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虹色のカケラ  作者: 桐谷瑞香
第二章 魔法管理局
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2‐9 突然現れた人物

 クロウスは図書館を出た後、重い足取りで町の定食屋へと入って行った。すでに昼の時間も過ぎていて、お腹も空いていたからだ。

 中は比較的空いており、席に座って料理が出てくるまでにそう待たなかった。ミッタークより海辺に近い所に位置しているためか、メニューを見ると魚料理が多い。クロウスが頼んだのも、焼き魚の定食だ。食べてみると、新鮮でとてもおいしい。よく味わいながら綺麗にたいらげた。

 食後に水を飲みながら、窓から外を見渡す。多くの人が本を持って歩いていた。空は穏やかに雲が流れている。天気や人々の様子を見ているだけで、心が休まるようだ。

 だが、本当にこれでいいのかと、クロウスは思ってしまう。

 ノクターナル兵士に接触できる機会が増えるかもしれないという安易な考えだけで、局に来てよかったのか。まだ三日目とはいえ、本を返すという、誰でもできることをしている自分は果たして望んでいたことなのか。

 あの本やマーラに会ってから、平和な環境でぬくぬくしている自分に疑問が生じる――。

 いつまでも店で考え事をしながら居座るにもいかず、早々と店を出て、もう少しだけ町を回ってから帰ることに決めた。

 せっかくだからどこか大きそうな本屋にでも行ってみるかと思っていると、さっき大量の本を持っていた少年が目に留まる。今、少年は本を持っておらず身軽だ。少し気になることもあったので、話しかけようと考えた。

 傍に寄って行くと、少年は立ち止まり、びくっと驚いたようにクロウスを見る。

「さっきは大丈夫だったか?」

 穏やかに話しかけてみたが、少年は仏頂面で何も言葉を発さない。

「あんなに本を借りるなんて、本がよっぽど好きなんだな」

 やはり返答はない。

 少年は視線を反らし、再び歩き出そうとする。その行動に奇妙な印象を受けたクロウスは、思わず少年の肩に手を乗せた。

「少年、どうした、体の調子でも悪い――」

「うるさい、僕に触るな! お前なんか大嫌いだ!」

 少年は振り返り、今にも噛みつきそうな目をして叫んだ。

 クロウスは突然の言葉に驚き、手を離すと少年は一目散に走って行ってしまった。

 その様子を見ていた周りの人は何事かとざわざわと話し始める。そのような行動をやられた本人の方が困っていることに気にも留めず。

 クロウスの頭の中は激しく混乱し、首を傾げていた。

「どうもすみません……」

 突然後ろから、女性の謝る声が聞こえた。聞き覚えのある声に気づく。振りかえるとマーラが深々と頭を下げている。それに対して慌てて、首を横に振った。

「いえ、あなたに謝られる覚えはないのですが。頭を上げてください」

「あの子は私の息子、ルージェです。この度は失礼なことをしてしまいまして」

「息子さんでしたか……。いえ、特に気に病んでいませんから、大丈夫ですよ。しかし特に彼に嫌なことをした記憶はありませんが……」

 ゆっくり頭を上げると、どこか心配そうな顔をしていた。

「そうですか。けど、あの子は理由もなく暴言を吐く子ではありませんよ。どうしてかしら……。あの、宜しければ少しお話しながら歩きませんか?」

「構いませんよ」

 そう言い、二人は図書館の近くにある広場まで歩みを進める。その間はお互いに考え込んでいて、ほとんど言葉を発することはなかった。

 広場の中央には噴水があり、その周りにベンチがいくつもある。とても見晴らしのいい場所だ。マーラが思案しながら言葉を出す。

「……ルージェとの出会いは先ほどが初めてでしたか」

「いえ、昼前に一度だけ。ルージェ君が大量の本を持っていて、途中で転んでしまったときに拾うのを手伝いました。その時も最後に顔色を変えて、走って行ってしまったんですよ。それで気になったので、先ほど偶然出会ったときに話しかけたら、あのようなことに……」

「まあ。それは本当に失礼なことを。変ですね。あの子、少し人見知りはしますけど、会って間もない人にあんなことを言うなんて、今までなかったのに……」

 マーラも混乱しているようだ。クロウスは苦し紛れに意見を述べる。

「何か嫌なことでも思い出してしまったとかは?」

「嫌なことですか……?」

 マーラはじっと眺めながら、クロウスを見ることで連想される嫌な記憶について考え始めた。

 若い男性、少し筋肉質なところ、そして腰には長剣と短剣が一本ずつ。

 はっと何かに気づくと、マーラは手を口に覆った。

「何かありましたか?」

「ええ……。たしか、夫が亡くなった後に、若い男性が事故の詳細を伝えてくれたんですよ。その人があなたと雰囲気は全く違うのですが、体格や腰に剣を添えていることなどが似ていたのかしらと思って」

「容姿が似ていて、思わず言ってしまったわけですか。――たしかあの本では、シルキスさんは事故ではなく殺されたと書いてありましたね」

「ええ。確証はありませんが、主人の遺体にはあまりにも不自然な怪我が多く、あの島の情勢も考えると、その方が納得できることが多いんです。――もしかしたら、息子はきっと夫がそのような人に殺されたと思っているのでしょう。だから間違って大変な暴言を。本当にごめんなさい」

 謝られても今度ばかりは逆に困った。大嫌いと言われても、クロウスにとっては否定できない。それはクロウスがシルキスを見殺しにしたと言っても、過言ではないから――。

「その男、どんな感じでしたか?」

 動揺しているところを見られたくなく、つい思ったことを質問してしまう。マーラは口に手を当てながら、思案をする。

「そうですね、あなたより少し大きめで、歳も三十に近かったかしら。あ、あと深い帽子を被っていて目の辺りがよく見えませんでした。なんだか、あまりお近づきにはなりたくない人ですね」

 その話を聞いてクロウスは目を見開いた。

 ――ま、まさか堂々と遺族にまで顔を出す奴がいるなんて。……自分が手をかけた相手に。

「どうかしましたか?」

 突然表情が強張ったクロウスを見かねて、マーラはやさしく話しかける。

「いえ、何でもありません」

 なるべく冷静を装って答えた。マーラはその行動に首を傾げる。

「そうですか。あら、そろそろ休憩時間が終わりますので、ここら辺で失礼します。ルージェの方にはきつく叱っておきます。本当に申し訳ありませんでした。それでは、また」

 マーラは立ち上がり静かに微笑んだ。クロウスも立ちあがり一礼をして、マーラが図書館の方に戻って行くのを見る。ルージェの暴言の意味はわかったが、それは逆により深く心にナイフをえぐられている気分だ。

 戻る途中でマーラは三十歳くらいの男性に話しかけられていた。逆光で顔は見えず、焦げ茶色の短髪が風で微かになびかれている。腰には大き目のナイフがちらりと見えた。

「マーラ・エルムさんですか? 図書館で働いている」

「はい、そうですけど。どうかしましたか?」

「私、以前マーラさんのいる階で本を借りたのですが、誤って本を汚してしまったのです。それでまずはあなたにお知らせをしなければと思い、お尋ねしました」

「あらそうですか。今、その本は持っていますか?」

 男は笑みを浮かべながら、肩から下げているバックを指で差した。

「はい、この中に」

「わかりました。図書館の方に戻って、その本の状態を確認しましょう。よろしいですか?」

「わかりました」

 クロウスはその会話に何か引っかかるところがあった。担当の人を見つけて話をするよりも、図書館にいる人に聞いた方が早いのではないかと思ってしまう。不思議に思いつつも、クロウスはその場から離れようと思った。

 マーラが男に背を向ける前までは。

 彼女が男に背を向けて歩こうとした時、男は胸元に手を突っ込み、手を抜くと手元から光るものが見えた。クロウスは顔色を変えて、瞬間的に大声を発する。

「マーラさん! 後ろ!」

 慌ててマーラが振りかえると、胸の辺りに男が握っているナイフが見えた。懐に隠していたものだろうか。

 驚きの余り後ずさり逃げようとしたが、それよりも早く男はナイフを振り下ろす。

 クロウスは急いで駆け寄ったが、すでに男のナイフはマーラが顔を防ぐために前に出していた両腕を切り付けていた。悲痛な叫び声が聞こえる。

 男はにやにやしながらもう一回切ろうとする。だが、クロウスが前に立ちはだかり腰から剣を抜いていたため、数歩下がって間合いから離れた。

 クロウスは前を気にしつつも、後ろに倒れこんだマーラに話しかける。

「大丈夫ですか!?」

「ええ。腕を切られただけです。ありがとうございます」

「いえ、ですがまだ終わりじゃありませんよ」

 クロウスはきっと男を睨みつける。周りでは突然の攻防に驚いた人が、目を丸くしながら見ていた。

 男は溜息をつきながら、バックに手を突っ込む。その行動に警戒するクロウスだったが、出てきたものは深い青色の帽子。それを目元の近くまで被ったのだ。

「一瞬で終わりにしようと思ったのに、残念だ」

 にやにやとしながら、バックから何本かナイフを取り出す。その行動と声からクロウスは記憶の中にある人と目の前の人を結びつけた。そして思わず口から漏らす。

「ローグ……」

「ん? 俺の名前をどうして知っている? それよりもお前、俺はその女に用があるんだ。どいてくれないと、かなり痛いことになるぜ」

 どうやらローグはクロウスのことが分かっていないようだ。三年前とそんなに変わっていないはずだ。しかし、少年から青年に変わるのは本人が思っている以上に、他人には変わってみえるのかもしれない。

 まあわからないほうが、この男に余計な感情を持たせなくて済むからクロウスとしては逆によかった。

「それは断る」

 クロウスははっきりと言ってやった。ローグの顔が引きつっているように見える。

 三年前での力の差が変わっていないのなら、クロウスはローグに勝てる。どちらかというと裏の仕事をやる男のため、こういう表立った広々とした場所では苦手としているからだ。

「いい度胸だな。後で命乞いをしても知らないぞ。おい、女と一緒に男も血祭りにしてやれ!」

 そう言うと、草むらの陰から同じく帽子を深く被った五人の男たちがゆらりと現れた。手には大きめのナイフを握っている人が多いが、ボウガンを持っている人もいる。その人物を見ると、眉を(ひそ)めた。

 もしクロウスがマーラの傍から離れたとしたら、ボウガンの矢がマーラを襲うだろう。

 そしてここから動かない場合でも、矢が飛んできて危害を及ぼす可能性が高い。怪我人を守りながら、攻撃するなんてなかなか厳しい状態だと、思わず舌打ちをしてしまう。

 だが、どうしてマーラを狙うのだろうか。しかもこんな時にこんな場所で。

 クロウスが抜ける前にローグは副隊長まで登り詰めていた。それほどの地位の人が白昼堂々と、他の島に行って人を襲う理由がわからない。

 そう考えている暇も与えずに、男の一人が動き始め、ナイフを何本か投げながらクロウスたちのほうへと迫ってくる。ボウガンの人物に気を注ぎつつも、やってくる相手を跳ね返すことにした。マーラにナイフや矢に当たらないことを祈りつつ。

 だが、その考えは杞憂に終わる。

 ボウガンの男が突然倒れたのだ。その後ろから女が二人現れる。その人物たちを見て、呆然としてしまった。

「あら、物騒なところね。殺気を出しながらボウガンを持っている人がいるなんて」

「シェーラさん、クロウスさんがいますよ。それに後ろで女性が倒れています!」

 シェーラは短剣を一本取り出しながら、広場の中心へと近づいていく。

「本当だ。イリス、町の中にある治安維持局の出張所に一応行ってきて。不審な男が女性を切り付けたって」

「わかりました」

 イリスは踵を返すと、男たちに背を向けながら走っていく。誰かがナイフを投げたが、シェーラがすっと動いて、叩き落とす。その行動に一同は息を呑む。あの速さのナイフを的確に叩き落としたのだ。

「あなた達、女性に対してその行動はあんまりじゃないの?」

「誰だ、お前は!? それにこの男はクロウスだと!?」

 ローグは得体のしれない女性と、昔の下っ端を交互に見る。若干だが額に冷汗が浮かんでいた。

 シェーラは遠慮なく、その男へと進んでいく。

「私は後ろの図書館に本を返しに来た、ただの通りすがりの一般人です」

「一般人が短剣なんか、持っているのか?」

「世の中によるんじゃない? そう、とある島では暴行がいつも起きていると聞くわ。そのために護身用に持っているのよ」

 すごい嘘の付き方だと、クロウスは感心する。

 ローグはあまりのことに気持ちが乱れたが、深呼吸をしながら徐々にいつもの調子に戻って行った。そして他の男四人を見て、シェーラへと指を差す。

「あの女を集中的にやれ」

 それだけ言うと、男たちは目標をシェーラに変えて、四方八方からナイフを投げつけ始める。

 その行動にシェーラの顔が一瞬強張るのがクロウスには微かだが見えた。




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