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虹色のカケラ  作者: 桐谷瑞香
第三章 交錯する想い
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3‐9 押したり引いたり

 部屋に戻ったシェーラは三人に明日の朝にでも、ダニエルが言っていた北の屋敷に住む金持ち、トルチレ・ゲトルに会いに行こうと提案した。話を出すと即賛成し、その夜は早くベッドに着く一同。

 長時間の移動や、ちょっとした事件もあったためか、すぐに深い眠りについてしまった。



 * * *



 翌朝、朝食もしっかりと食べ、宿で頂いた地図を頼りにトルチレ・ゲトルの屋敷に向かう。

 イリスは建物をきょろきょろ見ながら、ノベレの町並みを楽しんでいるようだ。

 程無くしてノベレの奥に来ると探していた屋敷が見えてきた。屋敷は他の家とは比べ物にならないほど大きく、敷地内の庭もしっかりと整備されている。庭には様々な花が植えられていた。

 屋敷の扉までようやく辿り着き、脇にあるベルを鳴らす。

 すぐに一人の女性が出てきた。肩にかかるくらいの濃い茶髪で眼鏡をしている女性が、少しうるさそうな目をしながら要件を尋ねる。

「どちら様でしょうか? 何か御用ですか?」

 シェーラは一歩前に出て、仕事時のきりっとした顔つきで答えた。

「私たちデターナル島の魔法管理局の者です。こちらの屋敷の主、トルチレ・ゲトルさんにお会いして話をしたいのですが、お取次ぎはできませんか?」

 女性の魔法管理局と聞いて、眉が一瞬動いたのをシェーラは見逃さなかった。女性は事務的に返す。

「ノベレで起こりました爆破事件のことでしたなら、散々お答えしたはずです。誰も怪しい人は見ていないと」

「いえ、その件で来たわけではありません。セクチレと言う茶葉をご存知ですか?」

 次の女性の反応は、さすがのイリスやアルセドでさえも気づいた。女性の目が明らかに見開いたからだ。

「ご存知なのですね?」

「この町での密かな有名品ですから、知っていますよ。それがどうかしましたか?」

「是非ともセクチレを頂きたいのです。ですがどこに行っても情報が掴めません。そんな中、ここでセクチレを取り扱っていると聞きまして」

 シェーラは流暢に事実と嘘を混じり合わせる。取り扱っているまでは、確かではない。鎌をかけてみたのだ。

 女性はぴくりと反応したが、しっかりと受け答えをする。

「ここではセクチレなどは取り扱っていません。他を当たってください」

「本当ですか? 確かにここで取り扱っていると聞いたのですが」

「知りません。他の所と間違えたのではないでしょうか? この町には他にも屋敷がたくさんあります。どうぞ他を当たってください」

 女性は扉を少しずつだが、閉めようとする。

 その様子を見て、慌ててシェーラはスタッツから教えてもらった奥の手を使うことにした。目を細めながら一つの単語を口から出す。

「――プロメテ・ラベオツ、という人はご存知ですか?」

 女性は扉を閉めるのを止める。

「ゲトルさんと仲良くしていたと、聞きました。違いますか?」

 プロメテ・ラベオツは魔法管理局の局長であった人物の名前――。

 スタッツはシェーラ達に別れを告げる前に、シェーラに密かに耳打ちをしたのだ。

『とある屋敷に、君の所の局長であった人と仲良くしていたという人物がいると聞いたことがある。もし、セクチレについて知ってそうで、はぐらかそうとする人物に出会ったら、彼の名前を言ってみたらどうだい?』

 そして実行したのだ。

 予想通りなのか、女性がシェーラ達を見る様子が変わった。今までは警戒心と拒絶しかなかったが、今はどこか値踏みするような様子で見始める。

「あの、どうなのでしょうか?」

「そうですね、プロメテ・ラベオツという人は知っていますよ。あなた達のトップの方だったかたでしょう? 魔法管理局のことは有名ですから、こちらの町にまで情報が入ってきます。ですがゲトルと仲良くしていたという事実はよくわかりません」

「直接ご本人に会ってそのこともお聞きしたいのですが」

「ゲトルは忙しいので、よほどのことがない限り今はお会いできません。日を改めて、来て頂きますか? ちょうど忙しい時期なので、できれば一週間後にでも」

 受け答えの内容が良い方向に変わった。それはよかったが、一週間も待てないというのが正直な気持ちだ。もっと日にちを早めてもらおうと説得を試みるが、それだけは引けないらしく頑として受け付けない。

 困り果ててしまっていると、突然イリスが女性に近づき、真っ直ぐと見据えて言った。

「あの、一つよろしいですか? セクテウス・ベーリンという名前はご存知ですか?」

 今度こそ女性ははっきりと固まった。呆然としながらイリスを見る。なぜその名前を知っているのか、と言う顔をしていた。

 あまりの予想外の変化にシェーラはイリスの顔を不思議に覗きこむ。そこから若干強張った表情が伺える。

「すみません。少々お待ちしていてください」

 女性は我に戻ると、踵を返すように屋敷の中へと戻って行った。

「イリス、今の名前は……?」

 イリスはシェーラの方に首を向ける。さっきまでの表情とは全く違う、微笑んでいる少女がいた。

「前に聞いたことがあったんです。セクチレを名づけた人の一人だと」

「あ、そうなの……」

 何と答えていいかわからなかった。クロウスやアルセドの位置からでは、さっきの表情が見られないのだから、聞くにも聞けない。

 一人で悩んでいると、女性が少し息を切らして戻ってきた。

「どうぞお入りください。ゲトルが休憩の間、会ってくれるということです」

「ありがとうございます」

 イリスがぺこりと頭を下げ、他の三人も慌てて頭を下げる。そして中に入って行った。

 玄関に入ると、まずはとても広い玄関ホールが広がっている。人が何十人いても大丈夫なほどだ。綺麗ではある、だがそれ不釣り合いと感じる物が端の方に沢山あった。そして慌ただしく走り回る人がたくさんいるのだ。

 二階へ通じる螺旋階段を上がると、正面には他のドアと比べて大きいドアがあった。

 女性がノックをし「失礼します」と言ってからドアを開ける。

 そこには深い紺色の髪で、四十代の男性がイスに深く腰を掛けて座っていた。男性の前には、広々とした机が広がっている。顔はふっくらとしているが、どこか隙のない感じだ。

「こんにちは。さあ、話があるのなら早く中に入ってくれたまえ。トルナ、少し席を外してくれ」

「畏まりました」

 トルナと呼ばれた女性は一礼をすると、ドアを閉めて部屋に出て行った。



 四人はゆっくりとゲトルに近づく。その間に、まるで見定められているような気がしてならない。

 ある一定の間隔を空けて、立ち止った。ゲトルの顔は少しだけ笑みを浮かべている。そしていくつか質問をし始めた。それに対して、シェーラははっきりと答える。

「さて、魔法管理局の人達だって? 今日はどうして私に会いに来たんだ?」

「私達、現在セクチレを探しています。そんな時にゲトルさんが取り扱っていると聞きまして、お訪ねしました」

「誰がセクチレを探すように言ったんだね?」

「魔法管理局の副局長です」

「副局長さんか……。どうしてセクチレが欲しいと言ったんだね?」

「次の島会議で是非とも出したいと言いまして」

「そうかい、そうかい」

 ゲトルは首を縦に軽く振りながら、相槌を打つ。次にイリスの方に目を向けた。

「お嬢さん、セクテウス・ベーリンの名を知っているらしいね? それをどこで知った?」

 最後の方は少しだけ目が鋭い。イリスは萎縮したが、しっかりと自分の口から答えた。

「……昔、父からその名前を聞きまして」

「父親が……?」

 ゲトルはイリスの顔をまじまじと見る。そして首を多少傾げ、再びシェーラの方に話しかけた。

「さて、ラベオツとはどれくらい親しかったんだ?」

「私に魔法の教え方を教えてもらった人でいつも“先生”って呼んでいました。副局長もその一人です」

「それだと相当親しかったんだ。何か受け取ったものとかあるのか?」

 シェーラは前に進み、両腕をゲトルに差し出した。服の影から見える両腕には、腕輪が一つずつつけてあり、青色と藍色の小さな石が埋め込まれている。それを見て、ゲトルは目を見開く。

「この腕輪は一体……?」

「先生が私に託したものです。深いところまでよくわかりませんが」

「そうか。綺麗な石、何か訳ありで託したのだな」

 ゲトルは立ち上がり、シェーラ達の方に近寄って来た。

「私も一応商人だ。セクチレを売るというのも、仕事の一つであるから君たちの申し出を無下にはできない。だが、二つほど条件があるんだがいいかね?」

 ゲトルは指を二本立てた。

「一つはお金のこと。珍しいものだからそれなりの値段がする。もう一つは私の信頼を得ること。私とて人の子だ。信用できない相手に売りたくはない」

「その信頼を得るというのはどのようなことをすればいいのですか?」

「それはまた後日でいいかい? 最近忙しくて、そこまで手が回らないんだ」

 トルナが言っていたことと、同じようなセリフが出てきた。

 そう言えば……と、クロウスはこの屋敷に入った時のことを思い出す。荷物が沢山あった。そこから推測し、クロウスはシェーラの後ろから話を持ち出す。

「もしかして、この屋敷を使って何か開くのですか?」

「そうだ。ネオジム島の東部の一角から人をお呼びし、パーティを開く予定だ。だから忙しいのだよ」

 クロウスはそれを聞いて、すぐに一つの提案を思い浮かべた。

 ゲトルは眉を顰めながら、もう早く出て行って欲しいという感じである。シェーラには相談せずに、提案を口に出した。

「それならば会場には警備が必要ですよね? どうでしょうか、俺たちに警備のお手伝いをさせて頂けないでしょうか? そうすれば信頼を得るということになると思うのですが」

 ゲトルは顎を触りながら、クロウスの提案に少し身を乗り出す。

「なるほど。信頼も得られるし、警備をしたというのでお金も得ようということか。いい考えだ。だが君たちは警備が出来るほど腕利きの人たちなのかね? そこから確認できないと、その提案は受け入れられない」

 苦虫を潰した様な顔をして、クロウスは立っていた。中々手ごわい相手だと感じる。

 そんな中、ドアがノックされた。ゲトルは中に入る様に言うと、トルナが一歩中に入ってきた。

「お話し中のところすみません。ゲトルさん、ラウロさんが一言ご挨拶に来ました。中に通してもよろしいですか?」

「ああ。話が折れている所だから構わない」

 トルナに促されて、ドアの脇から出てきたのは――――シェーラと同じ馬車に乗っていた商人の一人だった。

 思わず四人は目を丸くする。シェーラ達に気づいた商人、ラウロも驚きの声を漏らす。

「お嬢さん達、どうしてここに?」

「私の方が聞きたいのですが……」

「話は後で聞こう」

 ラウロはシェーラ達の前に行き、にこやかにゲトルの方に手を軽く振る。

「おおゲトル、お久しぶり。元気にしていたか?」

「まあ、それなりに元気でやっている。実際はパーティ前だから何ともいえないが。それにしても少し遅かったな。昨日挨拶に来ると思ったぞ」

「ちょっと事件に巻き込まれて、一段落ついたのが夜遅かったから今日来たんだ。そちらのお嬢さん達のおかげで、何事もなくことを終えることができた」

「事件って、一体何だ?」

「馬車に乗っている途中で、ノクターナル兵士に遭遇したんだ。馬を動かしている人が怪我をし、あわやこちらまで襲われるというところで、お嬢さん達が綺麗にあしらってくれたんだ。その上馬車まで動かしてくれて、いやあ、本当に助かった」

 ラウロが陽気に答えているのに対して、ゲトルは聞いたことをすぐに頭に変換しようと必死だ。

「兵士達をあしらったとは、どんな風に?」

「八人兵士がいたが、一瞬にして彼らを動けなくしたって所だ。実際に見ていないが、さぞ凄かったんだろうね」

 ちらっとシェーラとクロウスを見る。シェーラは頬を掻きながら、照れ隠しをしている。

「その話に嘘はないのか?」

「どうして嘘を言わなくちゃいけないんだ? 他にももう一人商人が乗っていた。確認するのならそいつにも聞いたらどうだ?」

 ゲトルは難しい顔をしながら、シェーラ達を見渡す。クロウス以外は一見して普通の一市民にも見えた。だが、よく見ればシェーラは普通の娘ではないのが分かる。

 しばらく思案しつつ、言葉を飲み込んでしまう。

「お言葉ですが、私や彼はそれなりに鍛練を積んでいるつもりです。昔ですが、先生に教えてもらった際、筋がいいと褒めてくれましたよ」

 さりげなく自己主張をしつつ、ゲトルに対していい方向に向かわせようとする。 

 やがてゲトルは観念したように、クロウスに返答した。

「……警備の方を手伝ってもらおう」

 四人は一気に明るくなった。

「ただし」

 強調する言葉に思わず、身構える。

「何点か条件を上げる。さっきよりは簡単だと思うが」

 そして警備資料を引っ張り出して、内容を確認し始めた。

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