5‐13 それは石とある家族から
レイラからアルセドを連れてくるように言われたシェーラは局内を駆け巡っていた。まず始めに部屋に行ったが、帰ってきた様子はない。もちろん探索部にも顔を出したが、来てはいないという。念のために直接自分の目で探しまわったがいる気配はなかった。
局の敷地内にある庭で近くの壁に寄りかかり、途方に暮れながら天を仰ぐ。
「はあ、アルセドはどこに行ったんだろう……」
局内は一通り回った。だが時間の関係上、隅々にとまでとはいかない。
「もしかしたら町に出たかしら。そうなると厄介だな。探しきれる自信がない」
溜息ばかり吐いてしまう。吐いてもアルセドが現れるわけではない。
ふと思い出す、先生を失った時のことを。
アルセド同様、酷く落ち込んでいた。廊下を歩けば、同情や冷やかな視線が突きつけられる。誰かにやつ当たりで叫びたかった。そして何もかも逃げ出したかった――。
だからアルセドの行動には納得する。しばらくはそっとさせておきたいのが山々だ。だが今は時間がない。日が暮れはじめている。あと一時間もしないうちに外は真っ暗になるだろう。
ゆっくり壁から背中を離すと、再び探すのに気合いを入れなおす。
「あれ、シェーラか?」
右を振り向くと、額に汗を浮かべているクロウスが近づいてきた。すかさずクロウスに質問をする。
「ねえ、アルセド知らない?」
「アルセド……。いや、俺は見ていない。どうしたんだ、あいつ」
「ちょっと色々あって、探しているの。遅くても日が暮れるまでには見つけなきゃ。それじゃあ、どこか心辺りない? 特に町の方で」
「町か……。すまん、よくわからない」
期待していた答えが得られず、落胆に項垂れる。その時、静かにスタッツが現れた。気配すら感じなかったことにシェーラは驚く。
「スタッツさん、アルセドがどこにいるか知りませんか?」
アルセドと一番近い関係にあるスタッツに始めから聞けば何かしら情報が得られるかもしれないと思い、躊躇いもなく出た言葉だった。多少は考える時間も要するかと思いきや、すぐに意外な言葉で返される。
「局内を全部探し回ったのかい?」
「はい、一通り。ただ倉庫や小さな部屋などまでは手を付けていませんが……。アルセドはそこにいるのでしょうか?」
「もっとわかりやすい所にいると思うが。あいつの得意なことは何だかわかるかい?」
「得意なこと……、人をおちょくることですか?」
「いやそれは違うよ。もっと人のためになることだ。君らもそのおかげで助かったと聞いたが」
シェーラは腕を組みながら考える。クロウスもうーんと考えを巡らす。
すると二人同時で声を上げた。
「あ、あのこと」
「あ、あの時か」
その言葉を聞いて、スタッツは頷いた。
「クロウス、行ってみよう。スタッツさんも一緒に行きませんか?」
何気なく当たり前のことをシェーラは言ったが、スタッツは首を横に振った。
「え……、行かないんですか?」
「君たちだけが行って話した方がいいと思う。私があいつに何を言ってもそれは上辺だけの感情しか伝えられない。同じ気持ちを味わったことがある人同士が話す方が、ずっと効果的だ」
スタッツは顔が硬直しているシェーラとクロウスを交互に見る。
「とりあえず、そこへ二人で行ってみたらどうだい。アルセドは今後のためにも必要なんだろ?」
魔法管理局の門から少し離れた所に馬小屋がある。そこには事件部を始めとして、多くの人が利用している馬が休められていた。馬の数も半端なく、ずらっと馬小屋は広がっている。その一角で、少年が馬を触っていた。
急に少年の肩を誰かに叩かれる。振り向くとシェーラが腰に手を当てて立っていた。彼女を見るなり不機嫌そうな表情をする。そして急いでその場から離れ、背を向けた。だが、間髪入れずに止められた。
「アルセド、ちょっと話があるから待ちなさい」
「さっきのことなら謝らないぞ。俺は何も悪いことは言ってない」
「さっきのことをお説教したいのは山々だけど、今回は別の用事。イリスのことよ」
思わず足を止めてしまった。そのまま足を進めればいいものの、体は動こうとはしない。
「イリスはまだ生きているわ。だからいつまでもそんな憂いの顔を浮かべるのは……」
「一体何だよ、何が言いたいんだ!?」
声を上げてアルセドは振り向く。だが振り向くと思わず固まってしまった。そこにいたシェーラとクロウスの表情が自分以上に憂いの表情を出していたからだ。
「……イリスがああいう風になったのは私も凄く辛い。だけどまだ生きている。それだけが救いなのよ」
「生きているのなら、何かしらの突破口はあるはずだ。その突破口を見つけるためにも俺達が動かなくちゃ」
シェーラは右手で首から緑色の石が埋め込まれたペンダントを取り出した。
「私は過去に大切な人を二人亡くした。そのうちの一人がこのペンダントをくれたの。その人の想いが石を受け渡したことによって、私に伝わってくる。アルセドもイリスから受け取ったでしょ?」
「俺も目の前で一人。その人も俺に石を託してくれた。その石を手で握ると、託した人の想いが直接来る気がしないか?」
淡々と事実と心情を織り交ぜながら話す二人に、アルセドは目を丸くした。二人はすでに大切な人を失ったことがあるという事実に絶句していた。
アルセドはポケットからイリスから受け取った黄色の石をゆっくりとポケットから取り出し、優しく片手で包み込む。
温かかった。
石と言うのは冷たく、ただあるだけの存在。だがこの石は温かく、あるだけではなくそれ以上に何かを訴えてきていた。イリスの想いが石を通して伝わってくるようだ。それがアルセドの心をぎゅっと掴む。ふいに目元が涙でいっぱいになる。それを見られまいと、アルセドは二人に背を向けた。何かが揺れ動く。
そんなアルセドを見ながら、シェーラはポケットに手を突っ込む。
「……アルセド、イリスの日記帳からあなた宛の手紙が入っていたわ」
そっとポケットから白い封筒を取り出す。宛名には“アルセド・スローレン様”と綺麗な字で書かれている。アルセドは急いで振り返りシェーラが持っているものに目をやった。シェーラはアルセドの手にしっかりとそれを持たす。
「手紙はあなたにだけよ」
アルセドはじっとその字を見つめた。飛びあがりそうな想いだ。
シェーラはクロウスに視線で促すとその場から離れようとする。少し離れ、シェーラは横目でアルセドを見ながら、大人びた声で告げた。
「……もしただイリスを待つだけなら、黄色の石を私に引き継ぎなさい。そうすれば後は何も言わない、好きにしていいわ。またはイリスから受け取った想いを自分自身で繋げたいのなら、夜に副局長室に来なさい。レイラさんが石と今回のことについて話してくれるでしょう。――どういう風にするかは、自分で決断しなさい」
クロウスが少し不安げな表情をしているがシェーラに腕を掴まれ、無理矢理アルセドから遠ざかった。
そんな様子はアルセドの眼中にはない。石をしまうと、封筒から手紙を取り出す。そして、まず飛び込んできた文章に驚愕する。
『アルセド君、あなたがこの手紙を読んでいるということは、私はおそらくこの世にはいないかもしれませんね――――』
* * *
夜、局に少しだけ静けさが戻る。総合部や事件部、情報部を中心にまだ慌ただしく人が出入りしているが、基本的に今の時間帯はその出入りは少ない。
シェーラは日記帳を抱え、副局長室のドアをノックした。中からしっかりとした声が通る。
「シェーラです。失礼します」
中に入るとすでにクロウスが向かい合って一つずつあるソファーの片方に腰を掛けていた。シェーラの顔を見るなり少しほっとした様子だ。レイラは神妙な面持ちで自分の椅子から腰を上げる。
「もう少ししたら話し始めたいと思うのだけど、いいかしら?」
「……ちょっと待って下さい。まだアルセドが……」
「クロウス君から少し聞いている。もしかしたら来ないかもしれないって。人の心はそう簡単に持ち直せない。それはシェーラが一番よく知っているでしょ?」
突きつけられる事実に何も言えずに立ち竦む。
アルセドを疑っているわけではない。しかし来るという保証もない。あと十分程度が限界であろうか。
だがそんな心配をよそにドアがノックもなしに開かれる。シェーラがドアへ目をやると、アルセドが口を一文字にして立っていた。
「アルセド……?」
「俺はただ聞きたいだけだ。どうしてイリスさんがあんな行為に走った経緯を。それから石やこれからのことは決める」
アルセドの目は赤みが入っていた。それを見せまいとはっきりと発する。少しだけかもしれないが、心が上向きになったのは明らかだった。
レイラはアルセドを見て、安堵の表情を浮かべる。
アルセドとシェーラがソファーに座りこむと、レイラは三人の近くまで歩み寄った。ソファーとソファーの間にある机にイリスとセクテウスの日記帳、紫色の石を置く。そして椅子を持ってきて座り、口を開いた。
「今から話すことは私の実体験と先生、シェーラ、クロウス君から聞いたこと、そしてイリスちゃんや先生の日記帳や話を元にして自分なりに解釈したものだから、細かいことは違うかもしれない。でも大まかなことはあっているはず。そのつもりで聞いて欲しい」
ゆっくり三人を見渡してくる。多少緊張しているのか、表情が硬い。だがその表情からは何か大きなことを言おうとしているのが感じられる。レイラは軽く咳払いをして喉の調子を整えた。そして静かに話し始める。
「……この国にとある家族がいた。その家族は仲睦まじい関係で、とても楽しそうに日々を過ごしていたそうよ。そんな家族が一つの想いを遂げるため……自らを省みずに行動をした。その家族はベーリン家と言い――」
三人はレイラから出る名に肩を震わせる。
「プロメテ・ラベオツ、本名セクテウス・ベーリン。ユノ・ベーリン。エナタ、本名アテナ・ベーリン。そして――イリス・ベーリンの四人で構成されていた。セクテウス・ベーリンは魔法研究の先陣を切っていた優秀な人であり、魔法管理局をよりよく発展させた人だった。そんな方が“石”の存在について知り始めた。だが魔法の根幹について知ることは、リスクが少なくない。魔法は依然謎に包まれており、悪企みを考えている人もたくさんいた。もしかしたら家族にまで危害が及ぶかもしれない、そう思ったセクテウス・ベーリンは偽名を使い始め、そして他の家族は妻の結婚前の姓を名乗る様になる、“ケインズ”と――」
時計が沈黙の中をカチカチと鳴り響く。それを気にせずレイラは続ける。
ある家族が石に想いを込めて伝えたかったことを今、受け継がれた者たち伝えるために。
カチカチ鳴り響く時計はまるで過去へと遡る様に聞こえた。
滑らかに話す声によってすぐに当時の様子を思い浮かべるのは容易だ。
クロウス、シェーラは自身の追憶に浸りつつも、レイラの話に体と心を向ける。
それは石とある家族から始まったことだった――――。
いつもお読み頂きありがとうございます。
今話で第5章は終わりとなります。私の中でも様々な想いを巡らせながら執筆をしていました。
少々めげそうになりましたが、読んで頂いている方々のおかげで書き続けられています。
本当にありがとうございます。
次章は追憶編から突入します。よろしければ引き続きお読み頂けると幸いです。