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虹色のカケラ  作者: 桐谷瑞香
第四章 夜明け前の道
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4‐13 通じ始める心

 シェーラは唖然としながらイリスの様子を眺めていた。彼女は何の不自由もなく、いつになく真剣な顔でせっせとページを捲っている。その様子がいかに大変なことであるということであるかは、シェーラとクロウスくらいしか実感できていなかった。だが、その一人は未だに辛そうな顔をしているため、イリスのことを気付いている余裕などない。

 つまり、この状況で驚いているのはシェーラただ一人。

 イリスはページを捲りながら、書と壁を交互に見始める。一体何をしているのだろうかと不思議に思っていると、彼女は壁の方に向かって歩き始めた。その間には大勢の研究者とレイラが今後について話し合っている。

 あんな小さな体が迂闊に入って行く場所ではない、一緒に行ってあげなくては、と思いシェーラは慌てて走り始めようとした。

 二、三歩進んだ時に、不意に激しい目眩に襲われる。シェーラは抵抗する余裕もなく、そのまま膝を床につけてしまう。しばらく目を瞑りながら、頭の中と鼓動を必死に抑えようとした。

 少し治まったところで、薄っすら目を開ける。誰もが自分の身や今後のことを考えるのが精一杯のようで、シェーラには目もくれていない。

 余計な心配をかけなくてよかったと思いながら、近くの壁に背を付け、自分の右脇腹を見た。止血しているタオルが赤く染まっている。だが、これくらいの量ならここまで激しい目眩は起こらないはず。

 それならば、今のは一体何だったのだろうか――。激しい疲労がまずは思いつくことだろう。他に思いつくこととして、両腕の腕輪の封印を解いたままということ。グレゴリオ達と対立する前に取ったままだった。魔力の放出を抑える腕輪。だが、魔力が尽きかけている状態で付けなおしても何も変わらないと思い、そのままポケットの中に入れておくことにする。

 視界もはっきりとし始め、横の方に目を向けると、傍では治療をし終わっているクロウスが横たわっていた。真っ青な顔をしている。それを見るたびに、シェーラの胸はきゅっと引き締められた。これでもしも何かあったら……考えるだけでも恐ろしい。

 不意にクロウスの呻き声が聞こえた。シェーラは条件反射のようにすぐ傍に近寄る。傍らにいた護衛はその様子に目を見開く。この状態で身じろぐとは思っていなかったのであろう。

 やがて、ゆっくりとクロウスは目を開いた。

「クロウス……」

 シェーラはクロウスを上から覗き込む。黒く滑らかな髪の一部が垂れ下がる。クロウスはシェーラを見て、そして動かせる範囲で首を動かし辺りの様子を見ようとした。

「……ここは? 俺は一体……」

「ここは研究所の入口。今、出入口が封鎖されちゃって、それを何とか破ろうとしている所。クロウスは……私が傷つけた怪我のせいで血を沢山流してしまって、意識が飛んでいたのよ。それで応急処置をしていたわけ。今の気分はどう?」

 クロウスは頼りない目でシェーラをじっと見つめる。そしてなるべく心配掛けまいとしているのか、気勢を張りながら出来る限りはっきり答えた。

「気分は……悪くない」

「そう、よかった。処置の方がよくできているみたいね」

「それもあるが……、シェーラが……」

「何?」

 シェーラはクロウスにより近づこうと、顔を傍に持って行かせる。そして彼はシェーラに聞こえるだけの小さな声を出す。

「……シェーラがいるだけで、俺は嬉しいから」

 シェーラは顔を元の位置に戻し、きょとんとしながら目を丸くした。そして徐々に顔を赤らめる。

「な、ななななな、何を急に言うのかしら! まあ元気なら何よりよ。そう、元気なら……」

 口を噤むと首を項垂れた。避けきれない一つの事実に対してシェーラの心に重しを置く。そして髪で表情が見えないようにクロウスにぽつりと言う。

「……ごめんなさい」

 床にぽたりと涙が一滴落ちた。

 クロウスは軽く首を横に振る。

「俺こそ、ごめん。シェーラの心が揺らぐ原因を一つ作ったのは俺のせいだ」

「違う。全ては私の心が弱かったから……」

「なら俺はその弱さを守りたい」

 クロウスの低く小さな声だがシェーラにははっきりと伝わる。

 その声につられて、顔を上げると、シェーラの目は赤く腫れ、頬は赤みを帯びていた。クロウスの視線から逃れたかった。だが、強く必死に求めている視線から逸らすことは、自分の気持ちに嘘を吐くことになるため、決して出来る行為ではない。

 どうにかして今の気持ちを言葉で表そうとしたが、上手い言葉が出てこなかった。

 クロウスはそんなシェーラを見かねたのか、そっと笑みを浮かべる。

「詳しい話は後で。今はイリスの手伝いをしたらどうだ?」

 後ろを振り返ると、イリスがいつのまにか集団を通り抜け、壁の傍に寄り、難しい顔をしながらページを捲っていた。

 シェーラはクロウスに促されはっきり頷くと、ゆっくり立ち上がる。不思議と心のしこりが一つ消えたように感じた。そして胸の奥深くには新たに何かが育ち始めているようだ。

 少しずつだがクロウスとシェーラの見えない壁がなくなっているようで、二人の心は緩やかに通じ始めようとしていた。

 シェーラは赤みを見られまいと、急いで振り向き、イリスの方に駆け寄って行く。それを見送りながら、ずっとクロウスはシェーラの背を見つめていた。



 レイラや研究者たちが話をしている横をすり抜けて、シェーラはイリスの傍に近寄る。相変わらず煮詰まったような顔をしながら、壁に触れたりしていた。いつもとは違う空気を纏っているイリスに、恐る恐る言葉を投げかける。

「イリス、何かわかったの?」

「……この壁は生きていますね」

 予想外の言葉にシェーラはすっとんきょんな声を上げる。

「ま、まさか、そんなことが……」

「感じるんです。土を主戦としている私だからかもしれませんが。傷付いたら壁が自ら修復してしまうのはそのせいかもしれません。これではそう簡単には破れませんね」

「じゃあ、やっぱり打つ術はないの?」

「いえ、あります。おそらくこの壁を貫通するくらいの強力な魔法を出せば、壁の修復時間は極端に長くなるはずです」

 壁の温度でも感じているのか、じっくりと触っている。何を言えばいいのかわからない状態で立ち尽くしていると、横からレイラがひょっこり現れた。

 ルクランシェに細かいことは押しつけて、自分はこっちの様子を見に来たらしい。

 向こうでは、ルクランシェがテキパキと研究者達に指示をし、火に最後まで抵抗しようとている。

「イリスちゃん、その意見には賛成だわ。でもそんな魔法、今の状況で出せるの? この状況から判断して、四つの魔法の中で何よりも勝っているのは火。あそこに強力な火が燃え盛っているからね」

 ちらりと背後で赤々しく燃えている炎を見る。

「でも残念ながら、私やシェーラくらいに魔法を使いこなせる火の使い手はここにはいない。それもわかっていて、言ったの?」

 イリスは振り返ると、くすっと笑った。その笑いはまるでこれから悪戯をする子供のようだ。そして突然レイラに虹色の書を見せた。

「レイラさん、これがずっと探していた虹色の書です。これが何を意味しているかわかりますか?」

 それを聞いて、一瞬信じられないという表情を浮かべる。すぐにレイラはまじまじと書を見た。古びている表紙、古代文字で書かれた字、そして赤い石のカケラ――。

「本物のようね……」

 呟く言葉に、シェーラは飛び付いた。

「レイラさん、虹色の書を見たことがあるのですか!?」

 その問いにゆっくりと首を横に振る。

「ないわよ。ただ先生から話を聞いたことがあって。『虹色の書と呼ばれるものをとある所に封印しといた。それは選ばれた者にしか持つことはできない。何て言ったって、凄い魔法が書かれているからな』そんな風に、さらりと言っていたわ。イリスちゃん、古代文字読めるんでしょ? 中はそんなに凄いことが書かれているの?」

 期待を込めて視線を向けるが、イリスは残念そうな顔をする。

「いえ、ざっと目を通したのですがこれと言って何もありません。内容的には魔法の歴史とかそう言うのが書いているだけで。それを解釈すれば、何か凄い魔法が出せるかもしれません……」

「そう……、やっぱり簡単にはいけないわね」

「でも、最後まで諦めずに読み込みます! 何らかの魔法を強められる方法があるかもしれませんし」

 そう言いきってはいるが、さっきよりもイリスの声に勢いはない。レイラもはあっと溜息を吐く。

 シェーラはその重たい雰囲気を何とか打破しようと必死に話題を繕おうとする。

「ねえイリス、それは本当に古代文字しか並んでないの? 少し見せてくれない?」

 シェーラは何気なく虹色の書に手を触れる。

 その時一瞬、書が光を発した。それを間近で見ていたイリスとシェーラは目を丸くする。

「今、光りましたよね?」

「そうね。反応があったわね」

 イリスははっとして、ページを捲った。シェーラは思わず手を引っ込める。そして、イリスは白紙のページを開いた。

「シェーラさん、このページに触れて下さい」

「わっわかった」

 突飛な言葉に訝しげに思いながらも、しっかりそのページに手を乗せる。

 すると白紙ページから少しずつ文字が浮かび上がってきたのだ。

 驚き、手を離しそうになるがイリスの無言の視線により、そのままじっと耐えた。レイラはその様子をただ眺めているしかできない。

 やがて浮かび上がるのが終わったのか、文字が増えることはなくなった。ページの半分ほどが文字で埋め尽くされている。

「これは……、古代文字よね?」

「はい、しかも魔法の呪文の一種です」

 イリスは凝視しながら、文字を黙読していく。

「呪文って、じゃあこれを読めば、膨大な魔法が出せるの!?」

 こくりと首を縦に振る。シェーラ、レイラの顔が少し明るくなった。

「どれくらいの威力かは定かではありませんが、それなりのは出せると思います」

 だが依然としてイリスの表情は硬い。そのページを一通り目に通したが、浮かない顔をしている。

「けどこのままでは呪文は途中で終わってしまい、不完全な魔法しか出せません」

 それを聞いて二人は苦虫を潰したような顔をした。

 魔法の威力を高めるために言葉に出すことで、精神を集中し、周りとの環境に調和をする――。それがいわゆる呪文と呼ばれるものだ。そこまで激しい魔法を出すことなど滅多にないので、呪文を唱える魔法などまれだ。しかし威力はしないよりも比べ物にならないほどになる、ただし呪文をすべて言いきった場合のみ。中途半端に終わってしまっては、威力もたかがしれているほどになってしまう。

 シェーラは読めない古代文字に首を傾けながら、辛うじて声を出す。

「これが限界なのかしら……。それなら、ひとまずこれだけでもやってみる価値はあるんじゃない?」

 その言葉にイリスではなくレイラが反応した。

「……限界じゃないわ」

 そう言うと、大事そうにポケットから小さな袋を取り出した。中から深い色で彩られた紫色の石を手に取る。それを見て、イリスが微かに声を漏らす。シェーラは思わず感嘆の声を出していた。

「綺麗な色……」

 レイラは何も言わずに、そっと虹色の書に手を触れる。すると再び文字が浮き上がり始めた。さっきより勢いはないが、確実に文字は増えていく。そして、ページの四分の三くらいまで行き、文字が出てくるのは止まった。

「この虹色の書は石が関係している」

 レイラがぽつりと呟くと、シェーラはへっと驚き、イリスはこくんと軽く頷く。

 レイラとイリスがお互いに頷きあっているところを、シェーラはすかさず突っ込んだ。

「ちょっと待って、話が読めないんだけど……」

「この書の表紙には、赤い石のカケラが埋め込まれているでしょ。それから石が関係あるんじゃないかと推測したのよ」

「確証はありませんが、赤い石と私が持っている黄色い石、レイラさんが持っている紫色の石の生産地は同じではないかと思います」

 レイラとイリスの次々と出る言葉に、シェーラは引っかかりを覚える。

「そうだとしても私はどうなるの? 私が触ったとき、一番文字が出てきたじゃない」

 首を傾げるシェーラに対し、レイラは触っていないほうの手ですっとシェーラの胸元を指した。

「……緑色の石が埋め込まれたペンダント」

 シェーラは目を丸くして胸元に手をやる。レイラは指を下げ、腕の方を指す。

「藍色と青色の石が埋め込まれた腕輪……。それだけあれば文字が勢いよく浮かんできてもおかしくないわ」

 ふっと笑みを浮かべるレイラに対し、シェーラは少し警戒の目をする。

「レイラさん、一体何を知っているんですか?」

「推測からそこに行き当たっただけ。虹色の書はそもそも先生が封印したもの。それから石を関連付けるのは容易だと思う。特にシェーラの石は直々に渡されたのでしょう」

 シェーラの表情が急に強張った。突かれたくない所を触れてしまったのを少し詫びているのか、レイラの表情は少しだけ憂いを浮かべている。イリスはその様子を不思議に感じた。そんな彼女に心配かけないように、シェーラは愛想笑いを浮かべる。

「それよりも、この調子だとあと一、二個の石が必要じゃないの? 完全に文章を読めるようにするには」

「確かに。残念だけど、私は思い当たる人がいないわ」

 そのときイリスは口を小さく開いた。目ざとくシェーラはイリスに視線を向ける。

「一個だけ、心当たりがあります。ちょっと待っていてください。今、持ってきます!」

 そう言うと、シェーラに書を押し付けて、慌てて研究者達がいるほうに駆けていく。その様子に、シェーラとレイラはお互いに顔を向けて、なんとも言えない様な表情を浮かべたのだった。

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