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虹色のカケラ  作者: 桐谷瑞香
第六章 追憶の先へ
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6‐10 油断

 馬車の天井に雨がぽつりぽつりと打ち付け始める。やがてすぐに激しい音とともに本格的に降り始めた。少し速度が遅くはなったが、それでも確実に馬車は目的の町に向かって進んでいる。

 中では商人や出稼ぎに出ていた人達、そして書き物をしているプロメテ、それを眺めるレイラ、そわそわとしながらその二人に寄り添うシェーラが狭い車内の中で座っていた。プロメテが帰ってきてから二週間、山のようにあった書類も今は驚くほどに綺麗さっぱりなくなっている。それを見計らって一週間から二週間ほどいなくなっても大丈夫だと部長達に散々言いくるめ、二人を連れだしてネオジム島にあるクルールという町に向かっていた。その町自体ではなくそこから近くに目的地があるそうだ。馬車で町まで行き、それから徒歩や馬を借りるということになるだろう。馬車は休憩を入れつつ走り続けており、あと二日足らずで着きそうだった。

 見渡す限り真っ暗になった外はあまり気持ちのいいものではない。光がないとつい人は不安になるものだ。プロメテがランプに火を灯すと、馬車の中は若干温かみと安堵が漏れる。

「凄い雨……。私たちが魔法でどうこうしても、結局は自然には勝てない……」

 シェーラは布の隙間から横目で外を眺めながら、小さく口を動かす。それを見ていたプロメテは首を横に振った。

「自然に対して勝てるとか言うのは間違っているよ、シェーラ。自然とは共存していくものだ。それは昔にも言っただろう? 自然は無駄なく循環していて、所詮その中に人間がいるに過ぎないと」

「そうでした……。何事にも流れがあると言うことですよね」

 プロメテは嬉しそうに頷く。魔法を教える上で最も重要視していることを教え子はしっかり覚えている。それが何よりの励みであり、嬉しさなのだろう。

 再び書類に目を落とそうとすると、急にプロメテは胸を苦しそうにきつく抑え始めた。レイラはすぐにプロメテの隣に行き、声を投げかける。

「先生。どうしましたか、先生!」

「大丈夫だ……。少し痛くなっただけだから……」

 そうは言われても、苦痛を浮かべる表情は今までに見たことがないくらいに辛そうだ。体を丸くしながら、痛みから逃れようとしている。シェーラだけでなく、一緒に乗っていた人達も心配し始める。

「少し痛そうな雰囲気じゃないぞ。近くの村で一度下した方がいいんじゃないか?」

「いえ……大丈夫です。ご心配なさらずに……。しばらくすれば治まります……」

 だが依然、呻き声を発しながら手で全身を掴む。服にしわが寄る。

 シェーラはレイラが隣で必死に声を掛けて摩っているのを見ながら、突然悪寒が走った。

 外では雷鳴が(とどろ)き始めている。雨音は依然凄まじい。

 それはまるで自然が怒っているようにも感じられる――。

 やがてレイラの気遣いのおかげもあり、プロメテの呼吸は徐々に調子が戻っていく。だがそれでも苦しそうなのは変わらない。何かを思いながら、今にも悲痛そうな声を出しそうだ。だがそれはずっと出さずに歯を噛み締めながら耐えている。

 それはシェーラが見る、最初で最後の苦痛と悲しみで溢れたプロメテの姿だった――。



 * * *



 プロメテが自身の胸の内の痛みと格闘したかいもあってか、予定通りにクルールに到着した。

 クルールはネオジム島の中心より少し下くらいにあり、宿場町として栄えている。夜とあっても宿を探す人や深夜営業している食堂などたくさんの人で溢れていた。

 探索もしたいとシェーラは思ったが、もう夜も遅い時間であり、道中の疲れもあるので宿で部屋を取って、すぐに寝ることとなる。プロメテはレイラとシェーラと分かれ、部屋の中に入ろうとした時に声を掛けた。

「明日はたくさん歩くから、早く寝なさい」

「先生も今日はゆっくり休んでくださいね」

「お休みなさい、先生」

 就寝の挨拶をすると、中に入って行った。

 中は簡素なものだが必要最低限のものはそろっており、ただ寝るだけなら悪くない環境だ。ベッドに腰を掛けると、急に眠気が襲ってくる。シェーラはレイラに促されてやっとの思いでシャワーを浴びると、すぐにベッドの上で寝息を立て始めていた。



 なおも降り続ける雨の中で、少し違う音が聞こえてくる。シェーラはぼんやりと目を覚ますと、ベッドの上でごろごろし始めた。隣では静かな寝息を立てているレイラがいる。時計を見ればまだ真夜中。人が本格的に活動し始めるには何時間も後だ。

 だが隣の部屋から物音がする。耳を澄ますと、がちゃりとドアが開く音がした。そして静かに閉める音もする。不思議に思って、体を持ち上げようとしたが、疲れはそれを許してはくれない。

 再び眠りに就くまでに時間は掛からなかった。



 * * *



「二人とも、おはよう!」

 鬱陶しいくらいに何日も降り続けていた雨はようやく小降りになり、その日の朝は元気なプロメテの声から始まった。すでに準備もしていたため、レイラは素っ気なく答える。

「おはようございます、プロメテ先生。昨日はよく寝られたのでしょうか?」

「ああ、気持ちのいいベッドだった。さて、雨も降っているが早速行くか」

「一体どこにですか? 結局、どこに行くか聞いていないじゃないですか!」

「まあ着いてからのお楽しみだ」

 ふふんと鼻歌をしながら、そそくさと宿から出て行く。レイラは慌てて追いかける。

 シェーラもすぐに後ろに付こうとしたが、プロメテの行動に疑問を持った。手には二枚ほど紙を持っている。一枚は地図、もう一枚は新聞記事だ。見だしには“セクチレ”と書かれているようだ。そんな記事を切り取ってどうするのか。そして薄らとプロメテの目元に隈が出来ているような気がしていた。



 三人は防寒と雨対策のために、厚手のローブを羽織り、フードを被っている。茶色のローブを羽織っているプロメテが時折地図を見ながら、道なりに進んでいた。方角からして、南下しているようだ。泥濘(ぬかるみ)に足が取られないように気をつけて進む。

 濃い青色のローブを羽織り、後ろを歩くレイラは雨に手を触れたりしていた。水に触れるのは何よりレイラに取って愛おしい時間でもある。深緑のローブを羽織るシェーラは胸騒ぎがしていた。風の流れが普段の雨とは違っている感じがしているからだ。そのことをプロメテに言おうと少し足を速めたところで、先頭を歩っていた男性は立ち止まった。

 微かに首を動かした顔には険しさがある。それを感じ取った二人は瞬時に気を引き締めて臨戦態勢に入った。シェーラは腰から短剣を一本取り出し、レイラは両手を握りしめて神経を研ぎ澄まし始める。

 すぐにパシャパシャと水溜りを大量の足で踏む音が聞こえ始めた。あっという間に、胸当てなどをし、武装された男達に囲まれる。顔半分を布で覆っていると言う奇妙な格好をしている人が十人ばかり。どう見ても盗賊やそこら辺の者ではないことは明らかだった。

「さて、何か用かな?」

 プロメテは冷静にむしろ笑顔で言葉を投げかける。だが男達の返答は腰にあった長剣をゆっくり抜くことだった。

「追い剥ぎ? 私達はそこまでお金は持っていない。他の人を当たった方が賢明だ」

 じりじりと男達は近づく。

「ああ、違うか。そうだよな。わざわざそんな格好しなくてもいいのに。……殺気や剣からグレゴリオの差し金だってばればれだ」

 最後は冷たく言い放つと、一気に間合いは詰められ、斬りかかってきた。

 三人は一目散に散らばる。

 プロメテは腰に備えていた長剣を取り出し、次々と襲ってくる男達の剣を交わしていく。そして隙をついて後ろに回ったところで首筋に手刀を入れる。

 一人目をあっさり戦闘不能にすると、他の三人は迂闊に斬りかからず、じっくりと様子を窺い始めた。それを見て、髪の毛を掻きながら一瞬考える。

 そして地面に手を(かざ)し、力を込めた。すると男達の足元が微かに揺らぐ。

 思わず足の方に男達は意識を持っていく。その隙を見て、一気に近づき、次々と傷付けぬようにあしらっていった。

 レイラは三人の男達に向かい合い、一斉に斬りかかってくるのを見ると、手を前に出して、雨粒に意識を集中させる。

 雨はすぐに氷となり、先端が鋭くなり地面と刺さっていく。レイラと男達間に立ちはだかるように刺さった。

 思わず足を止めたところで、大きく右手を振りかざすと、次々と男達の足元が凍り始める。抵抗する暇もなく、一気に膝辺りまで凍ってしまった。

 そこに軽く運動した感じで戻ってきたプロメテが体術で気を失わせていく。レイラは援護を受けて、ほっと一安心をする。

 通常はこうして実戦で魔法を使う場には出てこない。だがプロメテからの教え、そして元から持っている素質により、普通の事件部員よりは優れた魔法を出すことが出来ていた。だからプロメテの力を借りずともこれぐらいの剣士なら足止めするくらいはできるのだ。

 一瞬で動けなくなった人達を見ながら、レイラは視線をシェーラの方に移す。

 シェーラは短剣で器用に斬りかかってくる男達を交わしている。プロメテと似ているようだが、力加減により中々隙が作り出せない。

 だがほんの少し攻撃の手が休まった所を見極めると、左手を前に突き出して前方に強風を作り出す。

 思わず男達が顔を覆った所で後ろに回り込み、力いっぱい鞘を首に下ろした。呻き声を上げながら、一人倒れ込む。

 後ろから襲ってくる男達も風を目の前に作り出すことで、ギリギリの所で止まらせた。

 男の一人は悔しそうな顔をしながら数歩下がるが、後ろからゆっくり迫っていたプロメテによって意識を失われる。

 シェーラは残りの男によって横で振り下ろされた剣を左頬に斬られながらも交わすが、ぬかるんだ土に足が滑ってしまい反撃をするタイミングを逃す。

 男はそれを逃さずすぐに追ってくる。だが二人の間に大きな氷の壁が飛び出す。

 驚く間もなくプロメテが脇から出てきて、男を動けなくさせた。

「大丈夫か、シェーラ?」

「大丈夫です……。ありがとうございます」

 多少息が上がっているだけで、疲れを全く見せないプロメテに、またしても助けられてしまったという、複雑な心境がシェーラの中に渦巻く。だがその心境によって隙を生み出してしまう。

 あまりにも凄まじい殺気が感じられた時には、シェーラの首筋にナイフが添えられていた。思わず冷汗が落ちる。傍にいたプロメテとレイラの顔も強張った。

「あら、皆さんそんなに驚いてどうしましたか?」

 シェーラの後ろから、何とも能天気な声が聞こえてくる。綺麗な声だとシェーラは思った。だがその声と発される殺気はあまりに違いがありすぎる。

「お前は一体誰だ?」

 プロメテから出す言葉は微かに震えていた。

「そんなこと言って、わかっているでしょう、あなたには」

「グレゴリオの側近というところか」

「正解、魔法管理局局長プロメテ・ラベオツさん。ねえ、グレゴリオ様と会っていただけないかしら?」

「会え、だと……?」

 シェーラの首筋に当てていたナイフが少しだけ食い込む。首筋から一筋の血が流れる。

 真横には綺麗な顔をした黒い短い髪をした女性が立っていた。

「そうよ、どうしても聞きたいことがあるって、わざわざネオジム島にまで来て頂いたのよ。断るなんて言わないわよね」

 さらに深く突き刺していく。思わずシェーラは声にならない悲鳴を上げる。プロメテはぐっと拳を握りながら、堪らず声を出す。

「わかった。会うから、その少女を放してくれ!」

 女性はふふっと笑うと、刺していたナイフをあっさり引き上げた。だが一安心する暇もなく、シェーラの後頭部に衝撃が走る。体が前に倒れこみながら、シェーラの意識はなくなった。

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