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虹色のカケラ  作者: 桐谷瑞香
第五章 笑顔とともに
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5‐8 石の叫び声

 まだ殺人事件の話が局に出回る直前――、久々に朝早く起きたシェーラは一人で鍛錬所のベンチに座って空を眺めていた。

 快晴とはお世辞でも言えなく、雲が一面を覆っている。少しずつ冷たい風も吹き始め、あまり着こんでいないシェーラにとっては少し肌寒かった。

「イリスは朝からどこに行ったんだろう?」

 今日は久々にイリスを朝食に誘いに部屋に行ってみたが、すでに彼女は出かけた後だった。何か用事がある様なことを聞いていたとはいえ、ここまで何も言ってくれないと、シェーラとしては何となく不安になってくる。ただ、夕方には会う約束をしているのだから、そこまで心配する必要はないのかもしれないと正論づけていた。

 鍛錬所に行って体を動かせば多少は気が紛れるかもしれないと思って来てみたが、時間が早過ぎるのと、天気のせいで誰もいない。

「……やっぱり、帰るか」

「もう帰るのか? シェーラ」

 シェーラは首を横に向けると、クロウスが息を整えながら歩いてきていた。軽くそこら辺を走って来たのか、額にじんわりと汗が浮かんでいる。クロウスを見ると、シェーラの顔は少し明るくなった。

「ううん、クロウスが来たのなら、まだいるわ」

「そうか。隣いいか?」

「どうぞ」

 少しだけベンチの端にずれると、クロウスはそこにできた空間に腰を下ろす。しばらくお互い目の前を真っ直ぐ見たまま会話はしなかった。目の前の木が風によって揺らされ始めている。

 クロウスはちらっとシェーラに目をやった。

「少し寒いな」

「そうね……。クロウス、汗をしっかり拭き取らないと風邪ひくわよ。いつも走ったあとは一度部屋に戻っていなかった?」

「そうだけど、今日はシェーラが目に付いたから、つい……」

 シェーラはクロウスから視線をさっと離した。すぐに顔に熱が帯び始めている。

 最近クロウスのことを意識し過ぎているせいか、二人きりになると会話が続かなくなっていた。しかし、奇妙な沈黙に耐えきれなくなる。

「私、やっぱり一度家に帰るわ!」

 勢いよく立ちあがり、クロウスから急いで離れようと歩き始めた。クロウスが止める間もなくお互いの距離は開く。

 だが突然、シェーラは立ち止り、胸を押さえ始めた。

 クロウスは腰を丸くして立ち止まっているシェーラを見て、急いで駆けつけてくる。慌てて抱えるようにしてその場に座らせた。

「シェーラ、一体どうしたんだ!?」

 苦痛に歪んだ顔をクロウスに向ける。

「急に、胸が、痛く、なって……」

「大丈夫か、動けるか?」

 クロウスは聞くが、シェーラは首を微かに横に振る。これほど苦痛を感じているのは初めてだった。か細い声をどうにか出す。

「すごく痛い……。胸というより、心が、血が、全身が悲鳴を上げている感じ……!」

「どうして突然一体……。ひとまずボルタ先生の所に連れて行こう。俺が支えるから、掴まっていてくれ」

 クロウスの服をほんの少しきつめに握った。クロウスはそれを肯定と捉えるとシェーラの腕を肩に廻し、ゆっくりと立ち上がらせる。そして静かに歩き始めた。

 シェーラの息遣いは荒い。体がだんだんと重くなっている。意識も朦朧とし始めたとき、首から提げているペンダントが光り始めたのだ。

「クロウス……、ちょっと一回止まって……」

 クロウスは光の異変に気づくと、再び腰を下ろした。

「どうして、ペンダントが……?」

「前にもあったか?」

「どうだった……かな。……ねえ、クロウスの胸ポケットも光っているわよ?」

 クロウスはポケットに手を突っ込むと、光っている橙色の石を取り出した。シェーラはそれを見て、目を丸くする。

「クロウスも……石を? 虹色の書の……封印を解く?」

「ああ、ある人からもらってな。しかしどいうことだ? 石が光るなんて普通じゃないぞ」

「普通じゃないことが……、起こっている?」

 シェーラは自分自身で呟いた内容を確かめるかのように思考を巡らせた。

 その時、亜麻色の髪をした少女が脳裏をかすめる。その表情は決意に満ち溢れていたが、どこか切なそうだった。

 そして思いついた考えにわなわなと震え始める。

「おい、シェーラどうしたんだ?」

「クロウス……、イリスがどこに行ったか知らない?」

「イリス? 今日はまだ見ていない。それがどうした?」

「……イリスが危ない」

「何だと?」

「石達がそう言っている。だって他に石を持っているのはイリスとレイラさんだけでしょ!? レイラさんは朝会ったけど、イリスは見ていない。最近のあの子の様子変だった……。それにどうしても昨日から離れないのよ! 逝ってしまった先生とイリスの後ろ姿が!」

 確たる証拠は何もない。だがシェーラは自分自身で確信していた。体中が全てを肯定している。

 クロウスはシェーラの叫びに耳を傾け、ほんの少し間を置く。そしてシェーラも納得する返事を出した。

「まずはレイラさんの所に行こう。レイラさんなら、もしイリスが出かけたとしたら、場所を知っているはずだ。何て言っても、局のトップなんだから」

 シェーラはしっかりと頷く。だがその目には焦りの色が出始めていた。



 総合部で慌ただしく連絡を取り合っている人々の姿を見ながら副局長室のドアを開けた。

「シェーラにクロウス君、一体どうしたの……?」

 机に辛うじて載っていた本が床に落ちる。レイラは二人の顔を交互に見た。シェーラは痛みを必死に隠しながら言う。

「レイラさん……、イリスはどこに行きましたか?」

「どうしてそんなことを……」

「どこに行ったんですか!?」

 どこから気力を持って来たのか、突然大きな声を出すのでクロウスはびっくりする。鬼気迫る表情に唖然としてしまう。

 レイラはぐっと口を噛み締め、地図を持って近くに寄った。

「……イリスちゃんは、ここに行っている。各島にある、小さな祈りの場所に」

 シェーラとクロウスの目が大きく見開く。

「どうしてですか?」

「書を翻訳し終えるために、最後に確かめたいことがあると言って朝早くにその場所に向かったわ。護衛も付けたし、大丈夫だと……思っていた」

「思っていた? どういうことですか!?」

「……橋で殺人事件が発生したのよ。おそらくノクターナル島の剣士、ケルハイトという男が。そいつはたぶんここに向かっているわ!」

 部屋の中がレイラの声で反響する――。

 そしてざくりとシェーラとクロウスにその言葉は刺さった。

 二人は地図をレイラの手から引っ手繰ると、一目散にドアに向かって走り始める。ドアにノブをかけようとしたときレイラは叫んだ。

「ちょっと待ちなさい!」

 二人はうるさそうに振り返る。

「何ですか? 馬借りてすぐに行きますよ!?」

「わかっている。止めはしない。イリスちゃんをお願い……! だって、あの子は、あの子は――」

「わかっていますよ」

 シェーラはゆっくり微笑を浮かべ、言葉を繋げた。

「イリスの家族……」

 レイラがその言葉に唖然とするのをよそに、勢いよくドアから出て行く。

 部屋には呆然とレイラだけが突っ立っていた。だがすぐに切り替えて、自ら部屋から出て総合部へと足を向ける――。



 シェーラとクロウスは凄い勢いで廊下を走っていく。局内は殺人事件の話が広まり始めたからか、慌ただしく動いている人が多くなっている。

「シェーラ、痛みは大丈夫なのか?」

「もう無視! 痛いけど、気合いでどうにかする。……あら、アルセド?」

 走る速度をいったん落とし、驚いた目で見てくる少年の前に止まった。

「シェーラ、クロウス、一体何が起きたんだ? 朝から騒がしいぞ」

「……橋で殺人事件があったのよ。犯人は未だデターナル島を逃走しているらしい」

「それって、やばくないのか?」

「かなりやばいけど、局に入れば安心よ。ここは一番安全だから」

「そうなんだ。なあそれより、イリスさん知らないか? 今日、まだ全然見ていないんだけど」

 いつになく不安げな表情を浮かべていた。アルセドも何となく気づいているのかもしれない。シェーラはクロウスに目をやると、こくりと頷く。それを受け、アルセドの両肩に手を乗せ真っ直ぐ視線を向けた。

「アルセド」

「な、何だ?」

「イリスが危険な目に合って――」

「俺も一緒に行く!」

 シェーラが全て言い切る前に即答した。そして手を離し、外に向かって走り始める。シェーラ達は慌ててアルセドに追いつく。

 詳しいことは言わずとも、お互いに心の中でははっきりと意見を交換していた。目的は同じだから。

 馬小屋に行き、シェーラとクロウス、そしてアルセドと馬に飛び乗って、飛びだした。



 逸る想いを馬にぶつけるが、何事にも限度がある。速さはある一定の所を続いていた。そして初めて行く場所であるから、思うように道も走れない。馬はシェーラ、クロウス、アルセドの順で進んでいく。

「なあ、イリスさんはどうしてそんな所に行ったんだよ!」

「私が知りたい! たぶん、イリスなりの考えがあったのよ。確か祈りの場所は島ごとに一つずつある。その場所には――」

「その場所には大切に石が保管されているんだ。その石はとても重要だと聞いたことがある」

 シェーラは突然クロウスに口を挟まれて、驚いてすっとんきょんな声を出す。

「クロウス、知っているの?」

「……昔、ノクターナル島の祈りの場所に行ったことがある」

「そうなんだ。私もネオジム島なら理由ありで行ったことがあるわ。そこにも石があった。そう考えると、何か大きなことがそこにはあるのかもしれない。それをイリスは虹色の書から読み取った……。でもどうして私達に声をかけてくれなかったのかしら」

「そんなことより、もっと速度を上げて行こうぜ!」

 アルセドは悩み始めるシェーラに喝を入れる。それに合わせて、少し速度を上げた。クロウスはほんの少しシェーラに近づく

「シェーラ、調子はどうだ?」

「……正直、かなり悪い。手綱を持っているので精一杯。だから……急ごう」

 呼吸を荒くしながらも、必死に地図を頼りにして馬を進めた。

 しばらく無言の時間が続く。

 聞こえるのは馬が激しく土を駆けて行く音。

 シェーラはペンダントと腕輪の光が強くなっていくのが手元を見なくてもわかった。それらはもう少しで着くということも暗示している。

 呼吸をするのが辛くなりながらも、木の合間から一軒の小屋が見えてきた。

 その小屋の前には馬が二頭――大量の血を流して倒れている。おそらく息はすでにない。

 滑り込むように入口に辿り着くと、馬から飛び降りた。

 クロウスとアルセドが飛び降りるのを目で見て判断して、シェーラは勢いよく小屋の扉を押し開けた。

 開けると目に付いたのは、一番奥で亜麻色の髪の少女と血の付いた剣をしっかり握っている金色の髪の青年が真正面から対立している姿。

 イリスの方が圧倒的に不利なはずなのに、目は負けていない。

 だがきつく突きつける視線にも構わず、青年は握っていた剣をイリスに向かって斜めに斬り付けた、シェーラが叫ぶよりも速く。


 そして小さな悲鳴と共に、静かに鮮血が舞った――――。

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