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虹色のカケラ  作者: 桐谷瑞香
第五章 笑顔とともに
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5‐4 深い闇での星の輝き

 クロウス達が馬車から降りると、後続に続いていた別の馬車からは急いでシェーラを担架に乗せて局に入っていくのが見られた。レイラもクロウス達や道中共にしていた人達に軽く挨拶をすると、さっさと自分の持ち場へと戻って行く。

「さて、とりあえずアルセドのために部屋を借りなきゃな」

「そうですね。でもその前に書物部のみなさんに帰宅の挨拶をしてきたいのですが……」

「それにしてもすごいなこの建物。これが魔法管理局って言うのか」

 それぞれ思い思いのことを言いながら、まず何をするかを決めた。イリスとはしばらく別れ、クロウスとアルセドは宿に行き、その後に医療部に行くことにする。夕食時に会おうと言い、一度イリスと二人は別れた。

 その後、クロウスが予想していた通りアルセドは局の中をじろじろと見ながら歩いている。そして独り事を結構な大きさで言うものだから、思わず離れたくなっていた。だがそうはできず、我慢しながら歩き続ける。そんな中、アルセドがクロウスの方に振り向いた。

「なあ、クロウス」

「何だ? 局のこと言われても、俺はほとんど説明できないぞ」

「そうか。いや、やけに人の出入りが激しい所があって、何だろうと思ってな」

 アルセドが指した先には、“医療部”と書かれていた。クロウスの表情が一転する。シェーラの身に何かあったと思い、すぐさま中から出てきた看護師の女性を捕まえる。

「何があったんですか!?」

「患者さんの容態が急変したんです!」

「どなたですか?」

「事件部の方です。以前、深い傷を負った方で……。急いでいるので、失礼します!」

 そう言うと看護師は足早にそこから立ち去った。クロウスは一瞬肩の荷が下りたような表情をする。だがすぐに渋い顔をし始めた。アルセドはなるべく元気を出そうと話しかける。

「クロウス、シェーラじゃなくてよかったな」

「……アルセド、口を慎め。ここに一人の命が危険に(さら)されている。俺達にとっては関わりがなくても、他に関わりが深い人がいるのだから、そういう軽率な発言はよすんだ」

「わかったよ」

 アルセドは口を尖らして返事をする。クロウスはその場から離れるように、早歩きで宿に向かった。

 正直、アルセドにそういう想いを言えたのは精一杯の努力だ。クロウス自身、兵士に所属していた時も時折耳に入ってくる訃報にいまいち実感がわかなかった。話を交わしたこともない相手だから、赤の他人だから――。だがある人の死を目にして、一つの事実が心に埋め込まれる。

 誰かが死ねば、誰かが悲しむという、ある意味では当たり前のことを。



 アルセドの部屋を借り、イリスと再会したあと、三人は町に出て食事を取っていた。食堂で済ませようと思った時、レイラがこれまた大量の書類をメーレに持たせながら(せわ)しなく歩いているのに遭遇したのである。イリスはそんなレイラを心配そうな顔をして見ていた。

「ごめんね、しばらくみんなの相手できないから」

「忙しそうですね……」

「近々大きな会議を控えているから。まあ虹色の書に関しては、それとは別に重要課題に位置付けているから、何かあったら言ってちょうだい」

「わかりました。レイラさん、メーレさん、無理しないで下さいね」

「ありがとう。あ、そうそう、食堂だけじゃなくて、町にでも行ってくれば? ずっと局の中にいては気が滅入るわよ。早く体力の方を取り戻しなさいね」

「はい、わかりました」

 深々とお辞儀をしながら、レイラが去っていくのを見守った。

 そういう経緯で、町の一角にある食堂で食べている。

「体力を戻せって、どうすれば戻るのかな?」

 イリスの倍以上も食べたアルセドは、水を飲みながら疑問符を上げる。

「よく寝て、よく食べろということだろう。あとは、体が比較的動けるようになり始めたら、徐々に他の筋肉も動かすことだな」

「うーん、こんなに怪我したの初めてだからよくわからないな」

「ごめんなさい……」

 イリスが俯きながら、デザートを食べていたスプーンを皿に置く。それを見ると慌ててアルセドは激しく身振りをし始めた。

「何度も言っているけどイリスさんのせいじゃないって! 何て言うか、不可抗力? それにもう元気だから気にしないで!」

 その調子で大きな声を出しているものだから、周りの客がじろじろと見始めていた。イリスの表情は依然暗い。まるで泣かせてしまったような状況になっている。クロウスは急いでアルセドを宥め、お勘定をして出て行った。歩きながら俯く二人に指摘をする。

「アルセド……、場を考えて行動してくれ。イリス、大丈夫か?」

「はい、すみません。お二人とも本当にどうもすみません」

「イリスの気持ちはわかったから。過ぎてしまったことはしょうがない。これから何をやるのがいいのか考えよう」

「これから……ですね。そうですね。私達がやらなければならないことをして、シェーラさんが目を覚ました時に驚かせましょうか」

 イリスはくすっと笑う。そして少しだけ顔を上げると、暗い空の中に燦々と輝いているたくさんの星に目をやった。それにつられてクロウスとアルセドも目を向ける。

「星は果てしないほどたくさんあります。どれも同じような光に見えますが、一つ一つはそれぞれ自分自身の意思を持って輝いていますよね……」

 イリスが何かを思いながら呟く言葉に、クロウスはいつも以上に惹かれる。

「私もあんな風に綺麗に輝けませんが、自分が出来ることをして精一杯輝きたい。だから――」

 くるっと二人の方に振り返る。何か秘めたことを隠すような笑顔がそこにはあった。

「――頑張って書を翻訳して、シェーラさんを驚かせてやります」

 二人もはっきりと首を縦に振り、同意した。

 星はいつまでも燦々と輝いている。

 深い闇の中でもその存在は偉大だった。



 * * *



 その後、局に戻ってからは、イリスは書物部で虹色の書の翻訳に殆ど時間を費やしている。

 アルセドはそんな様子を後ろから寂しく見つめながらも、唯一、一緒に過ごせる時間、食事をするときを楽しみにしながら、怪我の療養にあてていた。松葉杖が外れた頃には、探索部に顔を出したりして、遺跡の様子や骨董品を見ながら退屈のない日々を過ごしている。

 クロウスもアルセドより早く松葉杖が外れ、木刀を借りて剣の鍛錬所に通っていた。

 局に戻ってきてから、早くも二週間が経とうとしている。だがシェーラの様子に変化はない。そんな状況を振り払うかのように、今日もまずは素振りから始めていた。

 一か月近くまともに体を動かしていなかったせいか、動きがぎこちない。必死に降り続けるがそう簡単に感覚は戻らなかった。それでも知り合いの事件部の人と一緒に鍛練をしながら、それなりに充実した日々を過ごしている。

「クロウスは剣の筋がいいよな」

 一人で休憩している時、ダニエルが気さくに話しかけてきた。タオルで汗を拭きながら、返答する。

「ありがとうございます。小さい頃にそれなりに鍛えられたもので」

 ダニエルはクロウスの近くにあるベンチに腰を下ろした。

「親父さんに教えられたのか?」

「そうです。父も魔法が使えなかったので、剣で生計を立てようと考えていたらしいです。結局今はただの商人になり、その夢を息子に押し付けたんですよ」

「それでも君は立派な剣士になれているのだから、お父さんも嬉しいだろう。それにその腕があれば多くの人を守ることができる」

「……そうとも限りません」

 クロウスの表情が曇る。

「腕があっても、その腕を使うべき時に使わなければ意味がありません。俺、行動に起こすのが遅く、いつも空回りしていて。今回もあの女との戦いに加勢していれば何かが変わったかもしれないって、今も思っています」

「……そうとは限らないな。魔法が使えない君に、魔法使いに挑んでいくのは無謀にも程がある。俺は妥当な選択をしたと思う」

 クロウスは目を丸くしながら、脇に立ちあがったダニエルを見る。

「俺の知り合いにも凄腕の剣士がいたんだ。そいつはまあ魔法が使えないくせに魔法使いに挑んでいって。身から出た錆というか過去の災いというか……そのあと殺された、家族を残して……」

 目を細めながら、遠くを見上げる。

「まあ事件部にいれば、魔法が使えなくても魔法に対する何らかの対処は教える。だが、あまりにも実力差があるときは、大人しく引き下がるのがいい。無理にすれば結果はよくはない。わかったか、クロウス?」

「わかりました……」

 クロウスはしぶしぶと頷く。嫌々ながら頷いたのを見ると、ダニエルは一回クロウスの頭を叩いた。

「痛……って、いきなり何するんですか!」

「今暇なんだろ? 俺も昼まで暇なんだ。少し稽古に付きあえ」

「え……」

「ほら、構えろ。部長自ら稽古なんて滅多にない機会だ。心して味わえ」

 微かに感じる殺気に後押しされながらも、クロウスは隙なく構える。構えた瞬間、ダニエルの木刀がクロウスの木刀へと小気味いい音をしながら交じり合った。



 昼までさんざんダニエルと剣の稽古をしていたクロウスは、久々の疲れにがっくりと項垂れながら局の中を歩いている。ダニエルは子供のように笑い声を上げながら戻っていったのがすごく印象的だった。

「体力が完全に戻っていないのに、あの人は本気に近い状態でやってくるから……」

 本来の半分くらいしか動けていなかったクロウスには、ダニエルの稽古は体力的にかなりきつかった。部屋に戻って休もうかと思った時、ふと立ち止まる。横に顔を向け、医療部へ続くドアを見る。いつもこの前を通るときは必ず寄っていたということによって、無意識に体を止めさせた。そして今日も同じように医療部に立ち寄る。

 シェーラの病室へは中を少しだけ歩く。個室ということもあり、割と奥まった所にある。途中で彼女の掛かり付けの医者、ボルタと立ち会った。

「ボルタ先生、シェーラの様子はどうですか?」

 いつも会うたびに同じことを聞いていた。ボルタもいつも渋い顔をしながら返答をする。

「……未だ意識は戻っていない。今日も病室に行くのか?」

 クロウスは軽く頷く。ボルタはそれに対して深々と会釈をすると、仕事へと戻っていった。

 病室は一番日当たりがいい所にある。窓から日の光が眩しいくらいに注いでいた。突き当りに行って、“シェーラ・ロセッティ”と書かれた病室のドアをゆっくりと開ける。窓からドアへと風が通り抜けた。

 そして誰もいないと思っていた病室には、亜麻色の髪の少女が一人座っていたのだ。イリスは人の気配を感じたのか、顔を上げてクロウスを出迎える。

「クロウスさん、こんにちは」

「ああ、こんにちは。書物部にいたんじゃないのか?」

「いましたけど、ちょっと想うことがありまして、シェーラさんに会いに来ました」

 クロウスは部屋の中に入り、静かに呼吸をしているシェーラを見下ろした。イリスとはベッドを挟んで顔を向きあっている状態となる。

「特に変わりはなし……か」

「はい。もう一か月近くですか。こんなにも時間が長く感じられることなんて……。待つのは辛いですね」

「そうだな」

「私、シェーラさんには申し訳ないけど、お姉ちゃんと重ねているのかもしれません」

「似ているのか?」

「少しだけ。明るくて、正義感が強い所が。特に自分を犠牲にしがちなところでしょうか」

 クロウスはイリスの表情を垣間見る。昔のことを思い出しているのか、いつも以上に穏やかな表情をしていた。

「お姉ちゃんはお父さんの後を追うように家を出ました。その後も何度か町で会いましたが、結局家に帰っては来ませんでした。ずっと、ずっと待っていたのですが……」

 そのあとに続く言葉を敢えて何も聞こうとはしなかった。イリスの家族はすでに誰もいないと聞いていたから――。

 イリスはシェーラの右手を手に取った。

「シェーラさん、早く起きませんか? 休むのもいいですけど、そろそろこちらの世界に戻ってきたらどうですか?」

 クロウスも語りかける。

「俺達、いい加減待ちくたびれた。お前がいないと……、寂しい」

 当てもなく待つのは辛かった。外では強がって言っているが、誰もが早く目覚めてほしいと思っている。

 その時、一瞬空気が揺れたかと感じると、突然窓から激しい風が部屋の中に勢いよく飛び込んできた――。



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