1‐3 辿り着いた小屋で
走り、そして時に歩きつつも進んでいくと、ようやく四人は目的の小屋に辿り着くことができた。川に面した小屋であるが、他の部分は木々に囲まれており、よく近づかないと見つけるのは容易ではない。何十年も使われていない小屋で、草は勢いよく生え、小屋に絡みついたりして、上手い具合に自然と同化している。
クロウスは後ろを振り返り追手が来ないことを確認すると、中が安全かどうか確認するために先陣を切って中に入った。
中も外以上にぼろぼろだった。歩くたびに板が軋む。締め切っていたせいか、少し肌寒く、じめじめしている。雨露もどうにかしのげられるだろう状態だろう。
「こんな所で過ごすのか?」
外から中を覗いたアストンは苦笑いを浮かべている。
「俺達は大丈夫だとしても、イリスさんが……」
「いえ、大丈夫です。緊急事態ですから、多少の不便は仕方ありません」
「そうですね……」
イリスの大人びた発言に思わず感嘆する。クロウスは特に危険な所はないと判断すると、三人を中に呼び入れた。
「中も酷いが、建物自体は安定している。数日なら我慢できる範囲だろう。それに水の確保は容易だし、思ったよりも悪い環境じゃないと思う」
窓からは若干日の光が注がれている。そして、爽やかな川のせせらぎが聞こえる。もう少し綺麗ならば、それなりにいい環境かもしれない。
アストンはイリスを促して部屋の奥に行かし、荷物を端の方に置く。その荷物からランプを取り出し、火を付けるための太い紐状の芯に軽く触れ、「燃えろ」と言う。すると火の手がなかったところからたちまち炎を出して燃え始めたのだ。
「アストンさんは火を出すことができるんですね」
イリスに話しかけられたアストンは、照れながら答えた。
「いや、これくらいしかできないよ。些細なことしかできないけど、まあこんなときとか便利だね」
「それでも充分なことですよ。火の魔法がなかったら、いちいち火種に対して摩擦を起こさなくてはいけませんし、その摩擦を起こすものがなくてはいけませんからね」
「そういう風に言われると、なんだか嬉しいよ。ありがとう」
「いえ、正直に言っただけですよ」
イリスはにこりと笑った。誰もが癒されるようなその笑顔を。
程よく暖かくなってきた頃には、イリスの顔にも安堵の表情が浮かび始めていた。アストンとの会話もまた弾み始めている。
第一段階は乗り切ったというところだろう。このまま何事もなく明日を迎えられるのだろうか。安心しきっているアストンとは別に、クロウスは眉間にしわを寄せ考えたままだ。
何となくドア付近で腕組みをして、外を気にしつつ立っているソレルに話しかけた。
「ソレルはあいつらをどう見ている?」
しばらく無言だったソレルは、クロウスの投げかけに対して口を開く。
「そうだな。多少気になるところはあるが、能力的にはたいしたことないんじゃないのか? 剣の使い方だってまだまだだ。ひとまずここでじっとしていれば、大丈夫だろ」
「そうか……」
その言葉によってなぜか安心感を得ることは出来なかった。ソレルはクロウスと同じかそれ以上に剣が秀でているだろう。だから危機感みたいなものは発達していると思ったから、意見を求めたが、それは意味をなさなかったようである。
アストンは二人の話を聞いていたのか、後ろに振り返りちょっとぶっきらぼうに言ってくる。
「クロウス、ちょっと心配しすぎじゃないのか? この小屋は余程のことがない限りわからない外観をしている。それに例え見つかったとしても、後ろは川だし、最悪飛び込めば難は逃れられる。明日の朝までは逃げ切れるだろ」
「ああ、そうだが……」
何か引っかかる。それがうまく言えない。何とも言えない不安感が漂う。
「そんなに心配ならそこら辺を見回ってきたらどうだ?」
ソレルはそう呟くと、それに賛同するかのようにアストンも上乗せした。
「それもそうだな。これくらいの護衛なら、二人でも充分だろ。……そうか、わかったぞ。さてはさっきの女の人が気になってしょうがないんだろ?」
一瞬、その言葉にどきっとした。たしかに引っ掛かりの一つとして、あの女性が果たしてどこまで足止めしてくれているのかが気になっていたのかもしれない。だが本当の引っ掛かりは別にあるはずだという考えもある。
そんな中、イリスはクロウスを見つめ、微笑を浮かべながら語りかける。
「ここはおそらく大丈夫だと思います。私も多少は護衛の魔法はできますから、自分の身はできる限り自分で守ります。それに、私もあの女性が気になります。ですから、様子を見て、出来れば手助けをして下さい……」
小さい声だが、はっきりと意志を持った響きは、何故か説得力があった。威圧するのではなく、そっと包み込むような感じで。
イリスは何も返答しないクロウスが気を悪くしたと思ったのか、慌てて訂正した。
「ご、ごめんなさい。差し出がましいことを言って。あの、気にしないでください!」
「いや、大丈夫だから。そんなに否定しないで」
ここまで慌てられると逆にクロウス自身が慌ててしまう。
クロウスはもう一度よく考えこみ、これからするべきことを結論付けた。アストン、ソレルに視線を送ると、二人は了承したという感じで肯く。
そして屈み込み、イリスの視線と高さを合わした。
「ではイリスさん、すみませんが、しばらくここを離れて様子を見てきます。二人がいるので大丈夫だと思いますが、決して無理はしないでください。二人とも頼む」
「大丈夫だよ。何があってもイリスさんを守ってやるからよ」
「ああ、安心して行ってこい。ゆっくりと見回ってきな」
二人の力強い返答にしっかり頷いた。剣と地図などを入れた最低限の荷物を持ち、ドアの近くまで行き、振り返るとイリスはまだ心配そうな顔をしていた。
「気をつけて行って来てくださいね」
「わかりました」
腰の剣を確かめると、颯爽と小屋から出る。何歩か歩いていたが、すぐにクロウスは駆け出し始めた。
クロウスの気配が遠くに行ったのを感じると、アストンは心配で顔色がすぐれないイリスに再び話をし始めた。
「大丈夫ですよ。あいつの昔ってよく知らないけど、あの歳でなかなかの剣士だったらしいし。そこらの兵士とじゃ、剣を握ったときの雰囲気が違う。ソレルもそう思うよな?」
「ああ、あいつの剣はなかなか苦戦するな。だから今回は本当に助かっているよ」
「だよな! だからクロウスの心配なんかしなくても大丈夫。イリスさんも今は自分のことを考えていよう」
「ありがとうございます……」
不安を拭えないイリスだったが、アストンに迷惑をかけてはいけないと必死に笑顔を振りまいた。アストンもそれに応えるように様々な話を連ねる。
それを余所にソレルはちらっと外の様子を見た。兵士が来る気配などはなく、ただ風が木々を揺らしているだけである。