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虹色のカケラ  作者: 桐谷瑞香
第三章 交錯する想い
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3‐2 茶葉に対する思惑

「えっと、もう一度言ってもらってよろしいでしょうか?」

「だから、今度の島会議で出そうと思っている茶葉を買ってきてって言ったのよ。お偉いさんって、結構お茶の味とかうるさくてね」

 副局長室で机を挟み、シェーラとレイラはいつもと同様に言い合っていた。

 レイラに呼び出された理由は……、“買い物”。しかも場所はネオジム島の首都ハオプト。困惑する三人だ。

「どうして、それを私たちに? 買い物くらいなら、私だけでも行けますよ」

「だってシェーラはその茶葉のことよく知らないんでしょ? イリスちゃんは知っているって聞いて」

 イリスは軽く頷く。

「シェーラとイリスちゃんだけじゃ、ノクターナル兵士と遭遇したときの対応が難しいと思って、クロウス君も呼んだまでよ」

「その茶葉のために、どうしてもネオジム島に行かなきゃいけないんですか?」

「なるべく行ってほしいわね。やっぱり美味しいお茶の方が会議も有意義に進むの。だから円滑に進めるためにも、買ってきて。こういう一見どうでもいいことって、シェーラくらいにしか頼む人いないのよ」

「でも、急に私宛の仕事が入ったりしたら――」

「そこらへんは私からルクランシェの方に言っておくから、安心して行っていいわよ」

 シェーラは頭が痛くなりそうだった。十年近く一緒にいるが、たまにレイラの言動に理解が示せないときがあり、そのたびに困惑してしまう。たいていは何らかの裏の部分があり、それに気づいたときには、さすがレイラさんと頷けるときもあった。だがごくまれに、何もないときもある。

 今回はどうなのだろうかと、探りを入れたいが、残念ながらその時間はなかった。

「さて、そろそろ会議が再開するから、もう行かなくちゃ。じゃあ頼んでいいわね? シェーラ」

 シェーラは観念したように、返事をする。

「わかりましたよ。なるべく早く買ってきますね。見つけ次第連絡を入れます。セクチレの茶葉ですよね?」

「そうよ。よろしくね」

 シェーラはぶつぶつ言いたいのを堪えながら、イリスとクロウスを外に出すように促した。



 三人が部屋を出て、ドアを閉めるのを見届けると、レイラは肩の力を抜き、思わず椅子にどっぷりと座り込む。わずかに見える表情は、シェーラと話していたときのような飄々とした感じはなく、何か思いつめているような、ひどく真面目な感じだ。

 そしてシェーラ達が出て行って間もなくしてルクランシェがひょいっと入ってくる。

「レイラ、そろそろ会議を再開するから、会議室に戻れ」

「ええ、わかっている。もう行くわよ」

「……さっきシェーラとすれ違ったが、すごく困惑していたぞ」

「やっぱり?」

 ルクランシェはレイラの傍まで歩いていき、じっと睨み付ける。

「正直、こっちも困惑しているんだ。シェーラは優秀な情報部員だから、ノベレの爆発を調査してもらおうと思っていたのに、お前が私用で仕事を頼みたいって言うから、やむなくやめたんだぞ。茶葉買いだって? そんなのシェーラ以外の二人に頼んだらいいじゃないか?」

 レイラは眼鏡の奥から鋭い眼光を放っているルクランシェだけに聞こえるように言った。

「シェーラが優秀なのは、常に自らを危険と紙一重にしているって、あなたも気づいているでしょ?」

「そうだが……」

「それに今回は絶対にシェーラが必要なのよ。茶葉買いだけが、目的じゃない。セクチレの茶葉は先生が好きだった茶葉。局長が好きだった茶葉」

「どうして突然局長が……」

「局長が私達に対して遺したものが、この局以外にあるってことよ」

 ルクランシェは目の色を変える。

「そんなの初耳だぞ!?」

 レイラは諭すようにやさしく言う。

「静かにして。あなただから話しているのよ。そのことは基本私しか知らないこと。それをシェーラには秘密裏に探して回収して欲しいのよ。セクチレの言葉を追えば、たぶんそれに辿り着くはず。……まずは味方から惑わさないと、敵は欺けないからね」

「お前はけっこう難しいことをするな。もし回収できなく、茶葉だけ買って帰ってきたらどうするんだ?」

「そのときは、そのときでしょ。別に回収できなかったらそれでいい。用はあっち側に渡らなければいいから」

「渡らない保障は?」

「さあ、どうかな。私もよくわからない。まあ、先生のことだから、誰かに頼んで厳重に保護さしているでしょうね」

 ルクランシェから視線を逸らして、ぼんやりと窓の外を見つめる。

 どうしてこんなにまどろっこしいやり方をしたのかは、他にも理由があった。それは、レイラにとっての自己満足だったのかもしれない――。



 セクチレ茶を調べるために、書物部に寄る三人。イリスは慣れたように、植物図鑑がある一角に行き、重そうな図鑑を一冊抜き取る。

「これが珍しい茶葉が載っている図鑑です。セクチレの茶葉はかなり珍しい種類ですが、おそらくここには載っていると思いますよ」

「ありがとう」

 シェーラはぱらぱらと紙を捲り始める。見たことがないような植物が並んでいた。様々な大きさや色。

 そんな中、セクチレの茶葉はひっそりと目立たないように載っていた。全体が若干黄色っぽく、小さいかわいらしい感じだ。

「セクチレは日の当たらないところで生息しているという噂もあります」

 イリスは色以外の特徴も挟みこみながら話す。

「けど、色からその植物が存在するとわかりますよね。ですからセクチレは、“何かを伝えたいけど、それを素直にはっきりと言えない者によく似ている”とも、言われているんです」

「へえ。はっきりと言えないね……」

 シェーラは副局長レイラのことが思い浮かべた。はっきりと言ってくれないのは、よくあることで、何だかこの葉に似ていると思う。

 ふと、もう一人思い浮かんできた。あの人も、常日頃心の底には強い何かを秘めていた気がする。そしてそれを秘めたまま、日の当たらない所に行ってしまった――。

「シェーラ、どうした?」

 ぼーっと立ち尽くし、図鑑を落としそうになるシェーラに対して、変わりに図鑑を取り上げたクロウスは思わず心配そうな声を漏らす。

「あ、うん。大丈夫だけど」

「そうか。疲れているんじゃないのか?」

「いや、本当に大丈夫」

 大丈夫と言い、軽く笑みを浮かべるが、目は笑っていなかもしれない。シェーラは思わず肩を触れようとするクロウスの手を払った。クロウスはその行動に思わず、びっくりしてしまう。だがそれを気にも留めずに努めて明るい声を出す。

「さあ、これをメモして、セクチレを探しに行こう。明日の朝にでもハオプトに向かうわよ」

 背を向けていたシェーラはクロウスとイリスの表情が浮かない顔をしているのに、気付かなかった。



 その夜、シェーラは一人、仄かに光る月明かりを浴びられる場所に立っていた。局から少し離れた森の中で、少しだけ市街地の喧騒が聞こえる。

 部屋に籠もっていると、何だか息が詰まりそうだったから、こっそりと部屋を抜け出した。そして母親に心配をかけたくなかったからだ。

 肌に少し冷たい風が当たる。この時期にしては気温は低い。

 昼は比較的暖かかったのに、この気温差はまるでシェーラの心を象徴しているようだ。

 右手を前に出し、いつもの調子で集中すると、風の膜を帯びることができる。

 それをさっと、右に振る。

 そして、振って間もなくして、近くにあった木に深々と傷が付けられた。

 右手を顔の前に持ってきて、風の膜を見つめる。


 ――いつから、こんな風に楽に風を扱えるようになったのだろうか。

 

 昔はただ好き放題に風を出しているだけだった。

 それを大きく変えてくれたのは、間違いなくある一人の存在。

 そして風を自由に操れるようになったことが、シェーラにとって一つの分岐点となった――。

「今日もいい風が吹いているな」

 ぽつりと言葉を呟くと夜空を見上げる。

 いつもより視界が悪く、見える星の数も減っていた。



 * * *



 次の朝、クロウスとイリスをハオプトに連れて行くために、シェーラは宿に向かう。

 宿に着くとすでに二人は準備万全だった。

「じゃあ、ネオジム島の首都ハオプト行きの馬車に乗って行くよ」

「馬車ですか?」

 イリスは聞きなれない言葉を聞いて、頭の中に疑問符が浮かぶ。

「そう。歩くと長い距離だから馬車で。あら、馬車は苦手?」

「いえ、初めてなもので……」

「そんな事だろうと思った。馬に乗るより楽に行ける乗り物よ」

「そうですか。イリデンスではそういうのはなかったもので」

「馬車は大きな町とかにしかあまりないかもね」

 そして三人は局とは逆の市街地の方に向かうことになった。市街地とっても、その脇の道を通るだけだから、人の量は対して多くない。高い建物が並んでいるのを横眼で見ながら、馬車が大量に止まっている所まで歩いていく。

「馬車なんて、俺も初めてだな」

 クロウスが何気なく言葉を漏らす。

「私もそうそう乗らないわ。けど、今回は副局長直々の仕事だもの。どうせ経費から落とせる」

「……シェーラ、そういう考えはどうかと思うが」

「大丈夫よ。レイラさんに確認もらって来たから」

「そうか」

 まあ、早いに越したことはないのだろうと、クロウスは自分の考えを改める。

 馬車が何台か止まっている所に着くと休憩中なのか、放牧されている馬たちがそこら辺の草を美味しそうに食べていた。

「ハオプトまで行く馬車はどれですか?」

 馬を手入れしている初老の男に近づき、シェーラは話しかける。すると男は眉を曲げながら返答した。

「二つ向こうの馬車だが。今の時期、ネオジム島の方に行くなんて、危なくないのかい?」

「大丈夫ですよ。ノベレの方まで行きませんし、すぐに帰ってくる予定ですので」

「そうかい? まあ、気を付けてくれ」

「ありがとうございます」

 ぺこりと頭を下げる。男は手を軽く上げて、『どういたしまして』という感じで返した。

 男に言われた馬車を見ると、元気そうな馬が大量の草をむしゃむしゃ食べながら、繋がれている。

 出発まではまだ時間があり、シェーラとクロウスは近くのベンチに座り、イリスはそばに繋がれている馬を撫でたりしていた。 

 クロウスは隣でイリスを微笑ましく見ているシェーラをちらりと見る。

「レイラさんはシェーラのことを頼りにしているんだな」

「頼りと言うか、雑用をやらされているだけだけど」

 世話の掛かる上司だ、と言わんばかりの表情を浮かべている。

「茶葉にもこだわりがあるなんて。すぐに見つかると良いな」

「それはどうだろう。私も知らなかった植物だから、結構大変かもね」

「イリスはどうして知っていたのだろうか?」

「なんか昔親から教えてもらったらしい。まったくあの娘の親って、一体どういう人だったのか」

 馬をやさしく撫でるイリスを見ると、とても嬉しそうだ。

 会ったときからそうだが、イリスには不思議な雰囲気が纏っていると感じられる。

 純血であるからとかそういう理由ではない。純粋に彼女から発せる心地よい雰囲気が人々を包み込んでいるのだ

 出発する時間になると、中に入る様に言われた。

 シェーラはイリスとクロウスに中に入る様に促し、それに続いて中に乗り込む。

 そして、時間が来るとゆっくりと馬車は動き始めた。

 三人の想いと共に、ゆっくり、ゆっくりと――。



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