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虹色のカケラ  作者: 桐谷瑞香
第五章 笑顔とともに
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5‐9 散りゆく華

「イリスーーーー!」

 ケルハイトが第二撃を加えようとする前に、シェーラは渾身の力で作った風の塊を作り投げつける。

 後ろを振り返られると、うるさそうに風を叩き斬られた。

 その後ろには一輪の愛らしい華が力なく石に背を付いて倒れこんでいる。

 クロウスはケルハイトが再びイリスに刃を向ける前には駆けつけていた。

「この野郎……!」

 剣を振り、それとケルハイトの剣が激しい音を立てて交り合う。

 クロウスは歯を食い縛りながら、奥で血を流しているイリスに目をやる。白い肌が赤く染まっていた。

 再び視線を戻すと、吐き捨てるように言う。

「一度ならず、二度までも……! 今日は逃げない。今日こそ決着をつけてやる!」

 上手く引きつけながら、クロウスはケルハイトからイリスを離すことにする。剣を度々交り合わせながら、ぼろい壁をぶち破り、外へと出て行った。

 シェーラとアルセドはその隙にイリスに駆け寄る。

 その途中で、護衛を頼まれたであろう男が二人血を流しているのが、目に付く。その出血量は絶望的だった。顔をひそめつつイリスに近付こうとする。

 だが近寄ろうとする直前、ゆらりと小柄な男性が出てきた。

 そして勢いよく来たシェーラの鼻先に細い剣を突き出す。それに反応して思わず立ち止まる。

「主の邪魔はさせない」

 忠実な家来のように、ただ淡々と述べた。シェーラは剣先に注意しつつも落ちついて発言する。

「あなたの主は一体何をしたのか分かっているの?」

「ああ。これからの世のために邪魔なやつを斬っただけだ」

「彼女が実はたった一つの希望の(しるべ)かもしれないのに?」

「導はグレゴリオ様だ。こんな女、ただの――」

 言い終わる前にシェーラは男を右に蹴り飛ばしていた。手加減は一切しなかったためか、遠くまで飛ばされる。その際、彼の剣先が頬をかすめた。

 血が出た頬を拭いつつ、苦痛で横たわっている男に近づき、手で握っている剣を足で乱暴に引き離す。

「この女……!」

 シェーラは逆に男の剣を持ち、突き返した。

 男から血の気が引く。シェーラから出されるオーラが凄まじく黒かったからだ。

「グレゴリオはどうしてこんなことを命令したのかしら?」

「そんなこと知るか。俺はケルハイト様に付いてきただけだ。ケルハイト様の背中を守るようにと」

 シェーラは冷笑を浮かべる。

「へえ、それは可笑しいわね。あなたみたいに弱っちいやつが、あんなに強い剣士の背中を守れと言うなんて」

「何が言いたい。グレゴリオ様はいつも魔法が使えない俺達のことを考えているんだ。そのお方が言うことに従って行けば、魔法を使えなくても素晴らしい人生を生きていけるんだ!」

「そう言われているの。だけど現実を見たらどう?」

「何だと?」

「あなたは利用されているだけという現実を。グレゴリオやケルハイトに取ってあなたはただの駒なのよ。まあケルハイトが何か事を起こした際に、あなたに罪を擦り付けるという配置かしら。たぶんあの人はこのままあなたを置いて行くわ、デターナル島に」

 男の顔が強張った。そしてみるみる内に真っ青になっていく。シェーラは複雑な顔をしながら剣を放し、抵抗もしない男に鳩尾(みぞおち)に一発入れて気を失わせた。

「また、ここに踊らされた人が……」

 そう呟くと、すぐに踵を返して、イリスに駆け寄る。

 石の周りには抵抗したのか、土の壁の残骸が残されていた。

 イリスの左肩から右腰まで一直線に斬られ、鮮血が出ている。

 非常に荒い呼吸をしていた。脈もどんどん小さくなっているようだ。シェーラはイリスを横に倒し、声をかける。

「イリス、イリス、私のことわかる?」

 小さな手を握りながら、シェーラは声をかけ続ける。

「イリスさん!」

 恐怖に歪んだ表情でアルセドは声を出す。

 イリスはそれに必死に応えるかのように、手を握り締めた。ほんの少しだけアルセドは安堵する。だがシェーラは依然流れ続ける血の量に悔しさを噛み締めた。

 止血をしようとしても、止まる量ではない。そうわかっていても上着を脱ぎ、それを傷口に当てる。緑色の上着は一瞬で赤黒く変わった。

「止まらない……。傷が深くて広すぎる。どうしよう……」

 前も似たようなことがあった。イリデンスでのアストンの時だ。あの時と状況は似ている。だが決定的に違うことが二つあった。

 一つ目は斬った相手が、始めから殺そうとしているか否かということ。ソレルは殺意があったかもしれないが、それは所詮操りの中でのことだから強くはない。

 そして二つ目は斬られた人が、体力があるかないかということだ。アストンはそれなりの剣士だ。普通の人と比べて断然体力はある。

 だが、今回はどっちを取っても悪い方にしかならなかった。

 明らかに殺意を持って、体力がない少女が斬られた――。流れゆく血の色は絶望の色でしかない。

「イリスさん、イリスさん……!」

 アルセドは必死に想いをイリスに向かって叫ぶが伝わらない。

 シェーラは苦し紛れに事が切れている男の方に走って行く。そしてまだあまり血を吸っていない服をすまなそうに取る。それを止血用にと再びイリスの脇に座り、傷口に押さえた。だが、状況は何一つ変わらない。

「シェーラ、イリスさんはどうなるんだよ!」

 イリスの顔色が青白くなって行くのを見ながら、アルセドは噛みつくように言う。

 シェーラは答えられなかった。

 イリスを急いで近場の町に連れて行く方法もあった。だが、ここは島外れ。馬を走らせても一時間以上かかる。それまでこの少女の体力が持つかは難しかった。

 頭の中で意見が錯綜している。何度整理しても、すぐにぐちゃぐちゃになってしまう。

 医者なら、レイラなら何かいい案を出してくれたかもしれない。

 しかし所詮シェーラはただ風を少し操るだけの娘。無力な己を悔しがった。

「イリス、どうしてこんな石のために自分を投げ出すのよ……!」

 悔しさを押し殺して声を出す。その時、イリスは目を薄く開けた。

「この……石は……何に変えても……守らなくては……いけないのです……」

 弱々しく出される声に、シェーラとアルセドは耳を疑った。イリス自身が危険なことに瀕してもなお、石を守るのかと。

 石にはべったりとイリスの血が付いていた。

「どうして石を守らなくちゃいけないのよ。自分の命の方が大切じゃない!」

「そうだよ。石なんかより、イリスさんの方が俺達にとって断然大切だよ!」

 その言葉に微かにだがイリスは笑っていた。

「……一人の命と……国の命……どちらが……大切ですか?」



 * * *



 クロウスは右に左にと、次々に繰り出される斬撃に押されながらも全てをはね返す。

 ケルハイトの剣は例え繋ぎの一撃だとしても、どれも油断すれば命取りになるほどだ。

 殆ど体力は戻っているとはいえ、実戦での勘はまだ戻っていない。その中で、隙を見てどうにか攻めに転じようと試みる。

 だが、隙など見せられるはずはない。

 ケルハイトは淡々とクロウスに斬りかかっている。余計な感情はいらないと言ったところか。

 森の中での攻防。後ろに気をつけなければ、すぐに背中が木に当たってしまう。

 クロウスが僅かに手元を誤り隙が生まれると、ケルハイトは一気に蹴りを付けるかのように、若干大きく剣を振り上げた。

 ちらっと後ろを見ると、腕で一周できそうな細い木。

 すぐにその木の後ろへ行くと、ケルハイトの剣は大きく木に対して振り下ろした。

 木は真っ二つに斬れる。激しい音を立てて、倒れた。

 息を整えるかのように、ケルハイトは剣先を下に向ける。そして驚いたようにクロウスを見た。

「私の剣をこうも返すとは……、あなたは一体何者だ?」

「やっぱり覚えていないか。そうだよな、いつも涼しい顔をして多くの人を殺してきたからな」

「そうだ。命令とあれば、邪魔と判断した人は全て斬る。それが関係あるのか?」

 それを聞いてクロウスの中で均衡を保っていたものが崩れた。ケルハイトを鋭く睨みつける。

「……大いに関係あるんだよ!」

 再び間合いを詰めて、今度は勢いでケルハイトを押していく。

 ケルハイトの目は若干厳しくなる。

「お前は覚えていないかもしれない。三年前に一人の女性を追い詰めたことなんかな!」

 渾身の一撃を加えると、そのまま鍔迫(つばぜ)り合いになる。

 クロウスが、ずっと剣を交り合い一斬りしたいと思っていた相手が目と鼻のすぐそこにいた。

「お前は三年前に一人の女性を殺そうとした。その人が裏切ったからという命令でな。覚えていないのか、雨が激しく降っていた日のことを!」

「……もしかしてあの飄々とした女剣士のことか?」

「そうだ、俺はその女の知り合いだ!」

 ケルハイトの目が大きく見開く。拙い記憶の欠片が一瞬にして繋がったのだ。そして小さく不気味な笑いをし始める。

「ふふふ、そうか、あの時の男か。目障りな邪魔をした。ならばここで三年前の蹴りを付けよう。先に逝った彼女と同じ場所に行かせてやる!」

 ケルハイトは剣を握っている力を一瞬で抜く。

 クロウスが怯んだところに、左手から細かな刃を投げつけた。

 刃は容赦なく、クロウスへ向かう――。

 だが、決して焦りはしなかった。

 両手で持っていた剣を左手だけに持ち替え、右手で腰から短剣を抜く。

 刃をそれで牽制しながら、押し倒す。

 その時に何本かかすったが、致命傷までは程遠い。

 刃が尽きた所で、短剣も左手で握っていた長剣の上に乗せて、さらに体重を加える。

 ようやくケルハイトの表情に苦悩の影が浮かんできた。

「お前のことを一日も忘れたことはなかった。再び会うその日まで。これ以上、俺の大切な人達を傷つけるな。これ以上……!」

 鬼気迫る形相にケルハイトは徐々に刺激されていく。

「その意気込みは感嘆に値するものがある。だが、少し冷静になったらどうだ? あなたが勝つことは決してないと」

「何だと?」

「一つ教えてやろう。その剣はノクターナル兵士に支給されるそれなりに質の良い剣。それは私が選んだ。理由は私の武器になりえるからだ。裏切り者が出た場合に瞬時に処理するために」

 クロウスは眉をひそめる。

 視線が少し揺れた所で、ケルハイトは指先をクロウスの長剣に当てた。

 その時、以前シェーラが言っていたことが脳裏を過ぎる。

『私の風の使い方は、風全体を一つの大きな流れとして使っている。でも他にも個々の風、つまり小さな分子を振動させたりして風魔法を出す人もいるらしい。そう使うことで――』

 剣が微かに震える。

 引っ込めようと判断した瞬間、クロウスの剣は一瞬にして粉々になった。

『何かを破壊する』

 粉々になった刃は至近距離にいた両者に、抵抗する暇もなく次々と刺さっていった。



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