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虹色のカケラ  作者: 桐谷瑞香
第三章 交錯する想い
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3‐10 忘れられない記憶

「ねえクロウス、隣いい?」

「ああ、いいけど」

 そう言われると少女はにこりと微笑んだ。短く切られた亜麻色の髪で、細めのズボンを着こなしている、一目見れば男勝りのカッコいい少女。彼女は昼食を乗せているお盆を片手に持って、食事をしているクロウスの横に座った。

 ここは食堂のとある一角。お昼の時間も過ぎて、人もまばらだ。

「久しぶりかな、こういう風に食事をとるの」

「そうだな」

「そっちはどう? 色々とあったって聞いたよ。そう、デターナル島の記者の話とか」

「……特にない」

「心配したのよ。真っ青になって帰ってきたって、小耳に挟んで」

「別に大丈夫」

「もう、もっとまともに答えなさいよ!」

 少女は素っ気なく答えるクロウスをじろりと睨みつけつつも、がつがつと食べ始めた。クロウスは肩を竦めながら、再び手を動かし始める。

 何分かして少女が一息をつき、一杯お茶を飲み始める。すでに皿の中は空だった。

「何かあったかよくしらないけど、あんたはもう少し自分らしくした方がいいんだよ。剣の腕だって、他の人とは比べ物にならないくらい上手いし。自身持ってよ」

「……どうも」

「全く、こんなに引っ込み思案だったかしらこの人」

 溜息を吐きながら残りのお茶を一気飲みした。クロウスは横目でその様子を見ながら、ぽつりと呟く。

「感情をある程度抑えてなきゃ、こんな所ではやっていけないだろう」

「そうかもしれないけど……。そうだ、今度の休みに少し付き合ってよ」

 クロウスは笑みを浮かべている少女に、不思議な顔を向ける。

「はあ? 何言っているんだ」

「どうせ暇なんでしょう。また近々遠征があるから、支度しなきゃいけなくて」

「次の休みはゆっくり寝てようと思ったんだが……」

「つべこべ言わない! あら、そろそろ時間だわ。詳しいことはまた後でね」

 クロウスが何か言う前に、少女はさっさと席を立ってしまう。

 やれやれと息を吐きながらも、口元では微かに笑みを浮かべていた。



 * * *



「おい、クロウス!」

 クロウスははっとして、虚ろだった目をしっかりと開いた。目の前には訝しげにクロウスを見ている、アルセドが立っていた。

「疲れたのか?」

「ごめん、少しぼっとしていた」

「気をつけろよ。すぐに次の仕事が始まるから。それじゃ俺は行くから」

 クロウスはアルセドが走って行くのを見ながら、ゆっくりと腰を上げる。そして少し顔を上に向けて、目をすっと細めた。

「また妙な時に昔のことを思い出したな……」

 それはかつてクロウスがノクターナル兵士だった頃の記憶。兵士としていることに疑問を持ち始めた頃のものだった。そんな殺伐とし始めたときの穏やかな日常。

 だが、その時はもう戻らない。

 クロウスは首を軽く動かし、頭をはっきりと覚醒させてから、アルセドの後を歩いて行った。



 あの後、ゲトルからの条件を聞いて、シェーラは一瞬固まった。別に警備するくらいならそういう風にしなくてもいいのではないかと。だがゲトルは首を横に振らなかった。

 これからのことを考え、仕方なくシェーラは妥協し、その条件に従うことにする。

 条件としては、パーティの準備や集まりに参加することや、パーティでは不自然な格好でいないことなどだった。

 クロウス達が会場設営の準備をしている時、ゲトル家の一角でひどく不満を漏らしているシェーラがいた。大きなクローゼットの中から、当日着るものをイリスと一緒に選んでいる。

「ねえ、不自然でない恰好だからって言って、どうして私らはこういうのを着なきゃいけないの!?」

「ゲトルさんが言っていたじゃないですか。女性の方々はこのような格好でいらっしゃると」

「私たち警備の人間だよ? そりゃ目立たなくするにはそれくらいした方がいいかもしれないけど、やりすぎじゃない?」

「やりすぎに越したことはありません。ほら、こんなのはどうですか?」

「……楽しんでいるでしょ、イリス」

「せっかくの機会ですから、楽しみましょう!」

 すっかり乗り気のイリスにはもはやどの言葉にかけても無駄だと悟った。

 シェーラとて全く楽しめなくもないのでが、状況的に楽しむものではないと思っている。適当なのを引き抜いて、その場を後にしようとした。

「これで、いいや」

「駄目ですよ!」

 横から大きな声を出され一瞬ぎょっとしてしまう。シェーラの手から選んだ黒っぽい服を取り上げる。

「もっとシェーラさんらしいのにしましょう」

「えっと、別に何でもいいじゃない」

「そうですね、やはりシェーラさんと言ったら緑でしょうか……」

「ねえ、人の話聞いている?」

「淡いのか深いのか、悩みますね」

「……聞いてないや」

 やれやれと思いながら、イリスの気が済むまで服選びを付き合うはめになった。



 クロウスとアルセドが廊下を歩いていると、ある部屋から疲れた顔をしたシェーラとにこにこしているイリスがでてきた。アルセドはイリスに気づくと、少し小走りしながら近寄って来る。

「今から、大広間の会場設営をするって」

「じゃあ、私たちも行きますか」

 シェーラはイリスに目配りをしながら答えた。そしてアルセドを先頭にして、大広間に向かう。歩いている途中で、シェーラは腕を組みながらやれやれと首を振る。

「それにしてもレイラさんの話から、こんな展開になるとは思いもしなかったわ」

「それは全員が思っていることだ」

 クロウスがさり気なく返答をする。シェーラはむっとしながら、口を尖らせた。

「そうですね。ただ言ってみただけよ。ねえアルセド、会場の見取り図とかある?」

 小走りでクロウスを追い抜き、アルセドに並びながら尋ねる。

「あるよ。これが大まかな見取り図。会場に行けば、詳しく教えるって」

 ポケットから折りたたまれた紙を取り出し、シェーラはそれを受け取るとじっくりと読み込み始めた。

 後ろの方でその様子を見ていたイリスは、斜め前を歩っているクロウスにだけに聞こえるように呟く。

「……何だかシェーラさん、最近変です。クロウスさん、何か心当たりはありませんか?」

「え、俺が?」

 思わずクロウスは自分自身を指してしまう。

「そうですよ。シェーラさんからクロウスさんに対する接し方が、以前と違います」

「俺はそんな風に感じないが……」

「少し距離を作っているように思えるんですよ。何かシェーラさんが引く様な事をしたんじゃないんですか?」

「……心辺りが無いんだけど。思い違いじゃないのか?」

 その言葉に対して、イリスは横目で軽くクロウスを見る。呆れた顔をしていた。

「クロウスさん、もう少しシェーラさんのことを考えた方がいいですよ」

「え、ちょっと待って――」

 クロウスが手を伸ばして、イリスに返答を求めようとする。だがそれより早く、彼女はシェーラ達に輪の中に入って行ってしまった。

 一人ぼっちになったクロウスは頭を掻きながら三人の後を追う。

 イリスに言われ、確かにシェーラに少し一線を置かれていると気がついた。

 クロウス自身はシェーラに対する態度は変えていない。それなら、やはり何か気に障ることでもしたのだろうかと、思ってしまう。

 ぼんやりと考えてみるが、思い当たる節はない。

 ひとまずパーティが始まる前に話だけはしとこうと思ったクロウスだった。



 * * *



 会場の設営やセクチレを調べていたら、すぐに一週間は過ぎてしまった。そしてこの一週間でクロウスはイリスが言っていたことが、正しいということが判明する。

 シェーラが一人で何かをしているときに、クロウスがあと少しで話しかけようとする前にさっさとどこかに行ってしまったり、少し話せるときがあってもすぐに切り上げられてしまったり、とにかく変だ。

 さすがに事務的なことを話す際はきちんと話してくれるが、私的なことはほとんど取り合ってもらえない。

 そんな中で、クロウスは幸運にも事務的内容以外の話が出来る時間を得ることができる。

 パーティまで、あと何時間もない時だった。シェーラが外に一人で風を感じながら立っているのを発見したのだ。

 クロウスはゆっくりとシェーラに近づくが、風に集中しているためか、気づかずどこかに行こうとはしない。

「……いい風が吹いているな」

 突然の言葉にシェーラはびくっとすると、恐る恐る横を向く。

「そ、そうね」

「準備しなくてもいいのか?」

「もうするわ。ただ何かあった時のために、体を慣らしていただけだから。じゃあ、またね」

 シェーラは後ろに振り返り、急ぎ足で去ろうとする。だが、クロウスが思わずシェーラの腕を握った。

「ちょっとだけ、いいか?」

 クロウスからシェーラの表情は見えないが、辛うじて首を縦に振っているのがわかる。

「その、これだけ渡したくて」

 クロウスはさっとシェーラの掌に乗るくらいの包みを渡した。思わずシェーラは不思議そうな顔しながら、目をクロウスと包みを往復させる。

「きっと似合うと思うから」

「ありがとう……」

「どうして俺を避けているかは知らないが、何か落ち度があるならはっきりと言ってほしい」

 シェーラははっとして、じっとクロウスの瞳を見つめる。

「避けているって、そんなつもりじゃなくて……」

 思わず口籠り、視線を下に落とす。クロウスはそれを見かねて、慌てて付け足す。

「言いたい時でいいから。強制はしない」

「ごめん……」

「ほら、もう支度をしたらどうだ?」

「そうする」

「きっちり警備していこうな」

「もちろんよ」

 シェーラは無理して笑みを浮かべながら、クロウスに答える。そして、屋敷の中へ走り去って行った。

「ひとまず、最低限のことをしたかな」

 クロウスはほっと胸を撫で下ろした。



 シェーラは屋敷の中に入り、バタンと扉を閉めた。呼吸の乱れを必死に抑える。

 ある程度収まると、周りに誰もいないことを確認してから、ゆっくりと包みを開けた。

 そこにはハオプトの雑貨屋で見た、エメラルドグリーンの小さな宝石が付いている髪飾りがあった。

 驚きのあまり、目を丸くする。震える指で髪飾りに触れた。

 簡素だが値段は高い品。それをなぜクロウスがシェーラにプレゼントをしたのかは定かではない。

 ただ、シェーラは心の底から嬉しかった。

 しばらくじっくりと見ていたかったが、イリスが呼んでいる声が聞こえてきたので、髪飾りを大事に包んで、イリスの元へと向かった。

 シェーラは部屋を一室借りて、イリスと一緒に着替え始める。慣れない服を着るせいか、着方が覚束ない。また借り物の服を傷つけてはならないと思い、慎重に着る。

 やっとの思いで、あと少しで着終わるというときにシェーラはある一つのことで愕然とした。

「チャックがあがらない……」

 背中のチャックが布に引っかかっているためか、上手く上がらないのだ。(すが)る様な思いで、すでに着替え終わり、ちょこんと椅子に座っているイリスに視線を送る。

「イリス、お願い」

「わかりました」

 椅子から立ち上がりシェーラの後ろにと回る。イリスはチャックを持ち上げようとして、手を止めた。

「どうした? 上手く取れない?」

「いえ、その……」

 イリスは一歩後ろに下がりながら、口を手で覆っていた。シェーラはちらりと後ろを向き、イリスの不可思議な行動に目を留める。

 そして思いだしたように、手を叩いた。

「ああ、背中の傷のことかしら?」

「すみません、つい……」

 イリスは恐怖に歪んだ顔をしながら、シェーラの背中を見ている。

 そこには右肩から左の腰まで一直線に切り傷が伸びていた。未だに傷が鮮明に残っている。

「昔の傷よ」

 シェーラは素っ気なく言う。

「でも、これだと斬られた時には相当危険だったのでは!?」

「そうね。この時は確かに死にかけたわ。でも、助けてくれた人がいたから助かった――――。早くチャック上げてくれる?」

 イリスは慌てて、下から上へとチャックを上げた。まるでシェーラの心の中を隠していくように、傷が再び隠されていく。着心地を確かめるように、腕を回したりする。そしてまだ心配そうな顔をしているイリスに対して弁解した。

「だから昔のことだって。今じゃまったく異常なし。それにこの傷は一種の戒めみたいなものだから」

 首にかけている薄い緑色のペンダントを触りながら、静かに言う。

「二度と忘れないように。そして後悔しないように」

 そう言ったシェーラの表情にはふと闇が落ちていた。



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