表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虹色のカケラ  作者: 桐谷瑞香
第三章 交錯する想い
31/140

3‐3 飛び蹴り少年

 ネオジム島行きの馬車には、三人以外にも様々な人が乗っており、満杯に近い状態だった。家族連れや恋人同士の話声が聞こえる。

 シェーラとクロウスの間に挟まれたイリスは、窓から見える景色を楽しんでいた。二人もいつもとは違う、ゆっくりと移りゆく景色を眺めている。クロウスは少し窮屈そうにしていた。それを見かねて、シェーラは首を伸ばして話しかける。

「あら、狭い?」

「少しな。まあ妥協できる範囲だから。どれくらいで着くんだ?」

「昼過ぎにネオジム島に入るから、午後にはハオプトに着くでしょ。遅くても暗くなる前には」

「歩いていたら、相当日数かかるな」

「そりゃそうよ。イリデンスから局までより少し短い距離なだけだし」

「……レイラさんに、感謝しなきゃいけないな」

 一人旅をしていたクロウスにとって、何日も歩くのは容易なことだ。だが、イリスの体力などを考えると、やはり馬車に乗って正解だったと思う。レイラが馬車に乗ることを承諾してくれたのは、そのような理由だったからだろうか。

 通ってきた道の先を見ると、魔法管理局が徐々に小さくなっていった。少しずつ、だが確実に馬車はネオジム島へと進む。



 昼過ぎに、デターナル島とネオジム島を繋ぐ橋の手前で、昼食の時間が取られた。

 日光を浴びるのも気持ちがいいくらいの天気であったので、三人はお弁当を買って外で食べることにする。二つの島を繋ぐ大きな橋と分ける川を見渡せるベンチに座った。

「なんだか、ネオジム島は元気がありそうな島ですね」

「まだ、入っていないのにわかるの?」

 以前デターナル島とソルベー島の雰囲気の違いを言われたが、正直よくわからなかったシェーラは疑い深い視線を向ける。

「こっちの方まで大音量が聞こえてくるじゃないですか」

「大音量……?」

 耳を澄まして聞いてみるが、至って静かだ。

「聞こえないわよ」

「向こうの橋側の町の音が……」

「聞こえないって」

 クロウスは機嫌が悪くなりつつシェーラに対して、呆れ気味であった。

「全く、これが二十歳のセリフなのか……」

「何か言った?」

 鋭い視線が今度はクロウスに向けられる。

「何も言ってないから。まあ、イリスの言っていることもあながち嘘じゃない。俺の記憶が確かだと、ハオプトはミッタークよりも断然騒がしい。人の量も凄い。そのおかげか犯罪も多い。だいたいが窃盗だがな」

「へえ。でもイリスはネオジム島には一回も――」

「早く食べないと、時間に間に合わないぞ」

 そっけなく返答すると、クロウスは急いで食べ始めた。イリスもそれにつられて食べる。

 無言になった二人を見て不満いっぱいのシェーラであったが、仕方なく昼食に手をつけ始めた。

 やがて出発の時間になりいよいよ馬車は橋を渡る。歩いて渡る人を見ながら、一同はネオジム島へと進んだ。

 商業の島『ネオジム』へ――。



 馬車はその後も何事もなく、ネオジム島首都ハオプトに到着した。

 ハオプトの入口に降り立った三人はあまりの喧噪と人混みにびっくりする。

「すごい人の量ですね」

「本当にすごい。イリス、迷子になっちゃダメよ」

「子供扱いしないで下さい!」

 シェーラがそう言う風に言葉を漏らすのもわかる。大通りの方を見ると、人でごった返していて、とてもじゃないが小さな子供を野放しにはできない。イリスはまだ世間を知らな過ぎるので、その点では子供かもしれない。

 馬車に乗った時と同様、イリスを挟む形にし、クロウスを先頭にして喧噪の中へと入って行った。

 まるでお祭りでもあるかのような賑わいで、進むのにも一苦労してしまう。

 家の中で店を開いているところもあるが、外で露店を出している所もたくさんある。そのおかげか、露店の前で立ち止まって道行く人の流れを塞ぐ者、香ばしい匂いに誘われ道を横断する者などいて、思うように進まないのだ。

 三人はシェーラの提案で、まずは茶葉を売っている大きめの店に行くことしている。だが、それがどこにあるかよくわからなかった。ハオプトに入る前に地図を渡されたが、人が多く過ぎて、地図を読む暇さえない。

 仕方なく人々の流れに逆らわずに道なりに進んでいるというのが現状だ。

「この調子じゃ、いつまで経っても見つからなそう」

 さすがのシェーラも人の多さにうんざりしている。

「宿でも行ってから、地図をゆっくり読むか。長時間馬車に乗って、イリスも疲れているだろうから」

「宿はどこにあるの?」

「入口と中心街にたくさんあるようだ。このまま流れに乗って行けば着けるだろう」

「早く着かないかしら……」

 押しつぶされそうになりそうなイリスを挟みながらの会話。イリスは進むのに必死で、何も口を挟まない。

 そんな中、この喧騒にも負けないくらいの声がはっきりと聞こえた。ざわめきながら歩いていた人々は、歩調を緩めながらきょろきょろとその声の主を捜し始める。イリスはちらっと、後ろを向いた。シェーラも思わず後ろを向く。

 すると一人の男がかなり険しい顔をしながら走ってきていた。歩いていた人々はその顔に驚き、慌てて道をあけてしまう。

 するとその男の後ろから、短い褐色の髪が涼しげな少年が、「この盗人!」と、叫びながら怒りを露わにして追いかけていた。

 服も身軽である少年は、みるみるうちに男との差を詰めていく。

 ある程度詰め寄ると、飛び上り、男の背中を思いっきり蹴り飛ばしたのだ。

 男はそのまま倒れこむ。

 そして男が手で持っていた古めかしい懐中時計は、その衝撃で手から洩れて飛んでいき、イリスの手の中にすぽっと収まった。

 あまりの行動に、その場にいた一同は口を開けたまま唖然とする。

 少年は一仕事をしたという風に、顔の汗を腕で拭った。そして、地面に這いつくばって唸っている男を指で差しながら、はきはきと言う。

「俺が店番しているときに盗みを働くなんて、考えが甘すぎるんだよ!」

 クロウスは妙に自信満々で、飛び蹴りをする無謀なあたりが、誰かに似ているなと思い、視線をシェーラにやる。幸いシェーラは少年のやり取りを見ていて、気づいてない。

 少年はがみがみ言いながら、上から目線で男に対して説教染みたことをしている。男は飛び蹴りをされた部分がよほど痛いのか、逃げようとはしなかった。

 話している途中で、少年はハッとすると、男の手の中を覗き込む。そして何も持っていないことを確認すると、真っ青な顔をしながら、男のポケットなどを荒らし始めた。

 きょとんとしていたイリスは、自分の手元にあるものを見る。クロウスとシェーラも手元を覗き込む。

「彼、これを探しているんでしょうか?」

「十中八九そうね」

 イリスはおずおずと少し前に出て、少年に対して話しかける。

「あの……」

「それくらいじゃ、聞こえないって」

 あっという間に声がかき消されたことを、シェーラは指摘する。

 イリスは少し躊躇い、シェーラに応援の視線を送ったが、その視線をいともかわしてしまう。

 仕方なくイリスはお腹の底から声をはじき出した。

「あの、すみません!」

 少年は顔を上げてイリスを見る。まだあどけなさが残る顔だ。

「お探し物は、これですか?」

 イリスは手の中にある懐中時計がはっきりと見えるように、手を広げる。それを見ると、少年の顔は明るくなり、すぐに駆け寄ってきた。

「そうです! その懐中時計です!」

 少年はイリスの目の前に立ち止まり、にこりと笑っている少女を見る。

 すると目を大きく見開き、がちっとイリスの腕を両手で握った。

「ありがとうございます! こんな素敵な女性に拾ってもらえるなんて、光栄です!」

「あの、拾ったのではなく、たまたま手の中に収まっただけですけど……」

「そんなのいいじゃないですか。あなたのような方に出会えて、僕はとても嬉しいです!」

「はあ、それはありがとうございます」

「一緒にランチでもいかがですか?」

「いえ、もうランチの時間は過ぎたと思うのですが……」

 少年の主張に対して、イリスが明らかに引いているのを、後ろから見ているシェーラとクロウスはよくわかっていた。それを見ながら、他人事のように話し始める。

「あの少年、一目ぼれでもしたかしら」

「そうかもな。すごい押し方だ。あのイリスでさえ、引いているぞ」

「しかも彼、一人称変わっているし。あらら、イリスの笑顔が消えかかっているわ」

 イリスはぎゅっと握られている腕から痛みを感じているようだ。力が強すぎて、振り払うに振り払えないのか。いつしか、イリスの顔から笑みが消えていた。

 だが少年はそれに気づかず、引き続きべらべらと話している。

「そうだ。ディナーでも、いかがですか? そのあと、ホテルにでも――」

「子供がませたことを言っているんじゃない!」

 イリスの後ろから、あまり大きくない手がにょきっと出てきて、少年の頭をがっちりと握った。剣幕な表情で、シェーラは少年を睨みつける。

「君、もっと女の子のこと考えてあげないと、嫌われるわよ!」

「なんだよ、いきなり」

 突然の乱入者に膨れっ面で答える。

「ひとまず、この女の子を握る手を――」

「おーい、アルセド! 早く店に戻れって、店長が言っているぞ」

 どこからか聞こえてくる野太い声がシェーラの言葉を遮る。

 アルセドと言われた少年は、ぱっとイリスの腕から手を放し、懐中時計を取った。イリスの腕は真っ赤だ。

 そうとは知らず、陽気な声でアルセドは話しかける。

「ここを真っ直ぐに行き、ぼろい雑貨屋を右に曲がって、再び真っ直ぐ行った所に、働いている店があるんだ。是非お礼がしたいから、一度来てよ!」

「え、ええ。時間があれば……」

「必ず来てね! “骨董品アンチクエ”って言う、お店だから! それじゃ、また!」

 アルセドは手をぶんぶん振りながら、笑顔で走ってきた道を戻って行った。

 飛び蹴りされた男はすでに連行されており、立ち止まって成り行きを見ていた人も徐々に散らばり始める。

 風のように去って行った、アルセドに対して、シェーラは不満を露わにする。

「なんなのあいつは! イリス、痛かったでしょ」

 赤くなった腕を摩りながら、少し無理して笑顔を作る。

「大丈夫です。好意でやってもらった事なら、いいですよ」

「やさしいわね、イリスは。そのやさしさで、変な男に捕まらないでよ」

「ええ、気をつけます」

 クロウスは少し考え事をしながら、二人に近づいた。

「どうしたの、クロウス?」

「いや、あの少年が言っていた店が……」

「お礼とかを目当てに行くって言うの? やめてよ、あいつがますます調子に乗るじゃない」

「そうじゃなくて、店の名前に聞き覚えが――!」

 閃くと、慌てて手帳を取り出した。シェーラはイリスの髪を撫でながら、その様子を見る。

 クロウスはさっと、あるページを二人に見せた。ある番号の上に、骨董品アンチクエと新たに付け加えられている。

「この番号は? どうしてその店の番号を知っているのよ」

「この前掛けた番号だ」

「この前?」

「ああ。ノベレの情報を知るために、掛けた」

 シェーラの表情が複雑になる。

「それじゃ、その店に……!」

 クロウスははっきりと首を縦に振った。

「そうだ。その店は俺の友人の情報屋、スタッツ・リヒテングがいる店だ」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ