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虹色のカケラ  作者: 桐谷瑞香
第一章 風の導き
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1‐14 故郷の風

 クロウスが戻ってくるのを待っている間、シェーラは首から下げているペンダントを取り出した。楕円形の薄い緑色でちょうど掌に収まる大きさ。握ると仄かに温かかった。その温かさが時として、シェーラを苦しめている――。

 再びドアがノックされると、シェーラはペンダントを服の中へ入れ、返事をした。

 ドアが開くと、クロウスと後ろからダニエル部長が入ってくる。ダニエルはシェーラの顔を見ると安堵の表情が浮かんでいた。

「よかった。しばらく起きないからびっくりしたぞ。……もしかして、魔法の威力を上げたのか?」

「どうだったかしら。緊迫した状況でしたので、よく覚えてはいません」

 シェーラはまた愛想笑いをした。言葉遣いも少し直しつつ、印象を良くしようとする。ダニエルは深く溜息を吐かれた。

「あとでサブに怒られろ」

「え、待ってよ。だってあの状況は普通にやっていたら、かなりやばかったのよ。少し魔法の威力を上げても相手はびくともしないなんて、たぶんノクターナル島では上の部類に入るやつよ」

「そうだとしても、それに一人で立ち向かうのはどうかね。報告書と始末書が一体何枚になるかな?」

「大量の始末書だけは本当にやめてください……」

 何度も書いたあの量は、あまり思い出したくもない。

 ダニエルは腕を組みながらシェーラをじっくりと見た。そしていつもより低い声で言う。

「さて、話があるって聞いたから来たんだが。また、始末書ものか?」

「そう言われるとそうなるけど、これは以前から言っていたことよ? ちゃんと書類も提出しているし」

「なんの書類だ?」

「休暇届。一週間ほど休暇をとりますって。で、仕事が入ってしまったから、この仕事が終わり次第休暇に入るって」

「休暇でどっかに行くのか?」

「そうそう。ハイマートに今日中に。いいでしょ? 一応、やることはやったんだし」

 かなり明るい声を出し、にこにこしながら、ダニエルを見つめた。

 ダニエルもいつも以上に笑顔だ。だが、はっきりと口を開く。

「駄目だ」

 シェーラは、はあっと溜息をつき、心の中で誓う。

 ――始末書増えてもいいから、強行突破で行く……!

 だが、それをする必要はあまりなさそうだった。助け船が出たのだ。

「ダニエル部長、俺も一緒に行くので許してはくれないでしょうか? 馬を使えばそう時間はかかりませんし、どうしてもシェーラは行きたいみたいですよ」

 助け船はクロウスだった。いつのまにかダニエルと仲良くなったかわからないが、クロウスが話したことによって、少しだけ躊躇っている。

「だがまだ怪我の治りも不充分だ。ノクターナル兵士やあのかなり強いやつと出会ったら危険だ。それでもお前たちは行くというのか? シェーラ、そこまでする理由はなんだ?」

「ダニエル部長、今日は父の命日です。母からもよろしく言われているので、どうしても行きたいんです」

「あ――」

 ダニエルはシェーラの言葉に思わず言葉を漏らす。

 奥歯を噛み締めながらクロウスを見て、重い口を開いた。

「二人乗りは上手いのか?」

「はい、それなりには上手いと自負はしています」

「じゃあ、シェーラを連れて、早く用を済ましてこい。何かあったら、すぐに戻ること。いいな?」

「了解です」

 ダニエルは肩をすくめながら、とぼとぼと部屋を後にした。

「一体どうしたんだ?」

「ちょっと色々あってね……。あまりダニエル部長には命日のこと言いたくはなかったけど、しょうがないか。じゃあクロウス、馬小屋の方にでも行っていて。すぐに準備するから」

「ああ、わかった」

 それだけ言うとクロウスは部屋を出て行った。

 窓の外を再び見る。雲ひとつなく、いい天気だった。しばらくは雨も降りそうにない。

 イリス救出のときは雨が降っていて大変だったなと、しみじみと思ってしまう。だがあの雨のおかげで、ノクターナル兵士の動きも鈍くなったわけだし、偶然だったとはいえありがたい雨だとも思う。

 そんなことを考えながら、急いで支度をし始めた。



 シェーラはいつもの軽装を着て、軽やかに馬小屋にやってきた。痛み止めをしたおかげか、動作はほとんど怪我する前と同じようにできる。

 クロウスは二人乗りにも適した馬を選んで待っていた。

「お待たせ。ごめん、迷惑かけたみたいで」

「いや大丈夫。さあ、先に乗って」

 シェーラは右腕だけを器用に使い、軽々と馬に乗った。クロウスもそれに続いてシェーラの後ろに乗る。

「やけに慣れているわね」

「まあ、時として馬は必要だからね」

 そんな他愛もない話をしながら、馬を進め始めた。手綱とクロウスに挟まれる状況になったシェーラは気が気ではない自分の鼓動が速くなっていることを確かに感じている。せめてもの救いか、赤みが入っている顔だけは見られずにすみそうだ。

「少し速度を上げるから気をつけてくれ」

 そんなことを言われてから、見る見るうちに馬が走り始める。振り落とされないように、必死に馬にしがみついているしか、今のシェーラはできなかった。



 二時間ほどして、ハイマートに辿り着いた。クロウスはイリデンスと似たような雰囲気ということに気付く。

 シェーラは馬を降りると、大きく深呼吸する。まるで自分がここにいるのを確かめているようだ。

「すぐ墓参りしてくるから、適当に待っていてもらえる?」

「だけど、もし何かあったら――」

「大丈夫よ。この村にいる限り、私は何があっても負けないから。墓参りくらい一人でさせて」

 シェーラの言っている意味がよくわからなかったが、止める強い理由も思い当らず、そのまま村の中に一人で進ませてしまう。馬を馬小屋に置いて追いかけようとしたが、すでにシェーラの姿は見当たらなかった。

 頭をぽりぽり掻きながら、自分の不甲斐無い行動に反省した。

 ハイマートはイリデンスよりは比較的大きい村で、北の方に位置している。山脈の麓であり、いつも心地よい風が吹いていることで有名だ。

 風という単語から、クロウスはさっきのシェーラの言葉の意味がわかった。

 彼女は風の魔法を使いこなす。つまり、風が吹いている場所なら、より威力の大きいものが簡単に出せるということだ。

 一人になりたい時間も必要だと思い、大人しく待っていることにした。近くに休めそうなところもあったので、独特の風を感じながらその時間を過ごし始める。



 シェーラは顔見知りの花屋で花束を買うと、ゆっくりと父が眠るところまで足を運んだ。

 まだ、体は思うように動けない。痩せ我慢しているということに、一体何人気づいているのだろうか。

 これからノクターナル兵士との戦いは増えてくるだろう。それを考えると一刻も早く怪我を治さなくてはならない。しかし墓参りは毎年やっていることなので今日は仕方がない、と自分の心に言い聞かせていた。

 村の片隅にある墓場。その中に、父の名前――カッシュ・ロセッティと書かれた墓があった。

 日付は九年前の今日――。

 シェーラは買ってきた花束を置き、手を合わせて黙祷を捧げる。最近の出来事を報告したり、生前の父を思い出しながら感傷に浸っていた。

 なんとなくだがいつも、『母さんをよろしく頼む』と言っているのが伝わってくる。早くして夫を亡くした母はいつも元気に振りまいていた。母は元気に生きていることが、早くに亡くなった父へのせめてもの想いを表現しているかもしれない。

 他にもいろいろ感傷に浸るところがあったが、きりのいいところでやめた。

 目を開けると、薄っすらと涙が溜まっている。それを拭き取ると、最後に一言だけ残し、その場を後にした。

「また、来年ももっと強くなって来るね」



 シェーラが再び村の中心街に戻ってきた時は、昼もだいぶ過ぎた時間帯だった。そこら辺をうろうろしていると、噴水のそばのベンチに腰をかけているクロウスを見つけた。本を一冊読んでいるようだ。シェーラに気づくと、しおりを挿んで顔を上げる。

「クロウス、お待たせ。なんかお昼でも食べて帰る?」

「そうだな。少しゆっくりして帰っても大丈夫だろう」

「じゃあ、私の行きつけのお店でいいね。ハイマートは新鮮な野菜が有名なのよ」

 シェーラは少し歩いたところにあるお店に案内した。

 そこで知り合いのおばさんと会い、話をしながら和やかに食事をする。時折、クロウスにも話題を振ってみたりと、平和なひと時だった。

 食事も一通り食べ終わり、お勘定をすませようとすると、おばさんはそれを制した。

「いいよ、今日はおごりで」

「これくらい払えますよ」

「いや、いいんだ。代わりに約束してくれよ。今、ノクターナル兵士との抗争が激しくなっていると聞いた。だから、生きてこの村に顔を出してくれ。お願い」

「……できる限り、約束するわ」

 おばさんの顔はなお固い。シェーラは精一杯の笑顔で受け流すと、店から外に出た。

 しばらく会話がなかった。馬小屋の方まで行くとやっとシェーラから言葉を発する。

「あのおばさんの息子さん、ノクターナル兵士に殺されているんだ。だからあんなことを言ったのよ。おじさんも早くして死んじゃったし。母さんが一人になることを恐れているんでしょうね」

「ノクターナル兵士か……。シェーラのお父さんはどうして亡くなったんだ?」

「……九年前、私が十一歳のときに、事故でね。そのあといろいろあって、母さんと私はこのソルベー島のハイマートを離れて、デターナル島に行ったのよ。ノクターナル島からなるべく離れた方がいいと思って」

「ノクターナル島は相当嫌われているみたいだな」

 シェーラは首を横に振り、馬に乗った。

「私はノクターナル島が全部悪いとは思わない。ただ、人は違う人と相いれないときもあるから、今、こういうふうに争いが起こっているのよ」

 クロウスも馬に乗りこんだ。そして、馬に歩を進めるように指示をする。

「私も正直ノクターナル島と聞くだけで、拒絶反応が起きてしまうことがある。だけどそれはいけないこと。その人自身を見ると、そんなことないのに」

「そうかもな」

 再びしばらく沈黙が続く。シェーラは何回か躊躇しながら、次の発言の内容を考えていた。ここで言っていい内容なのかよくないのかと。そして、さりげなく少し別の話題を聞いてみた。

「クロウスはノクターナル島のことどう思っているの?」

「そうだな、俺もあのノクターナル兵士のやり方は好きじゃない。一度、特にトップの人はいなくなった方がいいかもしれない」

 その発言に、シェーラは思わず後ろを向いた。驚いたような眼で見つめられるクロウスは思わず首をひねってしまう。そして、さすがのクロウスでも次のシェーラの口をあんぐり開けていた。

 シェーラは無意識のうちに言っていたのだ。

「どうして? クロウスはノクターナル島出身なのに?」


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