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虹色のカケラ  作者: 桐谷瑞香
第一章 風の導き
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1‐5 怒涛の川流れ

 今日は予想外の出来事ばかりだった。

 まず、これは今日のことではないが、急に使者として先に行ってくれと言われたこと。いつもこの時期は休暇をもらっているとわかっているはずなのに、それでも頼んだということは本当に急だったのだろう。実際私でなきゃ間に合わなかったかもしれない。

 次に、ノクターナル島側の動きが妙だったこと。イリデンスの村にはほんの少し立ち寄るしかしなかった。むしろ素通りに近い。家探しに近いことも多少やっていたが、ここまで何もしないとおかしい。まるで始めから村に純血の人はいないとわかっていたみたいだった。

 また、思わぬ伏兵により怪我をし、逃げるはめになったこと。僅かながらの殺気からでも、その強さがよくわかった。逃げるのは悔しかったが、あの状況ではこちらが圧倒的に不利。真正面から激突していれば、また違ったかもしれない。

 そして、この男性……。とっさの機転で助けてくれたのは感謝している。あの状況で腕の怪我だけで済んだのだから。だけど、何だか腑に落ちない。彼はどうしてあの場所に来ていたのだろうか。大人しく自分の仕事をしていろと言ったはずだけど。

 それに、いくらなんでも強く抱き締めすぎじゃない……?



 * * *



 川に流され続けている二人。クロウスは必死に抱きしめながらも、やがて我に返ると今の状況を把握し始めた。

 それほど大きな川ではない。だが崖に囲まれているため、川から上がれる場所はなかなか見つからない。このまま流されて、のんびりとそういう場所を見つけるしかないようだ。とはいっても、体力だってそうそう持つわけでもないないのだから、そんな悠長なことは言っていられない。

 首を伸ばして川の先を見てみたが、何かおかしい。水の流れ具合、それから派生する風の流れ――。

 突然、女はぽつりと声を漏らした。

「この先に滝がある」

「何だって……?」

 クロウスから女の表情は伺えなかったが、その発言からしておそらく顔が強張り始めているだろう。

 どれくらいの高さかわからないが、もし滝があるとするのなら、そのまま落下していいことはない。

「早く陸地に上がらないと……」

「どうやって?」

 鋭い言い方にクロウスは返答に詰まった。見渡したが、一向に上がれそうな場所は見つからない。

 そうこうしているうちに、水が水に叩きつける音がより鮮明に聞こえ始めていた。女は嘆息を洩らすと、右手を強く握りしめる。そして仕事の時の口調で話した。

「滝に対して背を向けていてくれるかしら? 落下し始めたら、私があなたの背中に風を起こして落下の威力を半減させる。できる限り頑張るけど、失敗しない補償はない。私を放して、一人になったあなただけに風を起こすほうがより成功するけど、どうかしら?」

「その場合、君はどうするんだ?」

「たぶんそのまま水に直撃じゃない? 低ければ助かるわよ。まあ――」

「君だけに危険な目を合わせられない」

 即答だった。女は何か言おうとしたが、すぐに口をつぐみ、別の言葉を言う。

「わかったわ。……ありがとう」

 クロウスは滝に背を向けると、しっかりと女を抱きなおし、来るべき時に待ち構えた。

 女は手を開くと、風が(まと)わり始める。そよ風がやがて強くなっていく。

 そして先がなくなっている川を睨んだ。

 次のことは一瞬の出来事だった。

 川から投げ出された瞬間に、女は大量の風を二人に纏わりつかせ、落下する方向と逆方向に風が出るようにした。手は地面に対してしっかりと開かれ、すべてを風に集中させている。クロウスは決して放すまいと、ただ必死だった。

 そして、二人は静かに川の中に吸い込まれていく――。



 しばらく水の中から出てこなかったが、泡がぼこぼこっと出てくると、二人は水の中から顔を出した。

 女は魔法に集中し口を閉じる暇もなかったようで、水を激しく飲み込んでしまっため、咳込み始めた。クロウスは流れが緩くなった川に逆らいつつ、岸の方に向けて泳ぎ始めた。幸いすぐに足をつけることができ、水に流されることなく岸に上がれた。そしてまだ呼吸が荒い女を座らせる。

 今落ちてきた滝を見ると、思ったほど高くはなかった。ただ、普通に落ちたら無傷じゃ済まなかっただろう。

 川の周りは木々に囲まれていて、人の気配など全くなかった。さっき落とされた兵士たちは、もっと遠くに流されてしまったのだろうか。

 女を見ると、呼吸が徐々に元に戻っていた。横から声をかける。

「大丈夫か?」

「ええ。おかげさまで助かったわ」

「何言っているんだ。助かったのはこっちのセリフだ」

「そう? まあとにかく、ありがとう」

 微かに安堵の表情が浮かんでいた。張り詰めていたものが一瞬途切れたように見える。

「君はその、一体――何者なんだ?」

 女は顔をクロウスのほうに向けると、不思議そうな顔をしていた。

「あれ、何も聞いてないの?」

「少しは聞いたが……。君はデターナル島の使者の人だね」

「そうよ。私の名前はシェーラ・ロセッティ。どちらかというと裏のほうの役をやっているから、なるべく内密にしてね」

 人差し指をそっと唇に置く仕草をした。そこには先ほどの兵士たちとやりあっている女性ではなく、まだ少女時代が抜け切れていない一人の娘の姿があった。

「俺はクロウス・チェスター。先ほどの少女の護衛をしている一人だ。いろいろと旅をしていて、今はイリデンスのほうに滞在している」

「そうなんだ。それで護衛の仕事をほっぽり投げてどうして私なんかのところに?」

「別にほっぽり投げているのではないが……。見回りをしていたんだ。それで兵士がいる場所には君がいると思って」

 シェーラは目を細めてクロウスを見た。何かを見透かすような感じで。今はもう、自己紹介のときにしていた無邪気な目ではなかった。

「護衛は二人でも充分だと思ったの?」

「そうだ。あの程度の兵士なら、二人でも逃げ切ることは容易だと踏んだ」

「へえ……。ずいぶんあの二人のことを買っているのね。まだ交流して浅いんじゃないの?」

「これでも人の力量を見抜く自身はある」

 シェーラは他にもなにか言いたそうで、視線をクロウスと地面を行ったり来たりしていたが、何かを諦めたのか軽く息を吐いた。

「わかったわ。ひとまずイリスさんがいる場所に向かいましょう。こんなところじゃ何もできないし。地図とかあるかしら? 場所を把握したいの」

「ああ、待ってくれ」

 クロウスは内ポケットにある地図を確かめるため、右手を突っ込んだ。ぐっしょりと濡れてはいるが、乾かせばどうにかなりそうな紙があるのはわかる。取り出そうとしたが、ふと思い直して何も持たないまま手を抜いた。

 それを見たシェーラは呆れ気味に言う。

「持ってこなかった? それとも流されちゃったの? あのね、護衛っていうのはなによりもその護衛対象のことを考えなくちゃいけないのよ。道に迷って、護衛できませんでした、なんてあってはいけないことなのに」

「いや、違うんだ」

「何が違うのよ」

 今度は左手で右の内ポケットを探った。そして、小さい濡れたタオルを取り出しシェーラへと近づいた。突然の行動に思わず後ずさるシェーラ。一気に距離をつめると、左手首を掴んだ。

「痛っ……!」

 思わずシェーラは顔を顰める。さっき負わされた傷のせいだった。クロウスは諭すようにやさしく言う。

「先に応急処置だけしよう。君だって、傷があっては思うように動けないだろう?」

「こ、これくらいなら、大丈夫よ!」

「すぐ終わるから、お願いだか腕を見せてくれ」

 必死に手を振り払おうとしたが、男の握力を女のましてや傷を負っている腕で振り払えるわけがなかった。クロウスはじっとシェーラを見つめる。シェーラの頬がほんのり赤くなっているような気がした。

 一瞬の時間だったが、シェーラはすぐに警戒を解き、視線を逸らしつつ手を軽く揺らす。

「……わかったから手を放してくれない?」

 クロウスははっと気付くと慌てて手を放した。

 そしてシェーラは右手をうまく使いながら、上着を脱ぐ。上着の下からは傷だらけの左腕が見られる。その左右の腕には腕輪がつけられており、中央に埋め込まれている石は青色と藍色と左右では色が違っていた。

 傷だらけの腕を見て思わず目を丸くしてしまうクロウス。それもそのはず、見るも無残になっているその腕では、剣を持つのも難しかったのだ。血がまだじわじわと滲み出ている。

「こんな状態で魔法を使ったのか?」

「腕一本と命とどちらが大切?」

 鋭く刺さるような言い方に言い返せないクロウスは、大人しく川の水で(ゆす)いだタオルを丁寧にシェーラの腕に巻きつける。顔は顰めたままだったが、痛いなどと大声で発っしなかった。

 縛り終わると、シェーラはそっと腕を曲げてみた。

「どうだ……?」

「上手いわね、応急処置。ありがとう」

「どうも。だけど、その傷は酷過ぎるから、治るまでは無理して動いては――」

「まあ、一応その言葉は受け取るだけね。私だって、何もなければ何もしないもの」

 シェーラの緊張が再び解けたのか、先程のようなとげとげしい言い方はなくなっている。クロウスはやっと安心できた気がした。




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