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虹色のカケラ  作者: 桐谷瑞香
第六章 追憶の先へ
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6‐11 対峙

 女性は華奢な体ではあるが気を失ったシェーラを軽々と受け止めた。薄っすらと笑みを浮かべながら、短い黒い髪がさらさらと流れている。膝が出るくらいの長さの黒いスカートを着ており、膝下まである黒いブーツを履いていた。所々に見える艶めかしい皮膚以外は全身真っ黒な女性だ。

「一体何をするんだ!」

 飛び出していきそうなプロメテを見ると、シェーラを盾にして立ちふさがった。思わず見とれてしまいそうな妖艶な笑みを浮かべる。

「保険よ。あなたが来てくれなければ困るもの。この子はその保険として連れて行く」

「そんなことしなくても、ちゃんと行く!」

「信用できないわ。いいこと、今日の日没までにネオジム島の祈りの場所に来なさい。どうせ行く予定だったんでしょ? それならお荷物は少ない方がいいじゃない」

「お荷物だと……?」

「そうよ。まだまだ実戦には程遠く、これくらいの状況を自分でどうにかできない少女はお荷物と言いきっていいでしょう。安心しなさい。こんな子、私が殺す理由なんて一切ないから」

 レイラは背筋が震えあがる思いがした。この女性の言葉は逆に言えばいつでもシェーラを殺せると言うことを示しているからだ。まだあどけなさが残る少女の苦痛そうな顔が見える。

「それじゃあ、また後でお会いしましょう。セクテウス・ベーリン様」

 そう言うと、すぐ後ろに止めてあった馬に軽々とシェーラと女性自身が乗り上げ、すぐにその場から居なくなってしまった。

 レイラは殺気が遠ざかったことを感じ取ると、我慢していた呼吸を荒々しくし始める。あんなにも毒々しい殺気は初めてであり、思わず心が折れそうになっていた。

 横ではプロメテが長剣を鞘にしまっている。そして近くにあった木に拳を押しつけた。あまりの感情の出しように、レイラは驚きを露わにする。

「プロメテ先生……?」

「私の考えが甘かった。こうも簡単にグレゴリオが接触してきて、シェーラを人質にするなんて、考えもしなかった……」

「先生、しょうがないですよ。あまりに不測の事態ではないですか」

「――薄々感じていた。いつかはこういう厄介な展開になることに」

 レイラが目を丸くする中、プロメテはボタンの付いた胸ポケットから大切そうに布で包まれている三つの鍵を取り出す。そして彼女の掌に置いた。

「これは……?」

「局長室にある私の金庫の鍵だ。レイラはこれを持って、先に戻れ」

「何を言っているのですか? 私もシェーラを助けに行きます!」

「駄目だ。危険すぎる。もしものことがあった場合を考えて、レイラも一緒に連れてはいけない」

 その言葉にレイラはプロメテの隠していた想いが透けて見えた。

「先生……もしかしていつかはご自分の身に危険が及ぶと思って、副局長という役割を作ったのですか?」

「……レイラ、お前ならわかってくれるだろう。私の願いを。金庫の中にあるノート等は私が今まで調べたことがほぼ書かれている。ただ最も重要なものは昨晩他の場所に封印してきたが……。とにかく、これからのためにレイラを危険な目に遭わすわけにはいかないんだ。そしてシェーラもこれからに必要な娘となる。このまま見過ごすわけにはいかない。だから――」

「もし先生とシェーラが怪我をして動けなくなった場合はどうするおつもりですか?」

 レイラが真っ直ぐな視線を送ると、プロメテは声を詰まらせていた。

「自分の身くらい、自分で守ります。だから連れて行って下さい。お願いです、私もシェーラを助けたいんです……!」

 レイラから漏れる決意の表情にプロメテは自分の姉妹が被っていた。常に姉を想う妹と妹を守ろうとする姉。それがプロメテの脳裏から離れられない。レイラの強い意志に、首を縦に振るしかできなかった。



 昼間なのに空は依然暗い。そろそろ日の光が出てきてもいい頃合いだが、その気配は全くなかった。

 フードを脱ぎ、ぬかるんだ道を歩きながら、プロメテとレイラは歩いている。レイラはプロメテから発せられる只ならぬ雰囲気に思わず息が詰まりそうだった。目的の場所、祈りの場所にはこのまま歩き続ければ、夕方を待たずに着くそうだ。

 レイラはさすがにプロメテの歩幅に合わせて歩くことがしんどくなり、少しずつ間隔が開いていく。それに気づいたのか、プロメテは足を止めて後ろを振り返った。

「少し休むか?」

「いえ、大丈夫です。ただもう少しだけ遅く歩いてくれませんか?」

「わかった」

 多少和らいだ雰囲気にレイラは一安心をする。プロメテはレイラの真横に歩くという形を取り始めた。

「何か聞きたそうな顔をしているな」

 その言葉にどきっとした。だがはぐらすことなく、しっかり言葉を伝える。

「……先程の女が話していた中で、聞いたことのない単語やよく知らない単語が出てきまして」

「ああ、そうだったな。さて、何だったか……」

「セクテウス・ベーリンとグレゴリオについてです」

「それは私の本名とノクターナル島の影の支配者の名前だ」

 その言葉に眉をしかめる。淡々と言うプロメテからどこからか違和感がするのだ。

「本名? そういえば訳ありでご家族と縁を切っているのでしたね。……ちょっと待って下さい。どうしてあの女は知っているのですか。そしてグレゴリオですけど、以前少しだけその名を聞いたことがありますが、一体どういう関係なのですか!?」

「まあ落ち着きなさい。らしくもない取り乱し方をするんだな、レイラ。私の本名については、グレゴリオから聞いたのだろう。――グレゴリオとは昔、友人だった」

 プロメテの顔に憂いが浮かぶ。

「私がレイラくらいの歳に大きめの島会議がデターナル島で開かれたんだ。当時、魔法管理局に所属して間もなかったが、その準備やら何やらで若輩だった私も手伝わされた。そんな時に彼と出会った。白い髪を隠すように帽子を被り、いつも一人で物思いにふけていた青年が気になってしまい、話しかけたのがきっかけだ。意外に話せるやつだったから、島会議の準備から実際に会議が終わる二週間ほど、時間があれば会っていたよ。始めは取っ付きにくかったが、酒を飲ませればそれなりに饒舌(じょうぜつ)になったから、よく飲ませていたな……」

 懐かしい日々を思い出す顔はどこか寂しそうだ。

「グレゴリオはノクターナル島の研究所に勤めており、私は魔法管理局の統率的な立場という、どこか逆に近い関係。だから聴く内容がお互いに新鮮で、朝まで飲み明かしたこともあった。やがて島会議も終わり、グレゴリオがノクターナル島に戻ることになった夜に、気になる言葉を呟いていたんだ」

 プロメテは黒く覆われた空を見上げる。

「世の中は理不尽なことだらけだ……っとね。その後もお互いがお互いの島に行くときは会っていたが、会うたびにグレゴリオはどんどん老けていった。歳以上に老けた顔。どこか浮世だった表情。そこで何かを聞いて止めていれば、変わったかもしれないが……。そして月日が経ち、ノクターナル島が島会議に出なくなってからは、一切会わなくなった。噂は時折聞いていたよ、特によくない噂……そうグレゴリオはノクターナル島の影の支配者であり、兵士を操って何かをやろうとしているとか」

 乾いた笑い声を上げる。それを聞いて、レイラは思わず立ち止まってしまった。そして悲痛そうな顔をしている、プロメテを思わず避けてしまう。ノクターナル島の裏では何か不穏な空気が(うごめ)いているとは聞いていた。だがそれがプロメテの旧友が進めていたとは聞きたくもない事実であろう。

「レイラ、そんな顔をするな」

 プロメテは微かに笑みを浮かべる。

「話せばわかる相手だ。さあ、早くシェーラを迎えに行こう」

 レイラは泣きそうになりながらも、こくんと頷いた。

 シェーラと言う単語を聞くと、何故か身が引き締まる思いになる。プロメテの想いを汲むためにも一刻も早く向かおうと決意した。



 * * *



 耳に響く誰かの足音によってシェーラは目をゆっくりと開けた。固い石の上に寝転がされている。ぽつりぽつりとある光が目につく。どうやら蝋燭が何本も灯っており、簡素な小屋の中にいるようだ。後頭部の痛みはまだひいていないようで、動かすと思わず呻き声が漏れてしまう。

「おや、ようやくお目覚めかな?」

 上から渋めの声が降ってくる。痛みに堪えながら、その声の主を探そうとした。だが思うように動かない。動きづらいと思ったら両手、両足が縄で縛りつけられているのだ。外そうと試みるが、きつく縛られていて(ほど)ける気配はない。声の主はそれを知ってか、顔を覗き込んできた。白い髪の男性が冷笑を浮かべている。

「初めまして、お嬢さん。まあ君とも会うのはこれ限りだろう」

「あなた、一体誰よ! こんなことして何をしたいの!?」

「こんな状況でも減らず口を叩くんだ。その頑固な性格は師匠にでも似たのかい?」

「そんなこといいでしょ! そうか、あなたがグレゴリオっていう人ね。先生に会いたいのなら、もっと普通に会えばいいじゃない!」

 シェーラは噛みつく様な勢いで叫ぶ。だがそれをグレゴリオは(うるさ)そうに聞き、鼻で笑った。

「どうもこういう威勢のいい女は嫌いだ。あの女もそうだったが……。そうだ、ちょっと殺気を出せば黙るかな?」

 その言葉を聞いた瞬間、シェーラは胸が引き締まる思いがした。

 徐々に締め付けられ、今まで感じたことがない殺気によって何もすることができない。あっという間に息も吐けぬほどに縮こまってしまった。

「ようやく大人しくなった。子供は大人しいほうが愛嬌があるというのに、どうして最近は口煩(うるさ)いやつばかり相手にしなくちゃいけないんだ」

「グレゴリオ様、落ち着いて下さい。もうすぐお待ちになっていた方がお見えになりますから」

 シェーラの気を失わせた女性の声がする。首筋の切り傷は薄らと血が固まっていた。あの時のことを思い出すとぞっとする。一瞬であの女性にシェーラの命を握られていたのだ。

「わかったよ、フェンスト」

 グレゴリオは嘆息を吐く。口元には笑みが零れている。

「さあ客人を出迎えようか。返事には期待してはいないが――潰すにはいい機会だろう」

 そして入口がゆっくりと開かれる。

 シェーラはこれから起こることに妙に胸騒ぎがしてならなかった。

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