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虹色のカケラ  作者: 桐谷瑞香
第四章 夜明け前の道
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4‐8 思いがけない再会

 こういう風に顔をじっと見つめて会うのは何回目だろうか。

 イリス達と逃げながら初めて会った時。

 雨の中ずぶ濡れになりながらもイリスの居場所を報告してきた時。

 ビブリオでローグと対峙している時。

 その迷いない目はいつもはっきりと俺を見ていた。その澄んだ目が俺に対して、新たな喝を入れる。

 だが今回は違う。

 喝とは程遠く、俺は唖然した表情で見返すしかできなかった――。



 * * *



 クロウスは思わず耳を疑った。いや、疑う前に聞き返したくなる言葉だ。

 言っている容姿はシェーラそのもの。だが言っている雰囲気はシェーラのことなど全く感じられない。いつものような澄んだ目は存在しなく、淀んでいる目がそこにはあった。

 吸い寄せられるように、シェーラの目を見たまま動けない。

 頭ではわかっていても、体がその異常事態を察知するのには若干のずれがあった。

 誰かが後ろから叫んでいる気がする。そしてようやく、シェーラの不可解な行動に気づく。

 長剣だがクロウスの剣とは違い細身の剣を、シェーラはなだらかな刃を向けながら振り下ろそうとしていたのだ。

 避ける暇もなく、その刃はクロウスに近づいて行く。だがその刃がクロウスを斬り付ける前に、赤毛の男が前に割り込んだ。シェーラに対して目つぶしをぶちまける。一瞬シェーラは目を瞑り、事態を最小限に止めようとした。

 クロウスは背中から睨んでいるスタッツの意図をすぐに読み取り、アルセドを抱えて後ろに下がって、シェーラから間をとる。スタッツもすぐにその横に立っていた。全速力で戻ったのだろう。いつになく息が上がっている。

「おい、クロウス。久々の対面だからと言って、そんなに優雅に過ごしていいのかよ。ここは敵の居所だ。何が起こるかわからないんだよ」

「……すまない。迷惑をかけた」

「それで、これからどうする気だ?」

 スタッツは警戒態勢を崩さず、何もなかったかのような表情をしているシェーラを睨みつける。そしてその奥には、虹色の書が輝いていた。

「脱出を第一に考えるべきだな。状況がかなり悪すぎる。シェーラさんがどうなったかしらないが、彼女を連れて帰るのは至難じゃないか?」

「そうだが……。シェーラはたぶん――」

 自らの直感とそして以前にも感じた違和感がクロウスにひっかかりを覚えさせる。

 普通の女性よりは引き締まっているとはいえ、華奢な様子が目に付く。その体と不釣合いな長剣を握りながら、ゆっくりと近づいてくる。

 クロウスはそっと使い慣れた剣の柄に手を添えた。いざとなったら、すぐに抜けるようになっていることを確かめる。だが極力使わないつもりだ。逆に腕の長さくらいの短剣に手を添える。これで打ち分けるくらいにすれば、シェーラに致命傷を与えることはないだろう。

 焦りの表情が浮かぶスタッツに、心配掛けまいとはっきりとした口調で言った。

「ひとまずシェーラの意識を失わせる。虹色の書も手に入れるにはシェーラが必要不可欠だから」

「……わかった。だがな、あまり感情に左右されると、取り返しの付かないことになるぞ」

 クロウスは憂いを浮かべながらちらっとスタッツを見た。

「感情を抑えすぎて、取り返しの付かないことになったこともある」

 シェーラの歩く速さが徐々に速くなっていく。それを見て、クロウスはさっと左に動いた。すぐにそれを追うようにシェーラは飛びかかる。

 そして、クロウスへ何の躊躇いもなく斬りかかり始めた。



 カキンと小気味よく剣を弾く音が続く。クロウスは斬りかかろうとしている剣を右に左にと、周りに危害を与えないように薙ぎ払っていく。

 額にはすぐに汗が浮かび始めた。シェーラの一振り、一振りはさほど重い感じではない。だが、一振りの間が恐ろしく早いために、隙が全く見つけられない状況である。

 クロウスはシェーラの主戦は魔法であり、剣術の方はたまに補う程度の剣捌(けんさば)きだと思っていたが、それは違った。そこらの下手な兵士よりずっと上手い。動きに無駄がなかった。風のように滑らかに動くため、次の行動が早いのだ。

 クロウスは押されつつも、なんとかして隙を見つけようと試みる。

 ふいにシェーラの振りが若干大きくなった。その隙を逃さず、柄に近い刃の部分を弾く。刃が完全に外に向いたのを確かめると、短剣を持っていない手でシェーラの剣の柄を握った。

 クロウスはシェーラの手から剣を奪おうとする。それを必死にさせまいとシェーラは必死に踏んばる。

 その状態でお互い硬直した。

 剣を挟んで、シェーラの顔をより間近で見る。いつも表情を変えながら楽しませていた、あの道中。それが遠い昔のように感じられた。

 このまま剣を抜きとるか、腹に一発衝撃を与えるか……、とにかくシェーラを傷つけずに事を終わらそうとする。

 突然シェーラの剣を持っている手ががくんと前に進む。シェーラが両手で持っていた長剣を右手だけで持ったのだ。左手に目をやると、その手には風が集まり始めていた――。

 間髪入れずに、クロウスに対して風の刃を投げつける。瞬間に危険を察知し、剣を離して後ろに飛び退いた。

 風の刃が容赦なくクロウスに向かってきた。体を逸らせながら、その軌道上から逃げようとする。だが予想以上に速過ぎて、右頬にざっくり斬られたのを始めとし、数本突き刺さった。

 顔を顰めながらも、徐々にシェーラから間をとる。シェーラはすぐに向かってくる様子はなく、剣を再びしっかり握ろうとしていた。

 クロウスは傷の状態をすぐに確認した。掠り傷程度だ。気にする必要もないが、これからどう攻めればいいか悩む。

 シェーラの魔法を何度も見たことがあるが、身を持って体験すると恐ろしいものだと実感する。威力もそれなりだが、発動の時間が極めて短い。後のことを考えずに突っ込んでいき、剣を捌ききったとしても、その直後にどうしてもこちらも隙が生まれてしまう。そこを突かれたら、軽傷では済まないかもしれない。

 頬から流れる血を拭いながら、次にする行動の指針を立てようとする。

 肩で呼吸をしながら間をとっていた時、突然少し籠ったような含みのある声がした。

「本気でやらないと、死んでしまうよ?」

 クロウスの顔が険しくなる。声の主はシェーラが出てきた扉からだ。

 そこから黒色の長い髪をした女性、フードを被った小柄な女性がゆっくり出てくる。そして後ろを促しながら、白色の髪をした中年の男性を導く。

 この中年の男、昔ほんの少しだけ見たことがあった。一瞬だがその存在感は絶対であり、よく覚えている。グレゴリオだ。

 最後に、しっかりと鍛え上げられた体つきをしている金色の髪をした青年と、青年に無理矢理出てきて逃げられないようにしっかり手首を縛られている亜麻色の髪をした少女――、イリスが出てきた。

 その一同を見て、クロウスの目は大きく見開く。特にイリスの存在には驚くばかりだ。

 だが必死にもがき抵抗している様子を見ると、納得して来たようではない。

 イリスはクロウスの存在に気づくと、泣きそうな声で叫んだ。

「クロウスさん! ごめんなさい……。私のせいでアルセド君が……」

 涙を流すイリス。その光景がアルセドの重傷と結びつけられる。

 脇から青年が淡々とした表情で口を挟んだ。

「思わぬところでイリス・ケインズ嬢と会うことができたから、同行させてもらった。その際に何やらうるさい少年がいたから静かにさせた。そして何かに使えるかもしれないと思って、ここまで連れてきた。それだけのことだ」

 アルセドの呻き声が聞こえてくる。自分の行為に恥じているかもしれない。スタッツも悔しそうな顔をしている。

 クロウスはアルセドを責める気など毛頭もない。逆に純血の人にとって、ノクターナル島は危険な地であるということを甘く見て、イリスを連れてきてしまった自分に酷く腹が立っていた。青年に出会ったのは不運としか言いようがないかもしれないが、それでも防ぐことができた事態である。

「さて、君はそんなによそ見をしている余裕はあるのかな?」

 グレゴリオはぽつりと言葉を漏らす。

 慌てて視線を前に戻すと、シェーラがもう目の前に迫っていた。今度は始めから風を出そうとしている。咄嗟に、短剣をシェーラに対し投げつけ、愛用の長剣に手を添えた。



 イリスにとってそれは見ていられない光景だった。どうしてあんなに仲がよかったあの二人がお互いを斬り合う状況になっているのか――。

 二人の存在はイリスにとって、非常に大きかった。何気なく気を使ってくれる二人。背中を見るだけでほっとする存在。それが何故……。

 クロウスは本気を出さずに、シェーラをいかに傷つけずに難を乗り切ろうかとしているようだ。対してシェーラは全力で斬りつけようとしている。思わず目を逸らしながらも、イリスもシェーラに対して違和感を覚えた。

 普通ではない、それは確かにはっきり言える。なら普通ではなければどうしてこんなことになっているのだろうか。記憶を巡らして、今まであったことを探っていく。

 そして、ある事件に辿り着いた。

 自分が捕えられていることなどお構いなしに、声を張り上げる。

「クロウスさん、シェーラさんはソレルさんと一緒です!」

 ちょうど間合いを取って、お互いに上がった息を整えているときに声を飛びこます。

「あの時と様子が似ています。それなら、きっと抜け道はあるはず――」

 言いきらないうちに、イリスはぐいっと後ろに押された。不機嫌そうな顔をしながら青年は睨みつける。

「長く生きたかったなら、大人しくしていることだな」

 イリスは怯むことなく反論した。

「嫌です。こんな状況で一人大人しくなんかしていられません!」

 青年はその言葉が癇に障ったのか、真横の壁にイリスの背を一気に叩きつけた。イリスは歯を食いしばりながら、声を上げるのを必死に耐える。背中が痺れるように痛い。思わず(うずくま)り、痛さから逃れようとする。青年は気が済んだのか、見下しながらイリスに吐き捨てた。

「しばらくそこで成り行きを見ていろ。どういう展開になっても、最終的な展開は変わらない」

 グレゴリオ達から少し離れた所に座り込む。逃げようとしても、イリスの足ではすぐに追いつかれてしまう。目を薄っすら開けながら、クロウスとシェーラの対峙を見つめた――。



 シェーラからの容赦のない攻撃をクロウスは精一杯かわす。慣れた長剣で捌いているためか、多少の激しい攻撃にも耐えきれる。だがこれはただの防御。攻撃には決して転じない。

 イリスが苦しそうな顔をしながら座りこんでいるのが見えた。そして、さっきの言葉を思い出す。

 ――ソレルと同じと言うことは、シェーラは魔法によって操られているということ。イリスは以前、それを解除できた。それなら今はイリスの救出が何より先か……?

 しかし、今のシェーラに背中を見せるのは危険極まりない。向けたら風の刃が勢いよく飛んでくるだろう。スタッツの方に視線を送ったりする。だがスタッツは難しい顔をしながら、成り行きを見ているだけだ。むしろ動けないというのが現状か。ノクターナル兵士のトップがいる所で、動くのは度胸がいることだ。

 クロウスはその状況を判断し、攻撃を避けながらも、徐々にイリスの方に近づくようにする。

 端の方で口元を歪めさせながら、グレゴリオはクロウスとシェーラの攻防を見ていた。

「いい感じだ。これが理想としていた展開。このままあの男が女にやられれば最高だ。まあそうなるよう手配はしてあるが」

「グレゴリオ様、ここにいては何が起こるかわかりません。一度離れた方がよろしいのでは?」 

 包帯を巻いているフィンスタは遠慮深げに尋ねる。だがグレゴリオは首を横に振った。

「いや、これくらいの魔法なら大丈夫だ。私は完全に魔法が完成する瞬間を見たい。魔法はただ自然現象を起こすだけが(つね)ではない。応用することで人の心も操れるということを証明したいのだ」

 フィンスタは軽く会釈をして身を引く。グレゴリオの発言は絶対だ。余計なことをして機嫌を損なわれては敵わない。

 クロウスがイリスまであと少しと言うときに、ざっとグレゴリオ側の様子を見た。特に何をしようと構えている様子はない。とはいっても、少し離れて見ているイリスを途中で拾いながら行くには少し骨が折れそうな作業だ。

 息が激しく上がる中、イリスがそっと胸元から石を取り出すのが見えた。クロウスの意図に気づいたのだろう。一瞬でもイリスの方にシェーラの意識を持っていければ、後はどうにかするという表情をしている。

 そしてクロウスはシェーラの剣に思いっきりのしかかった。シェーラはそれに耐えようと必死に足を踏んばる。

 ほとんど手加減なしに押し倒しているため、腕力では敵わずシェーラは押される態勢になっていた。

 後ろの方で温かみのある光を発しているのに気づく。最後は思いっきり押しやると、さっと横に飛び退いた。

 一瞬、無防備になったシェーラは目の前に立っている少女に目をやる。

 イリスは石を手で包みながら、必死に祈りを捧げていた。

「シェーラさんを助けて……!」

 その言葉と共に、辺りは一瞬光に包まれた――。



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