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虹色のカケラ  作者: 桐谷瑞香
第六章 追憶の先へ
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6‐5 赤毛

 次の遠征の支度と言い、エナタはクロウスを散々連れまわした。マイワールは大きな町とあって、すべてを歩き通すのには一日では足りない。それでも何度か来たことがあるため、行きたい所はだいたい見当は付いていた。

 護身用の小さな剣や遠征に必要な小物など買っている。昼を過ぎる頃にはクロウスの腕は大量の紙袋が抱えられていた。

「少し休憩しようか」

「賛成……」

 まだ一日は長いのに、クロウスは既に疲れきっている。二人は小さな食堂に行くと、端の方に席を取った。注文を取り、水を飲みながら料理を待っている。

「この町って本当に穏やかね」

「そうだな。まだ町の自治が確立されている。ナハトと違って、人々ものびのび過ごしている」

 ノクターナル島の首都とも言われるナハトはノクターナル兵士によって成り立っているといっても過言ではないだろう。地方の遠征で疲れた人々が娯楽や癒しを求めて、町に出向かう。兵士は上の位になれば相当なお金が支給される。下の位であっても支給されるお金をそこに費やす人も少なくない。そう言う風にして商売が成り立ち、利益を得ていた。

 ただ、ノクターナル島では兵士が絶対的な存在。逆らおうとすれば、非常に厄介なことになる。肩を触れただけなのに、酷い暴行を受けたというのもよく聞く話。そして厄介事を極力避けるために昔から住んでいた人々はナハトからいなくなり、より多くの利益を得るために商売をしている人だけが残ったのだ。

 それが、ナハトという町の真実。外から見ている人にとっては、普通の商業都市とも見えるが、中身は非常に物寂しいものがあった。

 クロウスやエナタも普通の日では夜も遅くなることもあるため、基本的に買い物や食事はナハトで済ましている。しかしナハトの雰囲気にはいつまでたっても馴染めず、こうして休みの日にはなるべく他の町に出ていくようにしているのだ、兵士という身分は隠して。

 そんなことを憂いていると、二人の料理が運ばれてきた。魚を使った食事。それを美味しそうに食べ始める。ナハトの食事と比べて断然美味しかった。マイワールはノクターナル島では最も食文化が優れていて、それを目当てに来る人も多い。

 エナタはデザートまで綺麗に食べ終わると、食後のコーヒーを飲みながら一息を吐く。

「実はさ、今、特例で魔法研究所に行っているの。ナハトにあるのじゃなくて、もっと北の方にある――。そこだと魔法が使いやすいのよ。空気が澄んでいるみたいな感じで……。今度もまたそこに行くんだ。ただ、長くなりそうだから……」

「そうか、凄いな……。同期なのに、ずっとエナタの方が先に行っていて、何だか置いてきぼりだ」

「違うって、少しばかり魔法を使えるだけよ。剣の筋はクロウスの方がずっと上じゃない。そっちの方が羨ましい。ねえ、こんなときだけど聞いていい?」

「何だ?」

 エナタがざらにもなく神妙な顔つきをしているので、クロウスは身をもって構える。

「クロウスは……、どうして治安維持部隊に? ああ、今は兵士か」

 唐突な質問に思わず口を紡ぐ。エナタは真っ直ぐ視線を向けている。クロウスは何故か緊張していた。いつも付き合っている人とはまた異質の雰囲気を漂っていたからだ。

「俺は……ただ剣を使って人々を守りたかったから。それには治安維持部隊に入るのが一番いいとい言われた。……そんな子供みたいな言い方じゃ、駄目か?」

 恐る恐る出す言葉にエナタは首を横に振る。そして年相応の笑顔を見せる。

「全然いいわよ。子供の時に思ったことでしょ、それを実現しようとするなんていいと思う」

「エナタはどうして治安維持部隊に? 確か親と大喧嘩して家を出て行ったって聞いたが」

「私はただの好奇心。知りたいことがあって、ここならそれを知れると思ったから入隊したのよ。そう、子供の時に疑問に感じたことを。何でもきっかけなんて些細なものよ」

 懐かしそうに、だが視線を落としながら言うエナタにクロウスは思わずいつもとは違う意味で見とれている。いつもは明るく元気にがつがつ物事に対して取り組む姿勢が素敵だと思っていた。だが憂いを浮かべている姿も別の意味で魅力的である。

 エナタは軽く苦笑すると、ぼーっとしているクロウスに再びいつもの調子でからかう声が出してきた。

「何、呆けているの。馬鹿らしく見えるわよ」

「なっ……! 何だと!」

「クロウス、もっと素直になりなさいよ。あまりにも自分の感情を抑え過ぎている。そんな風に人生過ごしていても、全然面白くないわよ!」

 反論しようとしたが、あまりに直球を突かれすぎていて何も言い返せなかった。クロウスにとって、今、楽しいと言える時間はこういう風にエナタと過ごしているときだけ。兵士として何かを行動しているときはまったく楽しくもなかった。

 ――兵士をやめることはできるのだろうか?

 最近は漠然とそんな考えが浮かんできていた。だが今までやめると言った人達のほとんどが、言葉による説得なのか、無理矢理の説得なのかわからないが再び戻ってきたのだ。それでも何人かはやめている。いや、脱走したという方が正しいのかもしれない。

 コーヒーを半分ほど飲みきると、何やら店内の別の場所で騒いでいる声が聞こえる。その声が次第に大きくなり、やがて店中が怒声でいっぱいになった。体格のいい男性が怒鳴りつけ、店員の女性がひたすら謝っている。

「何だこの飯は。冷えているじゃないか!」

「申し訳ありません。すぐに作り直させますので、お待ちください」

「まだ待てと言うのか? だから田舎は嫌なんだ。いい加減にしろ!」

 男性の顔はクロウスの角度からよく見えないが、エナタは見えたらしく小さく声を上げる。そして外していた帽子を再び被りなおした。クロウスは息を潜めてエナタに尋ねる。

「どうしたんだ?」

「あいつ、兵士よ。平兵士で何番隊か忘れたけど見たことがある。私は結構兵士内じゃ、有名だからね。顔を見られると面倒だから、保険として被っているだけ」

「兵士か……。これは厄介だな」

「ええ、かなり厄介よ。大人しく引き下がってくれればいいんだけど……。ちょっと難しそう。気の済むまで叫び続けるか、店員さんに夜を共にしろとか、それとも店をめちゃくちゃにするとか、とにかく一方的な条件を付けそうね。……ちょっと後が面倒なことになるけど、私達で止めますか」

 エナタはやれやれと溜息を吐きながら、軽く肩を回し始めた。兵士はだいたいが平だ。平同士なら名目上は対等に渡り合える。だからここでエナタやクロウスが止めに入っても、表向きでは咎められない。だが個人的な闇討ちなどは特に禁止されていなかった。

 それを危惧して極力なら揉め事には介入したくないのが本心なのだが、困っている人を見るとつい動いてしまうのが、エナタの性格だ。クロウスも手の関節を鳴らしながら、動けることを判断する。

 そして兵士と思われる男は女性に向かって手を振り上げた。それを見て、二人は瞬時に動こうとする。

 だが目の前でまた違う男性が兵士の男の手首を持って止めさせた。

 二人は目を合わせながらその光景を唖然と見る。クロウスよりも背が高く、ノクターナル島では珍しい日焼けした肌に赤毛の髪が非常に印象的な青年だ。

「何だ、お前……!」

「女性に対して手を上げるのはいささか失礼すぎるのではないかと思う。もう少し優しくしないと、嫌われてしまうぞ」

「お前、俺を誰だと思っているんだ! 兵士だぞ。俺達がこの島の治安を守っているんだぞ!」

 高らかに自分が兵士であるということを宣言すると、周りにいた人たちの警戒心はより一層高まった。だは赤毛の男は気にせず、じりじりと手首に加える力を増していく。

「残念だがノクターナル島の者ではないのでね、そこら辺の事情はよくわからないんだ。よければ、ゆっくりと教えてくれるかね?」

 兵士の男性の顔が徐々に青くなっていく。動こうとしても動けないようだ。威勢を放っていた言葉も徐々に小さくなる。赤毛の男はそれを見ると、何の予備動作もなく手を離した。思わず兵士は椅子から転げ落ちる。

 赤毛の男は財布から紙幣を何枚か出すと、店員の女性に差し出した。

「この男の代金用に多めに加えてある。この人が済むまで注文を受けてやれ。それでは御馳走様。美味しかったよ」

 そう言うと颯爽と男は食堂から出て行った。兵士の男は舌打ちをすると、逃げるようにその場から消えた。

 やがて周りの客は徐々に自分たちの食事に再びありつき始める。クロウスとエナタは顔を見合うと、お互いにはっきりと頷く。そして食堂に和やかな雰囲気が戻り始めた時には、会計を済ましてその男達の後を追っていた。

 赤毛の男性はすぐに見つかった。その後ろから兵士の男がゆっくりと付けているのも分かる。その兵士を尾行する形で、二人は移動した。

「あの人、一体何者かしら。相当なやり手よね」

「そうだな。一本の手だけでああいう風に抑え込めるなんて……」

 小さな声でしゃべりながら、ゆっくりと尾行する。幸い人通りもそれなりにあったので、見つからないようにするのはさほど気を使わず、そして赤毛という珍しい色のため絶対に見失わなかった。

 二人は赤毛の男への純粋な興味と、兵士の男の行動が気がかりなため、付けている。あの兵士が簡単に引き下がるとは思えない。裏路地に入ったら赤毛の男に不意打ちをかますのが目に見ていた。とっとと巻いてくれればいいものの、赤毛の男はまるで兵士にわざと付いて来させるかのように絶妙な間隔で歩いている。

 少しずつだが、人気がなくなってきていた。尾行するにも神経を使い始める。やがて町から出て、森へと足を踏み入れた。そして赤毛の男はぴたりと立ち止まり、後ろを振り返る。クロウスとエナタも大きめの木の陰に隠れた。

「さて、私に何の用だね?」

 静かに出される言葉には確かに威圧が込められている。兵士の男は隠すまでもなく、身を出した。

「何の用だって……、俺を散々馬鹿にしたお返しだ」

 男はゆらりと剣を取り出した。兵士の中で支給される、それなりに質のいい剣。その剣先を丸腰の男に対して突きつけた。

「この島では兵士が絶対だ。旅人であろうが、事情を知らないだろうが、そんなの後で気づけばいい。後悔とともにな!」

 そう言うと勢いよく間合いを詰めた。息を呑む間もなく、剣を突き出す。だが赤毛の男は溜息だけ吐くと、流れるようにかわした。その動きには目を凝らしてようやく見える程度。

兵士の男が目の前に獲物がいないと気付く。その時には赤毛の男は後ろに回り込み、背中に拳を一発、苦しそうに振り返った所に、鳩尾に一発入れる。兵士の男は一瞬で気を失い、倒れた。

 一瞬の出来事に呆然としていると、赤毛の男が二人の方に向かって視線を送る。

「お前たちもこいつらの仲間か?」

 ほとんど気配を出していないのに、気付かれたのにはかなり驚いた。エナタはひょいっと木の陰から飛び出す。

「まさか、こんな人なんて知らないわよ。ただあなたの素晴らしさに胸打たれて、是非お話でもしないと思って、付いてきたわけ。本当に強いわね!」

 目を煌めかせながら、嘘でいっぱいの言葉を何の躊躇いもなく出すのにクロウスは苦笑いしていた。まあ全てが嘘ではないから、ましではあるか。

 赤毛の男はクロウスとエナタに近づいてきた。近くで見ると、その背の高さに驚く。

「話か……。ノクターナル島に来てまだ日も浅いんだ。是非ともこちらも色々話を聞きたいのだが」

 にこりと微笑む姿にエナタの顔が一瞬赤くなる。

「是非、喜んで! あ、私はエナタ・マーベルと言います。こちらはクロウス・チェスター。以後、よろしくお願いします」

「私はスタッツ、スタッツ・リヒテング。よろしく」

 スタッツの差し出された手を順々に握っていく。クロウスは握った瞬間、この人が自分よりも数段上の人物であると瞬時に分かった。力だけでなく、頭の展開も……。



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