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虹色のカケラ  作者: 桐谷瑞香
第一章 風の導き
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1‐7 救出への強い意志

 雲行きが怪しくなり、しだいに空がどんよりとする。間もなくして雨が降り始めた。大雨ではなく、ただ静かに細かい雨が降っている。

 そんな様子を見ながらクロウスは村の診療所で腕組みをしながら立っていた。じっと奥歯を噛み締め、俯きながら一人己と葛藤する。ちらっと手術室や時計を見ることもあったが、ほとんど動くこともなく、時が過ぎるのを待っていた。

 空も暗くなり始め、もう少しで夜になるというときに、一人の白髪交じりの穏やかな男性が入ってくる。イリデンスの村長だ。

 クロウスは村長を見ると、顔を上げ会釈をした。だがそれを手で制してやめさせられる。

「遅くなってすまなかった。いろいろと連絡を取っていたら、こんな時間になってしまった」

「いえ、村長が謝ることないです。この結果になったのは俺のせいでもあるし……」

「そう、気に病むな。アストンなら大丈夫だ。あいつは木から転げ落ち、頭を激しく強打して、数日意識が戻らなかったにもかかわらず、退院した後はまた元気にはしゃいでた。これくらいで命を落とすやわなやつじゃないさ」

「ですが……」

 村長はクロウスの肩を二回ほど叩いた。

「護衛を任されたんだ。アストンだってこうなることは薄々予測していたはずだ。それにクロウス、お前だって危なかったらしいじゃないか? 自ら崖を飛び降りるなんて、危険な状況だったとはいえ、あまり無理はするなよ」

 一瞬その言葉を耳にして目を丸くした。一文字一文字意識をしながら、はっきりと尋ねる。

「崖から飛び降りるというと……、誰から聞いたのですか?」

「使者の娘だよ」

「シェーラが? 待って下さい。彼女は一緒ではなかったのですか?」



 * * *



 あの後、二人はアストンをやっとの思いで診療所に連れてきた。アストンを背負っていたクロウスの背は血がべったりと付いている。

 戸を激しく叩くと、診療所の先生が何事かと飛び出してきた。クロウスはちらっとアストンに目を向けると、先生は一刻も争う事態だと悟り、手術室へと導いた。血の量を見て、難しい顔をしつつも、すぐに緊急手術は始まる。

 クロウスは壁に寄り掛かると、溜息を吐き、そしてがっくりと頭を垂れた。

 シェーラは険しい顔のままてきぱきと持ってきた荷物を置き、再び外に出ようとした。その行動に思わず呼び止める。

「どこに行くんだ?」

 シェーラは振り返りもせず、淡々と答える。

「村長さんのところに事情を話に行くわ。予定とだいぶ狂ってしまったし」

「それなら、俺が――」

「いいえ、あなたはここにいて。それにそんなに血がついた服で一体どこに行くと言うの?」

 クロウスは背中に付いている冷たい血を感じ取った。シェーラはそのあと何も言わずに、外に出て行ってしまう。

 そして数時間が経ち、村長が訪れた。



 * * *



「あの娘なら、私に一通り話してくれた後、私に預けておいたローブを受け取り、また外に出て行ってしまったよ」

「ローブを着て……」

「彼女なりの考えがあるのだろう。それにこう天気も悪くなってきてはノクターナル兵士も返って下手に動けない。今は、体を休めるのに専念したほうがいい」

「わかりました。ありがとうございます……」

 クロウスは側に置いてあった長椅子に腰かけた。村長も少し離れて座り込んだ。

 外ではしだいに雨脚が強くなってきている。ピカッと光ると、雷鳴が鳴り響いた。大荒れの天気だ。だが、手術室からの気配は一向に変わらず、ただ緊張と沈黙だけが流れていた。



 また何時間か経っただろうか。いや数十分だったかもしれないが、ひどく時間が長く感じられた時だった。突然診療所のドアが開いたのだ。

 ドアに目をやると、濃い緑色のローブを着て、びっしょりと雨に濡れた人が入ってきた。顔はフードを被っているため判別はつかないが、漂う雰囲気からすぐにその人物が誰かわかる。

「シェーラ……」

 クロウスが言葉に出すと、シェーラはフードを脱ぎ、先ほど別れた時同様、険しい顔をしてこちらを見た。だがすぐにクロウスから視線を逸らすと、手術室の先を見てぽつりと声を漏らす。

「彼の手術はまだ終わってないのね」

 シェーラはクロウス達の元に歩み寄った。雨に濡れたローブから水滴が何滴も落ちる。そしてクロウスの前を通り過ぎて村長に話しかけた。

「先ほどノクターナル兵士が寝泊まりしているところを確認してきました」

「この雨の中か!?」

 シェーラは頷いた。

「ここから北東にある、昔使われていたと思われる見張り塔です。彼らもこの雨で思うように動けず、そこで待機という状況になっています。雨が止むか止まないかで状況は変わってくると思いますが、雨が止んだ場合、明日の朝にはイリスさんを連れてここを離れると思います。ですから、その前に彼女を助け出します。予定とは違った行動となりますが、どうかご理解をお願いします」

 鬼気迫るものがあった。この雨の中外に出て活動するにも限度があるのに、その限度を凌駕する行動に、感嘆してしまう。

 村長は驚きつつも、質問をいくつかした。

「いつ助けに行くんだ?」

「明朝には突入できるように夜のうちから準備をします」

「他のメンバーは?」

「私だけです。応援は明日の朝来ますから、朝まで待っては間に合わない可能性があります。なるべくなら、合流はしたいとは思っています」

 さすがの村長も困惑した様子を隠しきれない。雨の中の調査といい、一人での救出作戦といい、無謀にも程がある。

「一人じゃ危険すぎる。イリスさんを守りながら、なおかつ兵士だってある程度対峙しなければならない。保障がなさすぎる」

「ここでやらなければイリスさんの身に更なる危険が及んでしまいますよ!? 私なら大丈夫です。十人、二十人くらいなら対処できます」

「しかし――」

 村長がまた何かを言おうとしたとき、クロウスは手で静止した。村長は不思議そうな顔をして、クロウスを見る。シェーラも眉をぴくりと動かした。

「俺も行きます。それならまだいいのではないのでしょうか?」

 村長はさらに渋い顔をしていた。

「クロウス、一人だろうが二人だろうが、危険が高いのは大人数に対しては変わらない」

「確かにそうですが、一人よりは二人のほうが少しでも危険は軽減するはずです。それに、ソレルをみすみす見逃し、イリスさんを連れていかれたのは、俺の不注意でもあります。確率はゼロではないです。是非、やらせてください」

 その揺ぎ無いはっきりとした言葉に村長も思わずたじろいでしまう。

 それとは逆に、シェーラの顔は少し明るくなっていた。さっきまでは一人で行くと豪語していたが、さすがに不安だったのかもしれない。

 クロウスとシェーラと両方から見られる状況になった村長は何も言えなかった。そして、深く息を吐き、やれやれと肩を撫で下ろす。

「わかった。そこまで言うなら二人でイリスさんを助けだしてもらおう。ただし、決して無理はしないこと。この雨だって、明日まで降り続けるかもしれん。状況によって判断してくれ。いいか?」

 二人ははっきりと首を縦に振った。その瞳には力強い意志が感じられる。必ず成功させてみせるという意志が。

 雨はまだ降り続けていた。だがその分厚い雲の先には一筋の光が見えそうだ。

 二人は向かい合うとお互いの手を握り合い、この救出の成功を願った。




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