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虹色のカケラ  作者: 桐谷瑞香
第三章 交錯する想い
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3‐14 虹色の書

 シェーラはぼろぼろになったドレスを投げやりに脱ぎ、いつもの緑系でまとめられている服を着る。そして髪に手を添えた。髪飾りを外し、静かにテーブルの上に置く。あれだけ動いたのに、ほとんど傷ついていない。髪飾りを見ると、渡してくれたときのクロウスの顔が浮かんだ。それを振り払うかのように、激しく首を横に振る。

 髪を軽く解かして一本にまとめた。自前の短剣やナイフなどをできるだけ携帯する。そして左右の腕輪、首にかけてあるペンダントがあることを確認すると部屋から出た。

 外に出て馬小屋まで行くと、すでにクロウスとイリスが待っている。いつどこで着替えたのか知らないが、二人とも見慣れた格好に戻っていた。

 シェーラは馬に一頭乗り込み、イリスはクロウスに支えられる形で乗り込んだ。食堂で借りてきたランプに火を灯して、馬を走らせ始める。



 闇夜の中にぽつんと炎が燃えていた。

 それだけでは中々先がよく見えない。何回か馬の足がもたれつつも、先行きの不安な道中は続く。

 馬を走らせている時間はそう長くなかった。だが夜だったためであろうか、またずっと誰もしゃべらなかったからだろうか、時間が昼間以上に長く感じる。

 イリスは前を走っているシェーラを決して見逃さないと、目を凝らしながら見続けた。シェーラの様子はいつも以上に変だ。何だか、ピリピリしている感じがして、イリスは怖かった。

 クロウスもクロウスで、シェーラによそよそしい感じがしてならない。これはきっと二人の間に何かが起こったのだと確信できずにいられなかった。



 やがて目の前に石の像が二体火に照らされるのが見える。ゆっくりと馬を入り口に付かせ、地面に降り立つ。

 シェーラは地図と入り口を目で交互に追う。思わず入り口を見ながら言葉を漏らす。

「ここが虹色の書が置いてある場所……」

 後ろを振り返りクロウスとイリスが付いて来ていることを確認すると炎を掲げながら中に踏み入れた。

 ちゃぽんと水が水溜りに滴る音が聞こえる。中はひんやりとした空気が流れていた。狭い通路に足を進めながら、何も見えてこないことに不安が増す。やがてシェーラはふと奇妙なものを発見した。右横に黒ずんだ跡が残っている。触ってみるとすすのようだ。まだ真新しい。

「……すでに、あの女は中に入っているようね」

 二人に聞こえるくらいの独り言を出すが、反応を見ようともせずに、中に進んでいく。

 途中で思わぬ罠にも遭遇した。横から槍が飛び出してきたり、落とし穴があったりと、古典的なのが盛りだくさんだ。シェーラは一人で難なく避け、クロウスはイリスを抱えながら避けきる。だがほとんどの罠は半分以上出てしまっている状態だ。

 比較的広いところに出ると、分かれ道が七本ほど分かれていた。おそらく正解は一本だけで、それが虹色の書が置かれているところへと続いているのだろう。

 入り口を見比べたが、これといって変わった様子は無い。しらみつぶしに調べていくしかないのか、と思わず舌打ちをしたくなる。するとイリスが左から二番目のところを指した。

「あそこから行きましょう」

「根拠はあるの?」

「はい。地の魔法が微かに残っているので」

「地の魔法……?」

 じっとその入り口を見つめたが、これといって感じるところは無い。だが地を主戦としているイリスならわかるのかもしれない。

「けどどうして地なの?」

「……前に、聞いたことがあって。セクチレは地の魔法と相性がいいって」

 よくわからないことを言っている。どうせ他の道に行こうという根拠も無いのだから、イリスの言葉を信じてまずはその道に足を踏み入れることにした。

 だが進んでも、対して様子が変わったとは言えない。暗い道がただひたすら続くだけ。

 暗闇が思わず三人の心を踏み潰しそうだった。それでも強がりながら前に進む。

 疲れてきてもう引き返したいとさえ思ったときに、奥のほうから微かに音が聞こえてきた。思わず立ち止まって目を閉じながらその音をしっかりと聞こうとする。足音は止み、音がよく聞こえた。

「水が流れる音……」

 そう判断すると走り始めた。今までとはまったく違った様子に心が躍る。水の音は徐々に大きくなった。そして視界はだんだんと晴れてくる。

 暗がりの一本道から出ると、大きな空洞に出た。横にも縦にも奥にもとにかく大きい。

 壁には一面、松明(たいまつ)が付けられており、炎が煌めいている。

 音の正体は奥のほうにある滝が湖へ叩き付ける音だった。

 天井は上のほうが開けられており、風が仄かに肌に打ち付けてくる。

 地面はしっかりとしていて、見たことも無いような草が大量に生えていた。

 イリスは座り込み、一本その草を抜いて観察をする。そしてシェーラに手渡した。

「これがセクチレです」

 思っていたよりも小さかった。緑色だが仄かに黄色っぽい。これが一本だけ生えていたら、まず目立たなく見落としてしまうかもしれない。だがこれだけあるとそれはそれで凄かった。

 馬を走らせている途中でぱらぱらとこれに似たようなのを見たような気がする。きっとここが原産地で、種子が飛んだことにより生育範囲が広がったのだろう。

「ということは、ここが当たりってこと?」

 ぐるりと見回したが、あの女がいる様子は感じられない。滝のほうを見ると湖の前に階段があり、その先には祭壇のようなものが見える。シェーラがイリスに意見を聞く前に、イリスははっきりと言った。

「あそこに行ってみましょう」

 セクチレを踏み分けながら、階段のほうに近づく。

 どこから出て来たのかわからない滝は激しく水を叩きつけていた。その音がさらに増していく。

 階段の下に辿り着くと上を見上げた。ちょうど松明、滝、空が見える天井、そして階段の土台の土が見える。四大元素と自然が関連しているように見えた。

 足元に気を付けながら、一歩一歩確実に上がって行く。

 シェーラがまず祭壇の所に辿り着いた。続いて少し息が上がっているイリスが、そしてクロウスが後ろを気にしつつ登りきった。

 そこにあったのは、石でできた四角い机のようなもの。その上には一冊の本があった。

 天井から注ぐ光がちょうど当たっていて、幻想的な雰囲気が漂っている。

 焦る心を落ち着かせながら、その本の元に歩いて行く。

 ようやく本が目に飛び込んできた。古びた本で、表紙には見慣れない言葉で書名らしきものが書かれており、赤い色の石が埋め込まれていた。

「これが、虹色の書……?」

 シェーラは首を傾げながら、本の目の前に立つ。

「そのようです。そう書かれています、古代文字で」

 イリスはシェーラの右横でじっとその書を見る。

 シェーラはそっと虹色の書に手を近づける。あと少しで触れると言うところで、何だか奇妙な感じがした。触れていいか悪いかを見定められているような。だがそんな感じもすぐになくなり、表紙に手を触れて中を開く。

 中を開くと目に飛び込んできたのは、次のような乱雑に書かれた文字だった。



 風は大気と穏やかさを、

 地は大地とぬくもりを、

 水は海と清らかさを、

 火は炎とあたたかみを与える。

 これら四つの循環を乱してはならない。    S.B.



「S.Bは……、セクテウス・ベーリン。つまりこの文字は先生が書いたものか」

 この書は虹色の書であり、魔法管理局の局長が、ほとんど誰にも言わずに遺したものであるものだと、シェーラは確信した。

「けどこの言葉の意味って一体何? 当たり前のことが書いてあるけど、わざわざ書く必要なことがあるのかしら。次のページからは古代文字で、内容わからないし」

 イリスの方に目をやると、真剣にセクテウス・ベーリンの言葉を見ている。

 ひとまず早々に持ち帰るかと思ったその時、あの忌まわしい声が聞こえてきた。

「あら、どうしてかしら。先客がいるなんて」

 シェーラは恐ろしい殺気を出している女にようやく気付いた。いや、女が気付かせるために敢えて殺気を出したようだ。

 振り返ろうとする前に、急いで左腕の藍色の腕輪に触り小さな声で、「封印解除」と言う。それと同時に小さな風を腕輪に起こす。すると腕輪が外れた。それを上着のポケットにしまうと、女の声のする方を向く。

 女は入口に立っていた。さっきと同じ服装で、黒一色にまとめられている。ただ、一つさっきと全く違うことがあった。それは女の手に腕を広げたくらいの火の玉があったのだ。

 シェーラは背筋がぞっとしたが、それと同時に左腕を前に出して、目の前に分厚い風の膜を作ろうとする。女はその火の玉をシェーラ達に向かって、投げつけた。

 風の膜がある程度形になった時に、激しく火の玉がそれとあたる。かなり熱い。シェーラは必死に腕を伸ばして、風の膜を薄くならないようにする。クロウスとイリスは、ただ呆然としながら立っているしかできなかった。

 風に流されて火が後ろに流されていく。そしてようやく、目の前の火はなくなった。クロウスとイリスはその様子に安堵する。

 だがシェーラは自分の左手の掌を見て、眉を顰めた。火傷をしていたのだ。重傷まではいかないが、すぐに冷やさないと跡が残りそうである。自分でもかなりの魔力を使って、防いだはずなのに防ぎきれなかった。女の恐ろしいくらいの潜在能力が垣間見える。

 そして、ゆっくりと炎使いの女と風使いのシェーラの攻防は激しく幕を開けた――。

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