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虹色のカケラ  作者: 桐谷瑞香
第四章 夜明け前の道
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4‐11 冷静さと甘さ

 シェーラは唖然としながら、レイラの登場に目を丸くしていた。そして思わず涙ぐんでしまう。駆け寄りたくなったが、すぐに自身の傷の痛みによって現実を思い出す。余計に動き過ぎたためか、体か少し血が流れ、体がふら付く。

 だが動けないわけではない。少しだけ乱れた呼吸を落ち着かせるために、一度書を床に置き成り行きを見守ることにした。



 レイラはちらっとクロウスとシェーラの方に目を向ける。他の人にはわからないくらい微かに顔を顰めた。そして、感情を抑えながらグレゴリオに対して口を開く。

「グレゴリオさん、単刀直入に言います。そこの男性、女性、そして女性が持っている書をこちらに受け渡してほしい」

 その声は重みのある威厳に満ちている。イリスはすでに一瞬の隙をついてスタッツが取り返しており、レイラの後ろで手を組みながら今にも涙を流しそうな状態で立っていた。対して、クロウスとシェーラは傷を負って、グレゴリオ側で動けずにいる。

 交渉という選択肢をしなければ、これ以上傷付けずに事を終えるのは難しいと判断しての言葉だった。

 しかし案の定、グレゴリオはその言葉を笑い飛ばす。

「何を言っているんだ? 受け渡すも何もこちらは何もしていない。彼らが勝手にこっちの方にいるだけじゃないか。どうぞ戻りなさい」

「……そのように言うのなら、あなたの手から感じられる魔力をなくして下さらないかしら?」

 レイラの鋭い指摘に、グレゴリは思わず不機嫌そうな表情を出す。握りしめていた手を開くと、空気の緊張が和らいだ。

「さて、あなたは一体どうするつもりだったのですか?」

「護衛のために魔力を込めていただけだ。それが何だ?」

「いえ、私には背を向けてこちらに来る彼女らを襲うのかと思いまして。やはりきちんとした話し合いが必要ですね」

「ちょっと待て。そもそもこっちは研究所を荒らされたんだ。強い意見を言える立場はこっちの方にあるのではないのか?」

 レイラはゆっくり首を横に振る。

「……魔法を直接他者に対して使ってはいけない。ただし正当防衛なら認められる時もある――。あなたのような、相当な魔法の使い手がこれ位の基本的なことを知らないはずがないですよね」

 口から出される低い声に思わずイリスは身を竦める。目の前にいる女性は、今まで知らなかった顔をしている女性。外れたことをする人には容赦はしないと言うことが、何を聞かずともわかった。

 魔法が使えれば何でもできる――。そんな考えを一層するためにそのようなきまりが密かにある。魔法に限らず刃物などでも、やむを得ない場合を除いて人を傷つけることはしてはいけない。だが、魔法に関しては特にきつく禁じられている。ほとんどの人が一瞬で出せ、その上魔法の存在はすべての生活に影響をしてくるからだ。

「それなのに、あなたはその女性だけでなく多くの人に魔法を使った。自然現象をいともあっさり破った、人の心を操るという魔法をね。この魔法を使うだけで、一体どれくらいの罪状を積み重ねたのかしら。これを島会議に持ち込めば、あなたは間違いなく許されない行為をしたとして、長い間独房に入れられることでしょう」

 静かに淡々と綴られる言葉。しかし、やはりグレゴリオは微動だにしない。

「人の心を操るだと? 一体、どんな魔法なんだ。そんなこと出来る訳が――」

「では、そこに散らばっている黒い石のカケラはなんですか?」

 グレゴリオの表情が僅かに歪む。足元には先ほどシェーラが粉々にした黒色の石の一部が落ちていた。

「さあ、何かが割れたものだろう」

「ならよろしければ、それをサンプルの一つとして、持ち帰ってもいいでしょうか? 別に構いませんよね」

「こんなのを調べてどうする気だ。これは私とて大切な実験のサンプルだ」

 険しい顔をし始める。レイラは澄ました顔で、ほんの少しすまなそうな顔をした。

「あら、聞いてはいけないことを聞いたかしら。では話を変えましょう。先程、この研究所の廊下を歩いておりましたら、人が次々と倒れて行きました。倒れる前にその人達の表情を見ていたら、どこか虚ろでした。あんなにも多くの人が一度に倒れるなんて、よほど無理な労働をさせていたのですね。それは、社会的に見ても許される行為ではありません」

 グレゴリはちらっと石の方に目をやり、レイラに再びしっかりと対峙する。シェーラはそれを見て、何があったのかすぐに悟ることができた。

 あの黒色の石はシェーラが直感的に判断したように人を操る魔法の元凶だった。研究所にはどうも虚ろな人が多くいたのが記憶に残っている。それは魔法によって操られた人と推測された。そして、それが割れた今、魔法は解け、その反動で気を失ってしまっているのだ。

 レイラは敢えてそのことには触れない。だが、魔法を使っていたかを認めようが認めないが、充分内容的に対立出来るものを持ち出していた。

 さすが副局長……っと、シェーラは心の中で感嘆する。

「グレゴリオさん、一度島会議でじっくりとお話を聞く必要があると思います。もちろん後ろで剣から血を滴らせている男性らも含めて。どうでしょうか? 私としましては、あまり余計な事をして頂くのは承諾しかねません」

 レイラは決して震えることなく、言葉を放った。

 グレゴリオは無表情のまま。ケルハイトが剣を握りなおす音が微かに聞こえた。空気が徐々に張りつめてくる。だが急にグレゴリオは吹き出し、笑い始めた。

「はっはっはっは……! 一体何様のつもりだ」

 人を見下す眼で、グレゴリオはレイラを覗きこみ鼻で笑う。

「所詮は小娘の知恵だな。これくらいで私が動揺でもするかと思ったのか。残念だが私は島会議などという下らないものに出るつもりはそうそうない」

「それならば島会議に危険人物として提出し、指名手配をします」

「減らず口を開く女だな。黙っていろ!」

 更に増加した殺気にレイラはすぐに前へ手を向けた。一瞬で目の前に氷の壁が作ったと思ったら、激しい音と共に黒い塊が壁へと衝突する。

 だがそれは壁を少し削る位で、すぐに消滅してしまった。レイラはほんの少し笑みを浮かべる。

「魔力が落ちているようで。今なら私でさえも、あなたに傷を負わせることができそうね」

 グレゴリオは顔を引き攣らせる。反論できないようだ。

 氷の壁を見ると、すでに溶け始めているのが見える。それを見るなり、再び気を取り直す。

「そういう君だって、さっきの大がかりな魔法で魔力が落ちているんじゃないか?」

「さあ、どうでしょうか」

 お互い睨みあい続ける。言葉を述べれば、お互いに言い合う。そして沈黙が続く。それが淡々と続くかと思われていた。

 しかし、その均衡は長くは続かない。グレゴリオがちらっとフィンスタに目を送る。

「そろそろ大丈夫か?」

「はい。どうにか出来ます」

 にっこりと笑うと、グレゴリオは肩を竦める。

「残念ながら、君たちとお話するのは終わりのようだ。こちらも時間と言う制約がある。ここら辺で失礼させてもらおう」

 レイラは訝しい表情でグレゴリオの意図を察しようとする。

 突然、地面が小刻みに揺れ始めた。その揺れは一瞬で大きくなる。レイラはよろけながらも、近くにいた男性に支えられ立ち続けた。グレゴリオが不敵な笑みを浮かべている。やがて揺れは激しい音とともに治まった。

 部屋の中を見回したが、これと言って変わったところはない。ただの大きめの地震か……と考える前に、グレゴリオ達を囲んで火の柱が立ち始めた。

 レイラはフィンスタという女がまだ魔法を使えることに驚く。いや、手にはマッチが握られている。物を使って出した炎を自ら強化したようだ。

 ケルハイトが気を失っているナータを背負うと、グレゴリオ達はレイラ達に背を向けようとする。視線はレイラ達と逆側にある扉。逃げるつもりだと判断すると、叫んでいた。

「抵抗するのなら容赦はしないわよ!」

「抵抗? 何を馬鹿なことを言っているんだ。君達のために、私達は大人しく退散しようという訳だ。むざむざと死に急ぐのも良くないと思うが」

「死に急ぐ、ですって? 人数的にも、魔力的にもこちらのほうが――」

「人生を長く生きている私から一つだけ教えてやろう。甘いということは、上の者にとって最大の障害となる」

 フィンスタがそっと掌ぐらいの火の玉をだし、横へと送った。

 その先にいる人物に気づくと、レイラは咄嗟にシェーラ達に指を示す。二人の前に氷の壁が出現する。だが、その火の玉はシェーラ達に行く途中で急に方向を変え、火の柱へとぶつかった。その衝撃で柱は一気に火の壁へと変貌する。

「そこで氷の壁を作るのではなく、私に攻撃をしていれば、状況はもう少しましな方向になっていたかもな」

 火の向こう側から聞こえてくる声に対して、レイラは悔しそうな顔を向ける。始めからグレゴリオ達はシェーラを攻撃するつもりはなかったのだ。判断を見間違えた結果がこのような多大な火の海を作り上げようとしていた。

「虹色の書や純血も欲しかったが、あまり時間をかけたくない。ないならないでどうにかする。始めからなかったものとして処理をする。……もう君達とは会わないだろう。最期の余生を静かに終えな」

 グレゴリオは背筋がぞっとするような言葉を言う。

 靴音を鳴らしながら扉の奥へと進む。その音はいかに彼らにとってこの状況が余裕であるということを物語っていた。やがて靴音は聞こえなくなり炎が燃え盛る音だけとなる。

 歯を食い縛りながら、己の失態に悪態を吐く。すぐ横には心配そうな表情を浮かべているレイラの護衛達。

 レイラは深く息を吐いた。そして、横にいた護衛に燃え盛る音にも負けないくらいのはっきりした声を発する。

「とにかく今は脱出をしましょう。すぐにこの建物全体に火が渡る。奥の四人は急いで脱出経路を確保。水を主戦としている二人はこの炎の消火。他は怪我人の手当てをしなさい」

 護衛達は皆しっかりと頷くと、それぞれの持ち場へと向かった。

 勢いよく外へと出て行く人、ぐったりとしているクロウスとシェーラの元に、次々と駆け寄る人、すでにアルセドの治療を始めている人、激しく渦を巻き始める炎を消化する人。レイラの横には一人の男性――、情報部部長のルクランシェが静かに佇んでいた。

 部屋の中では水の魔法による消火が始まる。そしてクロウスとシェーラを炎から遠ざけようと、手を貸しに護衛達が来た。だがシェーラは手を振り払い、顔の血の巡りが悪くなっているクロウスをそっと触る。

「私より……、彼の方をお願い。私はまだ歩けるから。急いで彼の治療をして」

 シェーラの目はまだはっきりとしていた。壁を使いながらゆっくりと立ち上がる。ふらつきながらもレイラの方へ歩みを進めた。その意思を汲み取り、護衛達はクロウスをそっと運びあげ急いで炎から離れる。そしてある程度離れた所で、すぐに応急処置をし始めた。

「怪我の具合は?」

 レイラはシェーラから目を離さず、上からクロウスの容態を聞く。

「あまり良くはありません。ですが、まだ致命傷ではないので止血をしっかりとし、輸血をすれば――」

「ありがとう。じゃあ、治療に専念して」

 腕を組みながら表情は硬いまま、敢えて視線を合わせないシェーラを見る。ルクランシェがシェーラの歩みを手伝おうとするのも止めた。そして微かに首を横に振る。その目には強い信念以外のものが宿っていた。

 シェーラはレイラと三歩ほど離れて立ち止る。ゆっくりと顔を持ち上げ、沈痛な面持ちでレイラに視線を合わせた。

「レイラさん……、ごめんなさい」

 鼻をすすりながら、声をやっと絞り出す。シェーラの右腹から血がポタリと落ちる。鮮やかな緑を基調とした服はボロボロとなり、綺麗な黒髪も傷んでいた。痛々しいその姿は年頃の娘がするものではない。

 その姿を見て、レイラは抑えていた自制心を無意識のうちに取り払う。優しげな目をしていた。俯き、申し訳ない顔でいっぱいのシェーラに近づき、抱きしめる。

「どうして謝るのよ。シェーラはみんなのことを守るためにここへ来たんでしょ。それはしょうがないじゃない」

「でも、そのせいで重傷者が出て、レイラさんにも迷惑を掛けて……」

「……操られるのは心が弱いだけじゃない。あることを強く想っているからこそ、突け込まれやすくなってしまうのよ。強く想うことは良い事。そんなところを利用するあいつらの神経がおかしいのよ」

「レイラさん……」

「詳しいことは後でゆっくり聞く。だから今はその血を止めて、ここを出ましょう」

 震えるシェーラの微かな頷きを感じ取り、ゆっくりと座らせる。後ろでは微笑んでいるルクランシェがタオルを手にしていた。そのタオルを受け取り、血の出所をそっと抑える。見る見るうちに赤く染まるタオルをすぐに変える作業が続いた。

 消火活動は難航しているようだ。むしろ炎の勢いは悪化している。レイラは脱出するのが一番いいと思い、入口の方に目を向けた。そこで驚きの表情をしている護衛の一人が駆け寄ってくる。レイラはシェーラをルクランシェに託し、その護衛に近づいた。

「どうしたの?」

「た、大変です。出口がありません!」

「何を言っているの? 私達が通った入口があるでしょ。他にも裏口とかあるはず……」

「違うんです! 入口が封鎖されているんです。新たな壁ができていて通れないんです。小さな裏口らしきところも見ましたが、全部同じ状態です。中の研究員たちも混乱しています」

 レイラの表情は徐々に顰めていく。

「それはつまり――」

「俺達は閉じ込められたんです! 研究者、研究所諸戸も俺達を燃やすつもりです!」

 炎の勢いが上がってきた。消火している人達は、自分たちに襲ってくる炎に逃げながら水を出す。だがその行為は気休めにもならない。

 その言葉を聞いたレイラはただ呆然と立ち尽くしていた。



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