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虹色のカケラ  作者: 桐谷瑞香
第三章 交錯する想い
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3‐8 探りと誤魔化し

 魔法管理局副局長室では、副局長レイラ・クレメンが難しい顔をしながらとある書類を読んでいた。細かな字が並んでいるその書類は、レイラが作成したものだ。自分より歳が上の者に対しても読んでもらい、推敲に推敲を重ねた書類が、今レイラの手元にあった。それを何度も読み直す。

 レイラの年齢は二十七歳――。それからわかるように、まだ上に立つ者として、充分な経験を積んでいるとは言い難い。だが性格や人柄からなのか、レイラには人を惹きつける雰囲気があり、多くの人に慕われている。だから周りの人からの助けを借りて、どうにかなっているのだった。

 つくづくレイラは思っていることがある。

 ――どうして局長は自分なんかを副局長に任命したのか。

 確かに、同年代よりは洞察力などが優れていて、いずれは上に行くと言われていた。それがある日突然、レイラに魔法を自由に使えるよう教えてくれた先生でもあり、局長だった人物がレイラにこう言ったのだ。

『副局長という役職を作るつもりなんだけど、レイラがその職に付かないか?』

 今まで副局長などという人はいなく、局長の下には部長階級が並んでいた。

 始めはレイラも部長達も渋っていた。だがその考えを変えさせたのはもちろん局長だ。

『自分はまだ局長の座を降りるつもりはない。だが、いずれ代が変わるときに円滑に行えるよう、今から教えておきたい。今のところ私の雑務をこなす程度だとは思うが。それに若い人の意見もいろいろと聞きたいんだよね』

 その言葉を悪戯っぽい顔をしながら言われた記憶が、今でも鮮明に残っていた。

 次第に部長らもレイラの頑張りを認め始め、副局長と言う立場ができたのだ――。



 ドアをノックする音が聞こえる。レイラははっきりと「どうぞ」と言う。その表情は立派に局の中で最も上に立つ者としての顔つきだった。

 ドアを開けて入ってきたのは書類を抱えたメーレだ。

「失礼します。資料の方が出来上がりましたので、お渡しします」

「ありがとう。いつも悪いわね」

「大丈夫ですから、遠慮なく言ってください。……明日にでも行かれるんですよね?」

「そうよ。しばらく局の方を空けるから、何か私宛に緊急の連絡があったら、この電話番号に掛けて」

「了解です」

 レイラはメーレに対して番号が書かれた紙を渡し、メーレは資料の方を渡す。彼女の表情は硬く、何か言いたそうなのは一目瞭然であった。

「サブ、どうしてこんなときに行かなければならないのですか?」

「前から言っていたことだもの。今から、今回はやめましょうなんて言えないわ」

「でも、危ないじゃないですか! 何かあるかもしれない場所に行くなんて……!」

「メーレ、どこにいても危険なのは同じよ。その確率が高いか低いだけのことじゃない。大丈夫よ。護衛も連れていくし、この私がそう簡単に倒されると思う?」

 レイラはふっと笑みを浮かべる。その笑みに一瞬メーレはたじろぐ。

「私は局長から直々に魔法の使い方を教えてもらったの。悪いけど、そこら辺のレベルの人と同じにされては困る」

 隠す素振りもなく堂々と言い切るレイラ。内面でどう考えているかは置いといて、外面では言い切れるというのは上に立つ者として必要な要素だった。

「わかりました。そこまで言われてしまうと、これ以上言うのは失礼ですよね。申し訳ありません」

「謝る必要はないわ。心配してくれるのはありがたいことだし」

 微笑み返すと、それにつられてメーレもようやく硬さが崩れた。ふとレイラは思い出したように言う。

「そう、連絡と言えば、たぶんシェーラからも来ると思うから、適当に流しといてね」

「適当に……ですか」

「そう適当に。シェーラも心配性だからね」

「ネオジム島にいるのですよね? 大丈夫なのですか?」

「大丈夫よ。クロウス君もいるし」

 その時、レイラの机に置いてあった電話のベルが鳴り始めた。レイラは眉を顰める。

「噂をすれば……かしら。私の所に直接電話をする人なんてあまりいないし」

 メーレは一礼をしてから部屋から出て行く。

 出たのを見計らって、受話器を上げるとそこからは少し騒々しい音が聞こえた。

 そして、いつも通りの言い回しを言う。

「もしもし、こちら魔法管理局副局長レイラ・クレメンです。どちらさまでしょうか?」

 受話器から聞き慣れた声が聞こえてくる。

『レイラさん? シェーラです。シェーラ・ロセッティです』

「あら、どうしたの? ちょうどあなた達の噂をしていたのよ。それで、何の用かしら?」

『それはですね、事後報告という形になってしまうのですが……、よろしいですか?』

「一体何があったのよ」

 レイラはもったいぶっているシェーラに対して、早く言うように少し怒り気味に返答する。

『結論から言いますと、今、ネオジム島のノベレにいます』

「……今、何て言った?」

 一瞬何を言われたのかよくわからなくなり、思わず聞き返してしまう。

『ですから、ノベレにいます!』

 自棄(やけ)になりながら、大きな声で言い返される。

 レイラはそれに対して、返答に窮してしまった。脳内を複雑に相反する二つの意見が巡る。ノベレに着いてよかったというのと、ノベレにいるなんてとんでもないという意見が。だが、極力不審に思われないように、通常のレイラが言う方を選択した。

「どうしてノベレにいるのよ! 私はただ茶葉を買って来いって言ったのよ!?」

『クロウスの知り合いの方に聞いたら、セクチレはノベレに行かないと手に入らないって言ったんです。だから、来てしまいました』

「……シェーラ、ノベレが今危険な場所と言うのはわかっていてそんな行動に出たの?」

『そうですよ。けどあれから爆破は起こっていないじゃないですか。犯人はどこか他の場所に行ったんじゃないですか? まあ、安心して下さい。決して犯人を捕まえようなんて、馬鹿な考えはしていませんから』

 シェーラは完全に開き直っていた。レイラから咎められようと、毅然として立ち向かうようだ。

 そしてシェーラはレイラが最も突かれてほしくなかったことを、ズバッと言ってきた。

『レイラさん、本当にセクチレが欲しいんですか? なかなか売っていない茶葉をどうして買ってこなきゃいけないんですか? それに高いらしいじゃないですか。セクチレを飲んだことがないのではっきり言えないですけど、それ以外でも美味しい飲み物はたくさんあります。一体、何が目的でこんなことを頼んだんですか!?』

 ――さすがに勘付いたか。

 レイラはじっとシェーラの声に耳を傾けながら、内心そう思った。まだ悟られたら面倒なことになりそうだから、適当にはぐらそうと決める。なるべく平静を保って答えた。

「シェーラ、セクチレは本当に美味しいのよ? 確かに高いけど、それなりの価値はあるのよ」

『本当に純粋にセクチレが欲しいんですか?』

「そうよ。まだ何かあるの?」

『……先生が関係しているんじゃないのですか?』

 低い声で言葉を漏らす。

 それに対してレイラの目は大きく見開いた。このタイミングでその言葉が出てくるとは思っていなかったからだ。必死に頭の中を巡りながら、冷静に保っている部分を探そうとする。

 不意を突かれることなんて、よくあることだ。だから、ひとまず冷静に――。

『図星ですか、レイラさん』

「……どうして、先生が関係しなきゃいけないのよ」

『だって、以前先生が……セクチレのことを話していた気がして』

 レイラが持っている受話器の向こうからは、消えゆく様な声が聞こえる。彼女にとってもレイラにとっても大切な人、先生や局長と言われた人。その言葉を出すだけで、胸が張り裂けそうなはずなのに、敢えてシェーラは言葉に出したのだ。

 だが、その努力を流すように努めて静かに受け答えをした。

「先生とは関係ないわ。わかった?」

 何も返答はない。

「私も忙しいからそろそろ切るわね。セクチレを手に入れたらまた連絡して。お金はそこそこ出せるから。あと爆破事故の犯人がまだ潜伏している可能性があるから、なるべく早くノベレから離れるように」

『……わかりました』

 シェーラが受話器を置くまで、レイラは耳を離さなかった。そして電話が切れる音がすると自分もゆっくりと受話器を置く。

 レイラは背もたれに寄りかかりながら、深く息を吐く。ずっしりとした重りを担がされた気分だ。

 シェーラが先生のことを持ち出すとは意外だったが、それ以外は予定通り。ノベレに行くことも予定の一つ。だが、やはりシェーラには荷が重すぎる頼みであったと後悔してしまう。

 先生と言った声は微かに震えていた。そこから彼女が持っている重さが感じ取れるのには充分だった――。



 * * *



 シェーラは受話器を置くと、とぼとぼと食堂へと戻って行く。その途中に鏡があり、覗いてみると、浮かない顔の自分がいるのが見受けられた。生気があまり見られない。

 だが、この顔で戻って行ったら心配を掛けてしまう。深呼吸を何度かし、無理に笑顔を作りながらみんなの待つ食堂へと向かう。

 クロウス達のテーブルに行くと、すでに何品か皿が並んでいた。クロウスはシェーラに気づくと、何気なく声をかける。

「レイラさんは何だって?」

「えっと、引き続きセクチレを探してくれって。見つけ次第、連絡するようにって言われた」

 空いている椅子に座ると、目の前には美味しそうな食べ物が広がっていた。

 アルセドがお腹を空かして待っている。食べるように促すと、一目散に食べ始めた。その光景に思わずシェーラは吹き出してしまう。アルセドは思ったよりも純粋でいい奴かもしれないと思ったのだ。

 ひとまず深く考えるより、今はお腹を満たそうと、シェーラも手を動かし始めた。



 シェーラは食後、ダニエルに呼ばれてしばらく話をしていくことになった。

 食堂もピークが過ぎたためか、人は少ない。シェーラ、ダニエルは一角に席に着く。食後のお茶を飲みながらダニエルは話し始める。

「それで、サブから何を頼まれたんだ?」

「セクチレっていう茶葉です。珍しい品らしく、ノベレ以外だと手に入りにくいと聞いて」

「セクチレ? ああ、そういえばノベレに来てから、そういう単語を聞いたことがあるな」

「それはどこで聞いたんですか?」

 予想以上に早く情報が手に入りそうだとわかりすぐに飛びつく。ダニエルは視線を逸らしながら、必死に思いだそうとする。

「たしか……、情報収集している時だったか。爆破事件の目撃者はいないかと」

「それはどこで!?」

「どこかの金持ちだったか。お手伝いが『セクチレです』っと、その主に渡していた。北の方のかなり大きい屋敷だ」

「北の方ね。どれだけ積み立てればくれるかしら?」

「それはわからない。そういえば、俺が『魔法管理局の者ですが――』って言ったら、少し表情が妙だったな。何か隠しているような感じがした」

 ダニエルは眉を顰めながら小声でシェーラに言う。その言葉に思わずシェーラも首を傾げる。

「魔法管理局の人だと名乗ると、何か都合が悪いのかしら? まあ有名だから、よからぬ噂が上がるのも納得できるけど」

「気をつけろよ。ネオジム島には色々な人がいるからな。デターナル島での考えと通じない所がある」

「わかっていますよ。けど、ネオジム島も割と良いと思いますよ?」

「シェーラからそういう意見を聞くとは少し意外だ。そういえば、その色々な人がいるっていうのが良いって言っている人も他にいたな」

「局の人ですか?」

「ああ。あいつは、局長はネオジム島のことも大層好きだった。いやそれ以上に、この国自体が好きだったんだろう。特に国の魔法についてよく心配していたな」

 ダニエルは微笑みながらシェーラに言う。

 シェーラはその人物が思い当った。ぐさりと胸に突き刺さるのを感じ、目に涙を浮かべる。そして顔は決して上げずに、ぽつりと言葉を漏らす。

「私にもよく言っていましたよ。『魔法は大切に使わなくてはならない。決して無理に使ってはならない』って。そう、最後の最後まで――」



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