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虹色のカケラ  作者: 桐谷瑞香
第三章 交錯する想い
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3‐12 風使いは舞う

 ガラスが割れると同時に大量の人が中に踏み入れる音が聞こえた。

 シェーラはすぐにその先の様子を見る。クロウスや警備の人達は手に剣の柄を添え始めていた。

 パーティ客はつんざく音に耳を押さえながらも、興味を押さえることができずに、ガラスが割れた方へと視線を送る。だがその興味はすぐに恐怖に変わった。

 ガラスを割って入ってきた人は、短剣や長剣を握りしめ険しい顔をしている。そして頬に深い切り傷がある男が一声叫んだ。

「ちょっと皆さんには人質になってもらおうか。お金持ちのボンボンさん達よ!」

 それを皮切りにバンダナを頭に付けている男達が傾れ込んできた。

 あっという間に大広間は混乱状態に陥り、悲鳴を上げて扉に向かって逃げる人で殺到する。

 警備の人はすぐに男達が進むのを阻めようとした。だがこちらは十人弱しか大広間にいない。対して相手は二十人以上。大勢の客を守りながら、どうにかするには少し心細い人数だ。

 クロウスは後ろ姿で表情が見えないシェーラの背中をじっと見る。今はシェーラに何かを言うよりもこの状況を変えなければならない。ぐっと堪えながら、シェーラの無事を願いつつ、その場から離れた。



「外の見張りはどうしたんだよ……!」

 シェーラの近くで手を震えながら剣を構えている童顔の青年が呟く。警備の人ではあるが、おそらくこういう事態を体験するのは初めてのようだ。

「暗くてよく見えなかったのもあるでしょう。奇襲されればこの暗さだもの、ちょっときついかもね」

「そうかい……。って、あんたは逃げなくてもいいのか!?」

 ドレス姿のシェーラを見て、青年は驚きの声を上げる。

「違うわよ。私は――」

 言いかけている途中で、青年は口をあんぐり開けながらシェーラに向かって指を示す。

「お嬢さんは逃げなくて良い子だね」

 バンダナの男が一人、後ろに立っていた。あと少しでシェーラの肩を触れようとする。

 だがシェーラは何の前触れもなく膝を折った。

 男は目を丸くする。そして次の瞬間男の脛に衝撃が走った。思わず男はよろける。

 その隙を逃さずシェーラは立ち上がり、男の首に手刀をお見前した。

 やがて男は気を失い、そのまま音を立てて倒れる。

「本当に外見だけで判断する人って嫌ね。ああ、あなた大丈夫?」

 まだぼっと立っている青年を見る。

「あんたは……一体、何者!?」

「私もあなたと同じ警備の者。さあ、とっとと働いて、あいつらを懲らしめるわよ」

「けどこの人数じゃ……。それに俺、どういう風にすればいいかわからないし」

「そう。それは実際に身を持って体験し、どうにかしなさい」

 シェーラは仄かに笑みを浮かべると、すぐに顔色を変えて次の場所へと移動し始める。

 青年が唖然としていると、後ろから殺気を出している相手に気づいた。すぐに振り返り、振り落とされた剣を手にとって、剣同士を交り合わせる。泣きそうになりながらも、必死に持ち堪え反撃に持ち込もうとした――。

 シェーラのいた所にはあまり敵はいなかったようだ。すぐに応戦に駆けつけようと辺りを見回すと、ちょうど大広間から出ようとする客達に向かって近づく男達がいるのが目に付く。

 客の周りにも警備の者がいるが、迂闊に手を出してしまうとそこが逆に手薄になってしまう。そのため男達に自分から近づいて行って、牽制をかけられない。他の人は手がいっぱいで、そこまで気づいている様子はない。

 舌打ちをしながら、急いで男達の元に走って行く。

 ふとイリスが不安な顔をし、後ろめたそうに大広間をから出ようとしているのを見かけた。その表情から、さっきの出来事を思い出す。

 着替えている時に、イリスにこういう風に言ってやったのだ。 

『もしもなにかがあった場合にはイリスは客と一緒に逃げなさい』

 案の定イリスは驚きの顔をし、反論しようとする。シェーラはそんなイリスを宥め、お願いをした。

『けどただ逃げるだけじゃなくて、客の心配を解消してほしい。なんなら、逃げるときに誘導に回ってもいい。逃げるからと言って、それが争いから逃げるというわけじゃないのよ。前線でするか否かという違いだけ』

 イリスはそれを聞いて言葉に詰まる。だが最終的には、ゆっくりと首を縦に振っていた。

 シェーラはイリスの方をちらちら見ながら走り続ける。まだ不安な顔をしていた。だが、ほんの少しだけシェーラと視線を交錯させると、はっとして瞬時に自分の立場を思い出した。そして決然とした顔で客達の中に入って行く。

 それを見て、少しほっとしたシェーラはそろそろ攻撃態勢に入ろうとする。横からドレス姿の女性が必死の形相で駆け寄ってくるのに気づいたバンダナの男達が五人程はびっくりした表情をする。

 だが普通の女ではないと判断したのか、すぐに剣を掲げて斬りかかろうと寄りはじめた。

 ある程度近づいたところで、シェーラは飛び上り、華麗に宙を舞いながら男達の後ろへと降り立つ。

 そしてドレスの裾から足に括り付け隠し持っていた小さめのナイフを五本取り出し、男達へと放った。

 今のシェーラには半ば自棄(やけ)になっているのもあって、いつも以上に加減をしていない。そのため男達の肩とかではなく、背中のど真ん中にナイフが刺さっていった。

 致命傷までは全然いかない傷だが、動きを鈍くするには充分。なぜならそのナイフに少量のしびれ薬が塗ってあるからだ。

 また背を向けている男に迫り、体術を使って動けなくさせていった。

 たがて、その五人を倒し終わると、周りの様子はがらりと変わっていた。

 大広間には客がほとんどいなく、イリスやアルセドが後ろの方で誘導するのが見える。

 窓から侵入してきたバンダナの男達は動けない人の方が多数で、残りはクロウスを中心として、相手をしていた。

 もはや警備の者が一時的に上がった呼吸を整える時間まで出来ているほど、余裕がある。

 シェーラは一息吐く。普段以上に動いてはいないが、やはり慣れない服では限度があるものだ。よれよれになったドレスを恨めしく見る。

 そして客達の様子でも見てくるかと思い、客が逃げていった扉へと駆けて行った。



 クロウスは剣をしっかり相手に向けて握りながら、シェーラが出て行くのをちらっと見ていた。

 いつでもシェーラのサポートに回れるように気には掛けていたが、それは杞憂に終わったようだ。

 しかしいつもの繊細な戦い方に比べて、今日は少し荒っぽい。やはり自分の返答の仕方が曖昧(あいまい)にしすぎたためだろうか。

 後で自分の気持ちをはっきりと言い、誤解を解かなくてはいけないと思っている。

 目の前にいる頬に切り傷がある男はおそらくリーダー格。あまり無駄な動きがなく、下手に動いてくれない。だがここでもたもたしているのも勿体無い。

 少し本気で相手にするかと思い、一度ゆっくり目を閉じる。そして、開いて目の色を変えた。



 シェーラが大広間から出ると、近くの部屋に客達が入れられるのが目に入った。警備の者達が気をつけながら、順々に入れていく。

 この頃には客達の恐怖の表情が多少は薄れ始めていた。その訳はアルセドが平気そうな顔をして客達を励ましているのもあるからだ。

「大丈夫だって。ほら、もうドンパチしている音が聞こえなくなってきただろう? こっちには強い人がいるんだから、心配しないって」

「ちょっと、アルセド」

「そうそう、彼女みたいな緑色のドレスを着た女なんか、本当は男じゃないのかって言うくらい、強いんだから」

「悪かったわね、男みたいで」

「へ……、へ?」

 ゆっくりとアルセドは右を向く、そこには表情に怒りが帯びているシェーラが腕を組みながら立っていた。あと少しで手が飛んできそうな雰囲気だ。苦笑いをしながら尋ね返される。

「あ、大丈夫だった?」

「大丈夫よ。男みたいですからね」

「は……ははは」

 シェーラは溜息を付き、話を流した。

「もういいわよ。それよりここの部屋は大丈夫なの?」

「ああ。ゲトルさんが、ここの部屋は何かあったときの避難場所だから心配することはないって言ったんだ」

「ゲトルさんが、避難場所を?」

 ざっと部屋の中を見渡す。窓は無く小さな通気孔ぐらいしか目に付かない。壁を叩いてい見ると、丈夫そうな音が返ってくる。それと布団や簡易食料なども奥のほうでちらほら目に付き、災害があったとしてもここが無事ならどうとでもなるという感じだ。

「それで、そのゲトルさんは?」

「えっと、どうだったか……。たしかトルナさんとゲトルさん専属の護衛の人と一緒に、自室に戻っていったかな」

「こんなときに?」

 半ば呆れていた。ゲトルが一番人質として捕らえられていてもおかしくないときに、他の人から離れて行動するなんて。そのゲトルの行動に不審を感じ、アルセドに頼みごとをした。

「ねえ、今、空いているわよね?」

「まあ、大丈夫かな。何か用か?」

「治安維持の事務所に行って、後片付けの応援を連れてきてもらえる? あとよかったらダニエル部長も。この時間なら宿に戻っているでしょう」

「わかった。すぐに行ってくる」

 アルセドは慌てて外に飛び出して行った。それを一瞥すると、ゲトルの部屋へと駆けて行く。



 ゲトルの部屋では浮かない顔をしているゲトル、トルナ、そして護衛が三人ほどいた。鍵は内側からしっかりと掛けられている。

 深く自分の椅子に腰を掛けながら、ゲトルは手と手を握っていた

「一体何だったんだ、今のは」

「おそらくお金をせびろうとして人質を取ろうとしたようですね。しかし、相手は思ったよりも強くなかったようで」

「次からはこのパーティも考えた方がいいな」

 自嘲気味に呟くゲトル。

「心配していることが起こったかと思ったよ」

「あのことですか?」

「ああ。最近、不穏な空気が流れているから――」

 ふと鍵がガチャリと開けられた。護衛の目が光る。そしてドアがゆっくりと開くと、黒い長髪で深いスリットの入った黒いドレスを着た、美しい女性が立っていた。二十代後半にも見えるが、その真偽は定かではない。

「あなたが、トルチレ・ゲトルね」

 歌うように綺麗な声を出しながら中に入ろうとする。護衛は慌てて中に入れまいと、女とゲトルの間に壁を作る。

「一体どこの客だ。名と出身村を言え。それが照合できたら――」

 護衛の一人が不意に変なところで話すのをやめる。そしてゲトルが立ち上がってその様子をじっくり見ようとしたときに、彼は仰向けに倒れこんだ。トルナは短く悲鳴を上げる。護衛の胸には深々とナイフが刺さっていた。

「私はトルチレ・ゲトルに話があって来たの。邪魔しないで」

 残りの護衛二人は美しい顔の半面から滲み出ている、恐ろしい部分垣間見て思わず後ずさりしてしまう。

「あら、わざわざ身を引いてくれるの。ありがとう。これはお礼よ」

 女性は両手をグーのまま手を護衛の胸に突き出した。何も持ってはいない。だがその手が開かれると、小さな火の玉が護衛たちに向かって発射されたのだ。火の玉に押される形となって、壁に激しく叩き尽きられる。そのまま何も言わずにズルズルと床に座り込んだ。

 トルナは口を手で覆い、その光景から目を逸らす。

 女はもう動かない男を跨ぎながら、ゆっくりとゲトルに近づく。手は開かれたままだが、得体のしれない女に妙な動きはできない。

 立ちっぱなしで、じっと女を睨み付けた。その視線に気づいたのか女は軽く笑う。

「あら嫌だ。何も煮て食ってやろうというわけじゃないのよ。大人しく私の質問に答えてくれれば、彼のように殺しはしないわ」

 ちらっと反応しない男を見る。

「お前は一体、何者なんだ……!」

 そう言いきる前に、ゲトルの肩で小さな爆発が起こった。呻き声を上げながら、ゲトルは椅子に座り込む。

「質問するのはこっちのほうよ。もし次に勝手なことをやったら、次はあなたではなく……」

 険しい顔をしているゲトルから、怯えた顔で立ちすくんでいるトルナに視線を移す。

「そちらやこの屋敷に災いが呼ぶわよ」

 ゲトルはぎりっと歯を食いしばりながら女を見る。一見して何も持っていない女。だがこれだけは言える。

 この女は相当な魔法使いだと。

「まあその質問には少しだけ答えてあげましょう。私はノクターナル島の者。今日はあなたに話をしたくて、このパーティに訪れたの。そう他人とすり替えて。あら怖い顔をしないで。そのすり替えた人は、今は何も知らずに家にいるわ。私、こう見て割とやさしいのよ?」

 にこりと微笑むその姿に、ゲトルは疑いの眼差しを送る。

「本当はもっと激しく動いてもよかったけど、どこかのしょうもない団体さんが事件を起こしたおかげで、あなたとじっくり話す機会ができたわ。さて用件を言いましょう。嘘は決して吐かないで」

 女は腕を組んで、声色を一段落とす。脅しではないということがひしひしと伝わってくる。

 ゲトルは冷や汗を掻いていた。恐れていたことが今まさに起きるであるということや、身の危険が迫っているということに、薄々感づいているからだ。

「私は一つ探し物をしているの。おそらく昔からある貴重なもので。それをあなたが持っていると聞いたの」

 そして女はゲトルの耳に嫌でも入るように一音一音はっきりと発音した。

「知っているかしら? 魔法の書、“虹色の書”のことを」

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