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虹色のカケラ  作者: 桐谷瑞香
第五章 笑顔とともに
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5‐5 夢の先へ風は吹く

 気がつくと道の真ん中にシェーラは立っていた。辺りは暗いが、すぐ傍の切り株にランプが置いてあるため、それがシェーラを完全な闇から守っている。右に左にと見渡すが、何もない平地だ。

「一体、ここはどこかしら……」

 ぼやきながらも、ランプを手に取り道に沿って歩き始めた。

 クロウスやイリス達のことを考えながら、ひたすら歩いて行く。顔を上げて、一面に広がる星空に見とれたりもした。だが他に見るものはない。

 いい加減景色に飽き始めてきた頃、前方に一本の木が見えてくる。その木の下には人がいた。少し歩調を速めながらどういう人がいるのか見ようとする。顔まで見られる距離になり、その人物の顔を見た瞬間、シェーラは立ち止まった。

 その人はシェーラの存在に気づいたのか、木陰から星空の下へとゆっくり移動する。ランプの光がさらにその人物の顔を鮮明にさせた。現れたのは黒色の髪ですらりとした体格の三十代ぐらいの男性だ。

「久しぶりだな、シェーラ」

 微笑みながらその人物はシェーラに迫ってきた。シェーラは表情を強張らせながら、思わず後ずさりをする。

「どうして避けるんだ。久々の対面じゃないか」

「ちょっと待ってよ。これは夢? 夢なのにいやにリアル過ぎる。現実? それなら尚更ありえない!」

 男性は、はあっと溜息を吐く。

「いつからそんなに警戒心が働くようになったのか。シェーラ、ここは夢の世界だ。そう言えば納得できるか?」

「すぐに納得できるかって……。夢ってことにしたとしても、死んじゃった人が目の前に現れたらびっくりするでしょ、お父さん!」

 シェーラに父と呼ばれた男性、カッシュ・ロセッティは顎を触りながら頷く。

「ふむ、そうかもな。それは置いといて、大きくなったなあ、シェーラ!」

 こんな風に子供に絡んでくる男性は自分の父親以外いないとシェーラは瞬時に悟った。

 手を広げながら今にも迫ってきそうなカッシュに対して、すぐさま止めに入る。

「こんな所でスキンシップを取り始めるな! 夢ってことは、つまり私はまだ意識を取り戻していないの?」

「そうだ。体の方はベッドの上で健やかに寝ている。精神だけがここにあると言っていいか」

「それはまた器用なことを……。一体どれくらい経ったのかしら。一週間くらい?」

 首を傾げながら疑問を呟くと、ぼそっとそれに対する返答が来た。

「一か月だそうだ」

「一か月!?」

 あまりの期間に声を上げて驚きを露わにする。

「早く起きなきゃ。みんな心配している!」

「シェーラ」

「どうしてこんなに長く……」

「おいシェーラ」

「体の方の自分よ、早く起きて!」

「シェーラ、聞いているか!?」

 びくりと体を震わせて、シェーラは恐る恐るカッシュの目を見る。その目は今までになく冷めていた。少年のように再会を喜んでいた人ではない。

「そう慌てるな。ここで流れている時間は現実と違い、限りなく遅い。シェーラは深い疲労を癒すために精神すらずっと眠りについていた。だが先に精神の方は回復した。それはそろそろ体の方も回復し、目覚めるということを意味している……そうだ」

 その言葉一つ一つが娘の心を包み込む。

「じゃあ、どうして私はお父さんと会えているの? 二度と……、会えないと思っていた」

 ようやく父親を直視するようになったシェーラの目には薄っすらと涙が溜まっている。

「俺もだ。不甲斐無い最期で本当に悪かった。――さて、ゆっくり話をしたいが俺はあくまでも導き役。もうお別れだ」

 その言葉により涙は一瞬でなくなり、表情は一転した。

「何それ、ほとんど話なんかしていないじゃない。夢でも会えて嬉しいのに」

「しょうがない。これはシェーラがこれからを歩む為の通過地点だから」

「……私、強くなっているよ」

「わかっている。いつも見ているから。基本的な剣術しか教えてないのに、独自に剣と魔法を組み合わせるなんて、俺も鼻が高い」

 シェーラは俯いたまま何も言わない。現実から敢えて目を逸らそうとしていた。カッシュは続ける。

「……魔法を使える人と使えない人がいる限り、今の抗争は続くだろう」

 シェーラは軽く首を横に振った。

「でも人は分かり合える。魔法が使えても使えなくても人は想いを通じられるから。お母さんとお父さんを見ていればわかるよ」

 父親はそれを聞いて、にこりと微笑んだ。そして軽くシェーラの頭を叩く。感じることがないはずなのに、何となくだが体温、そして想いが伝わってきた。

「シェーラ、一人じゃないということをよく覚えておくんだ。それじゃあ、本当にお別れだ。この道を真っ直ぐ行けば、シェーラに会わせたい人がいるから。シェーラ、最後に……母さんを頼む」

「わかった。ありがとう、お父さん」

「ああ、元気でな。風からいつまでもシェーラを見守っているから」

 くるりと踵を返し、歯を食い縛りながらカッシュから離れた。振り返らなくても手を振って見送っていることが手に取るようにわかる。振り返れば戻りたくなってしまう。だがそれはこれからを生きる自分には耐えなければならないこと。必死に涙を堪え、風に吹かれながら道を進んだ。



 先ほどより半分くらいの時間を歩いたところで、木の影が見えてくる。その下にいる人物はシェーラが気づくより前に、すでに星空の下に出てきていた。その人物を見てシェーラの頬が少し緩む。

「予想通り……ね」

 ランプを上に掲げて、待っていた人の顔を赤々と照らし出す。優しそうな表情をした四十歳くらいの男性がいた。

「何だ、驚かないのか、シェーラ」

「お父さんと会ったから次に会う人の予想はつく。何事にも流れがあり無駄なものはないって、先生がいつも言っていたじゃないですか。きっとこの夢は亡くなった人と会える……って予想がつきます」

「良い判断だ。さあ時間もあまりないし、本題に移ろう。まずはお礼から。虹色の書をノクターナル島側から無事に守り抜いてくれてありがとう」

「いえ、当然のことをしたまでです」

 シェーラは照れくささを隠すように少しぶっきら棒に言う。それをわかってかプロメテ、いやセクテウスはクスッと笑う。

「……さすが私の弟子だ。さて書は今どうなっている? 古代文字だろ。あれではそう簡単に読めない」

「そうですね。でも思ったよりも速く解読できると思いますよ」

「それは一体どうして?」

「私の友達に古代文字をスラスラ読める娘がいるんです。きっと私がのんきに眠っている間に何か手を打っていると思いますよ」

「それは素敵なお嬢さんがいるものだ」

 にこにこしながら答えるセクテウスに、シェーラはその調子で思ったことを質問し始めた。

「先生はすでに書を読み切ったのですか?」

「まあ、ざっと読みはした。ざっとだから、詳しいことは言えない。まあそのお嬢さんがいるのなら、私が助言しなくても大丈夫だろ?」

「そうですけど……。それでは、気になることいくつかいいですか?」

「何だ?」

「虹色の書は一体誰が持てるのですか? 選ばれた者というのは?」

 セクテウスの表情が一瞬にして、真面目な顔つきになる。その変化は明らかでシェーラも見逃さなかった。

「それを知ってどうする?」

「ただの興味ですよ。それに知っておいた方が、これから書を守る上で有利になると思い」

 それを聞き、ふむと一息吐くとセクテウスはわざとシェーラから視線を逸らしながら話し始める。

「ある想いを持って、あるものを渡された人のみが、そのあるものを持っているときだけ持てる……というところでいいか?」

「全然答えになっていません。とはいえ、多少は予想がつきます。あるものとは私のペンダントや腕輪に埋め込まれている、石のことたちですよね」

「そうだ。そして石の数は七つ。これだけ情報があれば守りきれると思う」

「わかりました。ではもう一つ、書がノクターナル兵士側に渡ったらどうなりますか?」

 セクテウスの表情は更に渋みを増した。今度はより静かに答える。

「……グレゴリオ辺りに渡ったら、まあ一年経たずにこの国は無くなるだろう」

「それは……、本当ですか?」

 耳を疑いたくなる。だがその様子から嘘は吐いていないとわかりながらも、聞き返してしまう。依然渋みは変えない。

「本当だ。書の真髄まで触れれば一瞬で無くなるが、触りの程度でも日にちを重ねれば無くなる。シェーラ、私が魔法の使い方を教え始めた日に伝えた言葉を覚えているか?」

 急に違う話題を出されて、一瞬きょとんとする。しかしすぐに意識もせずに言葉が出てきた。

「『魔法を人に向かって使ってはいけない。魔法をむやみに使ってはいけない』でしたよね。それが何か?」

「そうだ。そしてこれにもう一つ付け足すことがある。魔法は――――」

 その時、二人の間に突風が吹き抜けた。セクテウスの口が微かに動いているのがわかるが、あまりの強風に聞き取れない。必死に耐えながら風が通り抜けるのを待つ。黒色の髪が華麗にたなびいた。

 やがて風が治まると、セクテウスは微笑んでいるのに気づく。シェーラは軽く髪を直しながら大きな声で尋ねる。

「先生、それでもう一つというのは?」

「今言ったじゃないか」

「風が凄過ぎて聞き取れませんでした。もう一度教えてください」

「それは出来ない相談だ」

 シェーラは目を瞬かせながら、セクテウスに詰め寄る。

「どうしてですか」

「もう時間がないからだ。大丈夫、近いうちに同じセリフを聞くときが来るから」

「私は今知りたいです!」

「そう言うな。ほら、進むんだ」

 セクテウスがシェーラの肩を掴むと、軽々と後ろに向けさせる。すぐには離さず、そのままの状態でいた。不思議に思ったシェーラだが、肩を掴んでいる手を通じて微かな震えが伝わってくる。

「……すまなかった」

「一体、何がですか?」

 突然の告白にさすがのシェーラも首を傾げる。何も謝られることなどない。むしろこっちが謝るべきだとシェーラは思っていた。口を開こうとする前にセクテウスは呟く。

「私の魔力をシェーラに送ったから、こんなにも戦いの日々に……。もう少しましなやり方があればよかったのだが」

 いつも飄々としながら局をまとめあげていたセクテウスの他人を想うが故の言葉だった。

「……どうしてそのようなことを言うのですか? むしろ感謝しています。そういう風にして私を生かしてくれたじゃないですか」

「そうだが、今のように体力をぎりぎりまで酷使するはめにしてしまう原因を作ったのは――」

「それは自分の意思でやっていることです。本当に気にしないでください」

 シェーラは乗せられていた手をそっと取り、セクテウスの方に顔を向けた。

「大丈夫です。今まで現実から目を逸らすために強くなろうと、自分を犠牲にしていました。でもこれからは――」

 しばらく顔を合せなかった人が思いだされる。ぶっきら棒ながらも心配してくれる女性、騒々しい言葉を放つが心優しい少年、いつも笑顔を絶やさず見守る少女、そしてシェーラを守ると言った青年――。

「私を心配してくれている人達がいるから、その人達を苦しませないためにも進んで死に急ぐようなことはしません。最大限考えて、全ての人が納得する道を選びます」

「そうか……。だがその道は険しいものがある。それでもやるのか?」

「はい」

 その返事だけで充分だった。シェーラは緑色の石が埋め込まれたペンダントを取り出して、セクテウスに見せる。星に負けないくらいいつもより煌めいていた。それを見るとセクテウスは微笑んだ。

「さて、本当にそろそろ行くがいい。あまりここにいては道がなくなってしまう。道に沿って走り続けろ」

 セクテウスの肩越しからさっき通ってきた道を見ると、シェーラの顔が真っ青になった。道が崩れ始めている。そんなシェーラを押して前に進ませた。

「ここはシェーラに会いたい人がいる空間だ。それが終わればこの空間は消える。夢なんてそんなものだ。それじゃあシェーラ、さようなら」

「さようなら」

 それだけ言うと、シェーラはセクテウスに背を向けて走り始めた。徐々に伝わる崩壊が後押しされたのか、振り返ることはなかった。未だに残っている温もりを感じつつ走り始める。



 走っている途中、道の真ん中でシェーラと同じ年代くらいの女性が腕組みしながら立っているのに気づいた。

「あら、遅かったわね。でもゆっくり話している時間もないか。よし、私も少し走ろう」

 明らかに場違いな言動を発しつつも、シェーラに拒否する時間も与えず並んで走った。亜麻色の短い髪が小気味よく揺れる。

「あなた、以前私に助言してくれた人よね?」

「そうよ。あそこで死なれちゃ困るから、出てきちゃった。今回も言いたいことがあって」

「言いたいこと?」

「あなたと私は何となく似ているから。それに頼みやすいと思って……」

 寂しい瞳をシェーラに鋭く突きつけ、言い放った。

「守って」

「え……、誰――」

 聞き返す前に女性とは思えない力強さで、シェーラの背中を思いっきり押し上げた。転びそうになりながらも、どうにか元のペースに戻る。後ろを振り返ると、もうあの女性はいなかった。

「頼んだよ……って言う意味かしら。でも一体誰を……」

 ぶつくさと考えようと思うと、また一本の木が目に入る。その下には微笑みを絶やさない四十歳近くの女性が切り株に座っていた。長く滑らかな髪に思わず見とれてしまう。だがそれと相反するように女性は芯の入った声でシェーラを促す。

「私のことは気にしないで、あの光に向かって走り続けなさい。これから生きるもの達を私はただ見守るだけだから」

 その微笑の面影が誰かと重なる。見るだけで心が優しくなれる微笑が。

 頭の中に引っかかった人を取り出そうとすると、眩しい光が目に飛び込んできた。

 どこか落ち着く光だ。道はそこに続いている。

 あの先には何かがあると直感で感じられた。何も躊躇いもなしにシェーラは走る速度を上げる。一陣の風が気持ちいいくらいに頬を撫でた。

 そして眩しさに思わず目を瞑りながらも光に向かい、シェーラを包み込む風と一緒にそこへ飛びこんだ――――。



 * * *



 ゆっくりと目を開いた。不思議に思いながら、シェーラはぼやけがちな目で自分の様子を見始める。どうやら横になっているらしい。窓から爽やかな風と光が射しこんできた。

 徐に視線を横に送る。

 そこにはずっと会いたかった、困惑と嬉しさでいっぱいの黒髪の青年の顔があった。

「ク……クロウス?」

 拙く回らない舌でようやく言葉を発すると、たちまちシェーラの体は強く抱きしめられた。

 ぼやけていた頭がその行動によって一気に覚醒していく。シェーラはクロウスに抱きしめられている状況となっているのだとようやく気づく。その抱擁に戸惑い、頬が一瞬で真っ赤になったのが鏡を見なくともわかった。

「待って、いきなり何よ……! クロウス」

 ふとクロウスの肩越しを見ると、イリスが涙を一筋流しながら立っていた。それを見ると余計に恥ずかしさが増す。

「放してよ」

「嫌……だ」

 その子供っぽい言い方をし、放さない理由がクロウスの体温を通じて直にわかる。シェーラはクロウスの背中を軽くさすりながら耳元に囁く。

「……もう無茶しないから。自分を犠牲になんて……しないから」

 クロウスは少しだけ抱擁を解き、シェーラと向かい合った。涙を堪えているのがわかる。

 シェーラは笑みを浮かべながら、イリスにも聞こえるようにはっきりと言った。

「遅くなってごめん。ただいま」



 シェーラの意識は確かに取り戻した。だがただ取り戻しただけではない。ノクターナル島の研究所の攻防、そして今の不思議な夢の体験を通して、確実にシェーラの気持ちは変わっていた。

 これからの世と自分を想う確固たる強い意志へと。


 深い夢は明け、新たな道を踏み始めた――――。

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