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虹色のカケラ  作者: 桐谷瑞香
第二章 魔法管理局
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2‐8 視線の先に

 空は徐々に暗くなっていた。まだ暗くなる時間ではないはずだが。よく見れば、真黒な雲で覆われていた。

 それはまるでこれから起こることに呼応するかのように――。



 クロウスはローグと一緒に、そのデターナル島から来た男を捜していた。村のすぐそばには森があり、おそらくそこに逃げ込んだと考え、三つに散らばって走りまわっている。

 正直、森だけに決めつけるのは危険だと思う。もしかしたら村の中心部に隠れているのかもしれない。

「クロウス、何か検討違いのことを考えているんじゃないだろうな?」

 突然ローグが話しかけてきた。

「だから、お子様なんだよ。あの男は絶対に森の中に逃げている。何で村に行かないかって? それはそいつが優しすぎるからだよ。宿のジジイやババアに何も言わなかったんだ。誰にも迷惑をかけたくない、そんな考えがあるんだろうよ。わかったか? お子様」

 いちいち“お子様”と言うのが癇に障った。だが、ここで口出しをしたら相手の思うつぼだと思い、今は目的に集中する。ローグはその行動を見て、クロウスにはっきり聞こえるくらいの舌打ちをした。

 やがて、雨が降り始める。

 しかしそのおかげか、ぬかるみによってはっきりとした足跡が見つかり、森の中で走り回っている男がすぐに発見された。男はクロウスとローグを見ると、焦ったように走る速度を上げて始める。

「黒いリュックに、茶色の髪。そして、背は高くない。当たりだろうな。クロウス、あいつに話を聞くぞ。任意同行が無理なら、無理矢理にでもな」

「……了解です」

 そう返事をし、クロウスが本気で走ると、あっという間に追いつき、前に立ちはだかる。三十代くらいの男が、驚愕の顔をしながら立ち止った。だが、その目にはまだ何かを秘めている、そう言う感じだ。

「すみません。少々話を聞きたいので、一緒に来てくれませんか?」

「私が何か犯罪でも起こしたというのかね?」

「いえ、ただ話を聞きたいだけでして……」

「それならどうして追いかけてくるんだ。私は急いでいるんだ、失礼するよ」

 次の瞬間、クロウスは左肩に強い衝撃を受けて、動きを止めてしまった。男がクロウスに向かって走り始めたために起こったことだ。

 すぐに追いかけなくてはと後ろを振り返ると、男は何かに躓いたかのように、突然転んだ。

「公務執行妨害というのは、立派な犯罪ですよ? シルキス・エルムさん」

 ローグはにたにたと笑いながら、二、三本のナイフを手で遊んでいる。クロウスは顔を歪めた。転んだ男――シルキスの足にはナイフがぐさりと刺さっているからだ。呻きながらも、なおも立ち、逃げようとする。

「クロウス、隊長に知らせて来い。俺はこいつが逃げないように見張っている。早くしろよ」

 肩越しから聞こえる、ローグの低い声。冷や汗が出るほど恐ろしい。

 それに心が負けてしまったクロウスはローグの視線から避けるように、急いで来た道を戻った。シルキスの苦痛の表情からも逃れながら。

 来た道を走って戻っていると、すぐに隊長ともう一人の隊員に会った。クロウスの顔が険しかったのか、何かあったとすぐに判断できたらしい。

「クロウス、どうした? 見つかったのか?」

「はい……。今、ローグさんが取り押さえています」

「わかった。他の二人も探して、その場所に連れて来い。その場所はここから近いか?」

「自分が今来た道を真っ直ぐに行けば、着きます」

「そうか。では、あとでな」

 隊長らは意気揚々とクロウスが来た道を走って行った。そっけなく返答をされたクロウス。それはいつものことである。今は従うしかないと言い聞かせながら、他の二人を捜しに森の中を駆け巡った。



 やがて立ち上がることもままならないシルキスを、男達六人が円になって見下ろしている構図が出来上がる。クロウスもやや陰にいたが、その円の一部だ。

 隊長が鋭い眼を光らせながら、だはシルキスもその瞳に負けじと、お互いに睨みつけている。隊長はそのままの状態で声を発する。

「手荒なまねはしたくはなかったのだが、お前が逃げてしまうからこういう行動に出た」

 言っていることと思っていることが裏腹な文だ。

「何点か聞きたいことがある。正直に答えてほしい。お前はデターナル島のシルキス・エルムか?」

 何も返事がない。

 無言の隊長に代わり、ローグが手を動かした。ナイフが一本太股に突き刺さると、シルキスは思わず呻きながら顔を歪ませる。

「何も減るものじゃないだろう。まあ話を変えよう。お前はノクターナル島、特に兵士のことをデターナル島へ情報を流しているらしいが、どうなんだ?」

 淡々と質問をする隊長。だが、答えようとしない相手に対して、内面はぐつぐつと煮えたぎっているのがクロウスでさえもわかる。このままシルキスは黙ったままでいるのか。

 シルキスはすぐに何も答えない。だが、少し顔を下に向け、ごくりと唾を飲み込むと、ゆっくりと再び顔を上げた。そして低く芯の通った声を出す。

「……私はシルキス・エルム。ご存知の通りデターナル島出身のものだ。最近はノクターナル島を回ったりして、こことあちらの違いについて調べ、考えたりしている。情報と言っても、ただ違いを教えているだけだ。島同士のことをもっと知る必要があると思ってな」

「その情報について詳しく知りたい」

「どうしてだ? 個人の行動は自由なはずではないのか?」

「その情報が誤っていたら、こちらとしても面白くないから、聞いているだけだ」

「ただの文化比較だ。衣食住程度のな」

 息の詰まるようなやりとり。お互いがお互いを探っている。

「そうか……。では、どうして逃げた?」

「逃げたとは心外な。そちらが追いかけてくるから、逃げるのは当然の行動だろ?」

「だが、ノクターナル島で最も地位が上の兵士達に対して、そのような行動を取るのは許されたことではない。この島の掟として、“兵士には誠意を持って接すること”というのがあるのだが?」

「それは知らなかった。非礼を詫びよう」

「では、その非礼を行動で示して欲しい。いや、示してもらおう」

 隊長の口が大きくにやけた。ローグもそれに呼応するようににやける。

 次の瞬間、隊長がシルキスの腹を蹴り付けた。シルキスはその衝撃で(うずくま)る。

「あとこの島の掟として、“兵士に逆らったやつは体を持って謝罪すること”っていうのも、密かにあるんだよ!」

 ローグはシルキスの足のすれすれにナイフを突き刺す。隊長の声が続く。

「ということだ。もしお前が流した情報の内容があれば、それと引き換えにそれなりの対処だけで終わりにしよう」

 それは隊長からのせめてもの慈悲なのだろうか。だがシルキスははっきりと言った。

「断る!」

「……好きに遊んでやれ」

 その言葉を皮切りに、クロウスを除く隊員五人がシルキスに対して暴行を加え始める。

 クロウスは近くの木の傍にまで下がって、真っ青な顔をしながらその光景を呆然と見ていた。それはクロウスにとっては初めてのことだ。何も悪いことをしていないと思われる人を、容赦なく痛めつける。しかもその理由がほとんどないと言ってもいい。

 ――ただ、適当な理由を言って、人を傷つけている。

 そんな集団の中に入ってしまったことを、クロウスは激しく後悔している。だが、そこからすぐに一人で脱却できるかと言われても、それができるほど強くはなかった。



 十分くらい経っただろうか。雨が降る中、男一人の呻き声と荒い息遣いがクロウスの耳に突き刺さった。それはそのまま心にも見えない刃として突き刺さる。

 隊長は一部始終を見て、再びシルキスへと話しかけた。

「しばらく眠っていてもらおう」

 隊長は激しくシルキスの頭を殴る。シルキスはその衝撃で意識が飛んだ。意識が飛ぶその瞬間に、シルキスは隊長やローグらを睨みつけるのではなく、笑みを浮かべていた。それは自分の信念を最後まで貫き通したという風に感じられるものだ。

 ローグはナイフをしまうと、つまらない顔をしながら隊長に話しかける。

「この人がどんな情報を持っているか聞き忘れましたね」

「ああ。だが、このまま時間を費やしても無駄なだけだろう」

「これからどうしましょうか? この人を泳がせるという手もありますが」

「こいつの目は死んでいなかった。泳がせたら泳がせないより、厄介なことになるだろう」

「そうですね。――そういえば最近は事故が多いらしいですよ。雨が降った日とか誤って足を滑らせるという」

「事故か……。今日も雨だから残念な事故が起きるかもしれないな」

 その後のことはよく覚えていなかった。あまりの出来事に、周りの会話が耳の穴から穴へと通り抜けていく。

 ローグと隊長はほとんど動かないシルキスを背負い、その場を去った。クロウスを含めて、四人はさっきの宿に戻り、宿に残っていた二人と合流する。そして宿を出ると、重苦しい胸の内をクロウスは秘めながら帰路についた。

 やがて、その日の夕方、ある人物が事故死をしたという知らせが静かに島を巡った――。



 * * *



「あれ……、どうしてイリスがこんなとこいるの?」

 クロウスがふと昔を思い出している頃、シェーラは本を五冊ほど持ち、魔法管理局の書物部へと足を踏み入れたときの言葉だった。書物部の奥には図書室があり、そこにイリスが本を抱えて立っている。

「シェーラさんこそ、どうしましたか? それよりも顔がやつれていますよ?」

「この本を返却しようと思って……。やっと始末書が書き終わったのよ。枚数はご想像に任すわ」

「はあ、お疲れ様です」

 正直言って、考えたくない量である。シェーラがこんなに徹夜をしても終わらなかったのは久々であった。

「それで始末書を書き終わったら、この本を返してきてと言われてね」

「そうでしたか。では、お預かりいたします。報告遅れましたが、私この書物部で働くことになりました。それで今は図書の整理をしています」

「へえ。あなたにぴったりね。本は好きなの?」

「はい、大好きです。家族そろって本好きでした」

「家族ね……」

 家族のことを言っても悲しいなど微塵も思わせぬ表情。無理しなくてもいいと、言いたくなってしまう。

 ふうっと息をつき、シェーラはイリスが持っている本をちらっと見た。

「あら、その本は古代文字の? そんな物好きなもの誰か借りていたの?」

「いえ、私が読んでいました。仕事中なのにすみません」

「駄目だよ、仕事は仕事で集中しなくちゃ。古代文字の本を読むなんて……。え、ちょっと待って。イリスって古代文字が読めるの!?」

「はい、そうですけど」

 シェーラは唖然としながらイリスを見る。彼女は目をくりくりしながら、首を傾げる。

 古代文字とは数百年から数千年前に存在した文字。今の文字とは全然違うため、それを読める人はほとんどいない。

「古代文字って、あの意味の分かんない記号でしょ? あれ読める人って、相当なご老人しか知らないんだけど」

「そうなんですか? 私は母や父から習ったんですけど」

「あらすごい。ご両親も読めたんだ」

 シェーラはそれを聞いて、乾いた笑いを上げる。それを見たイリスは心配そうな顔をした。

「あの、私何か変なこと言いましたか?」

「そうじゃないのよ。驚いているだけ……。ひとまず、本よろしくね」

 近くにあった机に本を置くと、軽くイリスに手を振る。彼女も笑顔で振り返した。



 シェーラが書物部から出ていくと、早速本を本棚に戻し始る。そのとき五冊のうち一冊に紙切れが挟まれていることに気づく。その本の中身を丁寧に調べる。

 そして、裏表紙や紙切れの文を読んで、イリスは小さく声を漏らした。




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