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虹色のカケラ  作者: 桐谷瑞香
第四章 夜明け前の道
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4‐3 剣士の一つの想い

 床が軋む音を気にしながら廊下を歩き、ドアを静かに開けて部屋の中にゆっくりと入った。そこで二人の寝息が耳に入ってくる。

 中まで進むと、イリスが寝ている脇でアルセドが椅子に座りながらベッドにうつ伏しているのが目に入った。紙が一枚、隣のベッドに置いてある。“ゆっくり休めよ!”っと、乱雑に書かれた文字が並んでいた。

 クロウスはそれを読んで、少し笑みを浮かべる。アルセドの他人想いのことが、ひしひしと伝わってきた。その恩を大切にし、クロウスはベッドの中へ潜り込んだ。

 雨音が耳の中へと響きながら――。



 * * *



 仄かに目に入る光が眩しい。

 そう感じながら、クロウスは(まぶた)を開いた。横目で窓の方を見る。カーテンの隙間から漏れる光がクロウスを起こすのを手伝ってくれたのだ。

 だいぶ光も強い。いつもより遅い時間まで寝ていたのだと実感した。

 ベッドから降り、カーテンの隙間から外を覗く。雲はまだ大部分が覆われているが、所々から光が見える。雨は上がっており、水溜りの波面を揺らすものはなかった。

 後ろを振り返り部屋の中を見回すと、イリスが夜と同様にベッドで寝たままであったが、アルセドの姿は見られなかった。

 だがアルセドの鞄は部屋に置いたまま。少し外にでも出ているのかと、クロウスは判断する。

 洗面所に行き、顔を洗ってぼさぼさになった髪を()かしてから、部屋の外に出た。

 食堂に行くと朝食と昼食の間の時間であるせいか、割と閑散としていた。脳をいち早く活性化するためにも、窓に一番近い席に座りコーヒーを頼む。ぼんやりと周りを眺めたが、食堂にも、宿のすぐ外にもアルセドは見当たらない。

 やれやれと思い、肩を竦めながら持ってきたコーヒーに口を付けた。苦味がクロウスの脳を徐々に覚醒していく。

 真後ろに誰かが座った。こんなに席が空いているのに妙だなと少し訝しげに思ったが、昨晩の出来事が思い出され始めて、そのことはすぐに気にしなくなった。

 ゆっくりとあの洞窟の前後の出来事を整理し始める。だが、肝心のこれからどうするかが思いつかない。今日はこのまま大人しく休みを取った方がいいのだろうか、それともどこかに情報を求めに飛び出したらいいのだろうか、などと頭の中がまとまらなかった。

 浮かない顔をしながらもようやくコーヒーを飲み干す。そしてイリスが起きているかもしれないと思い、部屋に戻ろうと立ちあがった。

 廊下に出て、フロントにある電話が目に留まる。後でレイラが電話をかけると言っていたが、それがいつになるのかは聞いていない。先が見えない状況に苛立(いらだ)ちを覚えていた。

「すみません」

 突然話しかけられ、クロウスは慌てて後ろを振り返る。赤毛の髪をくしゃくしゃにしている、サングラスの男が見下ろしていた。笑顔を浮かべており、男にしては少し甲高い声を出している。

「何か御用ですか?」

 なるべく普通に返答をする。

「今、ある人を探しており……。ご存知ないでしょうか?」

「誰でしょうか?」

 男は自然な動作でクロウスに近づき、耳元で囁いた。

「……シェーラ・ロセッティ」

 クロウスはその言葉を聞いてさっと顔を強張らせる。

 次の瞬間、腹に何か嫌なものが突き刺さる感触がした。それはどんどん埋め込まれていく。

 表情は見えないが、男の顔がニヤッと笑っているようだ。歯を必死に食いしばりながら、己の甘さに悔いる。

 そんな時、玄関から少し生意気な少年が息を切らして入ってきた。

「クロウス! スタッツさん!」

 クロウスはへっと気の抜けた表情をする。男は深い溜息をしながら、クロウスを刺していたと思われるものを抜く。

 ……おもちゃのナイフだった。刃は本物ではない。

「アルセド、少しは気の利いた登場はないのか」

「何言っているんですか! こっちは必死だったんですよ。朝会ったと思ったら、面倒な要件だけ言って、いなくなって。またどこかに行ったのかと心配しましたよ!」

「俺がお前に心配される筋合いはない。それよりこっちを心配した方がいいんじゃないのか?」

 スタッツは未だに状況が飲めていないクロウスをびしっと指す。

「隙がありすぎる。これが一介の剣士かよって言うくらいにな。この状態じゃ、途中で死ぬぞ」

 惜しげもなくきついことを言う。否定はできなかった。さっきのがスタッツの試しでなければ、最悪の事態に陥っていたかもしれない。

「ひと先ずお前たちの部屋に行こう。話はその後だ。良いな? クロウス」

「あ、ああ……」

 意気消沈しているクロウスにスタッツは肩を軽く叩く。サングラスから表情は読み取りにくいが、何となく心配した表情を浮かべていることが感じられる。

 アルセドは大量の買い物袋を引き摺りながら、スタッツを部屋へと誘導し始めた。



 部屋に戻ると、イリスが心配そうな表情をしながら立っていた。アルセドがひょいっと頭を出すとイリスの頬が緩んだ。

「二人ともいないから、びっくりしました」

「ごめん、イリスさん。どうしても行かなくちゃいけない用事があって」

「大丈夫です。ちゃんと戻ってきてくれるなら……。あら、後ろにいるのはスタッツさんですか?」

 スタッツはサングラスを外し、イリスに微笑みかける。

「こんにちは、イリスさん。それなりに元気そうでなによりだ。よく私がスタッツ・リヒテングだってわかったね?」

「雰囲気が全然変わってないじゃないですか。誰でもわかると思うのですが……」

「……だそうだよ、クロウス」

 スタッツはにやにやしながらバツが悪そうなクロウスを見た。イリスはきょとんとしながら、自分より背の高い青年らを交互に目を送る。

「それにしても、どうしてスタッツさんがいるんですか?」

「それを話そうと思って来たんだよ。アルセド、紅茶の用意をしてくれ」

「わかりましたよ」

 いつもより疲れが残っているアルセドだったが、スタッツに言われるがままにてきぱきと紅茶の準備をし始めた。

 スタッツはアルセドが持っていた買い物袋から地図を一枚取り出して、その地図を眺める。何をすればいいかわからないクロウスとイリスは、ひとまずベッドの腰を掛けてスタッツの様子を見ることになった。



 数分後、スタッツはアルセドが入れた紅茶をひと口飲んでいた。

「突然用意しろと言ったわりにはいいのが入っているじゃないか」

「いつもスタッツさんに鍛えられていますから」

「そうだな。さて話を始めようか。何故ここにいるかと言うことと、これからのことについてを」

 スタッツは目をすっと細める。

「ゲトル氏のパーティでの襲撃事件の後、アルセドから連絡を受けたんだ。アルセドにはいつも外に出るときは、変わったことが起こったら連絡するようにいってあったから。それで案の定連絡が来た。ちなみにその連絡はシェーラさんが連れて行かれる前だ」

 クロウスの表情に陰りが落ちる。

「直感的に何か大きなことが起きると思って、馬を走らせてノベレまで来たんだ。雨が降っていて遅くはなったが朝には着いた。その後にアルセドをちょいっと使って、今まで起こった内容を一通り話させ、買い物をさせていたわけだ。簡単に言うとこんな感じだが、何かあるか?」

 イリスはすぐに首を横に振る。クロウスは浮かない顔をしながら、スタッツを見た。

「何か大きなことって、それはシェーラが連れて行かれたことなのか?」

「それも一理にある。だが、一番の大きなことは虹色の書がノクターナル島――いや兵士側の手に入ってしまったことだ」

「虹色の書が? おい、どうしてスタッツがそれを知っているんだ!?」

「俺は情報屋だぜ?」

 にかっとしながら、懐から古びたノートを見せる。

「虹色の書がノベレにあることまでは知らなかったが、大まかな内容は聞いたことがある。その内容から推測すると、純血狩りなんてしてまで、魔力を得ようとしている誰かの手に渡るのは非常にまずいんだよ」

「まずいって、どれくらいだ?」

「そうだな……、使い方によっては島が一つ軽くなくなるだろうな」

 クロウスとイリス、そしてアルセドまでもが顔色を蒼白にした。だが、スタッツは至って冷静な顔をしながら、話を続ける。

「しかし実際は、虹色の書はまだやつらに完全に渡り切ってはいない。書に結界が張られていて、内容が古代文字だそうだな。結界を解くのに何日か、書を全て読むまでにも何日、いや何十日とかかる可能性がある。だから最悪、書を大方解読するまでに奪い返せばいい」

 イリスはその言葉に対して、複雑な表情をする。

「その言い方ですと、シェーラさんの安否を気にしないことを前提としていますよね?」

「そうだ。今の言い方で行くとそうなる。だが、ここにいるみんなはそう言う展開にはしたくないだろ?」

 三人ははっきりと首を縦に振る。

「だから一刻も早く情報収集だ。余計なことはするなとか、上の方から言われているらしいが、情報収集くらいはいいだろう。いや情報というよりも、あちら側がどういう動きをするかを予測することか。それなら余計なことではない。こちらでただ単に妄想するだけなんだから」

 ちょっと屁理屈すぎるだろと、言いたくなったクロウスであったが、この男は自分の都合のいい方向に物事を持って行く癖があるのを思い出した。時として迷惑がかかるが、こういう時にはその考えが助かることがある。

 だが、次のスタッツの言葉は意外過ぎて、唖然としてしまった。

「クロウス、そう言うことだからやる気がないのなら出て行ってくれ」

「な、何だと?」

「俺が殺気を多少出して、しかもあんなに不自然に近づいて行ったのに、身をかわそうとすらしない。仕舞いにはこんな素人でも刺せる段階まで行かれた。……そんな気持ちが浮いたままの状態で、これからやっていけるのかよ!」

 スタッツの一喝に一同硬直した。今まで笑顔しか見ていなかったイリスにとっては驚きの光景だ。

 怒りを露わにされたクロウスははっと息を呑み、ある事実にようやく気付く。

 ――自分はこんなにも気持ちが(ゆる)んでいたのか。そして、シェーラがいないだけでもこんなにも気持ちが落ち着かないということ。 

 スタッツに言われて、ようやくクロウスの脳内はすっきりした気分になった。

 ゆっくりとスタッツを見上げる。そして、イリスとアルセドを見た。目にはやっと生気が戻り始めている。

「……すまなかった。もっとしっかりする。気持ちを切り替えて、これからはシェーラの救出に全力を尽くす」

 イリスとアルセドの顔が明るくなる。だが、スタッツは敢えて厳しい言葉で切り返す。

「それはどうしてだ? シェーラさん個人のためだからか? それとも過去のことと対比させているからか……?」

「それはきっと両方だろう」

 クロウスは身じろぎもせず、きっぱり言い放った。

「シェーラとエナタは確かに雰囲気が似ている。シェーラを重ねていたのも事実だ。……俺はあの日止められなかった。昨日もそうだ。何もせず、ただ傍観するだけしかしなかった――。シェーラを助けることがエナタへの一つの供養に通じるかもしれないとも思っている」

 スタッツはじっと聞き続ける。


「だけどそれより前に俺は今、シェーラをとにかく助けたいんだ。似ているとかの言う前に、一人の大切な人間をこのまま死なせはしたくない……!」


 クロウスが叫ぶように言い放つ。

 余韻が残る――。

 スタッツはその余韻を崩さぬように、ただ決意の目に溢れたクロウスを見るしかできない。そんな中、イリスの目から一滴の涙が零れ落ちた。それに続いて、何滴も落ちて行く。

 イリスの斜め前にいたアルセドはその様子に慌てふためいた。

「イリスさん!? こいつが何か変なことを言いましたか?」

 アルセドの失礼な言い回しが癇に障る。

「こいつとは何だ。イリス、何か気に障ることでも言ったか? それなら――」

「違います。大丈夫ですから。ただ嬉しくて……」

「嬉しい?」

「はい。シェーラさんもエナタ……さんにも、大切に想っているその姿が」

 クロウスの顔が急に赤くなってきた。さっきのセリフ、普通の状態で聞いたら……。

 急に手を二回程叩かれた。

「まあ、それくらいにしとこうか」

 スタッツが満足そうな顔をしながらクロウスを見る。イリスは急いで涙を脱ぐっていた。

「のろけ話はシェーラさんを救出し、虹色の書を奪い返した後だ。……さて、まずはその炎使いの女がどこに行くかを判断する必要があるだろうな」

 そう言うとスタッツは持っていた地図を広げる。それを四人で覗きこむ形となった。



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