3‐7 得手不得手
スタッツさんから、イリスさん達をノベレに案内してやれと言われた時、とても嬉しかった。あんな素敵な女の子としばらく一緒にいられると考えるだけで心が躍る。他に同行者が二人、たしかクロウスとシェーラとか言ったかな、がいるのは多少目を瞑ることにした。本当は二人きりだったら、どれだけよかっただろうか!
まあそれは置いといて、道中イリスさんの傍にいて色々話をした。自分のことや、最近の目立った話題まで。イリスさんもそれに対して、笑顔で返してくれる。
イリスさんは物静かで優しく、本当に第一印象と変わらない素敵な女性だ。
それは幸せなひと時だった――。
だが、さっきの奇襲により三人への見方が一変する。
イリスさんは確かに物静かだ。しかし本当は心の中には強い意志を持った強い女性でもあった。俺が頭を打った時、イリスさんの目の色は確かに変わり、すぐに魔法を放つ。そして依然目を光らせながら、来る者に対抗しようとしていた。
外からも激しい音が聞こえたが、それもすぐに終わり、シェーラが顔を覗かせる。そして涼しい顔してイリスさんに話しかけていた。さっきまでは激しい戦いをしていたはずなのに。
極めつけはイリスさんがささやかに言った、あの二人がいかに強いかという事実――。
俺はまともに武術などを習ったことはない。それに魔法の強さだってそこらの凡人と同レベル、その場で大きめの火を出すくらいしかできない。
もし俺が一人でノクターナル兵士と遭遇したのなら、足が竦んでしまってその場に動けないか、一目散に逃げるだろう。
だから、こんな風に毅然と立ち向かう人たちが眩しく見えた。遠い人に感じられる。
これから何日か一緒にいるわけだが、果たして俺は足手まといにならないのか?
漠然とした不安が俺、アルセドの中を巡る――。
* * *
「さて、どうしようか。このままじゃ、ここで待ちぼうけになっちゃうわね」
「そんなの冷静に考えれば、すぐわかることだろう。馬を操るなんて、それなりの年月を費やすんだ。怪我をした彼に片手でやれって言っても無理な話だ」
「クロウスは無理なの? 二人乗りだって、あんなに上手く乗れるじゃない」
「……それとこれとは違う。無理に決まっているだろう!」
クロウスは思わず大きな声を出して、シェーラをじろっと見る。その視線から逃れようと、明後日の方向に向かれた。
「ひとまず中に乗っている商人の人達に今の状況を説明してくる。あとなんなら、外に連れて来るよ。今後どうにかしなくちゃいけないでしょ?」
「そうだな。頼む」
「了解」
などと言いながら、慌てて馬車の中へとシェーラは行ってしまった。
クロウスは自分たちが通ってきた道を振り返る。町と町の間だろう。それを踏まえた上で、これから取る選択肢はあまりない。
一応上げる選択肢としては、全員で一緒に歩いて近くの町まで行くか、それとも誰かが傷を負った男性を馬に乗せ先に行って助けを呼んでくるか、それとも何もせず待っているかぐらいだろう。
シェーラが再び馬車の中に顔を出すと、商人達に事後経過を報告し始めた。それを後ろから耳をすまして聞くイリスとアルセド。商人達はずっと驚いた顔をしながら聞いていた。それもそのはずで、ノクターナル島の武装した兵士らを二人で打ちのめしたという話は、そうそう聞けるものではなかったからだ。
一通り話したところで、一同は一度馬車から出ることにした。
外には縄で自由を奪われ、未だに気を失っている兵士が八人、そして負傷した男性とクロウスがいる。
シェーラ以外の人は、本当に捕まっている兵士を見ると驚愕の顔が再び広がった。それをよそにクロウスは口を開く。
「さて、この状況から見て分かる通り、男性が負傷してしまったため、馬車に乗って進むことができなくなりました。そこで俺の方から三つ程提案します。一つ目は、全員で歩いて近くの町まで目指す。二つ目は、乗馬できる人が男性を連れて先に町まで行き、助けを呼ぶ。三つ目は、このまま見回りの人が来るまで待機。他に何か考えはありますか?」
クロウスは他の人の様子を伺いながら間を保つ。商人らはぶつぶつと「まず三つ目はありえないだろ……。一つ目も疲れるしな」などと呟いている。
その脇でアルセドの胸の内では悔しさや寂しさで溢れていた。三人との大きな違い。それにより心がかき乱されたため、いつもの自分がどこかに行ってしまっていた。
クロウスが言った、これからの方法について、自分でもう一つ考えを持っているのにも関わらず、それを言えずにいる。
イリスは隣で唇を噛み締めて、手を強く握りしめているいつもとは少し様子が違う少年に対してそっと寄り添った。微笑みながら優しく言う。
「何か思いつめているようですが、あまり考えすぎては心身ともに毒ですよ。もし、シェーラさん達と比べているようなら、それは違います」
「イリスさん……」
まるでアルセドの心を見透かしているような言葉だ。
すぐそばで聞こえる、イリスの芯の通った声に思わず聞き惚れてしまう。聞く者を惹きつけるようなそんな声に。
「人には得手不得手のものがあります。ですから、他人と比べるなんておかしいと思いませんか? 自分が出来ることをしましょう。私もあの二人と比べたら弱いですけど、古代文字を読むことに関しては、優れていると思いますよ」
「出来ること……」
「そうです。それに言いたいことははっきり言わないと、こっちもイライラしてしまいますよ。視線を感じませんか? 少し怖い視線が」
クロウスから少し離れた方に、腕を組みながら無表情のままじっとこちらを見ている黒髪の女性。アルセドが何かに躊躇っているのに勘付いたのか、明らかに不満そうな顔だ。
「シェーラさんはいい人ですけど、少し気が短い方なので気をつけた方がいいですよ。言うなら今です」
その言葉に思わず反応し、手を真っ直ぐ上に突き上げた。クロウスはそれに対応する。
「どうしたんだ?」
クロウスはいつもと違い少し顔が強張っているアルセドに対して、疑問符を投げかける。
「言いたいことがあるなら、早く言ってくれ。一体何だ?」
アルセドは多少躊躇っていたが、もう後戻りはできないとばかりに勢いよく発言した。
「お、俺、馬車なら何度か走らせたことあるぞ!」
一同は沈黙した。
今の発言に対して唖然としているのだ。
「……何だって?」
「昔、馬車を動かしている所に、少し滞在したことがあって、その時に一通りのことは教わった。道に出て、何度か走らせたこともある」
「これくらいの大きさの馬車か?」
「そうだ」
真っ直ぐ送る視線に、クロウスも嘘は吐いていないと気付いているようだが、どこか返事をするのに窮している。クロウスが視線を送り、どうしようかと聞く前にシェーラは意外な言葉を発した。
「いいんじゃない? 試しに走らせてみて、大丈夫そうならそれで行きましょうよ」
アルセドは一瞬耳を疑った。シェーラがアルセドに肯定的な言葉を使うとは。
「いいでしょクロウス。このままじゃらちが明かない。みんなも早く目的の場所に向かいたいと思うし」
「そうだな。そうするか」
そして、アルセドはシェーラに馬車を動かすように指示される。
アルセドは馬を優しく撫でてから乗りこむ。馬は始めびくついていたが、次第に大人しくなっていく。そしてある程度大人しくなった所を見計らい、昔のことをよく思い出しながら、上って座り、落ちついて手綱を動かす。
すると、みるみる内に馬は一歩一歩進み始めたのだ。馬の機嫌も良さそうだ。
シェーラがそこら辺を一通り回ってくるように言うと、言われるがままに回った。転回もし、最後には静かに止める。
アルセドが降りると、シェーラは笑みを浮かべていた。イリスは思わず拍手をしそうな態勢だ。
「上手いわね」
「ありがとう……」
今まで嫌悪しか見せなかったシェーラに褒められたことで、アルセドは思わず照れてしまう。
「じゃあ、運転の方はアルセドに任して、再び馬車の方に乗りましょう」
そう促すと、商人たちはいそいそと乗って行った。シェーラは一筆書いた手紙を兵士の一人に持たすと、クロウスの方に向く。
「アルセドが一人じゃ、また襲われた時に不安だから、隣に乗ってもらってもいい?」
「ああ。そのつもりだ。シェーラは後方とかに気を付けてくれ」
「わかっているわよ。それじゃアルセド、よろしくね」
シェーラはイリスと一緒に、馬車の中へと乗る。
アルセドは何だか不思議な感じがした。いつもとは棘がないシェーラの言い方とそして――。
「あ、そうか。名前で呼ばれたんだ」
いつもは“君”や“少年”とかしか、言わなかったのにちゃんと名前で呼んでくれた。
クロウスは、アルセドの肩を軽く二回ほど叩く。
「シェーラはアルセドのことを少しは認めたみたいだな。自分ができないことを、すいすいやっている姿に驚いて、感嘆したんだろう」
「俺が感嘆される? 二人の方が優れているのに?」
「人には自分ができないことを他人がやっていると、すごく見えるんだよ。さて、早く出発しよう。早く着いておじさんの治療をしてもらわなきゃな」
アルセドは置いていこうとするクロウスを慌てて追いかける。
何だかアルセドは嬉しかった。こういうまったく違った境遇を過ごした人から認められるのに。
その後もアルセドは上手く馬を走らせた。それ以後は特に危険もなく、穏やかな時間を再び過ごす。
途中で見回りの人とすれ違い、事情を簡単に説明した。見回りの人は急いで兵士たちのもとに行くように指示し、そして怪我をしたおじさんを先に町に連れていった。
引き続き馬を走らせ、夕方には町に到着する。
爆破事件があった、“ノベレ”の町に――。
馬車を所定の場所に停め、商人達とも別れ、今晩の宿を探す四人。
ノベレの町並みはハオプトと少し違い、落ち着きのある感じだ。町は森に囲まれており、唯一の出入り口は道一本だけ。その道も様々な馬車が忙しなく出入りしている。人の量もさほど多くはないが、一人一人の着ている服が、少し高めに見えた。
アルセドは案内人みたくてきぱきと一軒一軒の店を説明していく。随分と言葉遣いもほぐれてきているようだ。
やがて、他の建物とは多少質的に劣る宿に立ち止まった。
「ノベレの物価は少し高めだけど、ここはある程度安い所だ」
そろそろ足も疲れてきたことだし、お腹も空いたので、宿で休むことにする。
中に入ると、暖かい照明で出迎えられた。
クロウスとアルセド、シェーラとイリスで部屋を取る。部屋に荷物を置き、すぐに食堂に向かった。
空いている席はないかと見渡すシェーラはある集団を見て、思わず手を口で押さえる。クロウスとイリスもあっと、声を漏らす。その集団の一人が立ち上がり、お手洗いに向かおうとするところで、ちょうどシェーラ達と対面する形となった。
シェーラはぎこちなくその人に挨拶をする。
「今晩は、ダニエル部長」
「おい、どうしてシェーラがここにいるんだ?」
ダニエル部長はシェーラを見るなり、目を丸くしながら立ちつくした。信じられないという表情をしている。なるべく穏便に済まそうと、シェーラは笑顔で受け答えをする。
「レイラさんから頼まれたものがあって、それを探していたらノベレに辿り着きました」
「そうか、サブに頼まれたのか。それなら、いいだろう。……ではない! ちゃんとサブには断って来たのか?」
「朝も早かったのでしていません」
「……下手をしたらまたどこかで爆発が起きる場所に、どうして相談しないで来たんだ!」
ダニエルはシェーラをぎろりと睨む。シェーラはそれに対抗して、半分膨れながら言う。
「レイラさんに『見つけ次第連絡をします』って言ったので、していません。あんな忙しい人にいちいち相談している時間がもったいないじゃないですか!」
「それでも断りくらいいれとけ! 今からでもいい。そうしないと俺が勝手に解釈をして、言い付けてやるぞ。そうなったら、また始末――」
「わ、わかりましたよ! 電話すればいいんですよね!」
ダニエルの言葉を遮り、シェーラは半ば自棄になりながら、大きな声を出す。シェーラの嫌いな言葉を聞きたくなかったためだ。
三人に「先に座って食べていて」と言うと、溜息を吐きながら食堂から出て行く。
その言葉に従い、ダニエルらの傍に空いていた席に座りメニューを見始めた。