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虹色のカケラ  作者: 桐谷瑞香
第一章 風の導き
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1‐6 流れたもの

 クロウスは川のほとりで木の枝を集め、石の上に座っているシェーラの前に置いた。「ありがとう」と言われ、彼女が木の枝に指を近づけ、軽く指を擦ると、たちまち燃え始めた。地図を乾かすため、燃えない程度に近づける。やがてクロウスはシェーラの前に座り込んだ。

「君はてっきり風使いだと思った」

「あら、私の主戦魔法は風よ。これを燃やしたのは空気を瞬間的に乾燥させて、ちょっとした摩擦を起こしただけでも燃えるようにしただけ。まあ、燃やすくらいなら普通の人でもできると思うけど……」

 シェーラは不思議そうな顔でクロウスを覗き込む。だが、クロウスは少し悲しそうな顔をしながら答えた。

「俺、生まれつき魔法が使えないんだ」

「あ……、逆純血っていうことかしら」

「そうだね。家族みんな魔法が使えない」

 シェーラははっとして俯いてしまった。

「……ごめん、普通の人なんて言ってしまって」

「いや、事実だからそんなに気にしないで。昔は使えなくて、色々と恨めしいという時もあったけど、別に魔法がなくても生きていけるから今はそんなに気にしてない」

 今まで同情されたことはたくさんあったが、こんなに申し訳なさそうにされたのは初めてで、クロウスは少し焦っていた。ともかく微笑みつつも、話題を変えようとする。

「それよりも君はデターナル島の使者って言っていたけど、どんなことをしているんだ?」

「ええっと、使者って言うとかっこよく聞こえるけど、私はある局の……情報部の人で、時として諜報活動を行っている者なの」

 最後のほうだけ一気に声が小さくなる。その返答に驚きもせず、納得した。

「そうか。どうしてそんなに機敏で的確な動きをしているか、納得したよ。すごいね。今まで色んな人に会ってきたけど、若いのにここまでやる人を見たのはほとんどいなかった」

「ありがとう。そういうあなたも剣さばきがかなり上手いわよね。その歳でそんなに熟達している人はそうはいないわ。昔から相当やらなくてはね」

 お互い褒めたたえあっているが、どこか探りを入れているような感じになっている。本当は知りたいのだが、まだ踏み入れて行けないというところかもしれない。

 ほんの少し硬直が続いたが、シェーラはくすりと笑うと地図に手をかけた。

「まあそんなことより、今はいち早くイリスさんのところに戻らなくちゃね」

「なんで名前を?」

「あたりまえでしょ。サポートする側からして、名前と顔くらいわかってないといけないし。上の人も相当気にかけていたから。それにしても、地図乾かないな……。困ったな。相当流れた気がするから、場所が把握できないのに」

「イリスさんは凄い子なのか?」

「たぶんとても膨大な魔力を秘めていると思う。ただ本人が自覚しなきゃ才能なんて埋もれるものだから、はっきりと言えないわ。さて、地図でも開いてみるか」

 シェーラはそう言うと、地図をおそるおそる開こうとした。

 今は一刻も早く戻りたいのだろう。クロウスはそれを察し、何も言わずにシェーラの行動を見守る。

 地図はどうにか破れずに広げることができた。しかし、インクが滲んでいるいるためよく読めない。

「何箇所か滝があるけど、ここら辺かしら?」

 指を示した所は村からも若干遠いほうにある滝だった。

「ここから村に戻るとしたら、夕方になってしまうわね」

 今は昼も少し過ぎており、日がだんだん降り始めようとしている。

 クロウスは自分の記憶と直感を頼り、おそらく隠れ場所だろうところに円を描いた。

「隠れ場所は川が近くにあったから、こっちの川のほうだと思う」

 そばで流れている川と途中で合流する支流だった。

「ここなら、そう遠くない。村に行くよりも早く行けることになる」

「よし、そうと決まったら早く行きましょう。案内頼んでも大丈夫かしら?」

「ああ。みんな心配しているといるかもしれないからな」

 そう言うと、火を消し、痕跡が極力残らないようにしながら片付けた。

 クロウスは地図を片手に先に森の中へと入っていく。そして、シェーラも西のほうからのどす黒い雲に目をくれながらも、足早にそこを後にした。



 道なりに進んでいたが、木ばかりであり、その上複雑な伸び方をする木もあるため、油断すると二人は離れ離れになってしまう程、鬱蒼としていた。

 二人は道中、道の確認などで話したりしたが、特にお互いのことを聞きはしない。正直言って、そんなことを話している余裕は無かった。

 日の光が森の間にさんさんと降り注いでいる。そんなのどかな状況をシェーラは楽しむことができなかった。

 ――何か胸騒ぎがする。

 様々な状況、そして最悪の状況も想定しながら、クロウスの背中を追っかけることに集中した。



 そして、ようやく道がある程度整えられているところに着いた。

「元の道に戻って来たみたいだ。もう少しだ」

「思ったより早くて良かった。さあ、行きましょう」

 間もなくして、目的の場所に到着することができた。特に大勢の人が攻め入った様子もなく、クロウスが出てきたときと同じようだ。

 クロウスはドアをそっと叩き、小さな声で言う。

「遅くなってすまない。クロウス・チェスターだ。開けてくれるか?」

 呼びかけたが、中からは反応が無い。

 何度かノックを繰り返したが、何も変化はなかった。

 訝しげに思い、何となくドアを押してみる。枝で突っ張り棒をしているはずだから、それは無意味な行為だが。

 しかしドアは開いた。思わず疑問の声を漏らすが、すぐにその異変に気づいた。

「血の匂いがする……!」

 そういう現場に慣れているのか、シェーラは瞬時に異変を察する。

 急いでクロウスは中に飛び入った。シェーラもそれに続く。

「イリスさん!」

 最もか弱く、狙われている少女の名を叫ぶ。

 だが、小屋の中にいたのは少女と青年二人ではなく、青年の一人が血を流しながら倒れ伏しているだけだった。その男の服装と髪型を見て、思わず絶句してしまう。

「アストン……!」

 駆け寄り、体を起こそうとしたがシェーラが止めにはいった。

「ちょっと待って! 出血が多すぎる。下手に動かしたら余計に危ないわ!」

 クロウスははっと我に戻った。アストンの背中からはおびただしい量の血が流れている。辛うじて呼吸をしているものの、このままにしているのはあまりにも危険だった。

 シェーラは四人が持ってきた荷物の中からタオルをいくつか取り出すと、すぐに止血をし始める。白かったタオルは見る見るうちに真っ赤に染められていく。

「出血が多すぎる……。これじゃ、村まで連れて行くまでにもたない」

 自分の服まで染められながら、必死に血を止めようとする。そんな行動に気がついたのか、アストンの口がもごもごと動いた。

「アストン? 大丈夫なのか!?」

 その言葉に気づいたのか、アストンは薄らとクロウスの方に目を開けた。

「……大丈夫なわけ……ないだろ。クロウスちょっと……いいか?」

「話すなら手短に」

「今から言うことは……事実だからな。イリスさんが……ソレルに……連れていかれた。俺は……抵抗しようとしたら……切られた」

 それだけ言うと、またアストンは口を閉じてしまった。シェーラの眉が若干動く。クロウスは一瞬何がなんだか分からなかった。

「それは――」

「やっぱり、あの時の直感は正しかったのか」

 シェーラがぽつりと言う。クロウスは目を見開いてシェーラのほうに向いた。

「どういう意味だ……?」

「わからなかった? あの人から出ている微弱な殺気に。兵士に対してかと思ったけど、どこか違和感があった。もしかしたらこっちに対してかもって思ったら……。どうやら、あなたがいなくなって手薄になったところを狙われたようね」

 クロウスは唖然とした。自分がよかれと思ったことが逆に裏目に出ていた事実に対して。

 そして、犠牲を受けたのは自分ではなく他人。

 ――どうして、ソレルのことを気付けなかったのか、長時間もイリスさんから目を離してしまったのか?

 ぐっと歯を食い縛り、必死に自分の怒りを抑えようとする。

 シェーラはアストンの傷口にタオルを巻きつけ、最低限の応急処置はした。クロウスの様子を見て静かに言う。

「自分を責めるときじゃないわ。今は一刻も早く、この人を村に連れて帰るわよ」

「だが、イリスさんは――」

「彼女はまだこの近くにいる。今は焦るときじゃない」

 クロウスはシェーラにじっと見つめられた。その強い瞳は思わず相手が後ずさりしそうな勢いだ。彼女も自分の行動に対して憤りを感じ、それを抑えているのだろう。そして、彼女の言うことは正しいと思い、クロウスは大人しく従うことにした。

「わかった。俺がアストンを運んで行くから、荷物を持って行ってくれるか?」

「もちろん」

 シェーラはすぐさま荷物をまとめあげ、小屋から離れる準備をする。

 やがて、クロウスはそっとアストンを持ち上げて、先を進むと言ったシェーラの後をついて行った。そして外に出て、村へと急いだ。



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