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虹色のカケラ  作者: 桐谷瑞香
第六章 追憶の先へ
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6‐1 逃亡

 お待たせしました。第6章に突入します。

 今章は予告通り、追憶編から入ります。

 シェーラと先生の出会い、そして三年前に合った出来事とは……。


 どうぞ引き続きお読みいただければ幸いです。

 今後もよろしくお願いします。


 エーアデ国は魔法によって繁栄されたと言ってもおかしくない。なぜなら魔法を得る前と得た後では人々の生活の質がまったく違うのだ。

 その魔法は今ではあって当然と見なされて使われている。そして、ほとんどの人が無限の産物であると疑わなかった。

 一方で、魔法には源があると風の噂のように昔から流れていた。

 だがその魔法の源――、それが実際にあるのかどうかは三百年経った今でもよくわかってはいない。

 そんな中、純血と呼ばれる最も魔法と密接に関わりがある人が、今まで知らなかった魔法の源というものについて知ったらどうなる?



 魔法の源を知るためにその人達は動き出していた。本格的に動き出したのは今から三年前。

 そしてその後を大きく左右する出来事が起こったのも三年前。

 だがその三年前よりも少し昔の九年前、三年前と今に深く通じる出会いがあった。






 * * *






 十歳を過ぎたばかりの少女が竹刀を必死に振りながら、汗を流していた。それは少女にとっては日常である。剣術に秀でている父に構ってもらおうと幼いころに真似事で始めたのが、今でも続いていた。長く伸びた黒髪を高いところから一本に結っている少女が汗を流す姿はこの村では有名だ。

 やがて振るのをやめて、汗を拭う。

「よし、朝はこれで終わり。そろそろご飯の時間かな」

 それと同じくらいに窓から発せられる声が少女の耳に入ってくる。

「シェーラ、ご飯よ!」

「今行くよ、お母さん」

 香ばしい匂いがここまで漂ってくる。シェーラは体を動かしたおかげか、全身が熱かった。そう言うときは手を広げて小さく呟く。

「風よ、来て……」

 そよ風がシェーラを通り抜ける。その気持ちよさを全身で感じると、家の中へと戻って行った。



「え、お父さんがお友達を連れて来るの?」

 シェーラは一緒にご飯を食べている父、カッシュを不思議そうな顔をしながらじろじろ見た。カッシュは頭を掻きながらぶっきらぼうに答える。

「悪かったな、連れて来ることになって」

「違うよ、そう言う意味じゃない。ただお父さんの友達ってどういう人なのか気になって。剣術で知り合った方なの?」

 カッシュは村の中でもかなり剣術が秀でていた。そのためか護身術や子供を強くしたいと言われて教えていたり、はたまた少し遠出をするから護衛に付いて欲しいと頼まれることもある。それゆえ家を空けることがしばしばあった。その道中で知り合った人なのかとシェーラは思ったのである。

「そうだな……、まあそんな感じかもしれないな。とにかく一週間後に来るから、その時はお行儀よくしていろよ」

「はーい。大人しく竹刀でも振っているね。ごちそうさまでした!」

 シェーラは元気よく場違いなことを言うと、飛ぶように部屋に戻って行ってしまった。

 それを見て母、ミマールは頭を押さえながら溜息を吐く。

「まったくお父さんのせいですよ。シェーラがあんなに男の子っぽく振舞うようになったのは」

「悪かったな……。だがな、これからは女も元気に世の中を引っ張って行かなくてはならない。自分の身は自分で守るくらいはできて欲しいんだ」

「そうですね。……それでお友達と言うのは昔の方なのかしら」

 ミマールは声を顰めて言う。だがカッシュは飄々としながら、首を横に振る。

「いや、最近会った人だ。この前デターナル島に行った時に偶然出会った人達で、お前たちに会いたいと言ってきた。すでにその人達には過去のことを話したよ」

「まあ、会って間もない人達にあなたの過去を話してしまったの!? あんなに固く口を閉ざしていた事なのに」

「どうしてそんなに剣筋がいいのかと聞かれてな。信用に足りる人達だと見切ったから言った。良い人達だったさ。魔法管理局に所属している人達だが、魔法が使えないということに対して同情の目を向けなかった。むしろ感嘆された。それでその人達としばらく話していて、隠し通すのもそろそろ潮時だろうと悟って、喋ってしまったよ」

 カッシュはドア越しにいるだろうシェーラ見つめる。

「いつまでもびくびくしながらここで過ごしているわけにはいかない。シェーラには少し悪いが、今後のためにもそっちの方に引っ越しをしようと思う。その方がこれから安心して過ごせる。そう言う訳で、その話をしに彼らは今回来る予定になっているのさ」

 コップに残っていた水を一気に飲み切る。ミマールは心配そうな表情を決して隠そうとはしない。それを少しでも和らげようと、カッシュは白い歯をこぼしていた。



 * * *



 カッシュと剣の修行をしたり、ミマールに勉強を教えてもらったりとシェーラは充実した日々を送っている。

 やがてカッシュの友達が来る日になった。夕方には来ると言い、朝からミマールと二人で大掃除をしている。カッシュがいても邪魔なだけと言い、買い物を頼んで外に出していた。

「何だか凄いことになっているね。お父さんが友達を連れてくるなんて、珍しいし」

「そうね……。ねえ、シェーラ。シェーラはこの村が好き?」

 唐突な質問にきょとんとする。

「好き……って、そりゃ好きだよ。風が心地いいし、居て安心できるもの。それが何? 他の村にでも引っ越すの?」

 遠慮なく無邪気にミマールの確信を突く。だが言った本人の目はむしろ輝いていた。それが却ってミマールに隠そうとしていた気持ちを削いでしまう。

「え、ええ。引っ越そうかと考えているってお父さんが。実際にするのはしばらく後だと思う。でもいいの? ここにはお友達もいるのに」

「うーん、確かに友達を離れるのは寂しいけど、外の世界を見てみたい。色んな所に行ってみたいの!」

 純粋な好奇心がどうやら勝っているようだ。それを感じ取ると、ミマールはほっと一安心した。

 引き続き手を動かして掃除をし始めようとした時、突然玄関から激しいドアを叩く音が響き渡る。ミマールは眉をへの字に曲げ、ゆっくりとドアを開けた。そこにはカッシュが険しい顔をし、息を切らしながら立っている。

「どうしたの……」

「急いでこの村から離れるぞ」

「え、どういう意味なの?」

 突如出る言葉に驚きを隠せない。シェーラもその様子をミマールの背中から聞いていた。

「ノクターナル島の治安の奴らがハイマートに来ると村長から連絡があった。どうやら純血の人に話を聞きたいと言い……」

「純血って……、私のこと?」

「そうだ。この村には母さんしかいない。どうして知っているのか知りたいところだが、あいつらの情報網は並じゃないからな、幾らでも予想は付く」

 カッシュはミマールの肩を両手で掴み、目と目を真っ直ぐに見つめた。

「いいか、話が聞きたいなんて嘘だ。魔法について知りたいだけだ、その人物にどんな危害を与えようとも。村長が回答をぼやいといてくれたから、村で見つからなければあいつらは引き下がるだろう。だからあいつらが来る前に一度ここを離れよう」

 ミマールの顔は険しかった。自分に目が向けられているとは思っていなかったからだ。だが回答には穏やかな声を出す。

「……私がいてはきっとみんなに危害を与えてしまうかもしれないわね。わかったわ、すぐに行きましょう。シェーラも聞いていたでしょ? 急いで必要なものだけまとめてきなさい」

「はい!」

 はっきりと返事をすると、慌ただしく部屋の中へと行く。

「すまんな……。ここで平穏な日々を過ごすことを約束したのに……」

 ぽつりと呟く言葉にミマールは首を横に振る。

「違うわよ。ただ家族三人で幸せに過ごせる場所があれば、それでいいのよ」



 三人は必要なものをリュックなどに入れて背負い、手を自由に使える状態で村から飛び出す。

 だがすぐに森の中に身を隠そうと焦っていたため、近くから聞こえる足音に気づくのに判断が遅れた。

 三人はようやく足音に気づくと、思わず立ち止まる。そして逆の道から来ていた足音の主たちも思わず立ち止まった。七、八人くらいの体格のいい男達。腰には剣が備え付けられている。軽装であり、そこまで武装はしていない。だがこんな人達がたくさんいるとなると、それはとても奇妙なことだった。

 カッシュの額から汗が流れる。男の一人が何やら胸元から一枚の紙を取り出した。その様子を見るとカッシュはシェーラを抱え、ミマールの手を引いて、すぐ脇にある森の中へ走り込む。

 紙を取り出した男が慌てて周りの男に伝え始める。すると男達はざわめき始めた。だが中心人物がすぐに支持をし、三人を追うように言い渡す。

「くそっ、どうしてあそこであんな行動をとってしまったんだ。それより見つかるのが早過ぎだ……」

 カッシュは思わず悪態を吐く。だがそんなのをいつまでも吐いているわけにはいかない。後ろから草を走り分ける音が聞こえてきた。

「お父さん……」

 ミマールが息を途切れさせながら、口を開く。

「あの人達は私が狙いなんでしょう? それならば……」

「何を言っているんだ。三人でずっと幸せに暮らすんだ。そう簡単に諦めるな」

「だけど追いつかれるのは時間の問題。私は純血という貴重な血の持ち主だから、多少は手厚くされるかもしれないけど、もしあなたが捕まったりしたら……」

「……殺されるかもな。何て言ったって脱走者だからな」

 自嘲気味に呟く。カッシュの腕の中にいたシェーラはその言葉を聞いて、びくっと震える。いつになく父親の鼓動が速まっているようだ。

 一瞬見せた、不安げな娘の顔がカッシュの脳裏から離れなかった。

 徐々に後ろから追ってくる男達の距離は狭まってくる。木がなかったら、おそらく見えてもいい距離だ。

 カッシュはぐっと口を噛み締める。それと同時にシェーラを抱えていた腕も引き締めた。そしてミマールに真っ直ぐな視線を送る。

「隣の町まで行けるか?」

「え、ええ、行けるわ。わからなかったら、風を使えば大体わかるし」

「そうか……。わかった」

 カッシュは目の前に見える、人がやっと通れるくらいの洞窟に飛び込んだ。中は非常に狭い。覗かれたらすぐに見つかってしまうだろう。

 息を切らせながら、カッシュはシェーラを地面に下ろす。そしてすぐにカッシュは離れようとしたが、シェーラはその袖を離さなかった。

「シェーラ、何をするんだ」

「お父さん……、どこに行くの?」

 震える言葉に、ミマールも余計に不安な顔が広がる。

 カッシュは回答に躊躇わなかった。腰を折り、シェーラと同じ目線に合わせる。

「父さんがあいつらを足止めするから、シェーラと母さんだけで先に隣町まで行っていろ」

「嫌だ!」

 シェーラは間髪入れずに叫ぶ。カッシュは話を止めない。

「いいかシェーラ、よく聞くんだ。そこは大きいし、そう簡単に見つからない。もしかしたら父さんの友達にも会えるかもしれない。その人達に会えば安心だ」

「そんなの、知らない。私はお父さんと一緒に行くの!」

「いい子だから、言うことを聞くんだ。このままでは本当に一家バラバラになってしまう。二人だけでも先に行くんだ。父さんもすぐに追い駆けるから」

「嫌だよ、そんなの嫌だよ!」

 本能的にシェーラはその行為が危険だということをわかっていた。目からボロボロ涙を流し始める。カッシュはそれに堪えながら、娘の髪を撫でた。そして笑顔を作る。

「シェーラ、父さんを誰だと思っているんだ? 父さんの剣はそう簡単には負けないぞ」

「でも、でも……」

「シェーラ、強くなりなさい。人に守られるだけでなく、守る人に。父さんから受け継いだ剣術、母さんから受け継いだ魔法。純粋な半純血だからこそ、これからお前は必要なんだ。こんな世の中だからこそ……、お前はきっと必要とされる」

 シェーラは固まったまま動かない。カッシュは立ち上がるとミマールに顔を向ける。口を手で覆いながら、零れ出る涙を必死に出すまいとしていた。

「母さん、すまない。だが出会ってから今日まで本当に幸せだった。感謝している」

「何を言っているんですか。すぐに来てくれるんでしょう? そんなこと……、言わないで」

「そうだな……。さあ、隙を見て洞窟から出て、走ってくれ。最後にシェーラ」

 シェーラは顔を上げた。逆光でカッシュの表情はよく見えない。だがいつになく笑っているようだ。

「母さんをよろしく頼む」

 それだけ言うと、洞窟から出て行ってしまった。

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