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虹色のカケラ  作者: 桐谷瑞香
第六章 追憶の先へ
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6‐7 帰還

 その日、寮の中ではある話題で溢れかえっていた。

 奇跡の帰還、地獄から生還、運が付いている人――など、とにかく凄まじい言葉が飛び交っている。もともと多くの人達から認められ、有名だったためか、(おおむ)ね肯定的な言葉が投げられていた。だが、影では舌打ちしている人もいる。

 そう、エナタ・マーベルは崖から転落してから一ヵ月半後、ナハトに帰還したのだ――。



「心配したよ、本当に」

 しばらくしてようやく噂のほとぼりが冷めた次のお互いの休日に、クロウスはエナタをマイワールに行こうと促した。そして町の中で一緒に歩きながら、隠していた安堵の顔と共に言葉を出す。

「ああ、ごめんね。電話の一本でも、手紙の一通でも送っておけばよかったんだろうけど、ちょっと怪我が半端なく酷くて、動けなかったんだ」

「そんなこといい。ただエナタが無事ならそれだけでいい」

 それを聞いて、エナタはまじまじとクロウスを見る。

「……クロウスって、そんな恥ずかしいことを照れもせずに言える人だったっけ?」

 その言葉にクロウスははっと頬を赤らめる。それを見ると、満足したようにエナタはにこりと笑う。すぐにいつもの形勢に戻り、エナタはぐいっとクロウスの手を引いた。

「怪我からの復活祝い、もちろん美味しいものを奢ってくれるわよね?」

 有無を言わせぬ笑顔を突きつける。クロウスは額に冷汗を浮かべながら、小刻みに頷く。

「あ、ああ、もちろんだよ。いくらでも好きなものを食べるといい……。その前にスタッツと会っていいかい? あいつも心配しているんだ」

「え、スタッツが? しかも会えるの? ……嬉しいわ!」

 ころころと笑みを零す。だがその笑みがクロウスには引っ掛かる。いつもは何の混じりけのない笑顔なのに、今日はどこか憂いを浮かべているような気がしたのだ。

 ――何か、隠している。

 注意深くクロウスはエナタの行動を見ることにした。

 スタッツと会うと、楽しそうに談笑している。だが、どこかお互いにぎこちない。特にスタッツからエナタに対する言葉がいつもより鋭かった。クロウスは二人が見合っている席の端で一人もくもくとコーヒーを飲む。

「エナタ、よく帰ってきたな。クロウスが心配していたぞ。あのエナタが足を滑らせるなんて、よっぽど地面がぬかるんでいたようだな」

「ちょっと疲れていたみたいで、油断したわ。まさか一気に転げ落ちるなんて……。その後は一生分の運を使い果たしたみたい」

「誰かに助けられたのか?」

「そうよ。たまたま通りかかった人に助けてもらった。本当に助かったわ」

「あんな所を通る人がいるんだな」

 スタッツの言う通り、エナタが落ちた場所は木で覆われている。あんな所に人が通るのかと疑問が生じるのは当たり前だ。

「あら、スタッツはあそこら辺に行ったことがあるの? 前に会ったときは、ノクターナル島は初めてと言っていたわよね?」

「エナタがいない間に一通り回ったからさ。それにしても、エナタは兵士の腕章を()めていたのだろう? 兵士とわかって助けてくれるなんて、よっぽど人がいいのか、兵士を崇拝している人に助けてくれたんだな」

 スタッツがそう言うとエナタの表情に変化が生じ始めた。顔が徐々に強張り始める。ここ二ヶ月近くしか滞在していないのに、何年も住んでいるかのようなスタッツの言いようにクロウスはまた別の意味で驚く。

 兵士は外に出るときは腕章を嵌めるというより、服に縫い付けることが義務付けられている。縫い付けられているため、よほどのことがない限りなくなることはない。島の大半の人々が兵士を毛嫌いしているため、助けようと思う人は極めて少ないかもしれない。

 エナタは残っていたアイスティーを一気に飲みほした。そしてスタッツに眉を顰めながら、酷く不機嫌そうな声を出す。

「それでスタッツ、結局何がいいたいの?」

 我慢しきれずにエナタは言葉を突きつける。スタッツもそれを受け、じらすのをやめて、顔をエナタの傍に近づけた。そしてクロウスがどうにか聞こえる大きさの声を出す。

「どうして戻ってきたんだ、クロウスのためか?」

 エナタは呆気に取られた顔をする。一番突かれたくないところを、突かれたのだ。

「……えっ?」

「全く……、クロウスを脱退させたいのなら、俺に話を持って行けばうまくやったものの……。それ以外にも目的はあるのか?」

 エナタはもう隠す気はないらしい。いつものさばさばとした口調で音量を落としながら話しだした。

「……ええそうよ、クロウスだけでなく、他にもう一つ目的があって戻ってきた。どうしても調べたいことがあるのよ。それを知ったら、静かに消えるわ。ねえ、クロウス」

 突然話を振られて、クロウスは目を瞬かせる。そして次の言葉に体が硬直した。

「一緒にノクターナル兵士を脱退しない?」



 * * *



「皆、ただいま!」

 魔法管理局総合部のドアを意気揚々と開け、まるで子供のように元気に挨拶をした次の瞬間、プロメテの顔のすぐ脇に小さなナイフが突き刺さった。

「ひいっ! 突然、何をするんだ!」

 あまりの驚きに、威厳の欠片もない悲鳴を上げる。

 局長というトップの立場である人に対して、このような冒涜(ぼうとく)とも取れる行為をするのは局には数名しかいない。同期である部長格ともう一人――。

 ゆっくりと書類の山で溢れかえっている部屋から、一人の女性が立ち上がった。そこからは計り知れない殺気が漂っている。

「プロメテ先生、いい度胸で帰ってきましたね。一ヵ月半も何をやっていたんですか!?」

 その場にいた人たちは、思わず竦み上がった。レイラから発せられる殺気に押されている。だがプロメテは耳に指を入れながら、怒鳴り散らす声をうるさそうに聞いていた。

「レイラ、何回か連絡を入れたじゃないか。それでどうして第一声がそういうことになるんだ?」

「電話と実際に会って話すのでは全く違うじゃないですか! 見て下さい、この惨状を。局長室だけでなく、総合部にも書類が溢れかえり始めているじゃないですか。わかっていますか? 全て先生がサインしなければならないものです」

 プロメテはゆっくりと総合部を見渡した。各個人の机にもそれぞれの書類が積み重なり、その脇にはまた色合いや質の違う重要そうな書類がある。そして視線をレイラに戻し、プロメテは真面目な顔をしてはっきりと言った。

「レイラ」

「何ですか?」

「今度ネオジム島に――」

「行かせません。確保!」

 総合部中に響いた声は一瞬にして、そこにいた人達の体を動かした。普段は温和な人達が一瞬にして獲物に飛びつく獣と成り果てる。プロメテが抵抗する余裕も与えさせない。

 数分後、一人の男性が床に伏せられ、手首を縄に縛りあげられていた。そして彼は上から大量の鋭い視線を浴びる状態となったのだ。局長としての威厳は微塵もなかった。



 * * *



 プロメテが戻ってきたという話はすぐに局に出回り、部長達が度々嫌味の一言を吐くために局長室へ訪れていた。それを適当に相槌を打ちながら答える。だがどこかいつも以上に上の空の様子にレイラは何か心に引っかかるものがあった。

 局長室に半ば拘束される状態となったプロメテはレイラのきつい視線に耐えながら、ひたすらに書類をチェックしている。レイラ自身の仕事としては普段は総合部室内でやることだが、次は絶対に逃してはならないと常に警戒をするために、プロメテの近くで作業をする状況になっていた。

 夜になり、そろそろレイラも欠伸を出し始める時間となる。その時、控えめにノックがされた。プロメテが返事をすると、ゆっくりとドアが開かれる。その何度も見ている開け方に、レイラは誰が入ってくるか分かっていた。

「プロメテ先生? シェーラです。お戻りになられたと聞いたのですが……」

 シェーラがそっと部屋の中に入ってきた。夜とあってか、若干声の音量が抑えられている。プロメテはちらっと視線をシェーラに向けただけで、再び視線を下げながら返事をした。

「ああ、シェーラか。この通り帰ってきて書類に追われているよ。シェーラこそ大変だったんじゃないか? はっきりと聞いていないが、その怪我は仕事中にしたものだな?」

 シェーラははっとして左腕を右手で覆う。レイラは一瞬しか見ていないのに気付いたプロメテの洞察力に驚いた。視線を宙に浮かせながら、しどろもどろに答える。

「ちょっと、色々ありまして……」

「ふむ……、三週間前にルクランシェ君を始めとして、三人の情報部員と共にソルベー島の東端(とうたん)に行ったそうだな。ノクターナル兵士がそこら辺にいるという噂を聞き、その調査の最中に兵士と接触して抗争。多少の怪我をしながらも、拘束することに成功。そしてこれから本格的に始まるであろう純血狩りを吐き出させたわけか……」

 呆気にとられて、二人はプロメテを眺めた。その視線からようやくプロメテはシェーラの方にしっかり向く。

「どうして知っているんだと言いたそうだな。そんなの書類を見ればわかる。それよりもシェーラ、実際に起きたことを聞きたい。何が起こった?」

 シェーラを射抜く視線は威厳に満ちた局長としてのものだった。シェーラは左腕を右手で摩りながら、口を開く。

「ソルベー島とノクターナル島を繋ぐ橋の近くで、ノクターナル兵士を見かけたという噂が流れました。兵士と言いますか、ノクターナル島の治安維持部隊で、彼らは本来ならノクターナル島でしか活動しないという約束です。そのためそのような噂を聞き、情報は確かなのかと知るために、私達は駆けつけました」

 レイラは目を丸くしながら耳を傾けている。忙しさを理由にして、あまりその内容には気にも留めなかったのだ。むしろノクターナル兵士を拘束し、その後の事後処理や詰問の内容に頭が行っていた。

「数日後、調べているときに突然ノクターナル兵士が橋に現れたのです、子供が仕事に余計なことをしたと言いがかりをつけて。その子供が母親と一緒に橋の上で襲われそうになり、それを止めようとして剣を交えました。その中には魔法を使う人もいて私が対峙したのですが、不意を突かれて左腕の方を傷つけられました」

 シェーラが実戦に出るのは初めてではなかったが、未だに包帯が取れていない傷を負うのは初めてだった。

「その後、近くにいた事件部の人達が合流し、その場を鎮静化させました。やっぱり事件部の方が断然、こういうことには慣れていましたね……」

 自嘲気味に呟く。だがそれは当然のことだ。事件部と情報部では目的としている内容が違う。始めから戦闘をし、魔法に関係する事件をどんどん処理していくのと、ひたすらに陰の情報を追い求めているのでは訳が違うのだ。それでも悔しさが滲み出ている。

 プロメテはそれを察したのか、摩るのをやめ、左腕をきつく握りしめているシェーラに近づいた。そして頭をそっと撫でる。それを皮切りに、シェーラは目から涙を零しながら、思っていたことを言葉にし始めた。

「あの人達は魔法を人に向けて使おうとしました。しかも何も防御する術を知らない人達にですよ。だから私は魔法で止めようとした、それが一番いい方法だと思ったから。それでも守るには遠く及ばなかった。……そうじゃない、心が乱れたんです。魔法が……、人々の生活を豊かにするための魔法がどうして人々の恐怖に陥れるものになるのかと」

 シェーラはプロメテの袖を握りしめ、叫んだ。

「魔法って一体何ですか、何の理由に使われているのですか!? 先生!」

 声は部屋中に渡り、しばらく余韻が鳴り響いた。

 全身で訴えるシェーラにプロメテは切なそうな表情をする。いつかは感じるかもしれない、魔法への想い。それを少女はよくない状況からその想いを作ってしまったのだ。

「……シェーラは魔法の根幹について知りたいかい? それによって未来が絶望にしか見えなくなっても」

「知りたいです」

 シェーラは即答をした。レイラはプロメテが出す言葉に目を丸くする。

「何ですか、根幹って……。先生は何を知っているのですか?」

「今までの放浪生活をして大体わかったことだ」

 プロメテは顔だけをレイラに向ける。そして真っ直ぐ言葉を投げかけた。

「レイラ、お前にも知ってほしい。この国における魔法という真の存在を」

 レイラやシェーラに真っ直ぐに見つめる瞳の主は、すでにこの先に起こることをわかっていたのかもしれない。



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