外伝‐9 論争の結末
――まったく無茶なことをする人だ。
馬から降り立ったクロウスは、黒髪の女性を見ながら心の中で嘆息する。
あの後、スタッツが乗っていた馬に無理矢理乗りこまされたクロウスとシェーラは、険しい顔をした彼に促されて先に進んでいた。そして、警備の人達と黒ずくめの男達の抗争を見て、すぐにでも降りて戦いに加わろうとした。
だがそうする前に、シェーラが馬で抗争の中を飛び越えて、遺族たちの前に降り立とうと言ったのだ。その時はさすがに絶句した。
無理だ、危険すぎると言う声も聞かずに、手綱を奪われて、思いっきりルクランシェ達の頭上を飛び越えたのだ。しかしその奇襲のおかげであっさりと二人撃破できた。
クロウスは改めて敵の数を確認する。ルクランシェが二人を対峙し、一人を戦闘不能に、ソレルが五人を相手にしていたが、すでに警備側は全員倒れている。後ろの方ではサーラン・ヘルメシアらしき女性が、腕を組みながら何もせずに成り行きを見ていた。その様子に気になりはしたが、出てこないのならそれでいい。シェーラを後ろに回して、剣を抜いた。
「シェーラ、ここは頼んだぞ」
「何を言っているの、私も行く」
この女性は自分を省みない人であったことを思い出す。
「……ここで最後の砦として守る人がいるべきだろう」
怪我のことは触れずに、納得しそうな内容を差し出す。その内容に言葉が詰まったシェーラは何も返してこなかった。渋々承諾したのを背中で感じると、ソレルが相手にしている方へと剣を抜いて飛び出す。
警備の人達は辛うじて息をしている人も見られるが、まったく動かない人もいた。
男達は突然現れたクロウスに少しだけ動揺したが、すぐに短剣を構える。だがその隙に二人の短剣をはねのけ、怯んだところを橋の脇まで蹴り飛ばした。
他に向かってくる人は足を中心に傷を負わし、動きが鈍くなったところを手刃等で気を失わす。
あっという間に最後の一人となったところで、剣の先端を男に向けた。実力差があるのはわかっているはずだが、それにも気後れせず、男はナイフを投げつける。それを受け流し、最後は右胴に刃を入れながら抜けた。血を吹き出しながら、力なく男が倒れこむ。
「流石だな……、クロウス」
ソレルが感嘆しながら近寄ってくる。
「ありがとう。だが……」
――あまりにも弱すぎる。
倒された人々の動きは常人よりは機敏だ。だが暗殺者までには及ばない、殺気の弱さ。攻撃してきた短剣が、市場に大量に流通している物。
そして全員が倒されてもまったく動じていないサーランがかなり気になる。始めからこの部隊は捨て駒のように感じられた。
警戒を解かずにフードを被っているサーランの方を見ると、急に声をあげて笑い始める。
「ふふふ、こんなに簡単にあしらってくれるなんて、嬉しいわ。さすが私が認めた男」
シェーラの方から殺気が漏れている。今にも飛び出しそうなのをアルセドが押さえていた。
「一体何がしたいんだ。式を襲って、これからの新たな一歩を踏みにじろうとして!」
クロウスの後ろには恐怖で震えあがっている人々。すぐにでもサーランを戦闘不能にさせたかったが、襲われた人々には理由を聞く権利がある。だから敢えて言葉で対抗しようとした。
「橋を造ることが新たな一歩ですって? どうせまた壊されるかもしれない橋を造ってどうするのかしら?」
「壊されはしない。二年前は完全に予想外のことだ」
「けど、その後に起こったことも、ここの人達にとっては予想外のことよね? 急に豊かさを失わせられて」
驚き固まっていた人達が微かにざわめき始める。その合間をぬって、硬い表情のレイラがダニエルを従えて前に出て来た。
「実はその豊かさの象徴、魔法は失わなくても済んだかもしれないのに」
ざわめきが大きくなった。人々の余裕のない心に不穏な空気がたちこめる。その雰囲気に、クロウスは漠然とした恐怖を感じた。ようやく魔法はないという現実に慣れてきた頃にでてきた誘惑的な言葉。それに従いはしないかと。
「そんな根拠のないこと、どうして言えるのよ!」
レイラが思案している脇で、堪らずシェーラが叫んだ。サーランは動揺せずに、堂々と言い返す。
「あら、それならどうして魔法は失わなければならなかったの? 公ではノクターナル島から出た夜の軍団とやらが、魔力を独占し、国を支配しようとしていたため、それを防ぐために魔法を無くした――らしいけれども、夜の軍団が国を支配しようとしていた証拠は?」
「この橋の状況を見ればわかるでしょう。膨大な魔力を持っていることを見せつけるかのように、あの丈夫な橋が壊された。そして今みたく人々の恐怖を植え付けさた。逆らったら痛い目を見るってね」
シェーラの切り返し方は上手かった。だがまだ心の靄は消えない。サーランはにやりと笑みを浮かべた。
「そうね。けれども、もし夜の軍団が危険なら、全員を皆殺しすれば、魔法を無くさずに済んだじゃない。ねえ、局長さん」
視線をシェーラからレイラへと移した。レイラはじっと耐えながら、言葉を探しているようだ。
「……そうだよ、どうして魔法が無くならなくちゃいけないんだよ!」
「魔法が無くなってどれだけ苦労したと思っているの!?」
遺族の人々が急に怒りを露わにしてきた。その脇では記者らしき人達がメモを取り始めている。状況的に動いても大丈夫と判断したのだろう。その仕事に対する熱心さは感心するが、逆にこちら側にしてみれば危険極まりない。これ以後の言葉はどんな内容でも、国中に筒抜けになる。
だがレイラはサーランに負けない笑みをしながら、凛とした声を出す。
「あら、実は魔法は有限であり、使えなくなるとは知りませんでしたか? それなりに出回っている事実であると思いますが」
「もちろん知っているわ。でもいつ使えなくなるかは分からないのよね。明日なのか、一年後なのか、もしくは五十年後なのか。もし五十年後なら、今魔法が無くなる必要はあったのかしら?」
「五十年後はあり得ません。おそらく一カ月以内には無くなったでしょう」
「その証拠は?」
「夜の軍団が膨大な魔力を使い、国を荒廃させようとしたから」
「それはあくまでも推論でしょう。証拠を出しなさい、データとして」
じりじりと二人の女性の間には火花が散っているようである。それと同時に、後ろの人々の心は揺れ動いているのか、様々な表情をしていた。
確かに推論以外の証拠を出すにはまだデータや資料が足りないし、夜の軍団を全滅させれば魔法は辛うじて使えていたかもしれない。だが全て仮定の話。レイラの言い分も間違ってはいない。
サーラン達はこのように言いくるめることで、魔法管理局の信用を落とそうとしているのかもしれない。レイラを徹底的に焦らし、あの判断が正しい一点張りではないことを諭している。その焦らしの内容は、この場にいる魔法について詳細な情報を知らない人にとって、どれが真実でどれが虚偽なのかはわからない状況を作り出していた。それを記者達によって、吹聴に書かれてしまえば、今後魔法管理局の風当たりがきつくなるのは目に見えている。
だがこれだけのために、この機会を作ったのは考えにくかった。この橋でする理由が見当たらない。
「――ああ、いくら話しても埒が明かない。結局何が正しいのか間違っているのか――そんなものわからないものね」
唐突にサーランが呟いた。それにより一瞬穏やかな空気が流れる。
だが急に冷たい風が吹いた。そしてサーランは冷笑する。
「例えそうだとしても、魔法管理局なんて、もう存在しなくてもいいんじゃない? とっとと表の舞台から消えるべき、先のわからない世の中にした罰として」
瞬間、黒ずくめの男達が五人ほど橋の下から現れた。機敏な動きを見て、戦慄が走る。
――こいつらが本当の暗殺者――!
剣を構えなおすが、男達はクロウス達に向かってくることなく、サーランの後ろへ一列に並んだ。そして橋の入り口からやってきた男がゆっくりとサーランに歩み寄ってきた。そいつを見て、ルクランシェは目を丸くする。
右目には眼帯、少し長い黒髪を結んでいる男。その男の手に持っている短剣から血が滴り落ちる。
「遅かったわね、何かあったの?」
「ああ、旧友に会っていた」
「――殺ったの?」
「……もちろん」
クロウスの脳裏に橋に渡る前の光景がよみがえる。
スタッツが何かを感じて立ち止り、森の方を見たのだ。殺気も何も感じなかったクロウスやシェーラはその状況に首を傾げた。そしてスタッツは馬の方に歩み寄って、手綱を手渡すと、これに乗って急いで行くよう促してきた。
スタッツはどうするんだ――そう尋ねようとしたが、あまりの迫力に負けて、何も言えずに馬に乗らされてここまで来たのだ。
その後に起こったことは知らない。だが、現れた眼帯の男の短剣に付いている血の持ち主は――。
「少し手間取っていただけだ、体術使いの相手に」
その言葉に思わずふらつきそうだった。横を見れば、シェーラやルクランシェも耳を疑っているのか、固まったまま動かない。
そんなことにもお構いなしにサーランは再びこちらに目を向けた。
「魔法管理局局長レイラ・クレメン、取引をしましょう。後ろにいる人達の命を、あなたの命と引き換えに」
言い終わると同時に、急におぞましい殺気を出された。
これが表の本当の狙いだったのか――、クロウスの剣を握る手が強くなる。著名人を殺す人物の出現。それはどこの世界でも当然のようにあった。
どちらに転んでも、局には不利な話である。レイラが殺されれば気流に乗っていた局は落ち込むかもしれないし、後ろの人々を見捨てれば、局への汚名が突き立てられるだろう。
しかし、この様子では第三の選択になる可能性が高い。全員皆殺し――が。
レイラは唇を一文字にして沈黙を通す。
やがて半歩レイラは前に出た。そして決然とした目をサーランに向けた。
「――私が――」
「レイラ、ちょっと待てよ」
レイラの声をルクランシェが遮る。サーランはその様子に眉をひそめた。
「下手な抵抗をすれば、取引はなかったことにします」
「始めから取引なんてする気ないのに、よくそんなことを言えたものだ」
場に動じないはっきりとした声を出す。静かに波が揺れる音がする。
「――皆殺しにして、誰かが絶望の淵からの奇跡の生還者などと偽って、適当な新聞社に局に不利な記事を売り込む。そうでもしなければ、こんな公の場にあなた達が出てこないでしょう。そうですよね、サーラン・ヘルメシアにグリス・テマイト」
中央に立っていた二人の表情に若干の変化が生じた。
「大きく複雑な事件の真実は大体が非常に単純だ。ただ周りを攪乱させて、誤魔化しているにすぎない」
「そんなに死に急ぎたいのなら、局長より先に逝かせてあげるわ」
「ところでこの橋が爆発された時、どうして助かった人がいるのか知っていますか?」
「たまたま爆破が甘かった場所があっただけでしょう」
どこかサーランが苛々しているように感じる。真の目的を言われて、内心焦っているのだろうか。
「――情報に長けているあなた達でも知らないことがあるのですか。確かに爆破が甘かったために助かった人もいました。ですが、一人だけ無傷の人がいた。その男性は破壊を実行した女性の顔を知っており、急に第六感が働き、爆破する直前に橋から飛び降りたんですよ、この場所にいては危険だと思い」
かたかたという奇妙な音が大きくなってくる。何か機械が動いている音――。そしてその正体に気付いたサーランは、初めて焦った顔をした。
「死にたくない人は飛び降りなさい! ここにいるよりずっと安全だ!」
ルクランシェが後ろに向かって叫んだ。突飛な発言に訝しげな表情をする。
だが、そんな表情にもお構いなく、希望の音は確かにすぐそこまで来ていた。