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虹色のカケラ  作者: 桐谷瑞香
第二章 魔法管理局
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2‐11 一方的な会話

「ああ疲れた。事情聴取とかってどうも苦手なのよね。どこまで話せばいいのかわからないし」

 夜になり、シェーラは大きく伸びをしながらベッドの上に座っていた。イリスも眠そうな顔で椅子に座っている。それをクロウスは窓際に背を付けて、眺めていた。

 病院に行くマーラとルージェを見送ると、三人は治安維持局の人に捕まり、延々と夜まで事情聴取をされていたのだ。主犯格が死んでしまった今、口を開かない他の四人を除いて、その現場にいた人から詳しく話を聞くべきであると、三人に目が付けられたのだった。

 日も暮れ、今から魔法管理局に帰ると遅くなってしまうということから、三人に対して宿の二階の一部屋を借りてもらっている。

 だが、シェーラは不機嫌そうな声を漏らしていた。

「部屋をあちら側で借りてもらったのはよかったけど、普通男女分けると思うな」

「どこの宿も満室でしたし、しょうがないのではないでしょうか?」

「そうだけど……。まあ、その話は置いとこう。クロウス、変なことしたら追い出すからね」

「何もしないよ」

 クロウスは肩を竦めながら答える。

 シェーラはイリスの言うことももっともだし、今更何を言っても変わらないのだから、話を変えることにした。

 イリスの方を向き、にこりと笑みを浮かべながら口を開く。

「ねえイリス、あなた昼間に魔法を使ったわよね? 土の魔法を」

「はい、そうですけど……」

「どうして教えてくれなかったの? 私、あなたが純血の人なのに、どうして魔法を使わないのかって、ずっと不思議に思っていたのよ?」

 笑顔なのにどこか怖さを隠している言い方。イリスはきょとんとしながら答える。

「言っていませんでしたっけ?」

「言ってない!」

「それはすみませんでした!」

 イリスはしゅんとして顔を下に向ける。

 しかし、今日のイリスは一味違った。少し視線を上げながら、シェーラをちらりと見て、ぼそりと呟く。

「けど、私の魔法はただ土を出すだけで、シェーラさんの魔法には遠く及びませんよ。純血なんて名ばかりだと思うのですが」

「そうかしら? あの後、あなたが土を元の状態に戻す前によく見たけど、きれいで無駄のない防御壁だったわ。それにあんなに遠くから魔法を使うなんて、充分すごいと思うけど?」

 愛想よく返答をするシェーラ。それがまた怖い。イリスは堪らずクロウスに助けを求めた。

 それを見てクロウスは腕を組みながら、やさしくシェーラに話しかける。

「なあ、シェーラ、気になったのだが、どうしてビブリオに来たんだ? まだ安静中のはずだし、イリスもそう外にでちゃ危ないんじゃないのか?」

「イリスがここの図書館の本を局で見つけて、その返却期限が迫っていたのよ。それで慌てて来たわけ」

「その本は返したのか?」

「それはもちろん――、返してないわよ!」

 シェーラは恐ろしい形相をしながら立ち上がり、力の限り叫ぶ。そして怒涛のように口から言葉が漏れてきた。

「今日中に返却しなきゃいけなかった本なのよ! それなのにあの連中はなかなか帰してくれなくて、気がついたら閉館時間がとっくに過ぎている! どうやって返せばいいの!」

「返却ボックスとかあるんじゃないのか?」

 シェーラに圧倒されながらも、さりげなく答える。だがそれは逆効果だった。クロウスはぎろりと睨み付けられる。

「あるけどどっちにしてもそれは明日返却になるのよ。そんなのも知らないの?」

「いや……」

「返却が一日伸びるだけで、すごくガミガミ言われながら返却しなきゃいけないのよ。私が借りたのでもないのに。一体、どうしてくれるのかしら?」

 もはやクロウスが止められる領域を超えている。しかし八つ当たりされるのも、すごく迷惑な話だった。

 シェーラがしゃべり、クロウスが答えて、それが逆に悪影響を与えるという、なんとも火に油を注いでいるような光景である。

 イリスはそれを見て、手を口に添えながらくすくすっと笑う。その笑い声がしだいに大きくなると、二人はやり取りをやめてしまった。

「なんか気味悪いわね、イリス」

「そんなに可笑しい事があったか?」

 シェーラとクロウスが口々に不審な行動をする少女へとしゃべりかける。

「いえ、面白いなっと思いまして」

「何が?」

「面白いというのは少し語弊ですね。微笑ましいなって」

 シェーラとクロウスはお互いを見合うと、首を横に傾げた。この少女は何を言っているのだろうと。

 やがてシェーラはクロウスにあたるのも馬鹿らしくなったのか、はあっとため息をついて、強制的に会話を終了させた。

 イリスはその行動に気にもせず、クロウスに質問をする。

「クロウスさんはどうしてビブリオに来たのですか?」

「俺も本を返却しに来たんだ。レイラさんに頼まれて」

「あら、そうですか。お疲れ様――」

「ちょっと、その話待って」

 シェーラは先ほどとはまったく変わり、真面目な顔をしながら話に割り込んだ。

「レイラさんが本を返すように頼んだの?」

「そうだよ。それがどうしたんだ?」

「だっておかしいわ。よほど特別な事情がない限りは、図書館で借りたものは書物部の人が返すのよ。それか個人的に借りた人が本人達で返すくらい。クロウスみたいな、まだ来て間もない人に頼むなんて、おかしいわよ。ちなみにその返却期限はいつまでか覚えている?」

「たしか、明後日くらい。……一つ聞いていいか?」

「何?」

「レイラさんに本を返すように頼まれた際に、三日以内に返せばいいって言うのはおかしいのか?」

 シェーラは目を丸くした。

「お、おかしいに決まっているわよ! 何の意図があってそんなことを。それとも何もなかったのか……」

 シェーラは首を傾げながら歩きまわり、何気なく窓から外を見た。

 街灯の光が漏れている。そこで人影が目に付く。どこかの裏通りにいるのだろうか、影だけ見える。

 窓を少しだけ開けてみると、その人影がこそっと動いて止まった。

 不思議に思い、さらに窓を大きく開け、身を乗り出す。すると人影がさらにこそこそと動いて止まる。

 影を隠したかったのだろうが、まだ見えていた。

「ねえ、クロウス。夜に路地裏でこそこそ動く人ってどういう人かしら?」

 外の状況を知らないクロウスは、突飛な質問にびっくりする。

「何かよくないことでもした人じゃないのか?」

「じゃあ、こっちが動作をしたのと同じくらいに動き、こっちが動くのをやめると止まる人ってどういう人?」

「たまたまかもしれないけど、その人を監視しているとかっていうのもあるな」

「そう――。クロウス、私の怪我は医者からもう大丈夫だって言われているけど、いざとなったら口添えしてね」

「え、何を口添え――」

 クロウスが聞こうとしたときには、そこにシェーラの姿はなかった。イリスは真っ青になりながら、窓を指す。

「シェーラさんが飛び降りましたよ!?」

 その窓はひらひらと開いている。まさかと思い、すぐに窓から外を見ると、シェーラが道を一目散に走っているのが見えた。

「シェーラさん、一体どうしてそんな早まったことを……」

 クロウスは泣きそうになっているイリスの両肩をがっしりと掴んだ。

「落ち着いてイリス。ここは二階だ。それにシェーラほどの運動神経があれば、ここから飛び降りても怪我はしない。それに風の魔法もあるんだ。大丈夫だろ?」

「でも、どうして?」

「何か急いでしなきゃいけないことがあったんだろう。――イリスをここに残していくのは、少し危険か。よし、一緒に後を追うか」

「はい!」

 はっきりとした声を出すと、二人は最低限必要な荷物を持って一階に降り、シェーラの後を追った。



 シェーラが軽やかに着地をしたとき、すでに影の主は走り始めていた。やっぱりクロウスの言った通りかと思い、すぐに後を追う。薄暗く、相手の顔はよく見えない。

 相手は必死に逃げるがあまり速くなく、女の中では速い部類に入るシェーラによって、じりじり詰められていった。相手のペースが落ちてきた所を見て、すかさず足を速め、横に並んだところで手を掴み、そのまま一捻りした。

 逃げた相手は堪らず立ち止まり、シェーラの手から解放されようともがく。

 それをうるさいとシェーラは感じると、その手を握りながら、足を払って、転ばせる。

 相手は激しく尻をつく。痛っと言いながら、必死に尻をなでる。

 仄かに街灯がついているところだったため、ようやく相手の顔を見ることができた。じろりと顔を見ると、その人物に唖然としてしまう。

「シェーラ、大丈夫か?」

 クロウスが叫びながら、イリスと一緒にシェーラの元に駆け寄ってきた。シェーラはクロウスを見ると、複雑な顔をする。

「どうしたんだ?」

「え、だってこの人、同僚のマラードなんだけど……」

 マラードと言われた男はその発言に肩をすぼめながら、シェーラたちの視線から避けようとした。歳はクロウスより若干上くらいだろう。

「本当なのか?」

「この微妙に長いく明るい茶髪に、分厚い眼鏡なんて、そうそういないでしょ? そうでしょ、マラード」

 顔を強張らせながら、必死に逃げようときょろきょろする。だが、シェーラが強く握っているため、それは難しい。

「認めないのね。何か言ったらどうなの!?」

 再びシェーラの火山が噴火しそうな勢いだ。

「なあシェーラ、君の同僚なら情報部だろ? それならそうそう口を開けるはずがないと思うが……」

「そうか、それもそうね。じゃあ、強行突破」

 そう言うと、シェーラは握っていない手をそろりとマラードの首筋に近づける。そして、くすぐり始めた。

 すぐにマラードの顔がおかしなことになる。必死に耐えようとしながら、歯を食いしばる。

「さあ、言わないとこのままくすぐりの刑よ!」

 数秒後、今度は声をたてて絶叫し始めた。もはや言葉ではない。

 マラードはひいひい言いながら、普通の言葉を発した。

「すまん、シェーラ。お願いだから、やめてくれ。話すから、すべて話すから、もうやめろ!」

 そう必死に言ったが、シェーラは手を休めなかった。半分楽しんでいたからだ。



 数分後、ようやくくすぐるのをやめると、クロウスとイリスはマラードの発言に驚愕の顔を浮かべることになる。だが、シェーラに関して、不機嫌そうな表情でぼそりと呟いていた。

「まあ予想できたことかもね」



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