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虹色のカケラ  作者: 桐谷瑞香
第四章 夜明け前の道
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4‐4 地図上での議論

 地図はネオジム島の東半分が載っている。ノベレを中心としており、ノクターナル島にやや入るくらいの地図。町の名所だけでなく、舗装されている道や小さな民家も載っている、非常に細かい地図だ。クロウスは突然出てきた地図に対して目を丸くする。

「地図……って、一体どうして」

「最終的にはどこに行くかがわからなければいけないんだ。地図があればある程度予測できるだろう」

 半ば呆れたようにスタッツはクロウスを見る。そして“ノベレ”と書いてある町から、北東に少し進んだ所に印を付けた。

「かかった時間と方向、俺の情報を元にして判断した所、ここら辺が虹色の書が置いてあったと思われる洞窟がある所だ。正確な場所が分かればなおいいが妥協しておこう。さて、まずわからなければならないことは何だ?」

「……シェーラを連れてどこに行くか」

 無意識の内に言葉が出てくる。スタッツは首を縦にしっかり振った。

「その通り。こういう状況の場合には、相手がどこに行くかがとても重要だ。わかることで今後の対策を非常に立てやすい。……というわけでアルセド、次の地図を出してくれ」

 アルセドは間髪入れずに、すっと地図を二枚ほど出す。スタッツに散々使わされているせいか、随分慣れた手つきだ。地図の一つはノクターナル島全景ので、もう一枚はノクターナル島の北西を中心とした地図である。

「ノクターナル島の魔法使いであるなら、もちろんノクターナル島に連れて行くだろう。それならノクターナル島のどこにだ? クロウス、何か心当たりはないのか?」

「突然何かって言われても……」

 クロウスは渋い顔をする。実はノクターナル島に住んで、治安維持部隊に所属していたとはいえ、不思議すぎるぐらいにそのような情報がなかったのだ。

 ノクターナル島は基本的に本人達が必要な情報以外耳に入ってこない。たとえ田舎町で大量の殺人事件が起きたとしても、ナハトに住んでいる人がその事実に知ることは限りなく少ないだろう。それはすなわち、どこかで情報を操作したり、止めている人がいるのかもしれない。

 スタッツは頭を掻きながら、溜息を吐く。

「何かなければ、ここで立ち往生だぞ」

 その時、そっとイリスが手を挙げた。スタッツは手で彼女が言うように促す。

「あの、まずはどんな所に行くか、雰囲気を考えてから聞いた方がいいんじゃないのでしょうか?」

「その通りだな。それで、イリスさんは何か意見ある?」

「一つだけ」

 指を真っ直ぐに一本立てる。

「書に結界が張られているのなら、その結界を解くのに適した場所に行くと思います。結界を張った局長さんは非常に優れた魔法使いと聞きました。それならば普通の魔力だけでは解くことは難しいはずです。ですので、魔力を増強する所に行って、そこで増強してから解くのではないのでしょうか? それか結界を解く専門の魔法の使い手がいて、その人の元に行くのではないのでしょうか?」

 そして最後にはっきりと言いきる。

「どちらにしても魔法に関して重要な場所に行くのではないかと思います」

 クロウスは以前よりはっきりと意見を言うようになったイリスを見る。前ならおずおずと言っているところだが、今は違う。

 様々な事件に遭遇し、何でも突っ込んでいくシェーラに出会ったことで、イリスの主張の仕方が大きく変わっていた。いや、むしろ本来はこういう人間だったのかもしれない。

 スタッツは首を振りイリスの意見に感心をしながら、あることを思い出す。

「そう言えばノクターナル兵士は強い魔力を秘めている純血を探しているんだったな。それなら魔法専用の機関があるんじゃないのか?」

「あるだろうが、俺はその点に関して詳しいことは知らない。すまん」

 魔法があまり使えない治安維持部隊の平隊員には、魔法に関する情報はほぼ与えられなかった。それは余計な感情などは入れないよう、上の方で意図的に止めていることらしい。

 またノクターナル島は魔法を使えない人が他の島と比べて多い。そのため、魔法が使えない人達で集まって、村を形成しているところもあり、そこでは魔法よりも剣の方が尊重されている。

 クロウスはそういうところで育った。だから、余計に魔法に関する知識が乏しいのだ。

「だが普通に考えて、兵士で魔法に関する重要な場所と言ったらナハトのどこかだと思うが」

 クロウスはやっとの思いで声を絞り出す。スタッツは腕組みをしながら、ノクターナル島全景の地図を見る。

「これはナハトの地図が欲しいところだ。アルセド、ナハトの地図は手に入れるか?」

「それはかなり日数を必要としますよ。ノクターナル島の個々の町の地図なんて、そう簡単に手に入らないんですから!」

 アルセドは苦笑いをしながら、スタッツに対して言う。ノクターナル島はあまり島内の情報を外に流出しなく、地図等の情報も例外ではない。それだからノクターナル島のより細かな地図を手に入れるには、より時間と体力を浪費するのだ。

 スタッツは眉間にしわを寄せながら、首を傾げる。

「さて、どうするか。ノクターナル島、しかもナハトなんて迂闊(うかつ)に行くものじゃないぞ。もう少し策を練らないと、リスクが高すぎる。ならば、その女がナハトに辿り着く前に回り込めればいいが……」

「そうすればいいじゃないですか? 橋を渡る前に」

 アルセドの発言に対して、スタッツは溜息を吐いた。

「それができたらここまで考えない……」

「できないんですか?」

「さっきちらっと橋に検問を張っていると聞いた」

「なら、あの女、捕まるじゃないですか」

「アルセド、もっと考えろ」

 静かにスタッツは呟く。クロウスは手を握りながら思考を巡らす。だが、意外にもすぐにスタッツの言っている意味がわかった。

「……あれだけの強さを持つ女だ、頭もいいはず。検問を張るくらいわかっているはずだ。それに目的のためには手段を選ばない。いざとなったら魔法で蹴散らすはずだ」

「そういうことだ。わかったか、アルセド。橋に回り込むには遅すぎるんだよ」

 アルセドは歯をぐっと食い縛りながら頷いた。自分の知識の浅はかさを噛み締めているようだ。そう考えているのに気づかないふりをしながら、スタッツは続けて行く。

「できれば建物の前に待ち伏せがいいな。魔法専用の機関ということは、研究所あたりか?」

「そうだな。ナハトには多くの研究所があるらしい。そこを一つ一つ潰していくか……」

 クロウスは思わず肩を竦める。気の遠くなることだ。

 だが、やらなければ何も進まない。シェーラを助け出すことができない。意を決して、スタッツに言おうとする。

 その時、脳裏にある光景が浮かんだ。



 疲れ切っている亜麻色の髪をしている少女。無理に笑っている。

『今、特例で魔法研究所に行っているの。ナハトにあるのじゃなくて、もっと北の方にある――。そこだと魔法が使いやすいのよ。空気が澄んでいるみたいな感じで……』



「北?」

「何だ、突然……」

「スタッツ、北の方に研究所なかったか?」

 クロウスの顔つきが若干変わっていた。スタッツはちらっとノクターナル島の地図を見る。その先には小さな研究所の印がある。

「あるようだな。だが規模は小さい」

「そこの環境はいいのか?」

「環境? たしかそこら辺は、近くに大きな湖があって、森に囲まれていて――!?」

 言いかけて、スタッツは目を見開く。イリスも今の言葉に閃くものがあった。アルセドだけが不思議そうな顔をする。スタッツはにんまりと表情を浮かべた。

「なるほど。魔力が増強できる環境だし、研究所ならなんらかの人物はいるかもしれない。だが推測の域だ。もう少し強い確証は……」

「……この研究所が一番魔法の利用方法についての研究が進んでいます」

 クロウスははっきりと言いきった少女に目を向けた。地図をじっと見つている。

「イリス、その言いようだと何らかの理由があるんだよな?」

「はい。私が連れ去られた時、ある人が口を滑らせていたのを聞いていたのです。『純血は湖の脇にある北の研究所に連れて行くんだよな?』っと」

「それは本当か?」

「間違いないと思います」

 ノクターナル兵士が必死になって純血の人を追っている中で、その人が連れてこられる場所――。それはすなわち、研究所の重大さを意味していた。

「ひとまず意見は固まりつつあるな」

 スタッツは注目させるように、いつもより低めの声を発する。状況がどうにか読めたアルセドを始めとして、クロウス、イリスは声の主を見た。

「そこの研究所が怪しいな。行ってみる価値はあるだろう。……さあ、次はこれからどうやって行動するかだが――」

 突然部屋のドアが激しく叩かれた。急いで開けると、そこにはダニエルの側近の一人が息を切らして立っている。

「何かあったんですか?」

「先ほど連絡がありまして、シェーラさんと彼女を連れた女を橋付近で発見しました!」

「それは、本当か!?」

 思わず声が裏返る。だが側近の表情は硬いままだ。

「ですが、戦闘がありまして、その際に一名殺されました……」

 一同蒼白な表情をした。

 だがすぐに側近から情報を聞けるだけ聞き出し、仕切りなおして今後について議論し始める――。



 * * *



 頬に水が滴る感触から、薄っすらと目を開けた。反対側の頬はひんやりと冷たい。

 黒い滑らかな髪をした娘はゆっくりと重い体を持ち上げた。真っ暗でよく見えないが、目を凝らして辺りを見回した。

 暗い中でも見えるのは不気味なほどにしっかり閉められたドア。ノブを触ってみると、開かないわけではない。だが開けようとするものを拒絶するかのような雰囲気が漂っている。

「……まるで、牢獄の一種ね」

 シェーラは腰に手を添えながら自嘲気味に呟く。やがて体のあちこちから痛みの悲鳴が上げ始める。近くにあった蝋燭(ろうそく)に火を灯して静かに腰を下ろした。

 部屋の全体が見えてくる。蝋燭と毛布、そして水筒と乾パンが置いてある。首を上に向けると、小さな通気孔が見えるだけ。

 ふうっと息を吐いて、水を一口飲む。

「けっこう怪我したな。魔力もまだ全然戻っていない。こんな空間じゃまともに回復できないわ」

 切り傷、打ち身など細かな怪我が多い。だが魔法が使えないわけではない。むしろ厄介なのは、魔力が衰えていることだ。今の状態では小さな風をその場に起こすことしかできない。つまり、あの黒色の女には全く太刀打ちできないことを意味していた。

 肌寒くなってきた時間帯。シェーラはボロボロの毛布を手繰り寄せ体にかけた。

 ――たとえどういう状況だとしても、早く回復しなきゃ。今は無駄な動きはしない。

 毛布に体を埋めつつ、今まで起こった出来事を整理し始める。



 * * *



 シェーラと女が洞窟から出た時もまだ雨が降り続いていた。

 虹色の書が濡れないか心配したが、雨は書から弾くように降って行く。不思議なことであったが、シェーラの怪我などお構いなしに女は進んでいく。痛みに耐えて、慌てて着いて行った。

 そっと書を(さす)る。紙の集まりだと言うのに何故か温かい。不安な心が払拭される感じがする。

 ――触れているだけでもわかる。この本から伝わる先生の想いが……。

 そう思いつつ、女の後ろ姿を睨みつけ続けた。



 昼前にはネオジム島とノクターナル島を繋ぐ橋が見えてきた。だが何やら橋の方が騒がしい。女はそれを見ながら鼻で笑っていた。

「全く、無駄なことをする人間が多いこと」

 シェーラはその言葉の意味が咄嗟にわからなかった。だが、より橋に近づくと、大勢の人達が橋を渡る人の歩みを止めているのを見て気付く。

「あんなの検問なんて言えないわ。私を捕まえたきゃ、もっと頭を使えばいいのに」

 不敵な笑みを浮かべている。視線を橋ではなく、橋から離れた岸の方に向けた。そして再び森の中を着き進み始める。

 やがて小さな小舟が岸に着いているのが見え始めた。古びた服を着ている男が船の側にいる。男は突然現れた美しい黒色のドレスを着ている女性を見て、あんぐりとした。

「すみませんが、ノクターナル島まで乗せて行ってもらえない?」

 外面の笑みを浮かべる。男はにたにたし始めた。

「お姉さん、橋を使わないなんて、これまた変わった人だね」

「そこら辺はこれをやるから何も聞かないで」

 ポケットからお札を一枚見せる。相当な額だ。だが、男は首を横に振る。

「少しくらいお話ししようよ。後ろのお嬢さんでもいいよ?」

 女は一歩前に出て男に近づく。シェーラはふと気配を感じた。後ろをちらっと見ると、武装化された男どもが立っていたのだ。男の顔が一瞬にして引き締まる。

「少しだけお時間をくれますか?」

 その言葉を聞くと、女は高らかに笑い始める。その笑い声にシェーラは背筋が凍る感じがした。これほど恐ろしい笑い声は聞いたことがない。突然の出来事に目を丸くする男達。

 やがて静かに女は口を開いた。

「それは無理な話よ」

 どこからともなく現れたナイフは目の前の男の胸を貫いた。



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