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虹色のカケラ  作者: 桐谷瑞香
第二章 魔法管理局
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2‐4 質問と返答

 医療部を出て総合部の副局長室に戻ると、レイラとイリスが仲良く談笑していた。それを見て、クロウスやシェーラは目を丸くしてしまう。ものの数十分でここまで仲良くなれるものなのかと、驚いている。

「あ、シェーラ、頭冷えた?」

 シェーラを見ると、レイラは穏やかな声で言った。

「報告書でも始末書でもなんでも書きますよ!」

 自棄(やけ)になりながら、言い捨てる。

「あまり冷えていないようね。まあいいわ。少し簡単に話してほしいことがあるんだけど、特にクロウス君のこととか。ダニエルから少し聞いたけど、実際に彼が戦っている姿を見たのはあなた達だけでしょ?」

 レイラはにっこりとほほ笑む。

「わかりましたよ」

 溜息を吐きながらイリスの横に、クロウスもその横に座る。三人とレイラが向かい合う形となった。

「ひとまずシェーラから今回の事件について話して」

 シェーラは少し間を置いて話す内容を整理する。そして口を開き、話し始めた。

 簡潔にだがクロウスやイリスが絡むところはより深く話した。レイラは首を振りながら頷く。

 そして、言い終わるとレイラは腕組みをした。

「つまり、シェーラは結構クロウス君に助けられているということね」

(しゃく)だけど、あまり否定はしない……」

「ねえ、シェーラの肩を貫いた青年についての話、もっと聞きたいんだけど二人は何か気付いたこととかある?」

 レイラはシェーラの両脇にいるクロウスとイリスを交互に見る。その視線に答えるようにイリスは首を横に振りながら言った。

「木の陰からお二人の攻防を見ていましたが、特に青年の方の動きなんかわかりませんでした」

「常人の目に映らないというのは、相当な腕前の人というのかしら」

「そうかもしれません」

「クロウス君はどうなの? 対等に渡り合っていたって聞いたけど」

 レイラはじっとクロウスを見つめる。シェーラよりもより鋭く、何かを探るように。視線を逸らそうにもそうはさせてくれない。この人が年齢の割に副局長という高い位置にいるのがわかったような気がする。

 クロウスははっきりと答えた。

「以前、一度だけ剣を交えたことがあります」

「前に?」

「はい。ただ、そのときは相手の出方もわからず、俺の腕もまだまだだったので、簡単にあしらわれました」

「何か彼について知っていることは?」

「あの青年は相当な剣の腕前と、それをさらに高める素早さ、そして細かな刃を瞬時に出す魔法を駆使して、多くの人の命を奪ったと聞いています。そして、ノクターナル島では兵のトップに当る人の補佐であるということも聞きました。どちらかと言うと、前線に立つよりも、裏で暗殺者のようにやるタイプですね。俺の知っていることはこれくらいです」

 レイラはクロウスが言ったことを紙に書いていく。粗雑な字だが、要点は掴んである。

「どうもありがとう。これからも何度か私たちと相手になる人だから、事件部を中心に資料を回しとくわ。ちなみにこの人に勝てる方法はあるのかしら?」

 クロウスは苦い顔をしながら、首を横に振る。

「剣であれ、魔法であれ、相当な腕がないとそれは厳しいと思います。あまり力がない人がたくさんいても相手にされませんから。できれば逃げることをお勧めします」

「そう。まあ今回はこんな人もいるということがわかって、それに死者が出なかっただけでもよかったとするわ。――話変わって、クロウス君っていろんなところを旅していたって聞いていたけど、旅をする前はどこに住んでいたの? まさか生まれてからずっと旅をしているというわけではないでしょ」

 クロウスは心の中で苦々しい笑みを出していた。さすがに副局長と言う上の役職の人に出身地を言うのは気分が乗らない。

 躊躇っていると、シェーラが急に手を叩きながら大げさに振舞う。

「レイラさん、二人は長旅で疲れているようですし、今日はここらへんで終わりにしましょう。レイラさんも仕事がたくさん残っていますし。私、二人を宿の方に連れて行きますね」

「シェーラ、人の会話に口を挿むのは感心しないよ」

 そう言うと、胸ポケットから一枚の紙が取り出された。

「じゃあ、シェーラはイリスちゃんを宿に連れて行って。あと、報告書と始末書はここに書かれている内容を反省して書いてね。クロウス君は引き続き話を続けましょう」

 笑顔で紙を渡し、それを見るとシェーラの顔は引き攣った。そこには何か彼女にとって恐ろしいことが書かれているのだろうか。イリスの方に首を向けると苦笑いをしていた。

「イリス、宿に行こうか。この局の中に脇にあるのよ」

「はい……」

 無理して笑っているシェーラにイリスはおどおどと頷く。

 シェーラは立ち上がり、回れ右をして、ドアのほうに歩いて行った。着いて来ないイリスを見て、いつもより二段階くらい低い声を出す。

「イリス、行くよ」

「わ、わかりました!」

 出ていくのを見送りながら、レイラはクロウスを観察するように見てきた。

「さて、話の続きをしましょうか。クロウス君の出身地はどこなの?」

 クロウスはここまで来て嘘をつくのは良くないと思い、それに嘘が通る相手でもなさそうなので、シェーラには悪いが本当のことを口にした。

「ノクターナル島です」

 レイラの額が若干しわが寄ったように見える。

「ノクターナル島で何を?」

「十五歳までは自分の町で剣術や学問を教わり、その後、十八歳まではノクターナル兵士に所属していました。その後は脱退し、各地を旅して回っています」

 クロウスはどんな言葉が出ようと、じっと次を待った。

 レイラは目を丸くして、驚いている。そしてクロウスをじっと見ていた。

「どうして脱退しようと思ったのかしら? そもそもどうして兵士に?」

 思いついたことをただ言っているのだろう。戸惑いが隠されていない。それをよそにクロウスは答える。

「俺は魔法が使えません。それで、剣を生かすのには治安を守る仕事というのが最も適任だと思ったからです。入ったころはまだ兵士という名ではなく、治安維持部隊という名でした。デターナル島でも治安維持に努めている局があると聞きました。おそらく、それと似たような所です。しかし、三年前に突然兵士という名に変わりました。その内容は治安を守るという以外に、魔法について調べている人を捜しあて、その調べたものを取り上げ、抵抗すれば容赦なく痛みつけるというものでした。幸いその現場には一、二度しか立ち会わなかったのですが……。ここにいては本来の自分ではなくなると考え、脱退しました」

「でも、そんなに簡単に脱退できないでしょ?」

 幾らか落着きを取り戻して、質問を始める。

「そうですね。逃げる際に少し傷は負いましたが、下っ端でしたからそれほど執拗(しつよう)には来ませんでした」

 自嘲気味に返す。クロウス自身は傷はほとんど負わなかったのは事実である。

「そんな危険を冒してまで、その行動に踏み切ろうと思ったのは、何故?」

「ですから、ノクターナル島の行いに対して嫌気が差したから――」

「本当にそれだけ? 私にはそれだけのようには感じられない」

 そのまま沈黙する二人。

 じっと見つめるレイラに対して、若干目が泳ぎ始めた。鼓動はだんだんと速くなっている。

 シェーラとの会話が可愛くなってくるくらい、この女性は話を自分の主導権に持っていくのが上手い。きっと彼女に鍛えられたから、シェーラも上手い方なのだと思われる。

 しばらくして、何も話さなかったクロウスに対してレイラは決定的な一発を放った。

「大切な人でも殺された?」

「な……!」

 意表を突いた質問に絶句してしまう。

 そんなに感情豊かではない、ましてや初対面の人に感情を揺さぶられるほどやわではないクロウスだが、もはや隠しようがない表情を浮かべていた。

「図星ね」

「どうして――」

「だいたい読めるわ。大切な人が殺されて、その所属しているところへの不信感が急激に高まった。その高まり具合が、突発的な行動を生み起こしてしまう。そんなところでしょ?」

 俯いて、何も言えないクロウス。レイラはその様子から肯定と受け取ったようだ。

 レイラは立ち上がると、コーヒーメーカーがあるほうへ歩いていき、自分のカップと新しいカップにコーヒーを淹れた。いい匂いがする。少し匂いを楽しみつつ、再びクロウスの方へと戻って行き、前にカップを置いた。

「よかったら、飲んで」

「ありがとうございます」

 クロウスの表情は固く、コーヒーを口に付けてもそれは変わらなかった。レイラはゆっくりと確かめるように、再び話しかける。

「魔法管理局に来たのは、ノクターナル兵士に対して一死報いたいというところね」

 返事はできない。まだこの人に言ってしまっていいかはわからないからだ。レイラはその反応に溜息をつく。

「あなたのことは大方わかったわ。ただ、こちらも――」

 その時、ドアをノックする音がした。

「どうぞ」

 そう言うと、眼鏡をかけている女性が入ってきた。手には分厚い本を女性の顔を隠すくらい抱えている。

「失礼します、サブ。この本を今から町の図書館に返してきたいと思います。それで、サブはこの本をお読みになるかどうか聞きたくて来たのですが」

 女性は持っていた本を三冊置いた。レイラは背表紙を見て、本をぱらぱらとめくった。

 彼女は仕事が忙しいため、なかなか町の図書館にはいけない。この局の中にも資料室にたくさんの本はあるが、この世に現存している全ての本があるわけではない。だから、町の図書館で借りた本は一度レイラに見せてから、返却することが多いのだ。彼女が必要と感じれば、貸出延長ということもあり得る。

 最後の一冊を手に付けた時、彼女の手の動きが一瞬止まった。そしてより丁寧に本を斜め読みしていく。

 やがて、程無くして本を戻した。少し思案していたが、女性に返事を出す。

「少しだけ借りるわ。返却するときは私の方から誰かに当たるから」

「わかりました。では、よろしくお願いします」

 一礼をすると、女性は部屋から出て行った。

 ぼーっとその行動を見ていたクロウスに、レイラは急に話かけてくる。突然のことで、クロウスも思わずびくっと反応してしまう。

「今日は疲れているようね。これからのことについてはまた後で連絡するから、今日はもう休みなさい。医療部の先に宿があるわ。私の名前を言えば部屋を貸してくれるから」

「はい、わかりました」

 少し時間が経ったからか、顔色は若干良くなり、鼓動も落ち着いてきた。入口まで促されると、不甲斐ない気持ちでいっぱいだった。

「どうもすみません……」

「いいのよ。呼び止めて悪かったわ。では、また後日」

 ドアを開き、クロウスは部屋から出て行った。レイラはある程度歩いたのを確認すると、ドアを閉める。そして最後に見た本を今度はじっくりと読むために、専用の椅子へと腰を下ろした。再び読みながらぽつりと呟く。

「もう少し様子を見てみるか」




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