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虹色のカケラ  作者: 桐谷瑞香
第二章 魔法管理局
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2‐7 心に刺さる刃

 天候にも恵まれ、道中穏やかな時間を過ごしているクロウス。ミッタークから北東にあるビブリオへは何事もなく行けた。

 中心都市のミッタークから他の町に行くには、ほとんどが整えられた道を歩いて行くだけでいい。そのためか年配の方や女、子供達も道を歩いているのがよく目につく。

 ノクターナル島とではまったく違う雰囲気。そう、殺伐とした雰囲気が感じられなく、平和という言葉がよく当てはまる所だった。

 ノクターナル島では道はほぼ舗装されていない。そして治安維持部隊が兵士へと名前を変えてからは、治安維持などほとんどしなくなったため、犯罪が増加した。だから、女だけが歩いていたらただでは済まされない、そんな状況だ。

 そのことを考えても考えなくても、デターナル島は本当にいい島だとクロウスは思った。



 ビブリオに着くと、目的の図書館はすぐにわかった。それはその建物が町の中で最も大きく有名なものだからだ。

 ここビブリオはデターナル島で“本の町”という別名を持っているほど、町には本が散乱している。横を見れば、本屋。その隣を見ても本屋。向かい側を見ても本屋。しまいにはリヤカーを押している、移動本屋までもが見られた。本好きには聖地と言える場所である。

 人々が本を入れた重い荷物を持っているのを見ながら、クロウスは図書館へと足を運ぶ。

 様々な人とすれ違う中で、少年が何冊もの本を抱え、よろめきながら歩いてくるのが目に付いた。ほとんど前が見えない状態である。クロウスが危ないなと思った矢先に、その少年は石に躓き、転んでしまった。その衝撃で激しく本が散らばる。

 十歳くらいの茶色の髪の少年は「痛っ!」と言いながら、本をぶちまけてしまったことに深い溜息をついていた。

 クロウスは見かねて、散らばってしまった本を拾い始める。一冊一冊、なかなか重い。少年がよろめいたのも納得できる。少年はその行動を見ると、自分も慌てて拾い始めた。

 数分後、ハードカバーの分厚く重い本から文庫本まで、十冊の本達は再び少年の手の中に収まった。

 クロウスはまだまだ自分より小さい少年の頭を二、三回軽く叩きながら、やさしく言う。

「次からは気をつけてな」

「ありがとうございます……」

 少年は顔を下に向けながら、ぎこちなくお礼を言う。その時、少年の表情が硬直した。そして、クロウスの目へと視線が向けられる。少年の目からは困惑と怒りが一瞬感じられた。次の瞬間、踵を返し、急いでクロウスの元から去って行った。

 突然の行動に唖然とするクロウス。不審な行動をされた身としては、その原因がよくわからないのは、あまり面白くない。少年のことが気になりつつも、足を進めることにした。

 程なくして図書館に着いた。その図書館を見て思わず呆然とした。とにかく大きい。全部で地下を含めて六階もある建物だ。

 しばらく立ち尽くしていたクロウスだが、早く仕事を済ませてしまおうと、大きな扉の中へと小走りで入って行った。

 中は本棚が天井近くまで一面見渡す限り並んでおり、本を閲覧する机と椅子も窓際のほうに置かれている。また、目にやさしい蛍光灯が使われているので、読書には最適の場所となっていた。

 受付カウンターに目を向けると貸出しを待つ人がずらりと並んでいる。幸い返却の方は空いており、すぐに返せそうだ。返却列の方に並ぶと、すぐにカウンターへと辿り着いた。本を三冊取り出したが、返却を承っている中年のおじさんはそっけなく言う。

「悪いけど、その本たちはここでは返せないよ」

「どういうことですか?」

「ここをよく読むこと」

 そこには“この階は雑誌と最新の本のみの返却を受付け中”と、書かれていた。

「悪いね。そういう古い歴史系の本は四階で受け付けているよ。さあ、後ろが詰まっているから早く行った、行った」

 クロウスは半ば無理矢理にカウンターから追い出された。反論をする時間さえも与えないおじさんの行動は慣れたものだ。やがて一団体やってきたのか、たちまちカウンターは人で溢れかえる。本を抱えながら、急いで四階へと上がった。

 四階は一階とは違い、非常に静かだ。年齢層も高く、じっくりと本を見定めている人が多い。何十年前の古い本から数年前の本まで、様々な歴史系の本が揃えられている。

 カウンターの方を見ると、三十代くらいで茶色の髪が肩にかかるくらいの女性が何か書きものをしながら座っていた。その女性に向かって歩くと、すぐに彼女は気づき、顔をあげて静かに微笑んだ。

「返却ですか?」

「はい。この三冊の本を返却したいのですが」

 クロウスは女性に本を差し出した。女性は一冊ずつ裏表に目を通しながら確認していく。

 だが突然女性の動きが止まった。そして何か憂いを浮かべながら一冊の本を見つめている。黒色の表紙の新書だ。彼女の行動に、クロウスは首を傾げてしまう。

「この本をあなたはお読みになったのですか?」

 囁くように言う女性に、クロウスは軽く首を縦に振った。

「どうだったかしら?」

「……命を張ってまで、ノクターナル兵士を追求した、勇敢な人がいることを知り、強く胸に打たれました」

 正直な感想だ。ここよりはるかに治安が悪いノクターナル島で、そのようなことができるのはよほどの勇気がなければできない。

「そう、ありがとう……」

 女性の声が涙ぐんでいた。そして女性の顔を見ると、目が赤く、口を押さえて必死に耐えている。今にも涙を流しそうだ。

「ごめんなさい……。夫のことを思い出してしまって」

 そっと女性の名札を見た。“マーラ・エルム”、その本の著者一人の名前だ。つまりもう一人の著者“シルキス・エルム”は、夫のことを示していた――。

 クロウスはただ立ち尽くすしかできなかった。何と声をかければいいのかわからない。気休めの言葉をかけても傷は癒えない。大切な人を失うことがどれだけ辛いか、それはクロウス自身もよくわかっていたから――。

 しばらくして、再びマーラは声を出した。まだ声はかすれているが、表情は明るい。

「本当にすみません。もう三年も前のことで、気持ちの整理はついているんですけど、つい……。この本を読んで、そう思ってくれる人が一人でもいるのなら、夫も報われます。ありがとうございます」

「こちらこそ、このような素晴らしい人が知ることができて、光栄です。では、失礼します」

 クロウスは一礼をすると、足早にマーラから離れる。

 マーラは再び本を見ると、愛おしそうに見つめていた。



 クロウスは一気に下の階まで降りると、再び騒がしい場所へと戻ってきた。どうしてもいち早くあの場所から逃げたくて、らしくもない行動をしたのだ。

 亡くなった人の想いは人々には記憶としても残るが、文章にした方が確実に記録として残る。特に事件などに関しては記録の方がより詳しい。


 クロウスの心にはいくつもの刃が重く突き刺さっている。

 過去にしてしまった深い後悔の刃が。

 その一つの刃はあの本と関係があった――。



 * * *



 三年前のある日、――雨が降りそうな日だった。クロウスがノクターナル兵士から脱退する三か月ほど前だろうか。その日は朝から近場の村の見回りだと言われ、叩き起こされていた。

 八人で一隊となって見回りをし、島を徘徊しているノクターナル兵士。クロウスはその隊の中で一番若く、だが剣の腕は上位のため、必然的に妬まれ、憎まれ口を言われる立場だった。その日も言われるがままに、大人しくクロウスは着いて行った。



 あまり大きくない村に八人の兵士がぞろぞろ行ったが、村は閑散としていた。人々は外に出ず、息を潜めるように家の中に隠れているのだろう。治安維持のために見回りをしているはずなのに、これでは自分たちが悪い奴らだと思ってしまう。

 ふと、クロウスより十歳年上で、背もさらに高い男が話しかけてきた。その男はローグといい、深く帽子を被っているため、表情が良く読み取れない。

「なあクロウス、こういう噂があるんだ」

「なんでしょうか?」

「この村にデターナル島から来た人がいるらしい」

「そうですか。別にデターナル島の人が来るのに規制をしているわけでもないですから、気にすることはないと思いますが」

 ローグの口がニヤッとしたのが、すぐにわかった。

「そいつがデターナル島に俺らの情報を誇張して流しているという噂がある。これは会って話をしなければと思っているんだよ、俺らの隊長は」

 ちらっと一番前を歩っている男を指した。強面の隊長は口を一文字にしたまま、真っ直ぐ歩いている。ローグからの言葉に対し、何も言わないクロウスを見て、彼は鼻で笑いながら言った。

「それにしてもそんなことも知らないのか。だから子供は嫌なんだよ。腕が良くても、それだけじゃ、お先真っ暗だぜ?」

「そうですね。以後気をつけます」

 下手に反論をすると、余計な言葉が返ってくる。ここは大人しく、肯定の意を示した方が楽だ。喉まで来ている言葉を抑えるために、歯を食い縛りながら必死に耐えていた。

 自分がやっていることに対しての疑問は、そのころから浮き彫りになり始めていたのだ。

 隊長は一直線に村外れにある寂れた宿屋に着くと、そのドアを叩いた。だが中からは返事がない。

 もう一回激しくノックをした。依然、返事はない。

 次の瞬間、隊長はドアを足でぶち破った。

 ローグは手の平を上にあげながら、「またやちゃった」と呟く。

 クロウスもこの隊に配属されて日は浅いが、この隊長の性格はわかっている。いや、わかりやすいと言うのだろうか。とにかく短気で、自分の思い通りにならないと不機嫌になり、物にあたるのだ。

 乱暴に蹴られたドアは、何も言わず開いた。中には誰もいない。受付にも人はいなかった。

「宿をくまなく探せ。そして、いる奴全員ここに連れて来い」

 隊長は無表情にただ命令口調で言う。それに従い他の隊員は宿の中を拡散していく。クロウスも慌ててその行動に移った。

 宿は二階建てで、部屋は全部で十個。全ての部屋を回るのは容易だ。だが、そこから出てきたのはその宿を経営する老夫婦だけだった。

 二人は寝ていたようで、無理矢理受付に備え付けられている椅子に座らされた。脅えたように寄り添っている。

 隊長はその二人に向かい合うように座ると、極めて低い声を出す。

「一つ質問をする。嘘は()くな」

 老夫婦はがくがくと頷く。隊長は何の躊躇いもなく、率直に言った。

「ここにデターナル島の記者が泊っていると聞いた。そいつは今どこにいる?」

「……そのような方は泊っていません」

 声を震わせながら、老婆は答える。

 次の瞬間、隊長は机を思いっきり叩き、怒鳴り散らした。

「嘘を()くなといっただろうが! 調べは付いているんだ。ここにそいつが泊っているという事実が!」

 ひいっと悲鳴があがる。その行動に見かねて、ローグは隊長の耳元で囁いた。

「もしかしたら偽名を使ってここに泊っていたかもしれませんよ? ひとまず宿帳を見せてもらいましょう」

「そうだな。おい、宿帳を見せろ。お前達のことはその後で考える。一人で行ってこいよ。すぐそこなんだから」

 老翁(ろうおう)はゆっくり立ち上がると、のろのろと受付の方に行く。その様子を隊長はじっと見ている。クロウスも隊長と老翁の様子を目で追いかけた。

 すぐに老翁は一冊の本を持ってくる。ひったくる様に取り、隊長は中を見る。横からローグはちらみをしていた。

「男が一人、一か月ほど滞在中か。だがおかしいな。その男が見当たらないのだが? 荷物もな」

 それを聞くと老夫婦はお互いの目を見た。そこには困惑の様子が伺える。

「まだ、出るとは聞いていませんよ?」

「昨日も一緒に食事をしたのだが……」

 隊長は疑わしい目で二人の言動をじろじろ見る。今にも噴火しそうだ。

 嘘を吐いているようには見えないとクロウスは思う。だが、自分が発言してもいいことは起こらない。それを察したかのように、ローグは隊長の怒りを抑えるように諭すように言った。

「逃げたかもしれませんね。そのご老人達には何も言わず。私が見た部屋で、微かに温もりが残っているベッドがありましたよ。逃げたとしても、そう遠くはありません。探してみたらどうでしょうか?」

 ローグの口は笑っている。この男はいつもそうだ。なるべく自分が楽しい方向へと持っていこうとする。そう、人を痛めつけ、快感を得ると言う方向に。

「その男はどのような容姿かわかるかい?」

 ローグは外面用のやさしい口で老夫婦に聞く。だが老夫婦は躊躇っていた。教えたら良くないことが起こるのではないかと、察しているようだ。

「私たちがその男を追うのは、ナハトの図書館で盗難事故が起こったんですよ。それもとても貴重な本がね。事情聴取として、その男を追っているのです。まあ信用できなく、話せないというのなら――、こちらも手段は選びません」

 最後の言葉だけ、ローグの口は笑っていなかった。明らかに威圧をかけている。

 その威圧に心が負けてしまったのか、二人はもう半分泣きながら口を開いた。

「茶色の髪の男です。年齢は三十代の……」

「黒いリュックを背負っていて、背はあまり大きくありません」

「他に特徴のあることはありませんか? 例えば、顔にほくろがあるとか」

「たしか、右手の甲に大きめのほくろがあった気が……」

「ありがとうございます。それだけあれば充分でしょう。ねえ、隊長?」

 隊長は肯いた。依然、不機嫌なままだったが、立ち上がり隊員たちを見まわした。

「今から二人はここに残り他のやつらはその男を探せ。おそらく森の中だ。絶対に見つけろ。見つけ次第俺に報告だ。俺も外に出る」

 クロウスやローグらは探す方に指名された。隊長ら六人はまた荒々しく、ドアを開けて出ていく。クロウスは外に出ようとしたとき、後ろから嗚咽が聞こえた。そっと視線だけ後ろに動かすと、老婆が泣いていた。自分が言ってしまったことを後悔するように、ただひたすらと涙を流している。

 クロウスもこれから起こることが、いいものではないとわかっていた。だが、そのことの加減までは予想がつかなかった――。




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