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虹色のカケラ  作者: 桐谷瑞香
第二章 魔法管理局
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2‐6 三冊の本

 クロウスは昼間より人が少なくなった夜の局内を小走りしながら、レイラの元へと急いだ。昼間のような活気はなく、ひっそりとしているのが少し不気味である。それでも、まだ仕事をしている人はいるようで、ドアの隙間から明かりが漏れていた。

 総合部の部屋に入ると、昼間とほとんど変わらない人数で、黙々と書類に追われている。

「あら、どうかしましたか?」

 立ち止っていたクロウスに、小柄な女性が話しかけてきた。

「レイラさんに呼出されまして。それにしてもみなさん帰らないのですか?」

「この時間じゃ、総合部の人はまだ帰らないわね。日付が変わる前にはある程度帰るけど。最近はノクターナル兵士との情勢が芳しくなく、それに関する情報が大量に流れてきてね。それを処理するのに時間と人員が必要で、みんな夜遅くまで仕事をしているって言うわけ」

「そうなんですか。ありがとうございます。貴女も頑張ってください」

「ええ、ありがとう」

 爽やかに受け答える女性に礼を言い、騒々しい総合部を突き抜けていく。

 小さな階段を上がりドアをノックすると、昼間より元気がない声が返ってきた。その様子を不思議に感じながらドアを開ける。

「失礼します。クロウス・チェスターです。……レイラさん?」

「ああ……、ごめん。ちょっと寝ていて」

 本や紙で埋め尽くされた机から、金髪の女性が欠伸をしながらむくりと顔を挙げた。

「早かったわね。もう少し待つと思ったけど」

「なんだかすみません。起こす形になってしまい」

「大丈夫よ。それで頼みたいものなんだけど……」

 レイラは椅子から立ち上がり、机の脇に置いてあった本を三冊クロウスの前へと持ってきた。その本はクロウスの記憶が確かであれば、昼に女性が持ってきたものだ。

 レイラは抱えるのが辛かったのか、すぐにそれをクロウスに手渡した。その本はたしかに重かったが、クロウスにとっては許容範囲のものである。

「これをこの地図の場所にある図書館に返してきてほしいの」

 地図を見ると、首都からやや北東にある、内海に近い町に印が付けられていた。

「ここからだと徒歩で二、三時間というところ。馬を貸してあげたいけど、今、ほとんど出払っていて。歩きになるけど、いいかしら?」

「いいですよ。デターナル島の風景をじっくりと見ながら行きたいですし」

「そう言って頂けるとありがたいわ。じゃあ、よろしくね。一日あれば出来ることだけど、不慣れなことも多いだろうから、三日後までに行って戻って私のところまで報告してください」

「わかりました」

 なるべく早くにこしたことはない、明日にでも向かおうとクロウスは思う。

 だが、レイラが思い出したように付け足したこと言葉が、その決意を鈍らせる。

「それとその本遠慮なく読んでもいいわよ。デターナル島のことを知るなら、デターナル島で出版されている本を読めばよりいいでしょう」

「本当ですか?」

 思わぬ言葉に少し心が揺れ動いた。この本を一晩で大方読むのは無理だろう。なら向かうのは明後日でもいいのだろうか。

「まだ疲れも残っているだろうし、明日無理に行かなくても大丈夫だから」

 追い討ちをかける様にレイラは言った。確かに疲労は取れているとは言えない。それに今度する行動は見知らぬ土地で一人だ。地図をよく見たり、用心を兼ねて詳しく調べておく必要があるだろう。

 クロウスは自分の心の中でもう一人の自分に勝手に意見を言い放ちながら、明後日向かうことに決めた。

「では、三日後までにはご報告をします」

「ありがとう。よろしくね」

 クロウスは本を抱えたまま、一礼をして部屋から出て行った。

 それを見届けると、レイラの顔はすぐに仕事をしている時の真面目な表情に戻る。そそくさと自分の机に戻り、受話器を取り上げ、一本電話をかけた。



 クロウスは自室に戻ると、地図は荷物の近くに置き、本はベッドの脇にある小さな机に積み立てた。

 少し読むのにわくわくしている自分がいると、クロウスは感じる。久しぶりに落ち着いて本を読める、そしてなにより自分にとって新たな知識が得られるかもしれないという考えが、その鼓動を速めていた。

 まずは一冊、ハードカバーで青色の表紙をした本を手に取り、ベッドに腰を掛けて開く。

 内容はデターナル島誕生から十年位前までの出来事を、特に重大な出来事を取り上げながら書かれている本だ。重大な出来事としては、やはり島中に統制が行き届くようにした政策を発表し、推進させたこと。そして局ごとに仕事を分けることで、島内や他の島との干渉でも、円滑に進められるようになったことだ。

 写真や図も多く、拾い読みをしつつも、じっくりと読んでいった。夢中になって、寝るのを忘れる程に。

 本を閉じたころには、とっくに日付が変わっていた。それに気付くと思わず大きな欠伸をする。

 朝食は自分で好きなだけ取れる方式なので、時間までに行けば大丈夫だ。朝はゆっくり起きようと決め、布団の中に入る。今日起こったことを整理しながら寝ようとしたが、予想以上に疲れていたのか、すぐにまどろみの中に意識が消えていった。



 翌朝、クロウスは宿を出て指定された食堂へと足を運ぶ。食堂は宿の隣にある建物。ドアを開けようとしたとき、中から一人の亜麻色の髪の少女が出てきた。

 イリスだ。彼女はクロウスに気づくなり、爽やかに挨拶をする。

「おはようございます。昨夜はよく寝られましたか?」

「ああ。おかげで、寝坊したよ。イリスは今からどこかに行くのか?」

「はい。レイラさんのところに行って、何か私にできることはないか聞いてきます。クロウスさんは?」

「俺は頼まれごとをされてね。明日は少し出かけてくる」

「そうですか。頑張って下さい。それでは、また」

 外に出て、局へと小走りで行くイリスの後ろ姿を見ながらクロウスは中に入った。



 腹も満たせて、普段なら部屋に籠もらず剣でも振っているが、今日は剣ではなく本に手に取る。そして心地よい日の光を感じながら、表紙を捲った。

 二冊目に取ったのは魔法管理局についての本だ。これもまたハードカバーで表紙は白色。

 この本は著者が局のことを独自に調べたことを中心に書かれてある。見学の感想なども少々書かれてはいるが、基本は局の成り立ちや部の説明だ。

 デターナル島に住んでいる人が読めば、それはただの知識を得る読み物として終わってしまう。だが、この島以外の人間、局のことを知らない人間が読めば、意外なこともわかり多少は儲かりものかもしれない。

 そのためか、あまり外に持ち出されないようにするために、基本的には利図書館にしか置いてない。利用者にも細心の注意を払って、貸し出されている。

 クロウスは読み終わり本を閉じると、深々と感心した。まだ、魔法管理局に来てから間もないのに、これだけの知識を得たこと、そしてその知識が何よりも新鮮だったということである。特に、統率力の優れた“局長”の存在だ。

 魔法管理局ができたのはおよそ四十年前。この間に局長は何人も変わった。皆素晴らしい人ばかり。だが、最も素晴らしい人として、この本が出版された年の局長が挙げられる。

 その人は、内側からの的確な判断だけではなく、前線にも積極的に出る人で、身体能力も高く、魔法の扱いが非常に長けていた。頭も良く、力も強い人物に、局内だけでなく島内にもその素晴らしいという噂が広まっていたという。

 五年前くらいならまだこの局内にいるかもしれない。いつか会うことができれば光栄だと思った。



 その頃、シェーラは情報部の一角で一人ただひたすらペンを動かしていた。疲れ過ぎて、途中から殺気まで出ている。報告書の方はすでに済んでいた。道中である程度書いていたからだ。ただ、始末書の量の方が凄過ぎて、一日そこらでは済むものではなかった。

「いつかレイラさんにぎゃふんと言わせてやる……」

「誰をぎゃふんと言わせるって?」

「……その声、ちょっとタイミングが良すぎですよ」

 シェーラは顔を引き攣りながらゆっくり後ろを振り返ると、涼しい顔をしたレイラが立っていた。

「その様子だと元気そうね、シェーラ」

「はあ。どうして、レイラさんはこんな所に?」

「ルクランシェに用があったのよ。じゃあ頑張ってね」

 レイラの後ろ姿を見届けると、シェーラは深く溜息を吐く。言葉は迂闊に出してはいけないなっと、反省した。



 レイラは奥の部屋にいるルクランシェを見つける。書類を読んでいたルクランシェはレイラの訪問にすっと顔を上げた。そこには笑顔はなく、真剣な表情で目を細めている。

「どうした、レイラ。こんな所で油を売っている暇なんかないだろ。例の件か?」

 同期のレイラに向かって話すルクランシェ。

「そっちじゃなくて、新しいのを一つ。ノクターナル兵士に凄腕の剣士がいるらしいのよ。そいつを調べてほしいの。もちろん今のノクターナル兵士や島の情勢も含めて」

「また大きい仕事を。そいつはどれだけ重要なんだ?」

「たぶんトップの補佐くらいじゃないかしら。かなり強い人物よ。シェーラでさえも傷を負うくらいのね」

 持っていた茶封筒を差し出す。ルクランシェはそこから書類を出し、斜め読みする。整えられた顔の眉間にしわが寄って行く。そしてある程度読み終わると、レイラを見て簡潔に言った。

「引き受けよう」



 クロウスが三冊目を読み始めたのは、日もだんだんと沈み始めた時だった。次の日に出掛ける用意もして、ひと段落がついた頃でもある。三冊目は割と薄めの本であり、そんなに時間をかけずに読めると判断して、準備を先にしたのだ。

 最後の本は新書サイズの黒色の地味な感じの本だ。『ノクターナル島の変貌』と、書かれた表紙を捲った。

 内容はある男性記者がノクターナル島へと行き、その様子を自分の目で見たものを日記のように書かれているものだ。何月何日に何があり、何を感じたという具合に乗っている。出版されたのは、二年前。三冊の中で最も新しい。

 ノクターナル島でのトップ層が徐々に変わっていること。治安を守る人が兵士へと名を変わったこと。兵士がやっていることをつぶさに調べて、その行為を非難すること。――など、様々なことが書いてある。

 そして、最後の方の日記にはこう書かれていた。

『そろそろ私の身も危険かもしれない。先日、以前ノクターナル島で潜入調査をしていた人の訃報を小耳に挟んだ。亡くなった原因は定かではないが、殺されたというのが有力な説らしい。この日記や得た資料もそろそろ隠さなくてはならないだろう。私の身にもしものことがあったときのために』

 その数日後、その男性は事故で亡くなった。

 その意思をついだ妻が編集し、出版をした。著者の欄には二人の名前が書かれている。

 クロウスはその本を読み終えると、静かに本を置いた。元ノクターナル兵士と言う、身分は堪えるものがある内容だ。それでも最後まで目を通したのは、自分自身に対してのせめてもの意志表示だった。決して現実からは目を反らさず、自分の行為をしっかりと見るということへの――。



 翌日の早朝、まだ人もあまり出歩いていない時間に、重い本を入れたリュックを背負い、クロウスは宿を出た。最後に読んだ本によって依然気分は重い。だが、そのように感じるのはいつものことだと言い聞かせ、久々に一人で歩き始めた。

 一人で旅をしていた頃を思い出しながら。




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