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虹色のカケラ  作者: 桐谷瑞香
第二章 魔法管理局
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2‐5 家族の温もり

 シェーラとイリスは黙々と宿屋に向かっていた。医療部の前もあっという間に通り過ぎる。

 イリスは今まで見たことのない廊下の荘厳さに目を向けつつも、シェーラのことをちらりと見る。少し疲れたような顔だ。その視線に気づくと、いつものようにシェーラはにこりと微笑む。

「もう少し先よ。一度外に出るから」

「この建物、相当広いですよね?」

 もう十分近く歩き続けている。イリデンスはあまり大きくない村であるため、この建物の広さだけでもイリデンスに近い大きさがあるのではないかと驚いてしまう。

「宿は外に出てすぐ。ほら、外に続く道があるでしょ?」

 シェーラの視線の先をイリスは追う。そこには入口ほどの大きさではないが、総合部に入るよりも大きいドアがあった。

 それをシェーラは少しだけ全身の体重を掛けながら押すと、ドアの隙間から光が差し込んでくる。

 イリスは眩し過ぎて、一瞬目を瞑ってしまう。だが、ゆっくりと(まぶた)を開けると、そこには目に見える範囲で建物がぎっしりと立ち並んでいた。シェーラに促されて一歩外に出ると、それがよく見える。今までイリデンスという、小さな村でしか生活をしたことがなかったイリスにとっては、この風景は驚愕だった。

「魔法管理局はデターナル島の首都ミッタークの外れにあるのよ……って、その様子じゃ言ってなかったわね」

 苦笑いをしながら、シェーラはイリスの肩を叩く。イリスははっとすると、頬を赤らめながら、顔を俯かせる。

「すみません、今の話、聞いていませんでした」

「いいわよ、たいしたこと言ってないし。――あそこにある建物が魔法管理局直属の宿屋」

 右斜め前の方にある茶色の建物をシェーラは指で示す。

「さて、行こうか」

 シェーラは再び宿に向かって歩き始めた。イリスは彼女に付いて行きながら、建物以外にも目を向ける。ベンチがあり、そこに腰を掛けて談笑している女性や、コーヒーを飲みながら本をめくっている男性などがいる。どうやらここは息抜きの場のようだ。

 すぐに宿に到着し中に入ると、カウンターで中年の女性がにっこりと微笑みながら出迎える。

「こんにちは! あらシェーラちゃん、お久しぶり」

「こんにちは。ちょっと遠征に出ていて。この子のために部屋を取りたいんだけど、空いている?」

「ええ、空いているわよ。部屋は日当たりの良い所でいいのかしら?」

「そうね、お願いするわ」

「じゃあ、シェーラちゃんにお嬢さん、この紙に必要なことを書いてね」

 カウンターに近づき、イリスはその紙を見た。内容はいたって簡潔である。名前と性別、年齢と魔法管理局の関係者の名前を書くところぐらいだった。

「これだけでいいんですか?」

「いいのよ、イリス。けっこう訳ありでここに泊めさせられている人もいるから、レイラさんや総合部の人が知っていればいいっていう風になっている。総合部宛に渡す必要な書類はあとで渡すから、部屋に行ったら書いてね」

「わかりました」

 イリスはペンを渡されて書き、終わると、シェーラに渡して残りを書いてもらう。少し考えると、何を思いついたのかシェーラ以外の名前を書いた。

「どうしてシェーラさんじゃないんですか?」

「何かあったら、立場上一番強いから」

 “レイラ・クレメン”と書かれた紙を、女性に差し出した。女性はそれと引き換えに部屋の鍵をイリスに渡す。

「何かあったら、いつでも私に言ってください」

「ありがとうございます」

 大切にその鍵を手で包み込む。

 そのとき、ドアが開いた。中に入ってきたのは、長い黒髪を首筋あたりで結わえた中年の女性。右足を少し引きずっている。シェーラはその女性を見ると、目を丸くした。

「お母さん!?」

 シェーラはそう叫ぶと、慌てて彼女の母――ミマール・ロセッティへと駆け寄った。

「あらシェーラ、今日帰ってきたの?」

「うん、さっきレイラさんに会っていて。これが終わったら、一度家に戻ろうと思ったんだけど。お母さんはどうしたの?」

「宿のおばちゃんに渡すものがあって。それよりも、また怪我したって聞いたわよ? 大丈夫なの?」

 心配そうにシェーラを見つめるミマール。

「もう少し安静にすれば完治するから、大丈夫」

「ならよかったわ。お願いだから、危険なことはやめてね」

「だから大丈夫たって。ありがとう、お母さん」

 そう言うと、そっとミマールの肩に手を添えて足の不自由な母親を支えた。同じくらいの身長の二人はお互いを支え合うように立っている。

 イリスはその光景を見て、漠然とした寂しさを感じていた。母が、家族がいる幸せ。お互いを支え合うこと。それが今のイリスには出来ない。もう過ぎ去った事実をある程度は受け入れているが、他人の家族の温かさに触れてしまうと、どうしても胸から込み上げてくる寂しさがあった。

「お父さんが亡くなってここに移り住んでから、あんなにお互い、特にミマールさんは気遣っているらしいわ」

 イリスの後ろからそっとカウンターの女性が囁き掛けた。

「シェーラさんにはお父さんがいないのですか?」

「そう。事故らしいけど、私も詳しくは知らない」

 シェーラがちゃんとここにいることを確かめるかのように、ミマールは彼女の髪を撫でている。かなり心配をしていたのだろう。目には涙が浮かんでいる。

 しばらくそうしていたが、見切りをつけるとシェーラは口を開いた。

「仕事が残っているから、また後でね」

「わかった。おいしいもの作って待っているよ。そこの娘さんの分も一緒に」

 その言葉と気遣いにイリスは軽く会釈をして、感謝の気持ちを示した。

 シェーラはミマールから離れると、後ろに向きイリスに言う。

「そういうことだから、夜に迎えに来るわ。それまでは、ゆっくり休んでいて」

「シェーラさんも休まれたらどうですか?」

「報告書とか書き終わったらね。それじゃ」

 心配無用と、手をひらひらと振りながらシェーラは局へと戻って行く。

 イリスも部屋へと向かうことにし、ミマールとカウンターの女性に「失礼します」と、言ってから、階段を上っていった。



 シェーラは医療部を、総合部を通過し、やっと情報部に辿り着いた。隣には事件部がある。ふうっと息を付くと、勢いよくドアを開ける。

「ただいま!」

 突然大声を出された部屋にいた人々は、出された方向に振りむく。男性の方が多く、主に二、三十代が多い。中は机が並んでおり、その上には多数の資料が山を形成している。

 男たちは一瞬作業をやめて、シェーラを見た。それに受け答えるように、元気にもう一度言う。

「シェーラ・ロセッティ、イリデンスのほうからただ今帰還しました!」

 それを聞くと、口々に「お帰り」という声が飛び込んできた。人々の顔には安堵の表情が浮かんでいる。第二の家族でもある情報部に報告して、やっとシェーラは帰って来たという気がしたのだ。

 自分の席に向かおうとしたとき、金色の短髪で眼鏡を掛けた三十歳近くの男性が近づいてきた。

「お帰り、シェーラ」

「ただいまです。ルクランシェ部長」

 情報部の部長である、ルクランシェはにこにこしながら出迎えた。笑顔がとても素敵な男性として、女性達からも密かに人気がある人だ。だが、仕事では冷静に物事を把握し、確実に情報を得るために巧みな戦略をたて、局の中で頭脳対決をすれば一、二を争う男性である。

「今回は大変だったみたいだね。また、表で戦ったと聞いたよ」

「はい。ですから、始末書が大変な量なんです……」

 シェーラは肩を竦めながら言った。

「怪我が完治するまでは外に出る仕事は与えないから、ゆっくりとやったら?」

「いえ、お気遣いは無用です。いつものことですから。それでは早速始めたいと思いますので」

「呼び止めて悪かった。頑張ってくれ」

 そう言うと、ルクランシェは奥にある自分の机へと戻って行った。シェーラはやっと自分の机に着くと、引出しからペンと紙を取り出す。そして、旅の道中をメモした冊子と先ほどレイラから渡された紙を置く。軽く体をほぐしながら、次なる戦いの場へと士気を高め、取りかかった。書類との戦いへと。



 辺りは暗くなり、外に出るにもランプが必要な時間になっていた。局からの光が漏れているとはいえ、やはり暗いものは暗い。

 シェーラは宿屋へ行くと、一階の広間にクロウスとイリスが談笑しているのが目に付いた。クロウスもあの後しばらくしてこの宿屋に着いたらしい。昼と比べて顔色を見たが、今の方が断然よかった。

「少しは疲れがとれた?」

 クロウスとイリスはシェーラの方に向き直ると、口々答えた。

「いいベッドだから、横になっただけでも大分楽にはなった」

「お部屋もきれいで、見ているだけでも疲れがとれました。それよりも、シェーラさんのほうがお疲れのように見えますが。目がしょぼしょぼしていますよ」

 仄かにシェーラの目が小さく見えるらしい。

「あら、やっぱりそうか……。ずっと椅子に座って、書き続けていたから目が疲れたみたい」

 溜息を吐きながら腕組をし、自分の行いに対して呆れた顔を浮かべていた。

「寝れば多少は良くなるけど、まあ少し休めばよかったかな。そうそう、夕飯まだよね? お母さんが用意してくれたから、一緒に食べましょう。クロウスの分もちゃんとあるから」

「いいのか?」

「ご飯はみんなで食べた方が楽しいでしょ?」

 今度はクロウスに対して呆れた顔をしていたが、どこか嬉しそうな笑みを浮かべていた。



 三人は宿から出ると、右の方に進み宿並の大きな建物に向かった。その方向には局員専用の寮がいくつか連なっている。局の中には寮に入っている人もいれば、もう少し首都の中心部よりに一軒家やアパートに住んでいる人もいた。どこに住むかは自分の意思で決めることができ、全体的に独身の人は寮に住んでいる方が多い。

 一号棟など書かれた寮を通り過ぎて、シェーラは棟の一つの階段を上がる。そしてすぐ側にあるドアに鍵を差し込んで、開けた。中からは香ばしい匂いが漂う。

「ただいま、お母さん。二人を連れて来たわよ」

「お帰り。今スープを温めるから席について、他のを先に食べていて」

 ミマールは台所から顔を出して、すぐに引っ込めた。シェーラは二人を中に促す。

「お邪魔します……」

 イリスは慣れないことに戸惑いを感じながら、玄関を跨いだ。イリスとクロウスは先に上がると、目の前にはたくさんの料理が目に飛び込んできた。サラダに肉料理、ピラフや炒めものなど、たくさんの種類が並んでいる。あまりの種類の多さにびっくりしてしまう。

「そんなところに立ってないで、早く座りなよ。ほら、進んだ、進んだ」

 ぐいぐいと押されながら、奥の椅子へと腰を掛ける。部屋の中は割と広く、安アパートよりも断然いい暮らしができそうだ。

 ミマールは台所からお盆を持って出てくると、一人一人の前にスープを置く。

「はい、野菜スープよ。御代わりはいくらでもあるから、いつでも言ってね」

 ようやく準備が終わると、シェーラとミマールはイリスとクロウスに向き合うように席に着いた。

「今日はお母さんがぜひ御馳走したいということで。何かある? お母さん?」

 ミマールはイリスとクロウスをじっくりと見つめた。

「この度は娘が大変お世話になりました。これからもご迷惑をかけるでしょうけど、仲良くやってください。今日は長旅でお疲れのようだったから、栄養価のあるものをたくさん食べて欲しくて呼ばせていただいたわ。だから遠慮なく食べてね」

 微笑む姿はシェーラによく似ていた。

「どうもありがとうございます」

 深々とお礼を言い、シェーラとミマールに促される形で、イリスとクロウスは食べ始めた。

 どれも出来たてで、なおかつ味も適度であり、素直においしいと言える。これなら少食のイリスでさえもたくさん食べられそうだ。

 食べている間も楽しく話は続いた。旅の道中でイリスが感動したことやクロウスが感心したこと。さらに進んでいくとシェーラの幼い頃の珍エピソードまで飛び出し、必死にその話を逸らせようと頑張るシェーラの姿も見られた。それを見て思わず笑ってしまったりと賑やかな夜となっている。

 お皿もいくつか空になった頃、突然部屋の内線電話が鳴った。シェーラは渋々と受話器をあげる。

「もしもしロセッティですが、どちら様ですか? ……ああ、レイラさん? ん、クロウス? クロウスならいますけど。……了解、替わりますね」

 受話器を耳から遠ざけると、シェーラは手でクロウスに来るように示す。

「レイラさんから電話」

「ああ、ありがとう」

 受話器を受け取り、顔を近づけた。

「お電話替わりまして、クロウスですけど何か御用ですか?」

『食事中にごめんなさい。あなたに一つお仕事を頼みたいんだけど、いいかしら?』

「俺に……ですか?」

『そうよ。難しい仕事じゃない、ただ荷物を運んでもらうだけ』

「わかりました、引き受けます。それで荷物はいつ受け取ればいいのですか?」

『今ちょっと副局長室に来られる?そう時間は掛からないから。明日だと時間の都合が付きにくくて、今日中に受け渡したいの』

「では今から参ります。それでは、また後で」

 通話が終わると、受話器を元に戻した。

「レイラさん何だって?」

「俺に頼みごと。今から副局長室に行ってくるから、ここら片で失礼するよ。ミマールさん、御馳走様でした」

 クロウスは最上級の感謝の念を込めて言った。

「またいつでも来ていいわよ。まだまだ育ち盛りなんだから」

 それにミマールは笑顔で受け返す。

 玄関までシェーラは見送りに行くと、クロウスにランプを一つ渡した。

「夜は暗いから気をつけてね」

「わざわざすまないな」

「いいってことよ。じゃあ、おやすみなさい」

「おやすみ」

 クロウスは仄かに灯すランプを片手に、再び局へと向かい始めた。




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