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虹色のカケラ  作者: 桐谷瑞香
第一章 風の導き
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1‐15 風使いと剣士と純血の少女と

 様々な所を旅して回っていると、人と話すことも多々あり、自分のことについても聞かれることもある。その中の会話はほとんど真実を言っていた。だが、自分の出身地や過去に関することは曖昧にして話をしていた。それはあまり過去を掘り下げられたくないのもあるが、出身地を言うことで、他人からよくない印象をもらうのはあまりうれしくはなかったからだ。



 * * *



 クロウスは手綱を握ったまま呆然とシェーラを見ていた。馬は速度を落とさず進んでいる。シェーラは自分の発言の微妙さにやっと気づいたのか、慌てて訂正を入れる。

「ご、ごめんなさい! 変なこと聞いちゃって。さあ、早くイリデンスに戻りましょう!」

 シェーラは前を向くと、馬の毛をちぎりそうなくらい必死に手を握りしめて俯いていた。クロウスは心の中の自分に対してこの娘には真実を言ってもいいと話をつけて、極力優しく言葉を紡いだ。

「いつ、気づいたんだ?」

 否定しなかった言動にシェーラはびくりとする。言葉を選びながら、ゆっくりと答えた。

「会ったときからなんとなく。確信しかかったのは、あの青年と対峙しているとき。二人の剣術が似ていたから。私も何回かノクターナル兵士とは戦ったことがあって、それにも似ているな、と思って……」

 声はだんだんと小さくなっていた。それでもこんなに近くで話しているから、聞き洩らすことはない。クロウスはシェーラの洞察力に感嘆をあげていた。

「今までたくさんの人と出会ったけど、そこまで的確に言い当てられたのは初めてだ」

「そうなの?」

「ああ。言葉では偽ることはできても、やっぱり行動、特に血が滲むまで振っていた剣術はそう簡単に抜けるものではないのか」

 クロウスは特に隠すそぶりもなく、穏やかに答えていた。

「俺はノクターナル兵士だった」

「え?」

 突然の告白話にシェーラは目を丸くする。それを見て、くすっと笑いながら宥める様に言ってあげた。漆黒の髪が風になびかれる。

「まあ、聞いているだけでいいから。ノクターナル島にいたのは三年ほど前まで。十八歳のときに事情が重なって抜け出してきた。嫌気が差したんだあいつらのやり方に。何でもかんでも無理矢理。今回のイリスさんの件もそうだろ? 家には戻りにくかったから、しばらく様々な所を回ってそこの人の生活とか、ノクターナル兵士についてのやり方を見て回ろうと思ったんだ」

 本当にただ当てもなく歩いて回った日々。何を求めていたのかも、当時はよくわからなかった。

「魔法があって当たり前という人や、ほとんど使えないがそれでも逞しく生きている人。ノクターナル兵士のやり方に反対する大勢の人と、密かに賛同している少数の人。随分たくさんの人を見たけど、最近になって一つの感じたことがあるんだ」

「何を?」

「やっぱり俺はノクターナル兵士のやり方には賛同できない。だからこれ以上あいつらの行いを野放しにはできない。それで、それを防ぐ行動を探そうかと思ったんだ」

 それは三年経ってようやく言えた事実。あの事件からようやく時間と心が動き、出したものだった。

 その言葉に感化されて、シェーラは勇気を振り絞って次の言葉を言う。

「じゃあ――」

「なんだ?」

「私たちと一緒に仕事をしませんか?」

「一緒に?」

「私たちは魔法に関することを調べたりしているだけでなく、ノクターナル兵士の行動を日々監視したり、魔法を悪い方向に使わないように制限をしたりしている。一応、書面にしたりして、穏便に進めようと思っているけど、それが上手くいかないのよね。だから、今回みたく強行突破されたときはこちらも強制的に止めたりしていて……」

 躊躇いながらも、シェーラは視線をクロウスの瞳に真っ直ぐ向けた。

「つまりね、私たちと一緒にいた方がノクターナル兵士に接する回数は増えると思う。防ぐ行動を探すのもいいけど、それも並行しながらノクターナル兵士の現状を見てみない?」

 その言葉はクロウスにとっては思いもかけないことであり、魅力的な内容でもあった。

 ノクターナル兵士が自分に対してやったことは、この上なく記憶に焼き付いている。だから、一死報いるためにもこの持ちかけは受け取った方がいい。だが、立場を考えると迂闊には受け答えられない。

「もしかして、ノクターナル出身で、魔法が全く使えないことが回答の妨げにはなっていないでしょうね?」

 今の発言、シェーラは人の心を見破る能力まで持っているのかとつい思ってしまう。

「それもあるね」

「そう……。ノクターナル出身はあまり聞いたことないけど、魔法を使えない人は何人かいる。使えても、せいぜい蝋燭に火をつけるくらいとかもいるから、そこは気にしなくても大丈夫」

 シェーラの顔はクロウスからはよく見えない。だが、きっと仄かに笑みを浮かべているのだろう。

 ここで一人旅を続けるという選択肢もあるが、これは真の意に反してしまう。

 だから、正直な気持ちをシェーラに言った。

「シェーラ、ぜひ俺も一緒に連れて行ってくれ」

「わかりました」

 ちらっとシェーラは後ろを向いて言った。少し顔に赤みをつけながら微笑む。

 そのとき、木々やシェーラの髪を揺らす風が吹く。それを愛おしそうに彼女は感じていた。



 二人がイリデンスに戻ってきたときは、空も赤く色づいている時間。診療所の待合室に行くと、見慣れた亜麻色の長い髪の少女が座っていた。ドアが開いたのに気づいたのか、後ろを向き笑顔で挨拶する。

「こんにちは。シェーラさん、怪我の具合はもう大丈夫なんですか?」

「ええ。日常的に動く分には問題ないわ、イリスさん」

「嘘言うな、シェーラ。早く横になっていろ」

 すかさずクロウスはつっこんだ。シェーラは肩をすくめながら、自分の病室へと戻って行く。

 イリスはくすっと笑った。クロウスはその様子に若干不思議に思う。

「何か?」

「いえ、いい組み合わせだと思いまして」

「え?」

「いえ、なんでもありません。シェーラさんにも聞いていただきたいこともあったのですが、お疲れのようですし、また明日にでも出直します」

「……別に今でも大丈夫よ」

「うわ!」

 廊下の角から二人を見つめるあまりにも低いシェーラの声に、びっくりして声をあげる。シェーラはその行動に対して呆れながら、イリスの横に座った。クロウスはシェーラの斜め後ろに立っている状況になる。

「それで、話というのは?」

「私、シェーラさんの所属している団体に保護という形で行くことになりました」

 シェーラは耳をぴくりと動かし、特に動じず会話を続けた。

「わかった。それはダニエル部長には言ったの?」

「はい。明後日にでもイリデンスを離れると言っていました」

「明後日ね……。ご両親とかの許可は得たの?」

「いえ――」

 すぐに返事は来なかった。イリスは俯き、そしてしばらく間をとってから遠い昔を思い出すような語り口で呟く。

「私の家族はもういないので、そこら辺は大丈夫です」

 予想外の言葉に驚き、思わずシェーラは口を押さえてイリスを見た。クロウスでさえ、目を大きく見開いている。

 イリスは顔を上げると、切なそうな笑顔をしていた。何かを必死に飲み込んでいるようだ。

「そんな顔しないでください。母が三年前に病気で亡くなってから、ずっと続いていることですから。父も姉も事故で命を落してしまって、たしかに寂しいというときもありますが村の人たちにはよくしてもらったので……」

「じゃあ、村の人たちには?」

「これから話してこようと思います」

「別に無理して行かなくてもいいんだよ? たしかに純血の人の多くは保護したほうが安全だから、デターナル島に連れていくけど、本人が断ればいくらでも方法はある。私達の仲間を個人的に置いて、守ってもらうという手もある」

 イリスは首を横に振る。さっきよりもはっきりとした声で言った。

「いえ、いいのです。もし、また狙われるようなことがあったら、村の皆にまた迷惑をかけてしまいます。それに、自分自身ができることを探してみたいんです。村を出るいい機会ですし、この拙い魔法力でも誰かのために使えたらなって思うのです」

 シェーラもクロウスも何も言い返せなかった。イリスの心の奥底にある、決して曲げられないものが確かに見えたからだ。

 この子に何を言っても無駄だと思い、素直に意見を飲むことにする。

「あなたがそこまで言うのなら、何も言わないわ。一緒に行きましょう」

「ありがとうございます」

 イリスの笑顔はかわいらしく、見る者を癒しくれる。不思議とこちらも笑みを浮かべてしまうほどだった。



 * * *



 シェーラが目覚めてから二日たった朝。空気もきれいで、すがすがしい朝だった。

 デターナル島から連れて来た馬には大量の食糧や野宿の用意が背負わされて、イリデンスの入り口にいた。そしてその周りには少し武装した男どもがたくさんいる。その中で、緑色の服を着た小柄な娘が交じっていた。娘は一頭の馬を右手で撫でながら、ぶつぶつ言っていた。

「遅いわね……。まさか、この場になってやめるなんて話はないわよね?」

 そう言いながら村の方を覗いてみる。すると奥の方から青年と少女の影が見え始めた。小柄な娘――シェーラは右腕を腰につけながら、その二人に対して言った。

「もう言い残すことはないわよね?」

 クロウスは首をはっきりと縦に振り、イリスも軽く頷いた。

「最後に誰に挨拶してきたの?」

「えっと、村長さんとソレルさん、そしてアストンさん」

 イリスはおずおずと答えた。顔がまた固くなっている。

「何か言っていたの?」

「『また、いつでも戻ってこいよ』って、言ってくれました」

「そう、よかったわね。争いがなくなれば戻って来られるわ。だから、それまでは頑張りましょう。私がイリスさんのことを全力で守ってあげるから」

「俺もだよ」

 シェーラとクロウスはにっこりと笑いながら、イリスを見た。イリスの顔もそれにつられてほころびる。

 そして、景気づけにシェーラは元気に言った。

「さて、行こうか。デターナル島にある私たちの拠点“魔法管理局”へ!」

 木々に吹く風は暖かい空気を運んできてくれた。 

 この風がよい方向へ示してくれるかはわからないが、今は信じて己の新たな始まりを歩むしかなかった。



 こうして風使いシェーラと、剣士クロウス、そして純血の少女イリスは出会い、三人の人生を少しずつ揺らし始める。

 その人生はゆっくりとだが、確実にこの国の揺らぎにも影響し始めているのだった。



 これで出会いを含めた第一章は終わりです。

 ここまでお読み頂き、本当にありがとうございました。

 第二章以降はこの三人を軸に話が動き出す予定です。

 これからも引き続きお読み頂けると、幸いです。よろしくお願いします。


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