいなくなってしまった娘と投影していた少女。真っ直ぐすぎて、時折頑固な態度がとても似ていた。自分の愚かな過去との交わりによって、この()までこの世から消したくない。

 徐々に体温が低下し始めている。

 決断のときだった。

 声に張りが無くなりながらも必死に伝える。

「……レイラ、今から話すことは事実だ。真正面から受け止めてほしい」

「わかりました……」

 プロメテの想いを悟ったらしいレイラは素直に頷く。

「私ももう長くはない。おそらくクルールに着くまでもたないだろう……。シェーラももたない……。だが、私はどうしてもシェーラを助けたい。きっとこの()はこれから来る国の行く末を左右するから……。純血と逆純血から生まれた少女は、魔法が使える素晴らしさも、使えない悔しさも両方知っている。それは魔法に頼りっぱなしに生活してきた私達に対して、きっと未来へ通ずる道を――」

 急にプロメテは咳き込んだ。肺にも怪我を負ったためか、血が気管を通して出てくる。

「とにかく今から魔法を使う、一種の禁忌の呪文だが……。私の血と魔力をシェーラに送って、それで傷を閉じる。上手くいけば輸血もできるかもしれない……」

「それは可能なことなのですか?」

「さすがに実用化したことはないから……。やらないよりはましだろう。ただ膨大な魔力を使うから……周りにも被害が及ぶかもな」

「その魔法を使った後……、先生はどうなるのですか?」

 プロメテは言葉では答えず、微笑を浮かべた。レイラはその表情から最悪の結果を判断する。顔を伏せ、再び溢れる想いを押し止めようとした。

「レイラ、さっき渡した鍵は持っているね……」

「はい……」

「……あとは頼んだよ。みんなにもそう伝えといてくれ」

 そう言い終わると、俯きながらレイラはゆっくりと立ち上がる。そして一歩、また一歩後ろへ足を進めた。

 徐々にお互いの顔が小さくなる。惜しむようにじっとレイラを見つめ続けるが、そういつまでも見ているわけにはいかない。

 プロメテは再び視線を下げ、シェーラの髪をそっと撫でた。

「シェーラ、今助けるよ……。まだ君は……カッシュの元に行くべきではない……」

 シェーラの周りに青色、藍色の石が埋め込まれたそれぞれの腕輪、そして薄い緑色の石でできたペンダントを置いた。

 手を大きく広げてシェーラに向ける。そして(うた)うように言葉を出し始めた。


「虹色の書、光の章――」


 その言葉と共にプロメテは自身の魔力を放出し始める。


「風は大気と穏やかさを、地は大地とぬくもりを、水は海と清らかさを、火は炎とあたたかみを、光は日と明るさを、闇は影と暗さを与える。

 ――これら六つが揃ったとき、万物の創生者はこの世に降り立ち、生を与えた」


 シェーラの周りに置かれた石が光り始める。手から色鮮やかな空気が出始めた。


「生を受けた者は様々な想いが絡まりつつも、日々奮闘し続けた。

 だが余所見もせず奮闘し続けたために自身の体調に気付きはしない。

 日が経るにつれて、体の勢いは衰えていく。

 やがて勢いはなくなり、生を受けた者は動けなくなる。

 生を受けた者は再び失おうとしていた」


 シェーラの周りを鮮明に色付いた空気を取り巻いていく。赤や黄、橙、緑など様々に。

 プロメテの顔が険しくなる。魔力の放出により傷口が悪化したのだ。だがそれを必死に無視しつつ続ける。


「生を受けた者の灯はまさに消えようとしていた。

 それを見た創生者は嘆く。

 再び生死を彷徨(さまよ)う者の前に降り立ち、言葉を投げかける。

 ただ、一言。

 『生きたいか』

 彷徨う者は即答せず。

 『生きたくはないのか』

 彷徨う者はようやく答える。

 『生きたいが、生きたくない』

 創生者は言う。

 『生きるのは確かに辛く難しい。だが生きるからこそ得る物もある』

 彷徨う者は受け答える。

 『この世は生と死の繰り返しだ。それでもなお生きろというのか』

 創生者は言う。

 『生きてほしい。その想いだけではいけないか』

 創生者は彷徨う者の手を取る。

 『生き続けることで生まれるものがある。死ぬことで失うものもある。全ての生死には循環がある。己の心に聞いてみろ。生きたいか』

 彷徨う者は言う。

 ただ、一言。

 『生きたい』

 創生者と彷徨う者は互いに手を取り合った。

 『生という循環に乗ろう。さすれば淵を脱さられる』」


 プロメテは魔力を込める力を最大限にした。そして微笑みながら言う。


「未来へ通じる循環を微かに灯しき命に通じよう」


 言いきると、プロメテから放出されていた魔力が一瞬にしてシェーラの傷口に入っていく。

 時に石を通じてから傷口に入り込んでいった。

 目を開けているのも辛いくらいの激しい光が、見るも鮮やかに広がっていく。

 プロメテは歯を食い縛りながら耐え続ける。傷口が開く。血もほとばしり始めた。

 魔力も放出され、自信の中での均衡が崩れ始める。

 もう意識を失っても、命を失ってもおかしくはない。気力だけがプロメテを支え、命を繋ぎ止めた。喘ぎながらも想いを呟く。


「これからの世界のためにわたしは選択しよう……。これは絶望ではない、未来ある希望への決断だ」


 シェーラの傷口に入った光によって、彼女の内側から光を発し始める。

 次第に傷口が塞がり始めた。

 プロメテから流れていた血がシェーラの中に魔力ともに吸い込まれるように入っていく。

 それを見てプロメテは少しほっとし、さらに多くの魔力を注いだ。

 やがて小屋いっぱいに光が広がった――。



 激しい光が消え、レイラが次に目を開いた時には一人の男性が石に力なく横たわっている姿と依然うつ伏せ状態の少女だった。

「プロメテ先生、シェーラ!」

 急いで二人の元に駆け寄る。プロメテはか細い息でどうにか呼吸していた。腹からは傷が広がり、大量の血が流れ続けている。流れる量が増加していた。プロメテは細く目を開けて、横目でレイラを見る。

「シェーラはどうなった……?」

 その言葉に反応し、すぐにシェーラの方へ視線を移動する。そしてそこにある光景を見て、レイラは目を大きく見開いた。

「出血していない……、いや傷が塞がっている?」

 大きく斬り付けられた背中からはもう血が流れていなかった。斬られた(あと)だけは鮮明に残っているが、皮膚は繋がっている。

「そうか……成功したようだな」

 プロメテから安堵の空気が漂ってくる。だが急に咳き込むと、ごほっと血が口から出てきた。レイラはそれを見て、泣きそうな声を出す。

「先生!」

「レイラ……シェーラの周りにある腕輪とペンダントを彼女に付けてくれ……」

 それを聞いて、慌てて指示に従う。藍色、そして青色の石が埋め込まれた腕輪をシェーラの腕に嵌める。その時に脈も測ってみたが、着実に動いていた。

 最後に緑色の石でできたペンダントを首に通す。すると石達が呼応するように光り始めた。プロメテが寄りかかっている石も赤、橙、黄、緑、青、藍、紫と七色に変わりながら色づき始める。

 その不思議な光景をレイラはただ見とれていた。今までに見たことがないくらいに美しいのだ。



 レイラの感嘆をよそにして、ずっと意識を失っていた少女はか細い声を出し始める。

「シェーラ!?」

 少女はゆっくりと瞼を開き、レイラをぼんやりと眺めた。

「レイラさん……? 私……まだ生きているの?」

 シェーラはやっとの思いで体を起こす。背中を気にして手を後ろに回した。

「え……、血が……出ていない?」

 驚くシェーラ。それを見てプロメテは微笑んだ。

「……シェーラに私の魔力と血を送った。それで傷口が閉じた……。だからもう大丈夫だ……」

「先生、それはどういう意味ですか?」

「……シェーラは助かると言うことだ。私は……」

 より酷く吐血し始める。レイラはさっと動き真っ赤なプロメテの手を取った。シェーラもよろよろと立ち上がって傍に行き、ぺたりと座りこむ。プロメテの周りは赤く染められていた。

「シェーラ、これは私の想いでやっただけだ……。お前には生き続けてほしい」

 レイラの目には涙が流れ始めている。目の前の男性が六年前失った父親と被り、シェーラも溢れる想いが一気に出てきていた。

「……いいかい二人とも、魔法は大切に使わなくてはならない。決して無理に使ってはならない。そうしてしまったら……私のようになるだろう。魔法は……万能なものではない。いつか魔法は――」

 言葉の途中で何度も咳き込む。その時飛び散った血が二人に付く。

「プロメテ先生、……私は一体どうすればいいのですか?」

 レイラは涙をぼろぼろ流しながら、プロメテの手をぎゅっと握る。手の温度は徐々に下がっていく。

「レイラは……鍵を使って私の調べてきたものを見てほしい……。そうすれば自ずとこれからやることを導けるだろう。そして副局長として、局、国を守ってほしい……」

「わかりました。精一杯やります」

 震える手をプロメテは握り返す。視線をシェーラの方へ向ける。

「シェーラは……自分の思う通りに行きなさい……。決して自分を責めるんじゃないぞ……」

「先生、先生、そんなこと言わないで……!」

 目の当たりにできない。これから起こることを。

 悲しく、悔しく、様々に絡まった想いがただ涙となって流れる。

「二人とも……ありがとう。……ああ、国の未来が見られないのが少し残念だ……」

 そして二人に聞こえないくらい小さな声で一言呟くと穏やかな表情を浮かべながら、ゆっくりと瞼を閉じた。手がだらりと床に付く。

「先生? 先生?」

 シェーラは肩を揺らしながらプロメテに呼びかける。だが、反応はない。

 隣ではレイラが俯きながら、今まで見たことないくらいの激しい嗚咽が漏れる。

 それを見てシェーラは実感した。


 ――また一人、私の目の前から大切な人がいなくなった。


 触れた体は冷たくなっている。

 シェーラの心に一筋の冷たい風が吹く。

 そして心の中で保っていた均衡が崩れ、何かが確実に砕けた。



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