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虹色のカケラ  作者: 桐谷瑞香
外伝 明日へ伸びる橋
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外伝‐8 迫る恐怖と近づく希望

 橋の周辺では遺族やソルベー島の島長ジャン・スードラを始めとする著名人達、そして新たな始まりをいち早く知りたい記者達で溢れている。スードラはレイラを見つけると、護衛のソレル・ハーベンを連れてやってきた。

「お久しぶりです、スードラさん」

「お元気そうでなによりです、クレメンさん」

 レイラが差し伸べた手をスードラはしっかりと握り返す。老人と言っても差し支えのない年齢なのに、握る力は衰えていなかった。

 それを見ていたソレルはレイラの後ろにいる人々を見て、首をひねる。

「クロウス達はいないのか……?」

「えっええ、ちょっと他の仕事が急に入って、来られなくなったの」

 レイラは誤魔化しながらソレルの疑問を流そうとする。訝しげな表情をしていたが、特に深く追求はしてこなかった。

「式に出席される方はこちらで受付を済ませてから、橋の方に渡ってください!」

 橋の近くで受付をしている男性が大きな声で出席者に呼びかけている。ぞろぞろと一団が移動し始めた。レイラはちらりと森に目をやる。

 特に異常はない、現段階では。

 その後、受付を済まし、ゆっくりと橋を五分くらい歩いたところで式の場所に辿り着いた。橋の先端部分は崩れてなくなっており、青々とした海が広がっている。

 橋のちょうど三等分した真ん中の部分を爆破された。分厚い石でできた橋、十年近くかけて作られたものがほんの数瞬で壊されてしまう。創世と破壊は表裏一体のはずだが、それにかける時間は違いすぎた。

 どこからかすすり声が聞こえて来る。二年前のことを思い出した遺族の方が、堪らず涙を流しているのだろう。

 式の参加者はざっと見て全部で三十人ほど。記者は見てわかる限りでは五人ほどだが、橋に足を踏み入れられなかった人はもっといる。護衛は十人も満たなく、明らかに警備は薄い。

「皆さん、お静かにお願いします」

 式の進行役がざわめきの中によく通る声を投げかける。するとあっという間に人々は口を閉じ、声の主の方に体を向けた。

 厳粛な雰囲気が流れる中、式が始まる――。

「この度はお集まり頂き、ありがとうございます。今回は二年前に起きました、この橋の爆破事件の追悼式。そして復興の目処がようやく立ちましたので、その新たな橋造りの第一歩を踏み出させて頂きたいと思います。まず始めに、ブルーケの町長よりお話があります。町長、よろしくお願い致します」

 町長が出て来ると、海に背を向けてお辞儀した。少しやせ細ったおじさんだが、目は哀愁以外にも希望に満ち溢れている。

「さて、本日は遠い所からお越し頂き、ありがとうございました。我々は――」

 町長からの心温まる言葉は簡潔で、聞きやすい声であった。亡くなった者への哀悼の意をただ上辺の言葉だけではなく、心の底から言っているようである。この人も一旦は橋が壊れ、多くの犠牲者を目の当たりにして、絶望に瀕したのかもしれない。だが、それでも人はやり直せる。そう言っているようにも見えた。

 町長の話が終わり、次は著名人の方々のお言葉が続く。ソルベー島島長の言葉、この町を復興する手助けをしたある会社の社長、そしてレイラも簡単ではあるが、言葉を述べていた。

 そして話が一段落すると、亡くなった人々に対して一同は黙祷を捧げた。

 静かに風が橋を通り過ぎる。穏やかでどこか優しい気持ちになれる。時の縛りから解放されて、心が羽ばたく瞬間。

 このまま何も起こらない、そう思えることができた――はずだった。

 黙祷を終え、目を開けた瞬間に静かで恐ろしい声がしてきたのだ。

「――お集まりの皆さん、こんにちは、初めまして」

 凛としたきれいな女性の声。だがその言葉からはどことなく毒が感じられた。緊張が一気に全身を駆け巡る。

 ――やっぱり来たのか。

 一同が不思議に思いながら、振り返ろうとする。隣にいたルクランシェはダニエルにレイラを押し付けると、人々を押し分けながら前に出た。そして現れた女と対峙する。

 そこにいたのは真黒いローブで全身を着込んだ背の高い女性。微かに見える口紅の赤色がやけに目につく。

「誰だ……?」

 誰かがぽつりと呟く。それを聞いた女性は妖艶な笑みを浮かべながら答えた。

「私達はあなた達の――死神です」



 * * *



「式が始まって、三十分経過か。特に橋の方では何も騒ぎは起こっていないようだな」

 スタッツの少しほっとした声が漏れる。クロウスとシェーラはスタッツから、今回の事件のおおよその目的を聞いて、衝撃を受けていた。血も飛ぶであろう、だがそれ以上に今後に対して恐ろしいことがおこるかもしれない。

「そんなに驚くことでもないだろう。それを起こさせたくなかったら、やつらの計画を阻止することだ」

 そう諭され、二人は目に再び炎を燃え上がらせて、はっきりと頷く。

 その言葉によって勢いづけられた、その時だった。

 どこからか微かに悲鳴が耳に飛び込んでくる。スタッツでさえ、瞬間的に顔が強張った。馬を急かしながら、短くも長かった森を抜ける。

 しかしそこには最悪の状況が待っていた。式の警備の人達が無残にも斬り捨てられていたのである。そしてその脇には黒ずくめの五人の男が橋の入り口を立ち塞いでいた。男達は無言のままクロウス達に視線を向けると、一斉に大量のナイフを取り出し、馬に向かって投げつける。

 予想以上の速さに、クロウスの馬を操る手が若干遅くなり、何本か刺さってしまった。馬が鳴き声を上げながら、たたらを踏む。それを抑えているうちに、すぐそこまで来ていた男が三人、躊躇いも無く馬に短剣(ダガー)で切り裂こうとした。

 切り裂くのと同時にクロウスはシェーラを抱えて、馬から飛び降りた。その瞬間、生温い血が頬に付く。か細い声を上げながら、馬は地面に倒れ伏した。

 血塗られた剣が怯むことなく近づいてくる。

 クロウスはシェーラとあまり離れないようにしながら、剣を抜き、三人の短剣をあしらう。すぐにでも急所を突きたかったが隙がない。

 だが、シェーラが脇から地面に刺さっているナイフを数本投げると、避けるときに少しだけ隙が生まれた。その隙を縫うようにしながら、剣を弾き、右胴を切りぬく。若干動きが鈍くなったところを、弾かれた短剣でシェーラがふとともに傷を付けた。すると痙攣を起こしながら倒れ込んだ。

「これも毒が仕込まれている……」

 シェーラは自身が握っている短剣を忌々しく見ながら、悪態を吐いた。割と細めで思いっきり突かなくては致命傷にはならないが、かすってしまえば動けなくはなる。

 次々と二人目、三人目が襲ってくるが、的確に動きを捉えて、二人目はクロウスが適切に急所を避けて動けなくし、三人目は体術で抑え、地面に投げ付けた。脳震盪を起こしたらしく、そのまま気を失ってしまう。

「なかなかやるな」

 スタッツの涼しい声がしてくる。クロウスは剣に付いた血を払いながら、声の方を向く。そこには多少怪我をした馬、倒れている一人の男、そしてもう一人はスタッツに捕まっている。必死にもがいているが、骨でも折られたのか、腕をだらりと下ろし、足も引きずっていた。

「スタッツにそう言われても、あまり嬉しくはないが」

「悪かったな。これでも褒めている。……さて、いくつか質問に答えてもらおうか?」

 全身黒ずくめで、視線の鋭い男は無表情のまま何も言わない。特にそれは気にも留めていないようだ。

「一つ目、今起こっている式の襲撃は、グリス・テマイトとサーラン・ヘルメシアが主犯格、そうだな?」

 視線も表情も一切動かさない。

「二つ目、グリス・テマイトとサーラン・ヘルメシアの目的は若干違うが、ほぼ同じであり、同盟関係にある、そうだな?」

 スタッツの声が余韻を残しながら空に消えていくくらい、静かだ。

「――そして三つめ、その目的は魔法管理局の信用を地に落とし、再び不安定な情勢に戻すこと、もしくは局を不安定にさせるよう仕向けること、――そうだな?」

 ぴくっと指が動いた。それを見ると、くるりと男の顔をスタッツに向かせると、腹に渾身の一発を入れ込んだ。男は抵抗することなく、仰向けに倒れこんだ。瞬間的に感じたスタッツの殺気にシェーラは思わず肩を震わし、クロウスに寄り添う。橋の先を見つめていたスタッツは二人に背を向けて話しかけてきた。

「二人ともここで引き返してもいいんだぞ。ここから先はより血生臭いことになる。手を染めたことがない二人にはきつい状況が起きるし、今回ばかりは俺もお前たちを助けられない」

「それは……、グリス・テマイトとスタッツが対峙するから余裕がないということか?」

「ああ。今回は先にあいつらが動いたから正統防衛が働く。だから手加減はしない」

「大勢の人がいる前で……?」

「極力人がいなくなってからにするさ。まだ完全な日陰者にはなりたくない。――さて、どうする?」

 そんなこと言われなくても答えは分かっているのに、敢えて確認のように聞く。スタッツなりの想いなのだろう。クロウスの隣にいたシェーラは軽く手を触れてきた。そして曇りのない目を向ける。彼女の温かな手を軽く握った。

「もちろん行くさ。今の世の中を乱すわけにはいかないからな」

 予想していた答えだろうが、何故かスタッツは嬉しそうだった。そして数歩進むと、一気に駆けだし始める。クロウスもシェーラを支えながら走りだした。



 * * *



 ルクランシェは額に出た汗を拭いながら、状況を判断していた。こちら側にとってはかなり悪いと言っても過言ではない。

 あの言葉の後、女の後ろに構えていた黒ずくめの男が十人ほど短剣を手にして、一気に駆け寄ろうとしてきたのだ。それを見たルクランシェは事前に用意しておいた小瓶を数本彼らに向かって投げつける。

 男に当たらず手前に落ちたが、その場所から小さな音を立てて軽く爆発した。一瞬、足を動かす速度が遅くなったところを、ルクランシェは自身の細剣を抜き、攻めに入る。それを見て、ようやく止まっていた警備の人達やソレルも剣を抜いて動き始めた。

 だが警備の人が二人かかっても、黒ずくめの男一人でさえ歯が立たず、止めることもほとんどできないまま、無残に戦闘不能になっていく。

 どこからか女性の悲鳴が聞こえる。おそらく流れている血を見て叫んだのだろう。遺族たちの方へ向けば、恐怖で顔を強張らせている人々で溢れていた。一同は逃げようと後ろに下がっていくが、すぐそこは青々と広がる海。限界があった。

 一刻も早くその恐怖を取り除かなければ、人々の心に根づいてしまう。それは避けたいことである。

 ルクランシェがようやく相手を一人、気を失わせた頃には、後ろで固まっている無抵抗な人達に対して、黒ずくめの男の二人が迫っていた。まだルクランシェの目の前には二人ほどいる。彼らを引きとめるので精一杯で、そこまで手が回らない。

 だが、アルセドが前に飛び出したのが目に入った。そして必死に止めに入ろうと構える。それにより一瞬、男達の手が止まった。しかし、それでも殺気の質は変わらない。

 アルセドは振りかざした男の短剣の合間をぬって反撃しようとするが、それが仇となってその隙に他の人の刃が向けられた。

 辛うじて急所は避けるようのけ反り返る。だがそれを見越していた男によって足にナイフが投げられ、その衝撃で足元が覚束なくなった。

 ――彼ぐらいの技量じゃ、まったく歯が立たない……!

 僅かな希望も絶たれ、ルクランシェが息を吐く暇もなく、アルセドに向かって容赦なく刃が刺さろうとしていた。

 その時、一陣の風がルクランシェの髪を揺らす。どこか奇妙な風だと思った瞬間、頭上が一瞬影に覆われた。

 次に耳に入ってきたのは、重みのある音――そして男達のくぐもった声だった。

 目の前に対峙していた男達の顔が豹変する。ちらりとアルセドの方を見ると、そこにいた人を見て唖然とした。

 一頭の馬に乗っている黒髪の男性、そしてそこから降りたらしい黒色の長い髪を一本にまとめた女性。どうやら馬が頭上を越えたらしい。その登場の仕方を見て、思わず笑いそうになった。

「何だよ、かっこつけやがって。人がどれくらい心配したかも知らないくせに」

 突っぱねつつも少し嬉しそうなアルセド。

 そしてしっかりした意志のある女性の声が聞こえて来た。

「心配してくれて、ありがとう。でもね、私はそう簡単には終わらないってことくらいも、知っているでしょ?」

 女性はくるりとルクランシェ、そして黒ずくめの女の方に向かって声を放った。

「これから反撃開始よ!」

 馬から降りた剣士クロウスと並んで、かつて風使いと呼ばれたシェーラは、風と共に舞い戻って来た。



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