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虹色のカケラ  作者: 桐谷瑞香
第三章 交錯する想い
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3‐4 導きへの一歩

 昼下がりの時間帯に宿屋の一室を借りたクロウス、シェーラ、イリス。

 思わぬとことで情報屋の居場所がわかったクロウスは、宿屋に行って少し疲れを取ってから、情報屋に会いに行こうと提案する。だがシェーラはすぐに首を縦に振らなかった。

 理由としては、情報屋に聞くほどこの町ですぐに見つからないと決まったわけではないし、なによりアルセドに接触するのを強く拒んだからだ。

 イリスはどちらでもいいという表情を浮かべている。

「茶葉が売っている大きい店の場所もわかったんだから、その店に行って探せばいいじゃない!」

「それもそうだが、スタッツに会ってノベレの爆発のことを聞きたくないのか? それにイリスだって、慣れない環境を歩き回っていたら、ただ疲れるだけだ」

「スタッツさんには会いたいけど、あいつには会いたくない! イリスがかわいそうよ! 体力的なものよりも精神的なストレスの方が掛かるわ」

 過保護だな……、などと思ったがそれは口には出さずに飲み込んだ。

「それならシェーラだけでその店行ってこいよ。セクチレの特徴とか示した紙があるんだから、一人でもどうにかなるだろう。セクチレっぽいのが見つかったら、イリスを連れて行ったらどうだ?」

「わかりましたよ。そうしますよ!」

 シェーラは勢いよくドアを開け、出て行ってしまった。イリスは浮かない表情をして、クロウスを見る。

「いいんですか……?」

「もとはと言えば、シェーラが頼まれたことだろう。一人でも動ける。それより今は体を休めた方がいい。疲れているだろう?」

「そうですね」

「これでセクチレが見つかればいいんだが、たぶん無理だろうな」

「断言できるんですか?」

「レイラさんがそんな簡単な頼みをシェーラにするはずがないだろう」

 シェーラとレイラの関係がどれだけ深いかよく知らないが、ノクターナル兵士との緊迫している状態で買い物を、しかも三人に対して頼むなんて、不自然もいいところだと、クロウスは思っているからだ。

 ――レイラさんは何か隠していることがあるのか。隠しているのなら、セクチレから何が導けるのか。

 そんな考えが、クロウスの頭の中をぐるぐると回っていた。



 やがて日が暮れる頃、シェーラは落胆とした表情で戻ってきた。

「ただいま……」

「お帰りなさい。かなりお疲れのようですけど、大丈夫ですか!?」

「まあ、いつものことだから」

 シェーラはどさっとベッドに座り込む。部屋に置いてあった観光本を読んでいたクロウスは顔を上げて、少し厭味ったらしく言う。

「こんなに時間をかけたということは、セクチレは見つかったのかい?」

 深く溜息を吐いた。

「五店舗回ったけど、誰もそんな茶葉知らないって。植物を売っている店も十店舗近く回ったけど、かろうじて一人名前を聞いたことがあるだけ……」

「つまり結論から言うと茶葉も植物も手に入れられず、そして何より情報が得られなかったという訳だな」

 シェーラは何も言い返さず、がっくりとしながら首を垂らした。

 あんな短時間でこんなに広いハオプトを走り回ったためか、さすがのシェーラも疲れている。

「しょうがない。明日にでも、スタッツに会いに行こう」

 シェーラはその言葉に対しては、ただほんの少しだけ頷くだけだった。



 * * *



 翌日の早朝、まだ人で道が覆い尽くされる前に三人は宿を出た。開いている店は朝食などを取り扱っている店ぐらいで、昼間と比べれば静かなものだ。

 アルセドが言っていた方向に地図を指で進ませると、骨董品店があるということがわかった。アルセドの言葉と地図を頼りに、店へと足を運ぶ。

 比較的大きな道を通っていたが、ある角を曲がると、裏路地に出た。人はあまりいなく、少し虚ろな目の人も見られる。

 心配そうな顔をしているイリスは、隣に歩いていたシェーラの袖をきゅっと握った。シェーラはそれに気づくと、イリスの手を握る。その温もりを感じて、少し表情が穏やかになった。

「おい、あそこじゃないのか?」

 地図を持っているクロウスはその店を指した。少し古めかしく、看板が少し土で汚れていて判別するのは難しいが、確かに“骨董品アンチクエ”と、書かれている。

 側に寄ってみると、ガラスごしから中がかろうじて見えた。古そうな陶器や美術品、家具、時計など様々なものがある。だが店員の姿は見えない。

 シェーラはクロウスに目で合図を送ると、彼は恐る恐るドアノブに手を掛け、引いた。

 カランという、小気味いい音を鳴らすベルに迎え入れられて、中に足を踏み入れる。レジの方を見たが誰もいない。中は思ったより物で溢れている。

「ちょっと誰もいないじゃない。場所でも間違えた?」

「看板にちゃんと書いてあっただろう。どこか出かけているんじゃないのか?」

「鍵を開けっ放しで出かけるなんて、物騒ね。だから盗まれたりするのよ」

 シェーラはそう言うと、大きなぜんまい式の時計に触れる。古いがまだ使えそうだ。

「本当にいないのでしょうか?」

 イリスはクロウスをちらっと見ながら、尋ねる。

「少し朝が早かったかもしれないな。しょうがないけど、昼にもう一度出直そう」

「そうですね……」

 そのとき、再びカランとベルの音が鳴った。三人は振り返り入口を見ると、アルセドが買い物かごをどさっと落して、突っ立っている。口を開けながら、目を丸くしていた。

「おい少年、出かけるなら鍵くらい掛けといたらどうだ?」

 シェーラはアルセドに向かってずんずんと進んでいく。目は半分吊り上げている。もう少しで目の前に立ち、お説教を始めようとする所だ。

 だがアルセドは我に戻ると、近づいてきたシェーラを脇に押し倒して、イリスの方へと駆け寄る。

 シェーラは押された衝撃で、古めかしい布がたくさんある所に飛び込んでしまう。少しがっしゃんという、何か陶器が割れるような音がした。

 アルセドはイリスの目の前に立ち、両手で彼女の右手を握りしめたる。ただし今回は少し軽めだ。

「まさかこんな時間からあなたに会えるとは思いませんでした! 今日はどういうご用件で? あ、お礼をしなくてはなりませんね。ひとまず奥でお茶でも飲みながら、話をしませんか? いい紅茶を仕入れたんです」

「あ、ありがとうございます。でも……」

「でも?」

 イリスは視線を横に逸らせながら、シェーラが倒れた布の方をちらっと見る。

 むくりとシェーラは起き上がった。物凄い殺気を出しているようだ。

 クロウスははっとして、今にも飛びかかりそうな殺気の主を注意深く見る。

 シェーラは薄黒いオーラを出しながら、低い声を出す。

「少年……。よくも、よくも、よくも、やってくれたわね!」

 次の瞬間、二人の影が一瞬にして動く。

 あまりに早すぎて、イリスは一部始終を見られない程だ。

 そして数秒後、イリスとアルセドが見たのは、クロウスによって抑えられているシェーラが怒りの形相で睨みつけている光景だった。



 シェーラはばたばたしながら、クロウスから逃れようともがく。だが、しっかりと捕まえられていて、逃れられない。

「放せ、クロウス! こういう無礼な子供には身を持って教えてやらなければならない!」

「落ちつけよ。昨日も今日も不可抗力だろ。いちいち突っかかっていたら、体力がもたないだろ」

「私の体力はそんなに少なくないわ!」

「こんな狭い所で暴れたら迷惑だろう」

「それなら、せめて一発――」

「はい、そこまで」

 どこからか、ぱんぱんと手を叩く音が聞こえる。

 シェーラはむすっとしながら、その方向へ視線を向ける。クロウスも抑える力を緩めないように、ちらっと後ろを向く。

 カウンターの奥から、クロウスより背の高い赤毛の髪をした青年が呆れた顔で立っている。歳はクロウスよりも上だろう。整った顔立ちで、日焼けした肌が印象的だ。

 その青年は淡々と言う。

「アルセド、今の様子を見ているとお前の方が悪い。そちらの女性に謝りなさい」

「俺が何かした?」

 その言葉を聞いて、シェーラは食いかかる様に叫ぶ。

「こいつ……!」

「だから、落ちつけって!」

 クロウスはさらに必死に抑え込む。青年はアルセドに近づき、耳の傍でひっそりと話す。

「こういう場合はまず謝っとかないと、後で面倒なことになるぞ。そうだな、例えば給料が減るとか――」

 アルセドは顔色を変えて、イリスの手を放し、怒り狂っているシェーラの前へと立ち、一礼をする。

「どうもすみません!」

「は、はい?」

 突然のことで起るよりも、呆気に取られてしまった。

「非礼をお詫びします!」

「えっと……」

 シェーラはどう答えていいかわからず、クロウスの方を見てくる。クロウスはまずシェーラを開放して、ぽんっと肩を叩く。シェーラは少し冷静さを取り戻し、どうにか言葉を並べた。

「悪いと思っているのなら、それでいいけど……。次からは見ず知らずの人に失礼なことをしないで」

「はい!」

 アルセドの豹変ぶりに、シェーラとイリスは困惑してしまう。

 だが、クロウスだけがアルセドを豹変させた人物をしっかりと見ていた。そして顔を(ほころ)ばせる。

「久しぶりだな、スタッツ」

 青年は特に驚きもせず、返答する。

「この前、電話で話しただろう。まあ、面と向かって話すのは久しぶりだな、クロウス」

 スタッツと呼ばれた青年はクロウスに近づき、右手を差し出す。クロウスも右手を差し出し、お互いに握手をした。がっちりと二人の手は握られる。久々の再会を噛み締めているようだ。

「どうしたんだ、突然。まだ情報が足りないって言うのか?」

「前のとは別件で来たんだが……。ちなみに、ノベレの件は進展したのか?」

 スタッツは少し考えながら言葉を繋ぐ。

「そうだな、怪我人はだいたいがノベレの住人で、あとデターナル島魔法管理局の人が二人程怪我しているらしい」

「魔法管理局が?」

「軽傷だそうだが。あと犯人は一人だって言う話だ。女性とかって言う噂だな」

「そうか、ありがとう」

 シェーラの顔色をちらっと窺う。特に悪い顔色ではない。スタッツは少しにやにやしながら、クロウスの耳元に囁いてきた。

「それにしても女性二人を連れて、お前もなかなかやるな」

 クロウスの頬がさっと朱色に帯びる。

「違う、これには理由があるんだ」

「ちょっと気が強そうなお嬢さんと、穏やかなやさしいお嬢様。お前の本命はどっちかと言うと――」

「だから違うって!」

 顔を真っ赤にしながら、必死に抗議する。スタッツは軽く笑いながら、クロウスの元から離れて、シェーラに近づいた。

 笑顔が素敵な男性を目の前にしてシェーラはほんのり色を帯びる。スタッツはにこりと微笑む。

「こんにちは。先程はアルセドが失礼なことをしました。こちらからもお詫び申し上げます」

「いえ、もういいですから。スタッツさんですよね? 先日はクロウスが電話をした際に、お答えして下さりありがとうございました」

「それくらい、お安い御用ですよ。けれどもあなたにお礼を言われるのはどうかと……」

「あの電話は半分私が頼みこんだことですので、これくらいは当然です」

「そうですか」

 スタッツは少しだけ目を細める。

「すみませんが、あなたのことを、伺ってもよろしいですか?」

「あ、失礼しました。私はデターナル島魔法管理局情報部のシェーラ・ロセッティと申します。クロウスとはある事件で一緒に行動をし、彼の希望もあって魔法管理局に入局を勧めたものです」

「魔法管理局の人……。ですから、ノベレの事件が気になったのですね?」

「はい。同僚が巻き込まれたと聞いて」

 視線をシェーラからイリスへと移す。イリスは慌てて自己紹介をする。

「は、初めまして。イリス・ケインズと申します! 私もそのとある事件で知り合った以降、クロウスさんやシェーラさんにはいつもお世話になっています!」

「初めまして。かわいらしいお嬢さんだこと」

 スタッツは一礼をして、少し離れる。そしてシェーラとイリスに対してきりっとした顔を向けた。

「では改めまして、私はスタッツ・リヒテングと申します。ここの店長でもあり、裏で情報屋もしています。クロウスとは旧知の仲って言う所で。以後よろしく」

 スタッツは、アルセドをちらっと見る。それに反応して、背筋を伸ばして自己紹介をし始める。

「アルセド・スローレンです。スタッツさんの助手をしています」

「アルセドはまだ精神的に幼い所があるから、無礼をかけるかもしれないけど、多少のことは目を瞑ってほしい」

「幼くないぞ! 俺はもう十七歳だ!」

「だから、精神的にって言っているだろう」

 何かを言いたそうなアルセドを無視して、スタッツはクロウスの方に話しかけた。

「ゆっくりと今までのことを聞きたいが、まずは別件というのはなんだ? 内容によってはすぐに動かなきゃならない」

「すまないな。これを探しているんだ」

 クロウスはセクチレの絵と特徴を示した紙を渡した。その紙をじっくりと覗きこむ。

「その茶葉を探しているんだ。この町ならあると思って来たが、見つからなくて」

「またどうしてセクチレを?」

 その質問の回答は横からシェーラが言った。

「上司がセクチレ茶を会議で出したいと言ったので、探しているんです」

「……確かにセクチレ茶は香りも良くて、それなりに美味しいが、あまり大量の人に出す茶じゃない」

「それはどうしてですか? セクチレについて何か知っているのですか!?」

「たいしたことじゃない。ちらっと話を聞いたことがあるだけだ。セクチレは育てるのが難しいため、高過ぎて売れない。上司から頼まれたってことは、会議とかに出すって言うことだろう? そんな量、そうそう買えないよ」

 シェーラは唖然とした。

 セクチレのことを聞いたことがある人はいたが、そこまで知っている人には出会っていない。

「では、どこに行けば茶葉が手に入りますか?」

「残念ながら、今はわからない。何て言っても珍種のものだからね。まあ夜までには分かると思うけど、どうする? お値段は安くするよ」

 にかっと笑い、右手でわっかを作る。それを意図することに、そそっとシェーラはクロウスの方に近寄り、小さな声で相談をした。

「お値段ってどれくらいするの?」

 クロウスは腕を組みながら、曖昧な表情をする。

「よくわからない……。いざとなったら、レイラさんが出してくれるんだろう?」

「そうだけど、レイラさんはそこまでして、セクチレの茶葉が欲しいのかわからないし」

「もしかしたら、セクチレを追うことで他の何かが見えてくるかもしれないぞ?」

「……レイラさんならやりかねないわね。あの人、本当に回りくどいんだから」

 シェーラはスタッツの方を見て、はっきりとした声を発した。

「お願いするわ。セクチレの茶葉がある場所について調べてください」

「了解しました。夜にでも、もう一度来て下さい。良いお返事が出来ると思います」

 スタッツは笑顔で深く一礼をした。




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