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虹色のカケラ  作者: 桐谷瑞香
第三章 交錯する想い
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3‐15 闇に堕ちた娘

 シェーラははっとして、女がいた所を見る。しかしすでに女はいない。

 虹色の書を掴むと無理矢理懐に入れ込んだ。

 すぐに女が飛ぶように階段を駆け上ってくる音が聞こえる。

「早く散って! 私がどうにかするから、二人は安全な所に隠れ――」

 シェーラが言いきる前に女が飛び出て来た。まるで大好物の獲物を見つけた動物のように、にやにやしている。両手には手を広げたくらいの火の玉があった。そして再びシェーラ達に向かって投げつける。

 玉の一つはシェーラに向かったが、辛うじて避けた。だが、もう一つはイリスの方に向かう。足が竦んで動けないイリスにクロウスが即座に移動して、彼女を抱え込みながらそのままの勢いで湖の方へと落ちて行った。

 湖に入る音は大きいがそんなに高さはない。シェーラはクロウスが最善策の一つをしたと感じた。湖の中にいれば火からは避けられるし、しばらくは二人に干渉はしないだろう。

 シェーラは両手で短剣を抜いた。女が火の玉を出す前に接近し、切りつけようとする。

 右手で握られている剣を右から薙いだがいとも簡単にかわされる。

 だが、左手で握っていた剣で攻撃した際、女は隠し持っていたナイフでそれを薙ぎ払った。

 その攻防を二、三回繰り返したところで階段に差しかかった。女は背を階段に向けたまま軽々と飛び降りる。シェーラもその後を追って、風を使いながら華麗に舞い降りた。

 着地した瞬間、手を広げたくらいの火の玉がいくつも飛んでくる。

 集中して短剣の先から風の膜を作り、長剣のようになった短剣で次々と火の玉を斬っていく。

 斬られた火は燃やすものが瞬間的になくなった状態になり、一瞬にして消えていった。

 風を操る――――、それはすなわち大気の分子まで操ることに通じるのだ。

 予想外の反撃に、一瞬女がたじろいだように見えた。

 だがそれは気のせいだったかのように、女はさらに大きな火の玉を一方的に投げつけ始める。

 シェーラの風によって消されたもの、地面に触れて消えるもの、そしてシェーラからは外れ、セクチレがたくさん生えている場所に突っ込んでいき、それを燃やしながら消していくものなどに分かれた。

 今度は劣勢となっているシェーラに次第に疲れの色が見え始める。

 肩で呼吸をしながら、来るものを斬っていく。

 女が一瞬攻撃の手を休めた所を見計らって、右腕の青色の腕輪をさっきと同じように取り外す。

 そして再び始まった攻撃に対して、シェーラは剣を振るのをやめて、右手を押し出し一言発した。

「風の刃よ、行け!」

 瞬時に細かな風が出てきて火の玉に向かっていく。そして触れると同時に火は消えた。

 シェーラと女の間にほとんど火が無くなると一瞬で間合いを詰め、女に対して一振りしようとする。だが、女の口は大きくにやけた。

 しまったと思った時には女の手から一瞬にして火の玉が出ている。あまりにも接近しすぎたため避けきれなかった。

 火の玉はシェーラの腹部に当たり、大きく仰け反りながら飛ばされる。その衝撃で虹色の書が落ちた。

 セクチレを何十本も犠牲にしながら、ようやくシェーラはやっと止まる。

 どこからか、イリスの悲痛な声が聞こえた。

 女は軽く額の汗を(ぬぐ)う。

「ふう。久々にこんなに動いたわ。あなたなかなか強いわね。私にここまでの魔法を使わせるなんて」

 横に倒れ呼吸が上がっているシェーラを見ながら言う。

 女はシェーラが飛ばされた途中に一冊の本があるのを見つけると、口笛を吹きながら近づいていった。



 クロウスとイリスは湖の傍で一部始終を見ている。

 シェーラが飛ばされた時、イリスは思わず出て行こうとしていた。見ていられない、役に立たなくても傍に行きたい、その願いで無我夢中だった。だが必死に歯を食い縛っているクロウスに阻まれる。

 必死にもがくが絶対に放してくれない。ふと顔を窺うと、唇から血を出していた。何もできない自分に対して、舌を切ってまで、ただ必死に耐えていたのかもしれない。

 二人は歯を食い縛りながら、ただ耐えて、一部始終を見ているしかできなかった。



 女は本の目の前に着き、(かが)んで本を取ろうとした。本に手を近づこうとすると、女に微かな電流のようなものが走る。手を止めて訝しげに思ったが、すぐに手を伸ばし始める。しかし、電流のようなものは強くなるばかり。あと一息で触れようとしたときに激しく電流が走った。女は手を急いで放した。

「結界か……」

 舌打ちをする。小さな火を出しそっと本に飛ばしたが、本を燃やす前にぱんっと音を立てて消えた。むっとしながら、女は手近にあるナイフやそこら辺に生えているセクチレを使って突いたりしたが、一向に本の結界を解くことはできない。

 そんなことをしているうちにあることに気づいた。女はシェーラの方に向かって叫んだ。

「確か本を懐に入れていたよな? つまりこの本を持てたということだ。一体どうやった!?」

 シェーラはまだ顔を埋めたまま動かない。

「答えろ! さもなくば、あっちで見ている人に特大の魔法を付きつけるぞ!」

 イリス達の方に指を向けながら叫ぶ。その声に反応して、シェーラはやっと起き上がった。全身ボロボロで顔や足にはいくつもの擦り傷が見られる。

「別に……、何もしていないわよ」

「嘘を言うな! 私が触れようとすると結界に阻まれたぞ。どうやって解除したんだ!?」

 シェーラはむすっとしながら、腹の底から精一杯叫び返した。

「知らないわよ! 触れようとしたとき確かに変な感じはしただけで、別に何もしていないわよ!」

 体はボロボロだが目の強さはまだまだ互角だ。その言葉を聞いて、女の頭にある言葉が過ぎった。

「人によって、触れられる人と触れられない人で分けているって言うこと?」

 結界を張る際に何らかの思念を残してればそれは可能なことだ。

 女はほんの少し考える。シェーラはいつでも攻撃態勢に入ろうと体を休めた。次の言葉を待っていると思わぬ言葉が出てくる。

「ちょっとあなた、それを持って私と一緒に来なさい」

「……何を馬鹿なことを」

「馬鹿なこと? そうかしら。今はここで結界を破る手間は掛けたくないの。何日もかかるかもしれないことを。あなたがそれを持ってきてくれれば、その時間はなくなるのよ」

 シェーラは険しい顔をしながら声を出そうとする。その前に女は左手を掲げて、女の全身を覆うくらいの大きな火の玉を作りだした。

「先に言っとくけど、あなたに選択の有無はないわよ。断れば一瞬にしてあそにいるお友達が炭になるわ。湖の中に入れば大丈夫ですって? この火はしばらく宙に浮いていられるわ。湖の中に潜っていても、火のせいできっと蒸し風呂になるでしょうね」

 女は高らかに笑い始めた。その光景はまさに悪女と言ってもおかしくはないだろう。



 イリスはクロウスの顔を見た。クロウスが歯を食い縛る音が聞こえてくる。何もできないという思いがひしひしと伝わってきた。イリスとてそうだ。土の壁を作ってもあの大きさではいとも簡単に破られてしまうだろう。

 シェーラの方を見ると、彼女はしばらくじっと(うつむ)いていた。女がいらいらしながら、返答を待っている。今すぐにでも火の玉を投げてきそうだ。

 黙ったままシェーラの様子を見ていると、イリスの方に目を向けたことに気づいた。その表情は至って穏やかだった。思わずどきりとしそうな表情だ。

「わかったわ。運びましょう」

 シェーラは静かに透き通る様な声を出す。女は火を緩めず、質問を続ける。

「そう。その言葉に二言はない?」

「ええ。その代わり、あの人たちには一切手を出さないで。出した瞬間に、虹色の書を燃やす」

 それはいとも恐ろしく冷徹な声。クロウスでさえもその声に対して、冷水を浴びせられたような気分になる。

「わかったわ。こちらもあなたが運ぶ途中で何か変な行為をした時には、あの子らやさっきの屋敷が一瞬にして炭になることを覚えときなさい」

「いいわよ」

 それを聞くとすぐに女の火は消えた。そして女はシェーラに来るように促す。

 シェーラは腕輪をはめ直しゆっくりと立ち上がった。足を若干引き摺りながら歩き始める。相当な怪我を負っているようだ。途中で本を拾い上げてちらっとイリスの方に顔を向けた。そして微笑んだのだ。

 イリスは思わず声を出そうしてしまう。だが、頭の中では冷静に判断せよと命令が出された。ただ大人しくしているしかできない。



 ゆっくりとした足取りで、本を抱えながら女の元に辿り着く。女は汚れてしまった髪を気にしていた。シェーラに気づくと無表情な顔をして、淡々と言う。

「何かあったら……、わかっているわね?」

「ええ、もちろん。あなたこそわかっているわね?」

「いい度胸ね。さあ、行くわよ。大人しく付いて来なさい」

 女はスタスタと背を向けて、入口へと歩って行く。シェーラの戦意が喪失していることを分かっての行動だった。

 シェーラは再びクロウスとイリスの方に振りかえる。二人は立ち上がって、悔しそうな顔をしていた。何もできないことへの悔しさを。シェーラはすっと二人を見据える。そしていつもの楽しそうで少し子供じみた声ではなく、仕事をするときに使う大人びた声を出した。

「私は自分の仕事をするの、私にしかできないことを。だからあなた達も自分の仕事をしなさい。私は先生の意思を継がなければならない」

 イリスは泣きそうな顔をしていた。クロウスは柄を必死に握っている。シェーラの目には少し寂しそうな様子が窺えるが、力強い炎をも垣間見えた。

 そしてシェーラは一言、少しクロウスに視線を向けながら言う。


「さようなら」


 そう言うと、二人に背を向けて覚束ない足取りで、女の後を追う。

 やがて一本道に入って行き、シェーラの緑色の服は闇に呑まれていった――――。



 シェーラが見えなくなると、イリスは膝を折り所構わず泣き始める。嗚咽が漏れた。服が濡れているおかげで、どれだけ激しく泣いているのかわからない。

 クロウスは真っ青な顔をして立ち尽くしていた。最後にシェーラが見せた瞳。それが深々と突き刺さる。

 そして、それからあることと今の出来事が関連付けられた――。






 いつもお読み頂きありがとうございます!

 第3章はこれで終わりとなり、次からは第4章に入ります。

 シェーラの運命は、そしてそれに対してクロウス達はどう動くのか……。


 これからも引き続きお読み頂けると嬉しいです。それでは、失礼します。

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