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虹色のカケラ  作者: 桐谷瑞香
第四章 夜明け前の道
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4‐5 迷宮の始まり

 男が刺された数分後、シェーラの目の前には、息も絶え絶えになったその他の男達が地面に倒れ伏していた。女は顔色が真っ青になっているシェーラを無理矢理小舟に乗せると、ネオジム島からゆっくりと離れ始めた。陸の方からは誰かが叫んでいるようだ。

 女はにやけながら、船を器用に動かしていた。その顔を見るたびに、シェーラの背筋はぞっとするばかりだ。

 やがて小さな音を立てて、ノクターナル島に静かに到着した。シェーラは降り立った瞬間に、思わず身を竦めてしまった。体が動かない。

 その瞬間、島ごとに雰囲気が違うとイリスが言っていたのを思い出す。この島が、これ程までに暗く、恐怖を感じてしまうような所だとは思わなかった。

 女は近くにあった馬を連れてきて、動きが鈍いシェーラをやっとの思いで乗せ、彼女も後ろに跨り、ノクターナル島の奥へと走って行った。

 しばらくして日が落ちてきた頃、馬は唐突に止められた。

 森の中を随分走ったようだ。湖が見える。目の前に見えるのは湖とは一転して、横に大きな闇を連想させる色をした暗い紺色の建物。無気味さが伺える。女はシェーラをちらりと見ると、中に入る様に促した。

 シェーラは改めて建物を見上げ、ゆっくりと息を吐く。ぎゅっと書を持ち直しながら、目をしっかり開いて、毅然とした態度で建物の中に入って行った。

 建物の中は少し暗めの灰色。電球が仄かにちらついている。所々に白衣を着た人達が歩いていた。女に対して立ち止り一礼する人、特に気にせず虚ろな目をしながら歩いている人。それぞれ対応は違っており、いまいち女の立場がよくわからない。

 だが、少し建物の中を歩くだけで分かったことがある。ここは研究所の一つであると。

 奥の方まで進むと頑丈な扉が見えてきた。この黒色の扉はおそらく魔法用に加工したものであると、推測できそうだ。女は手を扉に触れて、少しだけ魔法を出す。それを受け入れた扉は内側に開き始めた。

 眩しさからを防ぐように、目を細める。視線の先には白い部屋が見えてきた。

 そして開ききり、一歩中に入ると、シェーラは急に胸が締め付けられるような気がした。

 部屋の中は質素なものである。あまり広くなく、首を少し振るだけで両側の壁が見えた。奥の方に小さな丸机が置かれている。その脇には黒色のローブを着て、頭をフードで被った小柄な人がいた。その人の声は女性らしいが、すっと胸に響くような低さだ。

「お待ちしておりました、フィンスタさん。こちらに結界を解除したい書を置いてください」

 黒い服の女はシェーラに対して、書を置くように言う。抵抗する気力もなく、大人しく机に置いた。

 机の中心から光が溢れ始める。その光は書を包み込むように発せられた。

 不思議な光景に思わず見とれるシェーラに対して、ローブの女性は残念そうな声を漏らす。

「あら嫌だ。強力な結界が施されていますね。これはすぐには解除をするのは難しいかと思います」

「そのつもりであなたに頼んだのよ。私が持つのでさえ拒む結界……。どれくらいかかりそうかしら、ナータ?」

 ナータは机の上を見ながら、首を少し傾げる。

「そうですね、このような結界は見たことがありません。一週間は見積もってくれると、ありがたいのですが」

「もう少し短くしてくれるといいんだけど」

「すみません。ひと先ず結界の質を判別できないと動けないもので。まずは三日程お時間を頂きたいです」

「……あなたがそこまで言うのならしょうがないわ。お願いね」

「なるべく早くできるように努力します」

 フィンスタはふっと笑みを浮かべると、ナータをフードの上から撫でた。表情は見えないが喜んでいるようだ。そして、シェーラの方に冷たい視線を向き直る。

「さて、結界が解除するまではまだ使えるでしょう。少し大人しくしてもらうわ」

 シェーラが突然フィンスタの殺気が強くなったのに対して、咄嗟の行動ができなかった。気がつくと、後ろに気配が移動している。首に強い衝撃がかかると、顔を顰める前にそのまま床に倒れ伏してしまった。



 * * *



 そしてシェーラが次に目を開けた時には牢獄のような小部屋の中で寝かされていたのだ。あれからどれくらい経ったのか見当がつかない。ただ自分が生きているということは、まだ虹色の書の結界は解除されてないことを意味していた。

 内部の様子も知りたく、部屋から出ようとも考える。だがいつかは必ずフィンスタと対峙するだろう。その時のためにも今は体力と魔力を回復させることに専念することにした。



 四日くらい過ぎたころだった。

 食事のときぐらいにしか開かれないドアが今日は違う雰囲気を醸しながら開かれたのだ。そこにはフィンスタが無表情のまま立っている。腰のラインがはっきりと出る、長めの黒色のスカートを着ていた。冷たい雰囲気がいつにも増しているようだ。

「あなたに会わせたい人がいるわ。とても偉大な方がね。早く来なさい」

 シェーラは無言のまま足を一歩前に出した。それを肯定と見たのか、フィンスタは踵を返して背を向ける。

 部屋を出る前に左右の腕輪を確かめ、静かに外した。背を向けているなんて好都合と言いたいが、おそらく今、フィンスタより上の者が来ている。

 上の者が多いなら越したことはない。鼓動が速く動きつつあるのを隠すかのように、毅然とした表情でフィンスタの背中を睨み付ける。だが、一方である一つの予感もしていた……。

 監禁されていた小部屋は地下にあったようで、一段一段確実に上りながら地上に出る。心なしか廊下を歩く人々の表情が硬い。シェーラは神経を尖らせながら、後を着いていく。もちろん殺気を抑えるのは忘れてはいない。

 やがてあの黒色の扉とまたもフードを被っているナータの姿が目に付いた。

「フィンスタさん、中でお待ちですよ」

「ありがとう。結界の方はまだ?」

「すみません。やはりじっくり時間をかけないと無理なようです」

「理由はあとで聞きましょう。……中にいらっしゃるわよね?」

「ええ。いつでもどうぞと言っております」

 フィンスタの表情も少し張りつめている。扉に手を触れて、内側へと開いた。

 前回と同様に白く眩しい部屋が目に付く。奥の方に結界を解除途中の虹色の書が光っている。そしてその脇に一人の男が立っていた。

 シェーラの鼓動が一気に速まる。目を丸くしながら男を見た。

 白色の髪がまず目につく。この国では髪の色はだいたい四種類ほどに分かれるが、白色などまず見ない。眼鏡をしており、真黒いローブを着ている。髪の色以外はどこにでもいそうな様子な人であった。

 フィンスタは固まっているシェーラを気にもせずに、その男に近づく。

「遅くなってしまい、すみません。グレゴリオ様。彼女が虹色の書を持てる女です」

 グレゴリオは視線をフィンスタからシェーラへと向ける。

 その顔を見て、シェーラの中で電流が弾けるような感じがした。手が震え、鼓動がさらに速くなり、冷や汗まで流れ始めている。

「どうも。ほら、もっとこっちに来て顔を見せてくれ。相当な結界が貼っている書を持てる人なんて、滅多にいないから」

 一声聞いただけでは、悪い人のようには聞こえない。だが、裏に様々な含みが感じられる。

 その声を聞いてシェーラは推測から確信へと変わった。

 三年前、雨の日、傷、腕輪、そして先生――――。

 いつの間にか冷や汗は引き、心の底から憎悪が溢れ始めていた。歯をぐっと食いしばる。

 シェーラは思う。

 ――あの日から今日まで、この日のために生きてきたのだと。何と絶好のチャンスなのか!

 グレゴリオは決して忘れない出来事に絡む重要な人物だった。

 何やら話声が聞こえるが、内容が頭に入ってこない。視線をグレゴリオだけに見定める。

 そして、シェーラは音もなくその場から消えた。



 フィンスタは後ろにいたシェーラの気配が消えたのに気づき後ろを振り返る。だがシェーラはまったく違う場所に現れた。グレゴリオの背後に。それに気づいたフィンスタの顔が引き攣った。

 シェーラは険しい顔をしながら、グレゴリオの背中に風の塊を投げつける。

 グレゴリオは身を翻しながら、その軌道から逃れようとした。だが少し遅かったためか、左腕に軽い傷を負う。

 シェーラは呼吸を上げながら、グレゴリオから少し間合いを取った。

「この女……! グレゴリオ様に向かって、なんと無礼なことを!」

 フィンスタは顔を赤らめ、咄嗟(とっさ)に炎を出そうとする。だが、グレゴリオは手を差し出して止めていた。息を詰まらせながら、しぶしぶ彼女は出すのをやめる。

「元気のいい挨拶だね。だが初対面の人に魔法を使うのはよくないと思うが」

 その言葉に対する言葉の返答はなく、シェーラは代わりに風の刃を投げつけた。その刃をグレゴリオは腰に携えていた剣を使っていとも簡単にあしらう。

 シェーラは一瞬息を呑みこんだが、攻撃の手は緩めずにグレゴリオとフィンスタ、そしてナータの前に大きな竜巻を出した。

 突然のことに驚く三人だが、グレゴリオは平然と手を前に差し出し、何かを念じるとともに竜巻を消失させたのだ。

 だが消失させた後には、突き刺そうとする大量の風の刃が目の前にあった。

 フィンスタやナータの表情に若干焦りが浮かぶ。突き刺さろうとする刃を、炎などで燃やした。しかしそれが間に合わず何本かは足や腕などに刺さっていく。

 苦悩の表情をしながら、やっとの思いで、刺さった刃を引き抜いた。

 だがグレゴリオの方では、なんとシェーラが風の剣を出して、切りかかろうとしていたのだ。急いで妨害しようとしたが、すでに剣は振り下げ途中だった――。



 シェーラは捕らえたと確信していた。このまま振り下ろしきれば致命傷まではいかなくとも、動くのにも困難な怪我をするはず。グレゴリオの服からは先ほどの攻撃の切り傷が何箇所か見える。不意打ちは充分効いているはずだと感じ、思い切った行動に出たのだ。

 だが、突然グレゴリオは右手を前に出す。

 そして勢いよく振り下げられている、ほとんど実態はないと言ってもいい風の剣を素手で捕まえたのだ。

 シェーラは勢いが止められた剣の柄を握りながら目を丸くした。

 次の瞬間、謎の魔法によって体全体が強く押され、壁へと突き飛ばされる。その勢いは激しく、フィンスタが放った魔法よりもはるかに強かった。

 やがて壁に激しく叩きつけられると力なく倒れこんだ。

 そしてむせながら、口の中から血を吐いた。



 グレゴリオは傷付いた服を残念そうに見ながら動けないシェーラ、そして立つのを少しふら付かせているフィンスタとナータのほうに目を向ける。

「大丈夫か?」

「はい、どうにか……。見た目よりも多く怪我をしていますが動けます。ナータは大丈夫?」

 ナータは壁に寄りかかりながら声を出す。

「命にかかわるような怪我はしていません。ただこの状態ですと、結界の解除するのが一段と遅くなります」

 ナータは前線に出て積極的に攻撃していく立場ではない。だから魔法を出すのにもフィンスタより遅かったのだ。

 フィンスタは蹲っているシェーラを激しく睨み付ける。

「この女、よくもやってくれたわね! もう我慢できない、息の根を止めてやる!」

 怒りを露わにする。グレゴリオはそんな彼女に対して無言の圧力を加えた。冷たく厳しい視線によって、フィンスタは身を竦めてしまう。

 グレゴリオはシェーラの方に少し近づき、笑みを浮かべながら話し始める。

「殺気が染み出ていては気配を察知するのは容易なことだ……。そうだ、さっきの言葉を訂正しよう。君と会ったのはこれが初めてではなかった。三年前に一度会ったね?」

 シェーラは息も絶え絶えに呼吸をしている。まだ咳き込んでさえいた。それを気にもせずグレゴリオは続ける。

「三年前と容姿、雰囲気、魔法の質も随分変わったな。昔はただのそこらへんにいる魔法使いだと思っていたが、今は違う。非常に危険な存在だ。あの時一緒に亡き者にしておけばよかった」

 静かに語る声は、異様に恐ろしさを醸し出していた。口の端が吊り上がっている。

「だがこうして出会ったのも何かの縁だ。これ程の力を持つ魔法使いを殺すのは惜しい。それにお前の心は極めて(もろ)い状態。その状態を利用すれば、乱れた心を封鎖するのは容易だ」

 グレゴリオは唖然としているフィンスタを横目で見た。

「今すぐあの準備をしろ」

「ですが、この女は息の根を止めたほうがいいのでは……」

「こんなに迷いに溢れ、憎悪で詰まっている人には大丈夫だ。なに、いつもよりさらに強めにやる。だから準備をしろ」

 フィンスタは慌てて一礼をして、部屋の奥へと通じる扉を開けて走っていく。

 グレゴリオはさらにシェーラに近づいた。

「大人しくしていれば、何も痛いことはない。迷いの心、晴らさせたいだろう?」

 依然シェーラは返事をしない。面白くなさそうなグレゴリオはシェーラから視線を逸らし、ナータの方へと向かった。



 シェーラは辛うじて残った力を使いながら口を噛み締める。悔しい表情をしながら、目には薄っすら涙を浮かべていた。

 ――何かされて、後々魔法管理局に迷惑をかける事になるのなら、いっそ……。

 (ほとん)ど動かすのも厳しい体で、首筋まで手を伸ばした。そして微かに残っている魔力を出そうとする。

 だが、急に体が動けなくなった。見上げると(てのひら)をシェーラに向けているグレゴリオが立っていた。何らかの魔法を使ったようだ。

「あいつの元に行くのは少し早い。しばらく大人しくしていろ」

 シェーラは何も出来なかった。

 悔しがることすら間々ならない。

 微かに温かみが感じられるペンダントだけが、少しだけ心の安らぎを与えてくれる。

 そして意識が途切れる最後に、黒色の髪の青年が脳裏を過ぎった――――。



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