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虹色のカケラ  作者: 桐谷瑞香
第二章 魔法管理局
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2‐3 副局長

 魔法管理局の門前でイリスは馬から降り、数日に渡って彼女を乗せた馬と別れた。

 そして、ダニエルを先頭として局の中へと入って行く。中に入ると、クロウスとイリスはあまりの凄さに唖然としてしまった。

 まずは廊下の大きさ。高さは門よりやや高いくらいで、横は人が十人くらい悠々と歩けるくらい。

 下は石がひかれているためか、歩くとコツコツと気持ちいい音が響く。局内の光は、火ではなく電気を使っており、隙間なく光が行き渡っている。

 イリスは遅れないようにシェーラの傍を歩きながら、質問をした。

「ここの電気は何を元に作っているんですか?」

「この建物の後ろに、大量の風車があるの。そこが主なところ。あとは、ゴミを燃やした時の熱や日の光を利用したり」

「魔法の力を利用しているのですか?」

「魔法はあまり使ってない。ただ、あまりにも風が吹かない時には少しだけ使っているけど。変な話って思うでしょ、魔法管理局って銘打っているのに」

「いえ、そうは思いません。魔法が全てではありませんし、循環を変化させるのは極力避けた方がいいと思います」

 クロウスは中をしっかりと見ながら、デターナル島の文明の発展さに驚いていた。正直言って、クロウスが知っているノクターナル島とはかなりの差がある。だが、それは三年前と比べたことだから、今はどうなっているかはわからない。

 廊下を歩いている人を見ると、白衣を着ている人、分厚い本を何冊も抱えながら走っている人、鍛え抜かれた筋肉を存分に出している人など、どこの部署の者か一目でわかるだろう。

 やがて大きめの扉が見え、その上の方には“総合部”と書かれていた。ダニエルはシェーラの方に向き直った。

「俺達は事件部へ報告に行ってから、サブの方に報告する」

「じゃあ、私も情報部に行ってから……」

「今回は情報部宛てじゃなくて、シェーラ宛てに来た仕事だろ。いち早くサブのところに向かえ」

「怒られるだろうってわかっていて、そういうことを言う……」

「それに、イリスさんやクロウスの報告もなるべく早くしなきゃいけないだろ。じゃあ、また後でな」

 ダニエルはクロウスとイリスをちらりと見てから、事件部の人々と一緒に右へ続く廊下へと歩いていった。扉の前には三人だけが立っている。

「サブっていう人は、そんなに怖いのか?」

 あまりにシェーラがおどおどしているので、クロウスも身構えてしまう。

「いや、すごくいい人だよ。ただ、私に対してだけには時としてすごく厳しい。まあ、私の後にしっかりと着いて来て」

 そう言うと、総合部の扉を開いた。

 中は大量の本や紙が積み上げられ、人々の話声、そして時折鳴る電話の音でいっぱいだ。それを横目で見ながら、中央にある通路をシェーラは遠慮なく進んでいく。通路にも積み重なった本が溢れている。

 崩さないように気をつけながら、クロウスとイリスは後を付いていった。

 たまに、「シェーラ、お帰り!」などの声も出て、それを彼女は「ただいま」などと、返事をしていく。

 しばらく歩き続け、小さめの階段を上がると、今度は“副局長室”と書かれたドアが見えた。

「ここが噂のサブの部屋だよ」

 シェーラはノックをする。中から元気のいい返事があった。

「失礼します」

 緊張な面持ちでシェーラはノブを回し、ドアを開ける。思いっきり開くと、二、三歩中に足を踏み入れた。クロウスとイリスもそれに続いて入った。

 部屋の中はさらに大量の本や資料で積み重なっている。両脇は上から下まで本棚でいっぱい。足を踏み入れるのも非常に困難だ。電気は付いているが、人がどこにいるのかは見えない。

「レイラさん、シェーラです。今戻り――」

 言い終わらないうちに、シェーラの右頬横の壁に何かが飛んできて、突き刺さった。思わず「ひいっ!」なんて言う声が聞こえる。あと少しずれていれば、シェーラの顔に傷を負っただろう。冷や汗を掻きながらも、必死にシェーラは言った。

「って、危ないじゃないですか! もう、またペンの無駄遣いをして! それにこの前掃除したばかりなのに、どうしてこんなに散らかるんですか!?」

 突き刺さったのは、先端が飛び出ているペンだった。

「へえ、私にそんな言い方をするとはいい度胸ね? シェーラ」

 長い髪を後ろでまとめている金髪の若い女性が世にも恐ろしい声を出しながら、机の後ろから現れた。

 ピンクのワイシャツを着て、下は膝上くらいの長さのスカート。そしてスカートよりもさらに長い白い上着を着ている。一目見れば、若干二十七歳ながら仕事の出来る女性と思うだろう。事実そうである。

 本を分けながら、シェーラの方に寄って行く。シェーラは逃げずに果敢にも立ち向かおうとした。

「レイラさん、ペンの無駄遣いはよろしくないと思いますが」

「よく見てみなさい、シェーラ。そのペン、中身が入っている?」

 ペンをよく見ると、中身はなかった。

「入ってないでしょ。こういうときのために、捨てなかったのよ」

「捨ててくださいよ! ただでさえ汚いのに」

 レイラはスッと腕を伸ばし、指先をシェーラへと向けた。目は鋭くシェーラを見て、殺気まで感じられる。

「あなた、勝てない相手に勝負を挑んで、殺されそうになったそうね。それは本当?」

「か、勝てない相手じゃない。それに反撃するときに助太刀が入ったせいで、あやふやになったというか……」

 シェーラの視線が徐々に下の方にいっている。レイラは続けた。

「それに、封印を解いたって?」

「普通の魔法力じゃ、全然効かなかった」

「反動は?」

「少しふらついただけ。別にそんな変わりなかった……」

 だんだんと声すら小さくなっていくシェーラ。レイラはそれを見ると、腕を下ろし、腰につけた。

「いいわ。あとでゆっくりと聞く。今は医療部に行って包帯を代えてきなさい」

 レイラは俯いて何かを考えているシェーラをよそに、後ろにいるクロウスとイリスの方を見る。

 目つきは穏やかになっていて、さっきの殺気など微塵も感じなかった。

「ごめんなさい、今のはあまり気にしないでね。 話は聞いているわ。純血のイリス・ケインズさんと剣士のクロウス・チェスター君でしょ? こんにちは。ここ魔法管理局の副局長レイラ・クレメンと言います。みんなからはよく“サブ”って言われるわ。まあ、好きに呼んでね」

 気さくに言いながら、ほほ笑んだ。

「ひとまず、ちょっと二人と話をしたいな。でも、シェーラのことは見張っていないと……。よしまずはクロウス君、シェーラと一緒に医療部に行ってきて」

「俺が……ですか?」

「ええ。この子けっこう痩せ我慢するタイプだから、一人に出来ないのよ。傷の治りがよくないようなら、無理矢理ベッドに寝かしつけておいて。頼んでいいかしら?」

「了解です」

 凛とした声に思わず聞き入ってしまいそうだ。シェーラは深々と息をつくと、後ろに向き、俯きながらクロウスの袖を掴む。

「医療部に案内するから、付いて来て。レイラさん、またあとで来ますね」

 いつもより格段に元気がなくなったシェーラはしょんぼりとしながら部屋を出る。クロウスが慌てて外に出たのを確認するとレイラはドアを閉めた。



 部屋にはレイラとイリスだけが残った。

 レイラはソファーに乗っている本を下ろすと、イリスに座るよう勧める。イリスは頷き、座った。レイラも向かい合うように座る。

 しばらく沈黙が続いた。

 そして、神妙な顔つきでやっとレイラは口を開く。目はどこか哀しそうだ。

「お久しぶり、イリスちゃん。私のことは覚えている?」

 イリスはしっかりと頷くと、ゆっくりと話した。

「はい。三年前、母と私にあのことを報告するために家に伺った方ですよね」

「――ええ、そうよ」



 シェーラとクロウスは再び“総合部”と書かれた扉の前に戻ってきた。依然シェーラの表情は固い。心配そうに見るクロウスをよそにして、ダニエル達が進んだ方向と逆の通路を先行して歩いて行く。

 この廊下は窓も付けられており、日が入ってくるため、昼間は電気がついていないようだ。さすがのクロウスも今のシェーラの様子には耐えられなかった。

「シェーラ、あの人は心配して言っているんだぞ。確かに、君は少し無茶をする傾向があると思うし――」

「わかっているから」

「シェーラ?」

 シェーラは振り向くと、無邪気な顔をクロウスに見せた。

「レイラさんは私に対してはいつもあんな感じなの。だから少しぐらい反省した様子を見せとかないとね」

 この娘はこれからも彼女を困らせるだろうと、必然的にクロウスは感じた。

 突然シェーラは立ち止まった。

「ここが医療部よ」

 首で右に向きながら、“医療部”と書かれた扉を指す。扉を開けると、白衣を来た人がたくさんおり、ベッドもずらりと並んでいる。部屋の全体は清潔感のある白色でまとめられていた。看護師の一人がシェーラに近寄って来る。

「どうかしましたか?」

「こんにちは。情報部のシェーラ・ロセッティです。仕事中に怪我をした部分の包帯を代えに来ました」

「わかりました。先生に知らせてきますので、少し腰をかけて待っていてください」

 待合室と思われるところには椅子が並んでいた。二人連続して座れるところを探していたが、すぐにさっきの看護師が来る。

「ロセッティさん、ボルタ先生が空きましたので、ご案内します」

 シェーラはクロウスにそこで待っているように言うと、いくつかある診療室に入って行った。



 診療室の中では白髪が少し混じって、眼鏡をかけている初老の医者がいた。

「やあ、シェーラ。また派手に怪我をしたんだって?」

「誰からそんなことを聞いたんですか……。はい、町での治療経緯です」

 椅子に腰をおろしながら、いろいろと書かれた書類を渡す。

 局にいる者はだいたい掛かり付けの医者がおり、その人が患者の治療経緯を知るためにも、外で治療した際には書類を書いてもらっていることとなっている。

 ボルタはシェーラがここの局に来たときから、掛かり付けをしている人だ。

 書類を目で通しながら、話しかけられる。

「よく左腕だけで済んだね」

「けっこうかばいましたから、右腕とかを」

「まあ、これだけ見ていると治療経過は良好のようだな。どれ、見せてみろ」

 上着を脱ぎ、中も左半分を脱いだ。左腕は肩から手首まで包帯で巻かれている。それをボルタはゆっくりとほどいていく。そして、傷が残る左腕が露わになった。

「ふむ。酷い怪我ではあるが、いつもより早く良くなっているな」

「ずっと大人しくしていましたから。魔法なんて使っていませんよ」

「この調子なら、もう少しすれば使っていいだろう。じゃあ、包帯換えるから」

 関節などに負担がかからないように、素早く正確に巻いていく。すぐに巻き終わると、書類に少し言葉を付け足した。

「はい、いいよ。他に痛むところはないか?」

「大丈夫です。他はもう塞がっていますから。どうもありがとうございます」

「いやいや。あまり、私の手を煩わせる怪我はしないでくれよ」

「なるべく気をつけます」

 シェーラは一礼をすると、待合室へと出て行った。



 黒髪の娘を見送ると、ボルタは分厚い書類を取り出す。“シェーラ・ロセッティ”と、書かれたものは、今まで彼女がどのような怪我をしたかが書いてある。だがここに来て、十年もたたないのに、この量は少し多すぎる。特にここ三年間は。

 これ以上、酷い怪我をしないように祈りながら、今日渡された書類を挟んだ。




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