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虹色のカケラ  作者: 桐谷瑞香
第三章 交錯する想い
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3‐13 苦渋の選択

 シェーラが急いで階段を駆け上がると、不自然にもゲトルの部屋へ続くドアが開いていた。

 そして聞こえる威圧感のある女の声――。忍び足で進みながらドアへと近づく。

 最後の女の言葉ははっきりと聞こえた。

「知っているかしら? 魔法の書、“虹色の書”のことを」

 ちらっとドアから顔を覗かす。黒色のドレスを着た女がゲトルに対峙している。

 変な臭いがするなと思い視線を下げると、服に焦げ跡が残っている者と胸から血を流している護衛の者が倒れていた。眉を顰めつつ、女の言動について様子を見る。

 ゲトルは女の言葉に対して目が微かに大きくなっていた。ただそれ以外は余計な素振りは見せていない。

「ねえ知っているか、知っていないか答えないさいよ」

 ごくりと唾を飲み込み、決して視線は逸らさずにはっきりとゲトルは言った。

「知らない」

「本当に?」

「本当だ」

「そう。残念だわ……」

 女が素早く右腕を伸ばした。

 その行為の次には恐ろしいことが起こると直感的に判断したシェーラは部屋の中に飛び入り、女を妨害しようと試みる。

 少し遅れてシェーラの存在に気づいた女は、焦りもせずむしろ鼻で笑いながら手を彼女の方に向けた。

 シェーラは一瞬何が起こるのか予想できず、すぐに風を出す状態に移る。

 ふと、目の前に小さな赤い球状の物が見えた。

 何だろうと考える前にそれはすぐに大きくなり、瞬時にやばいと感じて目の前に薄い風の膜を作る。

 そして目の前で小規模だが激しい爆発が起こった。その衝撃でドアの脇の壁に叩きつけられる。

 背中を激しく打つ。苦痛ではあったが、目だけは負けないと女を睨みつけた。女は少し意外そうな顔をする。

「あら、今回ばかりは加減していなかったのに、防御するなんてなかなかやるわね。まあその状態じゃすぐに動けないでしょ。傍観していなさい」

 シェーラは立ち上がろうとしたが背中に衝撃が走る。これでは思うように動けない。仕方なく様子を見ながら、出方を窺うことにした。



 女はシェーラに背を向けると、トルナの方に向かってにやりと笑いかける。

(かば)ってくれる人がいてよかったわね。あなたにやろうとした魔法なんだけど、あなただったらきっと背中を打つだけじゃ済まされないでしょうね」 

 トルナの顔は蒼白に染められていく。ゲトルは思わず押さえていた理性を飛ばした。

「何でいきなりこんなことをするんだ! 答えているじゃないか!」

「心の底から本当に答えているの?」

「ああ!」

 ゲトルは間髪入れずに反論する。

 だが、すべてを見通されている様な気がして、女にそんな言葉を投げかけても無駄なような気がしてしまう。女はため息を吐いた。

「――こっちではだいたい調べがついているのに、まだ(しら)を切るつもりかしら?」

「一体何のことだ」

 心臓が爆発しそうなくらいの状況であると悟られまいとする。

「くだらない過去の友情のために、これからの自分の権威や人を犠牲にするつもり?」

 女はかつかつとヒールの音を立てながら、ゲトルに少しだけ近づく。

「正直に言わないのならこの屋敷ごと爆発させる。前に倉庫が爆発されたのは知っているでしょ? それは私がやったことよ」 

 今までとは全く違った低く鋭い声を出した。

「最後のチャンスよ。虹色の書のこと、知っているわよね」

 脅しではない。ここで知らないと言えば、一瞬にして屋敷を爆発させるだろう。

 ゲトルの顔には苦悩の表情が浮かんでいた。もはや抵抗すべき状況ではない。歯を食いしばりながら喉の奥から声を絞り出した。

「すまん……、セクテウス。……お願いだから、もう誰も傷つけないって約束してくれ」

「わかったわ」

「虹色の書……、知っている」

「やっと本当のこと言ってくれた。それは今どこにあるの?」

「……ここから北東に二時間ほど歩いた所にある洞窟に置いてある。その入口に石の像が建てられている」

「それじゃよくわからないわ。概略でいいから地図を書いてくれる?」

 ゲトルは力なく頷く。手近にあった紙に、思いだしながら地図を書いていく。

 そんな様子をシェーラは後ろからじっと見つめていた。まだ背中は痛むが気合いを入れれば動けなくもない。

 だが、それはゲトルの行動を無下にすることになりかねない。女は書き終わった地図を手に取ると、黒い笑みを浮かべた。

「ありがとう。これで書の方を手に入れられるわ」

「どうして今になって、その書を……!」

「それはいずれわかるわ。ノクターナル島はこれから大きく変貌するって言うことを。下手に歯向かったら、いいことはない」

 女は窓に近づき、開いた。外からは恐ろしいくらい涼しい風が入ってくる。ゲトルはその様子をただ目で追うしかできない。

「では、さようなら。二度と合わないことを祈りつつ」

 それだけ言うと、二階の窓からぱさりと降り立った。

 ようやく硬直状態から脱したゲトルは窓の外から女の行方を捜す。だが、黒髪と黒いドレスの女は闇に紛れて、いなくなってしまった。

 ゲトルは小さく呻き声を上げながら、椅子に腰を下ろす。隣ではトルナが複雑な顔をして立ち尽くしていた。



 シェーラはようやく立ち上がり、歩けるところまで回復するとゲトルに近づいた。

「ゲトルさん、虹色の書って、一体なんですか?」

 廊下から激しく駆けてくる音が聞こえる。そしてクロウスとイリスがゲトルの部屋を前にして止まった。

 ゲトルは不思議そうな顔をしながらシェーラを見る。

「君はセクテウスから、何も聞いてないのか」

「何を……ですか?」

「その虹色の書だよ」

「いえ、聞いていません」

「そうか。一人だけに教えた人がいると聞いたが、君じゃなかったんだ」

 クロウスとイリスは一歩部屋に踏み入れる。事切れている人を見ると、思わず視線を逸らす。

「虹色の書とは――――」

 イリスははっと息を呑む。

「君の先生、そして魔法管理局局長であったプロメテ・ラベオツと私がたまたま発見したものだ。その時にセクチレを発見した。私のトルチレとプロメテ・ラベオツの本当の名、セクテウス・ベーリンから取って名付けた」

「え、それって、先生は局にいた頃は偽名を使っていたのですか?」

 シェーラは自分が全く知らない局長の顔があると知り、若干ショックを受けた。

「ほとんど知られてないから、そう気を落とすことはない。それに今や偽名の方が有名だ」

「そうですね。……それで、その書は一体何ですか!? あの女があんなに必死になってまで探している“虹色の書”とは」

「詳しいことは私にもわからない。高度な魔法書らしからな。古代文字なんて読めないから私もさっぱりだ。だが概略だけなら聞いたことがある。何でもこの国での魔法の位置づけみたいなものが書いてあると」

「魔法の位置づけ?」

「そして、魔法には源のようなものがあると……」

 正直よく言っていることがわからなく、シェーラは首を傾げる。

 大抵の人にとって魔法は物心ついた時、いや生まれた時から使うことができた。気がついたら当たり前のように使いこなしている。

 魔法があることにより、心地よい風を吹かせることで大気を安定させ、大地を肥やすことで食物に困らず、綺麗な水があることで常に水を飲め、温かみのある火があることで寒さに心配することはない。

 だがそれだけ密接な関係にある魔法に対して、まだわからないことが多いのが現状だ。

「とにかく、ゲトルさんや先生はその書をノクターナル島の手に渡るのは避けたかったんですね?」

「……すまない」

 ゲトルは深々と頭を垂れた。責めたい気持ちがないと言えば嘘になる。しかしあの状況では誰でも従うことしかできなかった。あれだけの強さと恐ろしさを見せられては。シェーラも歯を食いしばりながら下を向く。

 話が途切れた所で、クロウスとイリスが部屋の中に入りゲトルに近づいて行った。大広間の状況を説明しようと来たのだ。

 ゲトルも二人の存在に気づき、クロウスが口を開こうとする。

 だがその前に、シェーラは顔を上げた。その目には確固たる意志が見える。

「ゲトルさん、私にもその書がある場所を教えてください」

 突拍子もないことに、唖然としながらゲトルは反論する。

「何を言っているんだ、君は。さっきも見ただろう、あの女の魔法を! 普通の魔力の人間では到底敵わない。無駄な行為をするだけだ。幸い洞窟には多数の罠を仕掛けたという。そう簡単に渡らないさ。それに万が一渡ってしまったとしても、すぐにはどうこう出来ない」

「それでもいいので教えてください」

「あの女と対峙したら、どうするつもりだ?」

 シェーラはすっとゲトルを見据えながら、胸に手を添える。

「私の魔法には封印が施されています。それを解除すれば、あの女にだって充分渡り合えます」

「解除って、訳があって封印したのだろう? それを解除したらどうなるんだ?」

「わかりません。でも虹色の書は無理をするだけの価値があると思うのです」

「そうかもしれないが、危険すぎる。セクテウスの大事な教え子にもしものことがあったら、私は……」

 シェーラはゲトルの机を両手でばんと叩いた。そしてゲトルを睨みつける。開こうとする口が微かに震えていた。

「私は先生の意思を継がなきゃいけないんです! 先生が守ろうとしたものを、私が必死に守らなくてはいけないんです!」

 上手く言葉に表現できないのを辛うじてまとめる。

「レイラさんもきっと虹色の書のことを言っていた。先生から書のことを教えられて。……セクチレから虹色の書を導いて欲しかった。そして虹色の書を持ち帰って欲しいって」

 シェーラの目の前には重い扉が立ちふさがる。それを必死になって押した。


「だから私はどうしても虹色の書を手に入れたいんです。それが、私のせいで先生が亡くなったことへの供養の一つだと思うから――――」


 今までずっと避けてきた事実という扉を自ら開いてしまった。

 そしてその扉の先には、地中に深く埋めたはずの記憶がシェーラの目の前に出ている。

 まるで過去の事実を振り返れと言わんばかりに――。



 クロウスとイリスは、シェーラの肩が震えているのに気づいた。必死に耐えている様に見える。

 ゲトルはしばらく動かなかったが、やがて無言で紙に地図を書き始めた。部屋の中はペンを走らせる音だけが静かに聞こえる。書き終わるとシェーラに手渡した。それをしっかりと受け取る。

「……脇に馬を停めてある。それを使ってもいい。無理と悟ったらすぐに引き返してくれ」

「わかりました」

「それとセクテウスの意思を継ぐのなら、これだけは覚えておいてほしい。あいつは決して自分の教え子が不幸になる様な事は望んでいないと」

 ぐっと噛み締めながら一礼をする。後ろを振り返ると、ようやくクロウスとイリスの存在に気づく。

 シェーラが何かを言う前に、イリスはシェーラの前に立ちはだかり、思いもよらない言葉を出す。

「私も虹色の書がある所まで連れて行ってください。私にもその書を見る権利があるんです」

「権利だって? 何を言っているのよ。それに今の話聞いていなかったの!?」

「聞いていました。虹色の書は何かというところから」

 はあっと息を吐き、髪を掻きながら返答する。

「それならさっきまでいた女は見ていないんでしょ。虹色の書を求めている、あの女は相当強い。イリスが来ても足手まといになるだけ。下手をすると人質にでも獲られかねない。はっきり言って邪魔よ」

 シェーラの鋭い視線と言葉に何も言い返せない。そんな時クロウスはイリスの肩を叩きながらシェーラを見た。

「なら俺がイリスを守る。だから一緒に行かせてやれ。危険と感じたらすぐに逃げる。シェーラの邪魔はしない。それで問題はあるか?」

 このままシェーラを一人では行かしてはいけない気がした。止めるのが無理なら、一緒に行くまでだ。

 シェーラは苛々としながら素っ気なく答える。

「勝手にしなさい。私が着替え終わる前に支度を完了しなければ置いて行く」

 むすっとした声を出して二人の横を足早に去る。イリスもはっとして、自分の格好に気づき慌てて部屋に戻った。

 クロウスも必要なものを控室から持ってこようとドアの方に近づこうとする。その時にゲトルがぽつりと呟くのが聞こえた。

「あの娘をどうか守ってあげてくれ……」

 振り返るとゲトルと見知らぬ優しそうなおじさんが一瞬被った。だがすぐにその幻影は消える。

 クロウスは深々と頭を垂れると、急いで部屋を出て行った。



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